第二十話 誕生
どのような夫婦にも、共に暮らしておりますれば、辛き事もございますし嬉しき事もあるものだと存じまする。
それが生きてゆくという事。それが共に歩んでゆくという事。
そうした日々の繰り返しの中で、夫婦とは、互いの絆を深めてゆくものなのでございましょう。
私達夫婦の元に幸福を齎す天のお使いが遣わされましたのは、婚姻を結んでから二年程経ったある日の事でございました・・・。
◇◇◇◇
青馬様と夫婦となりまして、早いもので二年弱。
今私のお腹の中には、皆が待ち望んでおりましたややがおります。
懐妊が判りますとお屋敷中の者が祝賀に沸き、この地に落ち延びて九年、このお屋敷が最も華やぎ、喜びに包まれた瞬間でございました。
お父様はとうとう念願が叶い満足なされたご様子で、『体を大事にして元気な和子をお産み申し上げるのだ。よいな?しかと心得よ。』と、何度も何度も私に言い聞かせてこられました。
お母様も、『何かありましたら直ぐに私にご相談なさいませ。』と、にっこり微笑まれて私をお気遣いくだされました。
そして青馬様は・・・、
『ご無理なさらず、体を大切になされてください。』
横になっておりました私の手をそっと握り、優しくそう仰せになられたのです。
◇◇◇◇
その日私は、我が生涯で最も幸せでございました。
例え私が永遠に青馬様の一番にはなれずとも、青馬様の御子をお産み申し上げられるのは、この世で妻たる私、唯一人なのでございますから。
そして今私のお腹の中に、確かにその御子が宿っておるのです!これ程の喜びがありましょうか!?
ずっと耐えに耐えて漸く掴んだ幸せなのです。例え何があろうとも、手放したりなど致しませぬ。
(どうか元気にお産まれくださりませ、そしてこの母をお救いくださりませ!)
私は毎日何度も何度もお腹に手を当てて、私の中で眠る大切なややに話し掛けておりました。
この御子が私を救うてくださる。この御子がお生まれになられれば、漸く私達は真の家族になれるのでございますから!
◇◇◇◇
そして皆の期待を、それ以上に私の期待を、その一身に背負われて生まれてきてくだされたその御子は、元気な産声と共に、私達の前にそのお姿を現されたのです。
「菫様!菫様!おめでとうございます!男子でございます!!男子でございます!!ご嫡男でございます!!ご嫡男のご誕生にございます!!!」
普段喜びの感情など私の前で見せた事がない桐依が、御子を高々と掲げて狂うたように、何度も何度も同じ事を叫んでおりました。
「あっ・・・、」
(言葉にならぬ・・・。)
気持ちが高ぶって涙が一気に目尻から溢れ出しました。
待ち望んでおった御子。
私が産んだ青馬様の!
青馬様と私の御子!!!
私は遂に成し遂げたのです!
私に授けられた使命を!
これで漸く青馬様を、その肩に重くのしかかっておられる責務の一つから解放して差し上げる事が出来るのです!
私は桐依に向かい、まだ全く力の入らぬ震える両手を差し出しました。
御子を産湯で浄めておりました桐依が、それに気付いてうっすらと微笑みました。
私はこの折の桐依の微笑を、生涯忘れる事は無いでしょう。桐依は、まるで慈愛に満ちた菩薩の如く気高い眼差しを私に向けて微笑んでおりました。
桐依が私に添うように御子を慎重に寝かせると、
私は真っ赤なお顔で小さな両の手をぎゅっと握り締めておられる御子の頭にそっと手を置き、
「初めまして、若君様。私が貴方様の母にございます。ご誕生をお待ちしておりました。」
とご挨拶申し上げたのです。




