第二十八話 夫婦の始まり
その夜、私達夫婦は初めてお互いの思いを包み隠さず伝え合う事が出来たのです。
そして私は漸く、貴方様の真の妻となる事が出来ました事、心より実感出来たのでございます。
◇◇◇◇
(えっ?今何と・・・。)
「然れど・・・、」
(青馬様?)
そこで言葉に詰られて、次のお言葉が続かれませぬ。青馬様が言葉に詰られるなど、長らくご一緒に暮らさせて戴いておりますが初めての事にございました。
それで私には判ってしまうたのです。青馬様が何を仰りたいのかを。
ですから私は、ですから私は恥を忍んで、青馬様の姉として、記憶からも消し去りたく思うておりましたおぞましき行為を、私の口から口にせねばならぬと決意致しまして、小さく息を吸い込んでゆっくりと顔を上げました。
するとそこにいらしたのは、自信に満ち溢れて頼もしいいつもの青馬様ではあられず、親と逸れた小さな子供の如くに項垂れた、少年のような青馬様にございました。
「青馬様!昨夜は久方振りにご一緒に過ごさせて戴きまして、はしたなくも私は、私は嬉しさのあまり気分が高揚致しておりました。それで・・それであのような、あのような・・・、」
そこ迄一気に早口で申し上げましたが、やはり私には、それ以上の言葉を口にする事だけはどうしても憚られて出来ませんでしたので、後はひたすら、
「どうぞお許しくださいませ!どうぞお許しくださいませ!」
私は額を床に擦り付けて、何度も何度もお詫びの言葉を繰り返させて戴きました。
グイッ。
青馬様に向かい泣きながら必死にお詫びし続けておりました私は、急に左腕を強い力で掴まれてそのまま体を持ち上げられました。
「姉上が詫びの言葉を申される必要など一切ありませぬ。そのような事はお止めください!貴女は私の妻で、勇馬の母なのですから!」
そして私はいつの間にか、広くて温かい青馬様の胸に、力一杯抱き締められておりました。
「お詫びせねばならぬのは、私の方なのですから。」
「然れど、然れど・・・、」
「いいえ!良いのです!」
「姉上!もう一度申し上げます。私は姉上の事を大切に思うておるのです。それだけは信じてください。然れど・・・、」
「然れど、お許しください!口づけだけは出来ぬのです。口づけは珠との魂の誓い、それを裏切る事だけは出来ぬのです。どうかお許しください!」
耳元で苦しげに謝罪の言葉を仰られる青馬様の私を抱き締める腕が小刻みに震えていらっしゃる。私は漸く青馬様もずっと悩んでいらしたのだと解りました。
辛かったのは私だけでは無かったのです。その事が嬉しく存じました。
「クスッ。」
私は先程迄あんなに泣いておりましたのに、思わず笑うてしまいました。
「姉・・上?」
「全く青馬様は真面目過ぎます。そのような事いくらでも誤魔化そうと思えば出来ますでしょう?」
「それに・・・、失礼ながら、当の珠姫様が、他の御方ともうなされておられるのではないですか?」
「ハハハ、ええ、確かに仰る通りです。」
青馬様も最早いつもの穏やかさを取り戻されていらっしゃいました。
「然れどそれで良いのです。それで珠が幸せなら、私はそれで良いのです。」
真にこの御方は、つい今しがた私を大切だと申されながら、どうして斯様に残酷な事をこのように堂々と、妻である私に仰れるのでございましょう。
珠姫様だけにご誠実な私の夫君。
それでも・・・、私だけの夫君なのでございます。




