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SAVERS ―光なき心を救う者たち―  作者: 春坂 雪翔


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第十六話【命の対価】(六)

諸事情により明日閑話を更新します。

 柔らかな陽の光が、木々の隙間から木漏れ日のように差し込み美琴の目の前の湖畔を、その宙に浮いている龍を照らしている。無数の光が龍の鱗に当たり、龍の動きに合わせて光り方を変える。


 その神々しさに目を奪われながらも、美琴は龍の空気に飲まれそうになるのをぐっと堪え、その鋭い眼光を真っ直ぐ見つめた。

 

「あなたが……龍神様?」


 恐る恐る口にしたその言葉が聞こえたのか、龍はすうっと目を細めた後、美琴に大きな顔を近付けた。

 

「おぬしは……そうかそうか、わしの力を分けて欲しいと頼み込んできた人間の子孫だな。よくあの飢饉を生き延びて、今世までその縁を繋げたもんだ」


 龍は否、龍神は笑っている様だがその笑いは見方を変えれば嘲笑の様にも受け取れる。本当に居たんだ、という美琴の心境を他所に、龍神は美琴の顔を見ながらふんふんと顔を上下に動かした。


「して何用か? またあの時みたいにわしの力が欲しくなったというのか?」


 心の内を見透かされたと思い、美琴は思わず息を呑む。龍神に品定めをするような目で見つめられ、思わず顔を背け後ずさりしそうになる。しかし美琴は、今ここにいるのは自分だけだと己を奮い立たせ、自分の言葉を口にした。

 

「……力は要らない。その力を、制御する方法が知りたいの」


 龍神はほう、と言いながらも顔色を変えず、美琴から視線を逸らさず真っ直ぐ見つめる。金色の目に陽の光が当たり、よりその眼光が鋭く光った。

 

「私はあなたの力を持ってないけど、弟が持ってる。それが今、弟の中で暴走して、苦しんでいるの……」


 目の前にいるのが書庫で見た龍神ならと、美琴は頭の中で考えを必死にまとめながら口を動かす。代々伝わる力に読心術があるのなら、恐らく龍神には美琴の考えなど筒抜けだろうが、美琴は気にしなかった。


「お願いします、弟を……奏を助けて下さい!」


 頭を深々と下げて、美琴は龍神に願いを乞う。

 龍神は暫し沈黙し、再び大きな口を開いた。

 

「わしがおぬしの願いを叶えるとして、おぬしは対価に何を差し出す?」


 美琴の肩がぴくりと跳ねる。そして文献に描かれた龍神の前に作物や小判の絵が描かれてたことを思い出し、血の気が引き、背に冷たいものが流れるのを感じた。

 今の美琴は何も持ってない。龍神に、神様に何かを願う時はお供え物が必要だ。

 

 その事がすっかり頭から抜け落ちてた失態に、美琴の顔は火が出そうになる程熱くなる。

 神酒を持って出直すか、それよりもここからどうやって戻れば良いのか、もう一度ここに来るにはどうすれば良いか。

 

 美琴がぐるぐると思考を巡らしたのが伝わったのか、龍神の細長い胴体が美琴の身体に緩やかに巻き付いてきて、美琴は驚き顔を上げた。

 

「この力を制御するにはそれ相当の対価が必要となるぞ? 目か? 耳か? 心臓か? それとも魂か?」


 龍神の腕が美琴の頬をするりと撫でる。美琴の腕よりも大きなそれは、少し力を加えたら美琴の首など簡単に折れるだろうという事が容易に想像出来た。

 

 龍神が指を一本、美琴の額に突き立てる。その威圧感に恐怖を覚えながらも美琴は、龍神の目をじっと見据えた。

 

「……どれもあげられないわ。でも、助けて欲しい。……私にとって、たった一人の弟なの」


 その言葉に龍神は再び目を細め妖艶な笑みを浮かべる。神が何かを差し出せと言えば妥協した物をつい口にしがちだが、美琴はそれをしなかった。

 度胸があるのか身の程知らずなのか、或いはどちらもなのか、龍神は大きな口を開けて声を高らかに笑う。鋭利で大きな牙が見え、光に反射して白く光った。

 

「何もあげられぬというのに願いを欲するか。強欲な娘だのう」

「……そうよ! 私達人間は、自分勝手で欲張りな生き物よ!」


 龍神の嘲笑に美琴は、間髪を入れず言い返した。

 それには龍神も驚いたのか、細めた目が僅かに見開かれる。美琴も自分の言葉に驚きながらも、下を向き声を震わせた。

 

「でも私には、弟が……奏が必要なの……!」


 美琴は肩を震わせ胸の前で手を握りしめる。

 龍神はふるふると小刻みに揺れる美琴の腕の先、手首にある小さな玉に気付くと、ふっと笑みを零した。

 

「……ふむ。力が無いにも関わらず強欲なその姿勢、実に人間くさくて良いのう……。気に入った。その弟とやらを助けてやろう」


 龍神の提案の意図が読めず、美琴は目を見開きながらも困惑の表情を浮かべる。何も出せないと言ったのに龍神が何のメリットがあって助けると言ったのかが美琴には分からなかった。


「おぬし、力は持ってないと言うたがゼロでは無いな? だいぶ薄まっておるが、おぬしにもわしの力が流れておる。……おぬしの髪に、わしの力が蓄積されておるのう」

 

 龍神の長い尾が、美琴の髪をするりと撫でる。つむじの位置で束ねられた美琴の長い髪が、龍神の尾に巻き付いてふわりと舞った。

 

「どうじゃ。その長くて綺麗な髪を差し出せば、おぬしの弟とやらの中にあるわしの力を鎮めるのを、してやらんことも無いぞ?」


 龍神が妖艶な笑みを浮かべ美琴の顔ををじっと見据える。美琴は自分の髪に視線を送り毛先に触れ、指に絡ませてから龍神の大きな目に視線を戻した。

 すうっと目を細め、静かに龍神に問いかける。


「……この髪をあなたに渡せば、奏は助かるの?」

「わしは嘘が嫌いじゃ。故に嘘はつかん」


 龍神は表情を変えずに美琴から少し距離を取る。

 すぐ下の水面に渦巻きが出来、それが宙に舞い上がり水柱が生まれる。

 その中に龍神が腕を伸ばすとぱしゃりと水が弾け、透き通った刀身の綺麗な短刀が現れた。

 目の前に差し出されたそれを美琴はじっと見つめた。

 

「そう……分かったわ」


 美琴は短刀を手に取る。透明だが水面に映し出された鏡のように、刀身に美琴の顔が映る。美琴はつむじの辺りを左手で、自身の髪を束ねている髪留めを握り込むように掴むと、結び目の根本に短刀の刃を当てた。


「奏が助かるなら……このぐらいどうって事ないわ」


 透明な刃が、美琴の長い髪に触れて切っていく。

 刀身を滑らせるように動かすと、切れ味の良い刃で綺麗な断面が見える程、美琴の髪は簡単に切れていく。


 ざくり、ざくりと髪が切れる音が、静かな湖畔に響き渡る。

 そして頭上に刃を振り上げると、短くなった美琴の髪がふわりと舞い上がった。

 髪を切りあげた瞬間、短刀は形を失い霧のように霧散して消えた。


 美琴が己の髪の束を龍神の前に出すと、龍神は目を細め妖艶な笑みを浮かべる。

 そして大きな口を開け美琴の髪を咥えて飲み込むと、小さな水球が龍神の手の中から生み出された。

 水球が少しずつ大きくなり、ぱしゃりと弾けたその時、小さな水色の小瓶が現れ、龍神がそれを美琴の前に差し出した。


「ふむ……やはりわしの見立てた通り、上等な髪だ。確かに受け取った。……それを一滴口に含ませれば、おぬしの弟は助かるだろう」


 小瓶が、陽の光に当たってキラキラと輝く。中の水もキラキラと輝き、神聖な物である事が伺えた。


「ありがとうございます。なんとお礼を言って良いか……」


 小瓶を大切そうに胸の前に抱き、美琴は感謝の言葉を述べる。

 ところでこれで力が制御出来るのは分かったが、その後力は抑え込まれたままなのだろうか。

 そんな美琴の考えてる事が伝わったのか、龍神が高らかに笑い出した。


「……なに、これを飲んだ所で力は消えん。ほんの少しだけ弱くなるが、一時的なものだ。時間が経てば元に戻るさ」


 龍神の周りを円を描くように水流が流れる。

 同時につむじ風が美琴を取り囲み、思わず顔を腕で覆い龍神が視界から消えた。


 風が止んだ時、そこは和真とはぐれる前までいた森の中だった。それは神聖な非現実的空間ではなく、緑豊かな山の中の森だ。先程の静寂な森とは違い、かなかなと蝉の合唱が辺り一面に響き渡る。


「あ、美琴探したんだぞ! 一体何処に行っ……!?」


 その声のする方へ振り返ると、全身汗だくになった和真が首に巻いたタオルで顔を拭きながら美琴の前に現れた。

 急に姿を消した美琴に悪態をつこうとした様だが、その声は驚きで最後まで言葉にならなかった。


 美琴は和真の反応を見て、そうだよねーと苦笑いを浮かべる。


「えへへ……イメチェンしてみた」

「イメチェンって……おま、髪……!」


 少し冗談めいた美琴の言葉に、和真は間髪入れずに言い返すが、驚きすぎて上手く言葉が出ない。当たり前だ。美琴の特徴的だった長い髪が、綺麗さっぱり無くなっているのだから。


「まさか……その、会えたのか? 龍神ってやつに……」

「私も血筋だからかな……龍神様の力が、髪に蓄積されてたんだって。それと引き換えに……」


 美琴は両手で握り持っていた小瓶を和真に見せた。


「これで奏を助けられるって、龍神様が言ってたの」

「そ、そうか……」


 和真が何とも言えない表情で小瓶を見る。

 髪は女の命。それは、男の和真でも聞いた事がある半ば世間の常識みたいなものだ。

 つまり奏を助ける為に美琴が差し出したのは、己の命その物と同等の対価という事になる。

 大袈裟かもしれないが、そういう事なのだ。

 その考えが伝わったのか、美琴はバツが悪そうに笑い、弁解の声を上げる。


「そんな顔しないで。髪はまたすぐ伸びるし。でも私……、やっぱりこっちの方が落ち着くみたいなの」


 美琴が右手で髪を耳にかけながら静かに笑う。

 その時和真は唐突に、美琴の家の書庫で見たアルバムの写真を思い出して、あの時感じた違和感に気付く。

 幼少の美琴と姉の写真、髪が長いのが美琴で、短いのが姉だとあの時は無意識に思っていた。

 

 だが、今目の前にいる美琴は、短い髪の少女と同じ笑顔をしていた。

 あの写真の、長い髪の少女は美琴じゃなかった。美琴の姉だったのだ。

 つまり、美琴は今まで──


「早く行こう。もうすぐ日が暮れちゃう。その前に奏の所に戻らなきゃ」


 気付けば、太陽が少しだけ低くなり、辺りが橙色に染まりかけていた。

 二人は元来た道を辿り、山を下りて行った。



* * *

 


 DSI神奈川支部の救護室は変わらず、緊迫した空気が漂っていた。未だに目覚めない奏を誠司と空美がそばで見守っていたその時、勢いよくドアが開き和真と美琴が入ってくる。


「和真! 遅かったやないか一体どこまで行っ……!?」


 空美が待ちくたびれたという声で和真に声をかけるが、その声は最後まで続かなかった。あの時の和真と同じである。


「篠宮さん、それ……っ」


 誠司も美琴の容姿にすぐ気付き、驚きの声をあげる。しかし美琴はそれに気付いてないのか或いは気にしていないのか、誠司と空美には目もくれず真っ先に奏のそばに駆け寄る。

 

 ゆっくりと奏の身体を抱き起こし、大切に持っていた小瓶のコルクを開け、飲み口を奏の口元に当てる。

 中の水が一滴、奏の口の中に吸い込まれるように入ると、苦しんでいた奏の表情が徐々に穏やかになっていく。

 そしてゆっくりと奏が、目を開いた。


「奏……っ!」

「奏さん!?」


 和真と空美が驚きと感嘆の声で叫ぶ。

 誠司は突然の事で状況の理解が追い付けず声が出なかった。

 奏が辺りを見回し、そばにいる美琴に気付き、そしてその姿を見て驚き身体を起こす。

 

「美琴っ、お前、その髪……」

「命よりは軽いから」


 奏の驚いた声に、美琴はにこりと笑ってそう返した。

 しばらく驚いて固まっていた奏だが、少しずつ状況を理解していったのか複雑な表情で美琴を見つめる。

 しかし奏は美琴の短くなった髪の毛先にそっと触れると、


「……似合ってる。こっちの方がお前らしくて、俺は好きだ」


 その奏の表情は、三人が今まで見た事ない穏やかな笑みだった。

 美琴の目から、大きな雫が溢れ出す。

 それは止まることなく美琴の頬を伝い、美琴が必死で手で拭っても追いつかなかった。


 美琴が奏に抱き着き肩に顔を埋める。肩を震わせ声を押し殺すように泣く美琴の背中を、奏がぽんぽんと優しくあやす様に撫でた。

 和真がそれを見て、誠司と空美を促す。

 三人はそのまま静かに、救護室を後にした。

 


 和真と空美の後を追うように、誠司は神奈川支部の廊下を歩く。考え事をしてる誠司の足取りは、少しだけ重そうに見えた。


「誠司、どうした?」


 和真が誠司を伺うように声をかけると、誠司は歩をぴたりと止める。そして意を決したように顔を上げた。


「和真さん……、頼みがあるんだ」


 誠司の表情を見て和真は、空美に先に行くように声をかける。空美の姿が見えなくなった所で和真が誠司に向き直った。


「どうした、改まって」

「……俺に、コアの力の使い方を、教えて欲しい」


 真っ直ぐ和真の目を見て、誠司は迷いなく言い切る。

 和真が表情を変えずにどういう意味だと聞き返すが、誠司はそのまま言葉を続けた。


「綾瀬……あいつが言ってたんだ。コアの力を引き出してるって。あいつは無意識にやってるって言ってたけど、和真さんは、何か知ってるんじゃないか?」


 誠司は和真の顔を伺うが、和真の表情は変わらなかった。誠司の意図を読み取ろうとしてるのか、和真もまた、誠司の顔を伺ってる様だ。


「……篠宮さん、何があったかまでは分からないけど、あいつを助ける為に、髪切ったんだろ? その……助ける為とはいえ、大事なものを手放すのは、相当覚悟がいることだと思うんだ」


 奏の為に、大事な髪を手放した美琴は、とても輝いて見えた。

 自分は、どうだろうか。大切な物を守る為に、自分は、何を手放し、何を対価として払えるだろうか。

 

「……今の俺は、自分のことで手がいっぱいで、明日香の事を守ることが出来ない。だから……強くなりたいんだ」


 その為にも、コアの力を引き出して、今より使えるようになりたい。明日香を守れるくらい、強くなりたいからだ。


 誠司の覚悟が伝わったのか、和真はすうっと目を細め、真面目な表情で誠司を見る。


「……空美のコアが特別だと言ったのは、確かに今お前が言ったのも理由ではある。だがそれを、意識してやるのは難しい事だ。それでもやりたいか?」

「構わない。やり方を知ってるなら、教えて欲しい」


 誠司の言葉に迷いは無かった。

 和真は、ふうっと一つ息を吐くと、誠司のそばに寄りいつもみたいに頭をがしがしと撫でた。


「よーし、今日は一旦自宅に戻って準備して、明日から千葉支部(うち)で特訓するぞ! 万が一ロストが出ても対応出来るように、俺から飛渡本部長にも話を通しておくから」


 和真が誠司に笑顔を向け、喝を入れるように誠司の背中を叩く。痛みに少し顔を歪ませながらも、誠司は文句は言わなかった。



* * *



 同時刻、DSI埼玉支部にて。

 休憩室で本を読んでいる杏の背中に、明日香は声をかける。それを聞いて杏は本を閉じると、明日香の方に身体を向けた。


「どうしたんだ、改まって」

「……私に、戦い方を教えてくれませんか?」


 真っ直ぐ杏の目を見て、明日香は迷いなく言い切る。

 杏が表情を変えずにどうしてだと聞き返すが、明日香はそのまま言葉を続けた。


「……今の私は、誠司に背中を預ける資格がありません。だから……強くなりたいんです」


 明日香の覚悟が伝わったのか、杏はすうっと目を細め、真面目な表情で明日香を見る。


「……私のやり方は厳しいぞ。それでもやりたいか?」

「構いません。私に戦い方を、教えて下さい」


 明日香は杏に頭を下げる。

 明日香の言葉に迷いは無かった。

 杏は、ふうっと一つ息を吐くと、明日香のそばに寄り肩に手を置いた。


「明日、朝食を食べたら地下のトレーニングルームに来い。遅れるなよ」


 明日香は静かに頷いた。

髪を切る、切られるのが自分の創作の性癖です。

これも学生の頃から考えてたシーンですが、辻褄を合わせる背景は今回考えました。

ここだけの話、美琴の姉がいる設定は学生の頃には無かったんです。

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