第十七話 婚礼
人の感情とは、何と儘ならぬ忌々しきものなのでしょうか。
紛うことなき私自身の心でございますのに、私自身がこうありたいと願うておるにも拘らず、それとは正反対の気持ちも又、いつ迄経っても消せぬのでございますから・・・。
私の卑しい心根は、青馬様と結納を取り交わし、その上、思いもよらずお優しいお言葉迄掛けて戴けて、又一歩、青馬様に近付けたと己の幸を喜び、それと同時に、青馬様が珠姫様とお会いになられるのを、今迄以上に耐え難く感じるようになっておりました。
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私は結納の日、その日の為に一針一針心を込めて刺繍を施した汗拭き用の布巾を、青馬様にお贈り致しました。図柄は、安芸家の男子の象徴の馬。お優しい青馬様なら、必ずお使いくださると分かっておりましたから。
あれをご覧になられて、珠姫様はどう思われたでしょう?私がお贈りした品だと、直ぐにお気付きになられた筈でございます。いつか青馬様が結うた髪を縛っておりました珠姫様手作りの組紐。あれを見付けた時の私と同じように、少しは悩み苦しんでくだされたのでしょうか?
そんなさもしい考えを未だ捨てきれずに、間もなくこの地を離れ、その後は、夫婦の誓いを立てたお相手である青馬様に、二度とお会いする事さえ叶わぬお気の毒な珠姫様を、尚一層追い詰めるような真似を私はしてしまうたのです。
私の意地の悪い贈り物は、残り僅かな日をお過ごしになられておられるお二人に、暗い影を落としたに違いございませぬ。青馬様は、日を追うごとに沈んだ表情をお見せになられるようになりましたが、私達には、ただご案じ申し上げる以外、為す術はございませんでした。
然れどある日を境に、青馬様は再びいつもの青馬様に戻られて、そして珠姫様は、寒さが厳しくなる前に、都に戻られたのです。
お二人の間に何があったのかは存じ上げませぬが、それからの日々は、年明けの婚儀に向けての準備に追われる多忙な毎日ながらも、漸く私に訪れた、何の憂いも無き、幸せな毎日でございました。
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そして待ちに待った新年を迎え、遂に私は青馬様との婚礼を終えた。初めてお逢いしてから実に十年の歳月が流れていたが、とうとう私は、長年想い続けてきた青馬様の妻となる事が出来たのだった。
その夜の私は幸せで幸せで、一日も早く継嗣を授かり真の家族となり、青馬様のお役に立ちたいと、これから始まる新たな二人の結婚生活への期待に胸がいっぱいだった。
然れど私の苦しみも悲しみも、これで終わった訳ではなかった。
私の思い描いた甘い新婚の夢は、正にその字の如く儚い夢だったのだと直ぐ様思い知らされる事になるのだが、喜びに酔い痴れておったこの時の私には知る由も無かった。




