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第十四話  それぞれの想い

 人の運命(さだめ)とは真に奇なるものでございます。何しろこの私が若君様の婚約者なのでございますから。


過去の出来事を、もしもあの時といくら考えてみてもそれは詮無い事ではございますが、それでもやはり私も一人の女、もしも貴方と歩んでいたのなら・・・、と考えてしまう日も有るのです。


もしも、もしも生まれ変わるなどという事が出来るのでしたら、その時は・・・。


目の前が真っ暗になって挫けそうだった私を、その日も慰めてくだされたのはやはり貴方様でございました。



◇◇◇◇


 振り向かなくとも、声の主は判ります。


(さま)は要らぬと何度も申しておるではありませぬか。」


私が立ち止まって、そう申し上げながら振り返りますと、


「そういう訳には参りませぬ、主の奥方様になられる御方なのですから。」


和哉様はいつもと変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべて私をご覧になられていらっしゃる。


「そういう事を申すのも止めて!!」


私が声を荒げると、和哉様はそれ迄浮かべていらした穏やかな笑みを消されて、何とも言えぬお顔で私をご覧になられました。


「止めて!見ないで!きっと今、私酷い顔をしている、嫉妬に狂うスセリ姫のような。」


「いいえ、菫様は本日もお変わり無くお綺麗です。」


「ふざけないで!幾つになっても子供扱いして!昔から貴方は直ぐにそうやってふざけて!ごまかそうとしたって、これだけは無理よ。それに同情などされたら、益々惨めになる!」


「同情などしておりませぬ。菫様が昔と変わらず、あまりに素直で可愛らしいから、少し意地悪したくなるのは男の(さが)ですのでお許し戴きたいですが。」


シレッと申す口の上手さは、そちらの(ほう)こそ相変わらずだと思うのです。


私がちらりと背の高い和哉様を見上げますと、


「クスクス、漸く私を見てくださいましたね。ご機嫌は直りましたか?」


又穏やかなお顔に戻られておられました。幼い頃から変わらぬ、私を見つめる優しい目。


物心(ものごころ)ついた頃には、いつも側に和哉様がいらっしゃいました。恐らくあのまま何もございませんでしたら、何の取り交わしもしておりませんでしたが、一人娘でした私は和哉様と添い、和哉様は壬生の家の婿養子としてお父様の跡をお継ぎになられていらしたと思うのです。


安芸家の騒乱は様々な人の運命を狂わせました。


和哉様は、今もどなたも娶らずお独りにございます。


「あまりご無理なさらず、嫌な事は嫌だと申されたら良いのです。」


(嫌な事?)


(それを申したら・・・。)


「嫌な事など・・・、」


「有りませぬか?」


「ええ。」


(それを申したら、全部になってしまいますから・・・。)


「はぁ。」


すると和哉様は呆れたように大きく一つ溜め息を吐かれました。


「全く・・・、真に菫様は、何から何迄、お小さい頃と、お変わりになられておられませんね。」


「えっ?」


「ほらっ、それです。貴女は昔から嘘をつくと必ず、何故だか手を握って背に隠される。」


「は?」


慌てて手を見ますと、確かに拳を作って背中に隠しておりました。私は気まずくて、急いで背中で手を開いて、ぱっぱっと振り下ろしました。


「あははは!!!」


途端にいつも物静かで冷静な和哉様が、大声でお笑いになられましたので、私が呆気にとられて見つめておりますと、


「冗談ですよ!やはりやせ我慢でしたか。あははは。」


まだ大笑いなされておられる。


私は、引っ掛けられたと分かり、途端に顔が、かあっと熱くなりました。


「なっ、何申されて!や、やせ我慢などと。そのような事、致しておりませぬ!」


「いいえ、私には分かります。それに、私の前で迄、そのように気を張られなくともよいのです。私は貴女の味方ですよ。今迄も、そしてこれからも。未来永劫、青馬様と菫様のお側で、お二人をお守りしてゆくと誓います。」


「和哉様・・・。」


突然真面目なお顔で宣言なされる和哉様に、私は戸惑うばかりで、何とお返事申し上げればよいのか分からなくなってしまいました。


「私は・・・、私はよいのです。何もかも承知で、それでも自ら選んで、お受けしたのですから。ですから和哉様が私をお気になされる必要は全く無いのです。」


「申し訳有りませぬが、それは無理なご相談です。私は生涯掛けて菫様の笑顔をお守りすると、貴女様がご誕生なされた日に誓うております故。」


「和哉様!然れど私は-、」


「何も仰らないでください。さあ、斯様なところにいつまでも居られては人目に付きます。お部屋迄お送り致します故、戻りましょう。」


私は和哉様の背中を見ながら部屋に戻る道すがら、もしもこの方と添うておったなら、今頃私はどう過ごしておったのでしょうと、思うても詮無い事を、ぼうっと考えてしまうておりました。


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