第十一話 二つの指輪
何も知らなければ心穏やかでいられるものを・・・。
青馬様への想いが深くなればなる程、私は益々愚かな行為を繰り返してしまうのでした。
その日私はまた一つ、愚かな罪を犯してしまいました。
そして私はまた一つ、辛い現実を思い知らされるのです・・・。
◇◇◇◇
屋敷に戻った私は、青馬様が庭の井戸のところで水浴びをなされておられるのを、部屋から何の気なしに見ておりました。すると夕日を浴びた胸元で、何かがキラッと煌めき、眩しくて私は一瞬目を覆いました。
直ぐに手を外して青馬様を見ましたが、既に衣を羽織られた後でございました。
その後、私はどうしても先程煌めいた何かが気になって、青馬様が一旦自室にお戻りになられて直ぐそのまま湯殿に向かわれたのをよい事に、いけないと思いながらも、気付けば青馬様のお部屋にこっそりと忍び込んでおりました。
青馬様のお部屋は、余計な物が一切無い、有るのは文机だけという無機質なお部屋でございました。
私は真っ直ぐに文机に向かい、心の中でお詫びを申し上げながら、引き出しの一つを開けてみたのです。
するとそこには、大小二つの黄金の指輪を革紐で括った首飾りがしまわれてありました。先程光った何かの正体に違いございませぬ。
私は申し訳ないと思いながらも、それを手に取り目の前に翳してみました。そうして気付いたのです。私にはその指輪に見覚えがございましたから。これはお母様がはめていらっしゃるのと同じ指輪だと。
それだけで私には全て解ってしまうたのです。
この指輪は、青馬様のお父上様・郁馬様からの贈り物なのだと。郁馬様も同じ指輪をはめていらっしゃるに違いないと。という事は、二つの指輪の意味、それはつまり夫婦の証なのだという事が。
お母様も、お父様と再婚なされて尚、あの指輪だけは外す事無く、はめ続けていらっしゃいます。
鼓動がドキドキ速くなり、手が震えました。
私は急いで首飾りを元の位置に戻して引き出しを閉め、音を立てぬようにそっと部屋の扉を少しだけ開いて廊下の様子を窺い、誰も居らぬのを確認すると、青馬様のお部屋を出て、急ぎ自室に戻ったのでした。
◇◇◇◇
その翌日、青馬様は朝餉の席にお出でになられませんでした。
「青馬はどうした?」
お父様の問い掛けに守役の和哉様も、
「いつも通りに夜明けと共に部屋をお訪ねさせて戴いたのですが、既にご不在でした。恐らく行き先はいつもの河原と思われますので、お迎えに上がりましょう。」
そう申されて立ち上がろうとなされた和哉様を、
「いや、よい。」
お父様はお止めになられました。
お父様も、本来なら主となるべき青馬様のお気の毒な運命を、心苦しくは思うておいでなのです。約した刻限迄の残り僅かな時は、青馬様のなさりたいようにさせて差し上げたいのでございましょう。
不意に昨夜見た黄金の指輪が頭を過りました。
お父上様から贈られて肌身離さずお持ちになられておられる夫婦の証の大切な指輪。
その時、私の頭の中に、お揃いの黄金色に煌めく指輪をはめて二人並んで座っている私と青馬様の祝言の様子が思い浮かんできて、あと数ヶ月先のその日が、より身近になったような、より現実味を増したような、そんな嬉しい期待についつい口元が綻ぶのを抑えられず、この後突きつけられる悲しい現実など知る由も無い私は、ただ嬉しさに緩む顔を誰にも気付かれまいと、平静を装うのに苦労しておりました。




