第十六話 求婚
私は自身の結納のお席で夫となる御方から、既に他の女人と婚儀を挙げたと聞かされました。然れど、その無慈悲な仕打ちにしか思えぬ青馬様の告白は、実は私への真心の篭った真摯なお言葉だったのです。
私はその夜、この一途で真っ直ぐで不器用な、そして誰より優しい愛しい弟の為に、私の生も命も何もかも、私の持てる全てを捧げて妻としてお尽くし申し上げる事、改めて誓うたのでした。
◇◇◇◇
(婚儀?)
(えっ、夫婦って!?)
私は、青馬様のお言葉を上手く咀嚼出来ずに、頭の中が真っ白になっておりました。
「父君、母上、そして姉上、」
動揺を隠せぬ私をよそに、あくまでも穏やかなままの青馬様のお声が、誰も言葉を発せられずにおりました静かな部屋に響きました。
「私は姉上の事を我が生涯掛けて大切にすると、皆様の御前で、本日ここに誓います。」
(えっ?)
珠姫様との婚儀の事実に、既に十分気が動転しておりました私にとって、更に続けて仰った私へのお言葉の意味を理解する事は最早不可能で、私に向けてくだされておられる真摯な眼差しに、私は更に訳が分からなくなってしまうたのです。
(珠姫様とご夫婦になられたと青馬様は今しがた仰られた。それなのに私を大切にしてくださるというのはいったい・・・?)
「姉上が戸惑われるのは当然です。身勝手な物言いだと、私自身思うております故。」
更に動揺しておる私に、青馬様はご自身の胸の内を吐露なされた。
よくよく思えば、青馬様がこのように私にご自身の心情をお話しくだされたのは、初めての事ではなかろうか?
「然れど、いい加減な気持ちでは決してありませぬ。珠もその事は納得してくれております。」
(納得なされて?)
それは有り得ぬ、と私は思うのです。
己の夫が、他の女人と婚姻し、その人を大切にしてゆくと言われて、納得出来る女子など居りませぬ。
私自身も、青馬様のそのお言葉を素直に受け入れられる程、最早若くはございませぬ。
何も申さぬ私の様子を受け、
「姉上がご不審に思われるのは当然の事、覚悟致しておりました。これより私は、姉上の信頼を得られますよう、生涯掛けて努めて参る所存です。」
「珠姫様は?珠姫様は如何なされるご所存にございますか?お二人で挙式なされてご夫婦になられたと先程・・・、」
「珠は近く都に戻ります。お約束通りそれ迄の事、二度と会う事はござりませぬ。今生では私達は生きる道を違えてしまいました。珠も恐らく都で今生の相手と巡り合う事でしょう。」
「今生では?」
「はい、私達は来世での再会を誓い合いました。そして今生では互いに別々の道を精一杯に歩むと約束したのです。ですから姉上を大切にし、姉上と父君母上、この屋敷の家人皆と共に、慎ましくも穏やかな幸福を実感出来るように暮らしてゆきたいと願うております。」
「青馬様・・・。」
「姉上、私はこのように身勝手な事を申す戯け者ですが、私の妻となってくださいますか?」
(あっ・・・、)
「青馬様・・・、」
「姉上?」
私は、漸くその時、青馬様自らのお言葉で、ずっと仰って戴きたかったその一言を、伺う事が出来たのでございます。
「は・・い・・・、宜し・・く・・お願・・い・・致・・します。」
胸に込み上げてくる喜びと、今日のこの日に辿り着く迄に葛藤してきた様々な想いに、溢れくる涙を止める術が無く、私はそれ以上言葉にならず、額を床に擦りつけたまま、いつまでも顔を上げる事が出来ませんでした。
ただただ心の中で繰り返し紡がれる言葉は一つだけ・・・。
(貴方が好きです・・・。)




