第二十九話 誠意
青馬様・・・、私は貴方様の妻となる事が出来て本当に良かったと、心より思うております。
何故なら、貴方様は私が心より愛した、この世で唯一人の御方なのでございますから。
その夜の私は、この世で一番哀れな女子からこの世で一番幸せな女子に一瞬で生まれ変わったのでございます。
◇◇◇◇
「姉上、それではお許しも戴けたところで、今宵から始めましょうか?」
既に普段の余裕を取り戻された青馬様が、頭上で楽しげに良からぬ企てをされておられる。
「いつ、誰が許しました?私は許すなどと一言も申し上げておりませぬが。」
私をギュッと抱き締めておられた大好きな逞しい腕をスルリと抜け出して、私もいつもの調子で睨んで見せますと・・・、
長くがっしりとした腕が再び私に伸びて参ったと思うた途端、ヒョイと米俵のように肩に担ぎ上げられて、平然と奥の寝所に向かうて行かれる。
「ちょ、青馬様、降ろしてくださいませ、私は一人で歩けます。」
寝所の扉に手を掛けられていらした青馬様は、
「お気遣いなく、事前奉仕ですから!」
「はっ?」
「小半刻もすれば一人では立ち上がる事すら出来なくなられますよ、今宵は。何分一年以上ご無沙汰でしたからね、昨夜はよく我慢出来たものだと己の忍耐力に感じ入りまして、和哉にも感心されました。」
「はぁ?!和哉様と何の話をされておられるのですか!!お、降ろしてくださいませ、だいたい、は、始めるなどと、厭らしい!!」
私がバタバタと足をばたつかせて抗議致しますと、丁度辿り着いた夜具の上に私を降ろされながら、
「厭らしいなどと心外の極みです。勇馬の弟妹を作る為の神聖な儀式ですよ?昨夜は姉上が余りにもコチコチになられておられましたので、一晩待って差し上げたのです。今宵はしっかり昨夜の分も穴埋めして戴きますから、ご覚悟をお願い致します。」
ニヤニヤ笑うて私を見下ろしておられる未だ十七の若き夫君に私は、
「昨夜は青馬様も、勇馬の弟妹は、少し年が離れておる位の方が勇馬も可愛がるのでは?などと申されておられたではございませぬか!」
昨夜の青馬様ご自身のお言葉を引き合いに出し、最後の抵抗を試みましたが、若い盛りの夫君には全く効き目がございませんでした。
「はい、確かに今もそうも思うのですが、その一方で、勇馬を長く一人で居させるのも可哀想だとも思うのです。」
「青馬様・・・。」
私は青馬様の思いがけぬ子煩悩な発言に、つい絆されてしまうた。
「それもそうですね。」
私の小さな呟きを聞き逃す程、青馬様は堅物ではあられませんでした。
いつの間にか枕元を仄かに照らすのみに灯りを落とされた寝所で、
「どうやら合意に至ったようですね。」
頬に落ちてきた私の髪を優しい手つきで耳元にすくい上げながら、私の目蓋にそっと唇を落とされた。
「こんなに腫らして・・・、」
「これからは私に相談無しに目蓋を腫らすのは禁止です。」
「青馬様?」
「姉上、私達は夫婦なのですよ。何か有ったら、何か不安を感じられたら、これからはまず、私に話してくださいませんか、桐依ではなく。」
「桐依?何故桐依がここに出てくるのです?」
と瞠目して申し上げようと目を見開いた私の、今度は鼻の頭に唇が落ちて参りました。
「せ、青馬様、その様なところ-、」
きっと油が浮いております、とご注意申し上げたいのですが、何と申してよいのやら、恥ずかしくてその言葉を飲み込んでしまいました。
そんなどぎまぎしておる様子の私に、青馬様はにっこりと微笑まれて、
「姉上ですから何も問題ありません。」
今度は耳たぶに唇を落とされる。
身体中に青馬様の唇を受けながら、
(ああ、これは、青馬様の私に対するご誠意なのだ。)
と、最早思考がままならない頭の片隅で、うっすらと思いました。
珠姫様にだけ・・・、ではございませんでした!
私にも・・・、妻となって母となった私にも青馬様はご誠意を見せてくだされておられるのです。
自然と涙が込み上げて、目尻から幾筋も幾筋も流れ落ち、夜具と私とを濡らしてゆきました。




