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第十二話  荒れ狂う心

 私は昨日、取り返しのつかぬ過ちを犯してしまうたのです。


漸く私がその事に気付きましたのは、その日の午後になってからの事にございました・・・。



◇◇◇◇


 昨日私はとうとう堪えきれぬようになって、青馬様方がおいでの森に、お迎えという口実で押し掛けてしまいました。


それ故?


青馬様は誰も知らぬ早朝に屋敷を出られたまま、もう昼もとうにまわっておる時刻だと申しますのに、未だ戻られませぬ。


胸騒ぎがしてなりませんでした。


私は何かとんでもない大きな過ちを犯してしまうたのではございませんでしょうか?


今朝方とんだ心得違いの甘美な夢を見て、例えいっときでも喜びを噛みしめておりました己の愚かさ加減に呆れてしまいます。


青馬様のご様子から推察致しますと、珠姫様は未だ幼く、恐らく恋する気持ちというものをご存知ではないのです。


それ故、青馬様はここのところずっと、ご自身の想いと理性との狭間で葛藤なされておられたのでございましょう。


然れど、幼くして恋心を知る者も沢山おります。斯く言う私が青馬様に恋したのは、未だ八つの時でございました。珠姫様は既に十歳。ふとしたきっかけでご自身の想いにお気付きになられても、何ら不思議ではないお年頃でございます。


ふとしたきっかけ?


それは・・・。


もしも私が想いを強く自覚するきっかけが有ると致しましたら、それは・・・、


それは、そう、間違いございませぬ。


私が己の想いを強く自覚致しますのは、嫉妬した時にございます。


他の女子と居られるお姿を視界に入れただけでも、例えようもない焦燥感と羨望を抑えられずに、つい苛々と周囲に八つ当たりしてしまう事すらございます。


それは誰しも同じ筈にございます。


相手を想う気持ちが強ければ強い程、想いが深ければ深い程、それと同じ、いえそれ以上に、嫉妬心がついてまわり身を焦がすのが、恋する者の悲しい(さが)でございますから。


昨日私の事をご覧になられていらした珠姫様のお顔には、明らかに戸惑いの表情が浮かばれておられました。


何故戸惑われるのでしょう?


あの折、青馬様は私の事を姉だとご紹介くだされました。ただの姉に何も戸惑う必要などございませぬ。という事はつまり、あの時点で既に、私と青馬様が婚約しておる事をご存知でいらしたに違いございませぬ。それでその当人に会い、混乱なされたのでしょう。そうであれば全てに合点がゆきまする。


でしたら、珠姫様はあの後、如何なされたでありましょうか。今迄己だけを見て大切にしてくだされた大好きな方の婚約者をご覧になられて。


(!!!)


青馬様は聡明な御方。その上、そのお心は常に、珠姫様のお側に寄り添うておられます。当然、珠姫様があの後お苦しみになられる事をお察しになられていらした筈でございます。然すれば必ずあの場所にお出でになられる事も。


それ故青馬様は、珠姫様がいつお出でになられても、必ずご自身がその場にてお迎えになれるように、夜も明けぬうちからお出掛けになられて、いつお出でになられるかも分からぬ珠姫様を、ただただお待ちになられておられるのです。


「うっ、うっ、うっ、」


「菫様?!如何なさいました?!」


(悔しい!悔しい!!悔しい!!!)


珠姫様!それ程迄に青馬様に愛されておられる貴女様が、私は憎うて憎うておかしくなりそうです!


年が明ければ私の夫になられる御方が唯一人愛しておられるのは、今も昔も以前の許婚。


私はそれを全て覚悟の上で、ふつふつと煮えたぎる湯の中に自ら飛び込んだ筈なのに、このままでは、いずれ取り返しのつかぬ事をしでかしてしまいそうな程に湧き上がる狂おしい程の嫉妬は、最早我慢の限界でございました。


然れど、これ以上青馬様に厭われる位なら、いっその事、その嫉妬の業火でこの身を焼き尽くして欲しいと願う心も又、私の中に確かに混在し、それが更に私を苦しめるのです。


この時私の心の(せき)は、正に決壊寸前でございました。


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