第二十一話 神の御遣い
嗚呼!何とお可愛らしいのでしょう!
お可愛らしくて、愛しくて、愛しくて、堪りませぬ!
いくら見ていても見飽きる事など無い、愛くるしい私の若君様。
こんなに愛しいと思える気持ちを、私はこれ迄存じませんでした。
私はその時、若君様と向かい合うて寄り添いながら、この最上の時に導いてくだされた、この世の全てに感謝致しておりました・・・。
◇◇◇◇
私が初対面のご挨拶を若君様に申し上げておりますと、
「菫様、青馬様のお渡りにございます。」
という先振れが入りました。
そうして程なく、青馬様が私の元にお渡りになられました。
慌てて起き上がろうと致しました私に、
「そのままで結構です。」
そう仰せになられて、私の枕元に腰を下ろされると、スヤスヤスヤスヤ気持ち良さそうにお休みになられておられる若君様のお顔を覗き込まれました。
すると驚いた事に、お休みになられておられるとばかり思うておりました若君様が、そのお小さい掌で、青馬様の鼻の頭をポンと叩かれたのです。
さすがに油断なされていらした青馬様は、思いも寄らぬ若君様の先制攻撃に、お珍しくも呆然となされておいででございましたが、とうとう、
「ぶっ!」
と常の青馬様にはあるまじき下品なお声で吹き出されたと思いましたら、その途端、
「あははははは!」
と大声で笑い出されました。
私は、私の元で斯様に楽しそうに笑われた青馬様を拝見したのは初めてでございましたので、驚いて、はしたなくも、口をポカンと開けてお二人を眺めておりました。
すると青馬様が惚け顔の私に向かい、優しい笑顔で、
「中々どうして、良い面構えの勝ち気な子のようですね。良い子を、勇馬を産んでくださり、ありがとうございました。お加減は如何ですか?」
と、労いのお言葉を掛けてくださりました。
「ゆう・・ま?」
「はい、勇ましい馬と書いて“ゆうま”、子が出来たと判った時から決めておりました。どうやらぴったりの名のようでしたね。」
クスクスお笑いになられながらも、ご自身で認められた命名書きを、私の前に掲げてくださりました。
「勇馬・・・、何と逞しき響き。良い御名を賜りまして、ありがとうございました。」
私は早速、
「勇馬様、良うございましたね。」
と勇馬様の頭を撫でて差し上げますと、今度はそのお可愛らしい小さなお手で私の手をポンポンと二度程叩かれました。
その様子をご覧になられておられました青馬様が、
「おやおや、どうやら私の事を、敵認識しておるようですね。まあ言わば私は、勇馬から見れば母親を取り上げる恋敵みたいなものなのでしょうから。私も子供と争うなど大人気ない事は致したくありませぬが、然れど、勇馬に弟妹も必要でしょうから、遠慮ばかりは致しませぬので。」
などと申されて、まだニヤニヤされておられます。
「なっ、何を!赤子の前でそのようなお戯れはお許しください!」
私は顔から火が出そうな程、頬が火照るのを感じておろおろしてしまいました。青馬様がこれ迄、斯様に気安くお話しくだされた事など決してございませんでしたので、戸惑うてどうにも落ち着きませぬ。
姉弟となってからも、夫婦となってからですら、私の元にただ雑談をしにお渡りくだされる事などございませんでしたから。やはり思うた通り、この御子が私と青馬様を繋いでくだされたのです。
私には、私の横でスヤスヤとお休みになられておられる勇馬様が、私を救う為に天が授けてくだされた神の御遣いのように思えて、これから始まる家族三人での新しき暮らしへの期待に、大いに胸が膨らんだのでした。




