第十八話 悲惨な夜明け
婚姻を結んだ男女が初めて迎える夜明けとは、この上もなく甘やかで、それでいてお互い顔を合わせるのがちょっと気恥ずかしくなるような、そんな、他人が見たら目のやり場に困るような甘美な空気に包まれておるものと当然思うておりました、私自身がその当事者となる迄は・・・。
恋を成就した女子なら、誰しも至上の喜びの中で迎えると思うておりました生涯唯一度のその夜明けを、一人寝の褥で迎えたその夜の侘しさと悔しさを忘れる事を、私は生涯出来ぬのでした・・・。
◇◇◇◇
「菫様?菫様?」
私は私を呼ぶ桐依の声にハッと致しました。
「菫様?如何なされました?お疲れでございましたら、本日は無理に起きずとも宜しいのですよ?こちらに膳を運ばせましょう。」
桐依の勘違いに気恥ずかしくなり、
「何でもありませぬ、お父様とお母様にご挨拶せねば、又要らぬご心配をお掛けしてしまいます。参ります。」
朝餉の席に伺いますと、既にお父様もお母様も青馬様も揃うて、私をお待ちくだされておられました。
私は気まずい思いで急いで室内に入り、朝のご挨拶を申し上げました。
案の定、お母様も、
「お疲れなら、お休みになられていらして宜しいのですよ?」
そうクスクス笑われておられる。
私は、お母様に迄そのように恥ずかしい指摘をされてしまい、居たたまれなくなり、小声で遅れた事をお詫びしただけで、下を向いたままそそくさと席に着きました。
微妙なその場の雰囲気に気付いておられるのかおられぬのか、青馬様はいつもと何ら変わらぬ優しい笑顔で、
「おはようございます、姉上。」
と申されたので、すかさずお父様が、
「青馬、もう姉ではなかろう?」
とこちらもおからかい気味に仰られる。
すると青馬様は、
「ああ!そうでした。では何とお呼び致しましょうか?」
と暫し悩まれておられましたが、それしか無いと思い至られたのか、
「では、おはようございます、菫。」
遠い昔にそう呼んでくだされた時より低くなられたそのお声で、私の名を再び呼んでくだされたのです。
姉上とお呼び戴くようになり、もう名をお呼び戴けぬのかと淋しく思うておりました私にとって、そのように些細な事でも、願いが又一つ叶うた事は、大きな喜びの筈でございました。
然れどその喜びも、昨夜傷ついた私の心を癒す事は出来ぬのでした。




