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第二十六話 卵雑炊の罠

 幼き頃より私は、口惜しい限りではございますが、桐依の掌で転がされておるだけなのでございます。


結局その日の朝も又、桐依に助けられてしまうたのですから。


その日私は固く我が心に誓うたのでございます。


私を言い負かす事に生きがいを感じておるに違いない桐依を、いつか私が言い負かしてみせると。

 

 

◇◇◇◇


 その日の朝餉には卵雑炊が用意されておりました。朝餉は、普段普通のご飯を戴いておりますから、これはわざわざ私の為に用意された品だと直ぐに気付きました。


それをフウフウ冷ましながらひとくち口に入れた途端、これは桐依が自ら作ってくれた品だと分かりました。この卵雑炊の味には覚えがございましたから。


あれはお父様が青馬様に私との婚姻を申し付けられた夜の事。許婚の珠姫様の存在を初めて知った私は、悲しみの余り、その事を私に隠しておった桐依に当たり散らしておりました。そんな私を一言も責めるでもなく、気付けば桐依は、この卵雑炊をこしらえて、そっと私に差し出してくれたのです。


あの夜も青馬様は、一晩中お屋敷に戻られる事はございませんでした。


そして青馬様はあの夜以来、時折、和哉様すらお連れになられず、お一人でふらっといずこかへお姿を消されて、暫くすると戻られるようになられました。


その間、青馬様がいずこに行かれて何をなされておられるのかは誰も存じませぬ。恐らくそれをこの世でご存知なのは、青馬様ご本人と珠姫様のみなのでございましょう。私に教えてくださる事は生涯無いのでしょう、そう、口づけを教えてくださらぬのと同様に。


私が又もや余計な思考に捉われて、泣きそうになって顔を歪ませておりますと、桐依が急に自らもお椀にお雑炊を(よそ)うと、いきなりそれを啜り始めたのです。侍女が主の許可なく主の食事中に自らも同じ物を食するなど、普通あってはならぬ行為でありまして、罰せられてもおかしくございませぬ。


然れど桐依は平然とお椀を空に致しますと、


「あら、美味しゅうございますのね、しょっぱいのかと思いましたが。まあこのお雑炊は私の自慢の料理の一つでございますから。」


私が呆気にとられておりますと、


「まだまだたんとございますれば、おかわりなど如何でございますか?」


にっこり微笑んで、左手を差し出してきました。


いつもそうなのです!


いつもいつも桐依は私の先回りをして、必ず途中で私を救うてしまうのです!


一度、とことん落ちるところ迄落ちて最低最悪な状況を知れば、この後ろ向きな心持ちも少しは前を向くようになれるのでは?と思いますのに!


然し桐依はそれを、決して許してはくれませぬ。


だから私はいつ迄経っても中途半端なままなのではないでしょうか?


「・・・」


何も申せない私に、自身が間違っていないと判った桐依は、時機を図っておったのでしょう、まるでおかわりを勧めたついでのように、私が今最も知りたいと思うておる事を申しました。


「それと、大変申し訳ございませぬ、一つご報告を失念致しておりました。青馬様が菫様とご面談なさりたいとの仰せにございましたが、菫様のお加減が余りよろしくない旨お伝え申し上げましたところ、然すれば、いずれにしても夜にお渡りになられるので、その時で良いとの仰せにございました。」


「えっ!?」


私は桐依が申した青馬様の最後のお言葉に思わず反応してしまいました。


(今、いずれにしても、と申した?)


桐依は戸惑う私と目が合うと勝利の笑みを浮かべて、


「それでようございましたか?」


と申したのです。


私はやはり桐依には適いませぬ!


然れど、あれ程落ち込んで、最早誰にも会えぬと思うておりましたというのに、何故か今こうして普通にお雑炊を食べておられるのは、口惜しい事ですが桐依が側に居てくれるからで、きっと青馬様が時折和哉様をお連れになられずにお一人でお出掛けになられるのも、私と桐依の関係と(ひと)しいのかもしれぬ。


今迄考えた事もございませんでしたが、そう思い付きますと、何故だか青馬様との間に新たな連帯感のようなものが私の心の中に湧き上がり、(にわ)かに元気が出てきたのでございます。


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