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第二十三話 姉と妻

 青馬様・・・。貴方様はちっともお変わりになられませぬ。


今も、初めてお会いしたあの幼き日と同じ強き目の輝きとお心をお持ちでいらっしゃる。


貴方様の()んだお心は、今もあの日と何ら変わらず、飾る事なく自然のままに、誰よりも純粋で真っ直ぐで、そしてご誠実であらせられる。


私にはそんな貴方様が眩し過ぎて、時折、真に貴方様が私の夫になられたのか、長き夢を見ておるのではあるまいかと、未だにとても不安に思うてしまうのです。


青馬様・・・、貴方様は永遠に私の憧れの若君様、そして大切な私の夫君、そして愛しい義弟。


では私は貴方様にとって、どのような存在にございますか?



◇◇◇◇


 青馬様は咄嗟に私の事をお呼び掛けくださる時、未だに『姉上』とお呼びになられる。


私はその理由を愚考し、つまり、私を『菫』と名でお呼びくだされる時は、意識的に名をお呼びくだされておられるのだという結論に達しました。


要するに、私は未だに青馬様にとって姉でしかないのだと、その時に改めて思い知らされ、やはりそのような事を詮索するなど愚行だったと、深く後悔する事となったのでございました。


「そのような顔で男をご覧になられるものではないですよ。」


折角久し振りに二人きりで過ごさせて戴けておると申しますのに、早速又意気消沈しそうな後ろ向きな思考にとらわれておりました私に、何をどう解釈なされたのか、青馬様は不適な笑みを浮かべられて、私をジッとご覧になられておられまする。


「はっ?私は何も-、」


「ほら又、その顔です。」


「えっ?」


「寝所でそのような不安げな顔をされて何もせずに耐えられる男など、私と和哉位のものではないですか?」


「まぁ、そもそも菫を他の男と一つ部屋に居させたりなど致しませぬが。」


私の気持ちを知ってか知らずか、ニヤリと笑うてそのような戯れ言を申される青馬様は、真に意地がお悪いと思う。


私より三つも年下で、未だ十七の筈でございますのに、青馬様はすっかり凛々しくなられて、いつも幼く見られがちな私と共におりますと、私の方が年上には絶対に見えぬからご安心くださいませと皆が申します。素直に喜んでよいのか微妙な気が致しまするが、それだけ青馬様が大人びて見えるという事でございましたら、私も同感でございました。


上背があり、がっしりと鍛え上げられた身体に日に焼けた精悍なお顔。


屋敷中の女子が青馬をお見掛けするだけで頬を染めておりますのを、私も以前より承知致しておりました。一応は私に遠慮して、あからさまな態度で示す猛者(もさ)は流石に居りませぬが、あわよくば一夜の寵をという思惑を皆が持っております事は、わざわざ桐依から忠告されなくとも、とうに私にも分かっておったのでございます。


特に私の懐妊が知れ渡ってからはそれが顕著になりました。桐依などは毎日毎晩、目を吊り上がらせて、何やかやと用をこしらえては青馬様の元に伺って、怪しい気配が無いか目を光らせておりました。


然しながら、青馬様お一人になられてしまうた安芸家の一日も早い復興を願う者であれば、一人でも多くの安芸家の血を受け継ぐ者を残す事は大願であり、斯くいう私の実の父であられるお父様ですら、自らが選んだ家柄も良く器量良しの女子を、その思惑をもって青馬様付の侍女として送り込まれた程でした。


それにも拘らず、当の青馬様は、そのような周囲の思惑など何ら気に留めるご様子も無く、私が懐妊してからもそれ迄と変わらず、私の元にお渡りくだされておられました。


これには皆一様に驚き、菫様へのご寵愛深く、他の女子にはまるでご興味をお持ちになられぬと、そのご誠実さに益々屋敷の女子達は青馬様に熱を上げてゆく始末でございました。


然れど私は存じておりました。


真は誰の為にご誠実なのかを。


真は誰の事をご寵愛なされておられるのかを。


皮肉な事に、他の女子の魔の手から青馬様をお守りくだされておられたのは、誰あろう珠姫様だったのです。


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