第二十七話 誠実な人
青馬様のお話とは、如何なるものでございましょうか。
いずれにしても、逃げる事も隠れる事も許されぬ私に出来る事は唯一つ・・・。誠心誠意お詫び申し上げて、青馬様のお側から身を引く事のみにございます。
その日私は、青馬様のお渡りを昨夜と同じようにお待ちしながらも、昨夜とは全く違う状況に陥ってしまっておる哀しい現実に、後悔と慙愧の念に堪えきれず、このまま錯乱出来たならどれ程ましかなどと本気で願うておったのでございます。
◇◇◇◇
二度と私の元にお渡りくださらぬと思うておりましたのに、桐依が申した事が真なら、青馬様は今宵も私の元にお出でくださるおつもりでいらしたという事になります。
真っ直ぐでご誠実な青馬様の事。もう会わぬにしましても、きちんと私に向き合うた上で、終わらせたかったのやもしれませぬ。然らば今宵のお話とは、やはりそういうお話の可能性が高いという訳で・・・。
そうと分かっておりましても、お会いするのを避ける事は出来ませぬ。先に延ばしたところで何の意味もございませんし、昨日の今日でどのような顔をしてお会いすればよいのか、正直恥ずかしくて今直ぐ逃げ出したい気持ちの方が上回っておりますけれど、今宵逃げたりしましたら、益々お会いしづらくなりますのは目に見えております故・・・。
◇◇◇◇
「菫様、青馬様のお渡りにございます。」
そうこう悶々としておりますうちにあっという間に宵闇迫り、とうとう青馬様がこの離れに入られたとの先振れがございました。
私はどうすべきか悩みに悩んだ末に、ひたすら床に額を擦り付けて顔を上げずに、ご無礼の段、お詫びをさせて戴こうと決心致しました。
コンコン。
「青馬です。」
今宵も扉の前できちんと名乗られる律儀な青馬様。
「はい。」
私は扉を開けに参ろうと致しましたが、昨夜を慮ってか、私がお返事申し上げますと、カタッと扉が開く音が致しましたので、私は予め決めておりました通りに、慌てて跪いて額を床に擦り付けました。
私の大好きな青馬様の香りがフワッと部屋に広がりますと、それだけでもう涙が零れそうになったのを必死に堪えました。
目蓋の腫れは、一日冷やした事で何とか目立たなくなりましたものの、ここで又泣いてしまっては、今日一日の努力を全て無にしてしまいます。
「青馬様、お出でなさいませ。本日は一日勝手致しまして申し訳ございませんでした。」
声が震えてどうしても小声になってしまうた事だけは、どうかお許しくださいませ。
「姉上、お顔をお上げください。お加減は如何ですか?私の方こそご無理申しました。姉上?」
私がいつ迄もその姿勢を崩さずに、それきり何も申し上げられなくなってしまいますと、
青馬様は、「はぁ。」と大きな溜め息を一つ吐かれました。青馬様の溜め息など初めて伺った気が致します。
「私は顔を見たく無い程、嫌われてしまうたのですね。」
そして、淋しそうにそう呟かれました。
(えっ?嫌われたのは私の方なのでは・・・?)
「顔を見たく無いのでしたらそのままでも構いませぬから、どうか私の話を聞いてください。」
私が戸惑うて、どうお返事したものか咄嗟に判らず、言葉に詰まっておりますうちに、青馬様は間髪入れずに話し出されました。
「姉上、私は姉上の事を真実大切に思うておるのです。」




