第十六話【命の対価】(五)
神奈川支部の職員に許可を得て、誠司と空美は奏のいる救護室のドアを開ける。
恐る恐る近付くと奏は相変わらずうなされていて、まるで悪夢を見ている様だった。
職員は今は近くにいない。手の打ちようが無いのか、今はモニターで確認をしてるだけの様である。
職員でさえもほぼお手上げなのに、自分達に何が出来ると言うのだ。その考えが誠司の頭の中から消えず、それが誠司に執拗に問いかけてくる。
奏のそばに居るだけで何していいか分からず、居心地悪くなってる誠司を他所に、空美が奏の左側に立った。
奏の左腕を手に取り、手首のバンドにはめられたコアに手を乗せる。何か力をこめるような仕草だが、誠司が空美の行動の意図が読めず首を傾げた。
「何してるんだ?」
その問いに空美が思案しながら答える。
「奏さんのコアの力が引き出せたら、何かようならへんかと思って」
「コアの力?」
誠司が聞き返すと、空美はそう、と頷いた。
「コアのおかげでうちらの治癒能力が上がるやろ? それは使ってるって自覚はあんまりあらへんけど、その力をどうにか引き出せたら、奏さんの力も落ち着かへんかと思って」
空美が深呼吸をして奏のコアの上に手を乗せ力を込める。しかしコアは特に変化は無く、室内の明かりが少し反射して光るだけだった。
「本人の意識が無いと難しそうだな」
「せやな。コアの力使えたら、奏さんの力も使えると思ったんやけど……うちも無意識にやっとるみたいやから、やっぱり奏さん自身がやらなあかんか。少しでもようなればと思ったんやけど」
空美が溜息をつきながら、近くにあったパイプ椅子に座る。誠司も座ろうとして、しかし空美が呟いた言葉が引っかかり、立ったまま空美に聞いた。
「無意識に、コアの力を使ってる?」
「え、誠司さんやったことあらへんの?」
空美が驚きながら聞き返すが、誠司は空美の言ってることが理解出来ていなかった。
「いや、コアをギアに変えることは分かるけど……それがお前の言ってる力って事で合ってるか?」
「うーんそれもあるんやけど……うちが言いたいんは、コアを通じて治癒能力の他に、その人が元から持っとる力も引き出すってこと」
誠司がコアを使って出来ることは、ギアにしてそれを使ってロストと戦う事だ。空美が言った治癒能力は人体の回復が早くなるということで、これも誠司達セイバーは普通の人より怪我の治りが早い事から自覚している。
「和真が言うてたからみんなやってるんかと思ったんやけど……やっぱりやり方を理解してへんと、できへんことなんかなあ?」
誠司は先程和真と会話した事を思い出した。もしかして空美の身体能力は、彼女のコアが特別なだけでは無く、空美自身がコアの力を引き出した結果高くなってるのではないか。
だとすると自分も、そのコアの力を引き出す事が出来るようになれば、戦いの幅が広がるのではないか。
もしかしたら、和真なら何か知ってるのかもしれない。
「和真ら遅いなあ。いつ帰ってくるんやろか」
パタパタと足を揺らしながら入口に目を向け、不安そうに呟く空美の声が、誠司の耳から耳へ通り過ぎて行った。
* * *
真夏の太陽が、黒いアスファルトをじりじりと照らしている。綺麗に舗装されたそこは太陽の光を吸収し、卵を落としたら目玉焼きが作れるんじゃないかと思うほど熱かった。
その舗装された緩やかな坂道を自転車が一台、徐々にスピードを出しながら下っていく。幸いパトカーは勿論他の車ともすれ違わず、その自転車が二人乗りをしている事を咎める大人はいなかった。
「あ、ここだここストップストップ!!」
後ろの荷台に乗り和真の身体に腕を回していた美琴が、スマートフォンを見ながら突然叫ぶ。和真が急ブレーキで止まったそこにあったのは、舗装されてない一本の砂利道だった。
「……ほんとにここで合ってるのか?」
「この山の入口らしい場所だから、多分ここで合ってるはず」
和真が首に巻いたタオルで汗を拭いながら美琴に問いかける。
美琴が画面を指で操作してカメラで撮った地図の画像と地図アプリを照らし合わせながら言い切るが、土地勘のない和真はいまいち信じきれなかった。
見たところ普通の砂利道でおそらく民家らしき家屋も見える。こんな所に龍神様というのが本当にいるのか、和真は説得力が感じられなかった。
だが地元民の美琴が言うのなら従わない理由は無い。美琴を先頭に、二人は山に続く砂利道に入って行った。
自転車を押しながら上り坂になっている道を登っていくと、ひとつの木で出来た古びた看板が目に入る。雨ざらしでだいぶ劣化した看板だが、辛うじて鳥居の絵が書いてあるのが分かった。
「この先に神社が……?」
「私は聞いた事無いけど、もしかしたら昔の人が作った祠があるのかも……?」
もしかしたら、龍神様の何かがあるのかもしれない。
看板の横は開けた道が続いており、一応人が歩ける場所は確保されてるようだ。しかしそこは舗装されてない砂利道の方がまだ歩きやすいと思うほど、けもの道に近かった。
とてもじゃないが自転車が入れる道ではない。ここに置いて、徒歩で行くしか選択肢は無さそうだった。
仕方ないと二人は顔を見合わせると、自転車を安全な場所に移動させる。和真がスタンドを立て、美琴が鍵をかけて二人は草木が茂る道に入って行った。
陽の光が和らぎ、心地よい風が通り過ぎる。
木々が生い茂ってるからなのか、猛暑なのにも関わらず涼しい空間だった。蝉の鳴き声が響き、合唱の様にその声が重なり重厚感を醸し出している。
足元に気を付けながら二人は前に進んでいく。涼しい場所ではあったが、舗装されてない山道を登っていくのは少々骨が折れた。
「あれ、ここってもしかして……」
登り始めてからさほど時間は経ってなかったが、美琴が何かを見つけたのか速度を上げる。和真がその後を追うと、美琴が小さな祠の前にして立ち止まっていた。
「やっぱりそうだ。ここ、私と奏がコアを見つけた場所だ……!」
美琴が無意識に自身の左手首にあるコアに手を伸ばす。
和真がえっと驚きながら美琴を見ると、美琴が少し笑いながら話し始めた。
「奏と一緒に遊んでた時に、ロストの騒動に巻き込まれて、私達は無我夢中で逃げたんだけど……無差別に人を襲うロストだったから、私達を追いかけてきたの」
和真は思わず息を呑んだ。
コアを見つけたということは、おそらくそれは、二人がセイバーになる前の話だ。確か四、五年くらい前だと聞いているから、まだ二人は子どもだったはずだ。正体不明の怪物に襲われた時の恐怖は想像に難しくは無い。
「どこにいるか分からなかったけど、私は奏と一緒に、ただ前に向かって走ってた。その時に光ってる祠を見つけて……鍵はかかってなかったから、簡単に開けることが出来て、そこに小さな綺麗な玉が二つ、光ってたの」
小さな玉が二つ、それが美琴と奏のコアだったのだろう。一息ついてから、美琴は和真の顔を見た。
「そこから先は、和真君が想像してるのと多分同じ。玉を手にしたら光が強くなって形を変えて……気が付いたらロストはいなくて、目の前には知らないおじさんが倒れてた。私は怖くて奏にしがみついてて、呆然としてたら城戸さんが走ってきたの。奏の位置情報を頼りに探してくれたみたい」
「そうだったのか……」
「それでセイバーの事、ロストの事を説明されて、城戸さんも無理強いはしないって言ってくれたんだけど……奏がセイバーになるって即答したの。だから私も、奏を守る為にセイバーになったんだ」
美琴は思い出しているのか、穏やかな表情だった。
初めてロストに襲われた怖い出来事だったはずなのに、トラウマにならずに思い返せるのは、その後のサポートが手厚かったのもあるのだろう。
「二人とも強いな。普通はセイバーになるって即答出来ないぜ? 見ず知らずの人の為に、未知の怪物と戦うなんて、嫌じゃなかったのか?」
「和真君はそうだったの?」
美琴が和真の顔を伺うが、和真は少し照れくさそうに顔を逸らす。
「いや……俺もお前と似たような感じでコアを手に入れたけど……余計な事を考えなくて済むからってのが、セイバーになると決めた理由だったな」
「余計な事?」
「まあ色々あってな……。でも、困ってる人を助けたいとか、そんな綺麗な理由でやると決めてないのは確かだ」
「それは分かる。皆我が身が可愛いもんね」
和真の答えを聞いて美琴が思わず笑みをこぼす。
お互いがセイバーになったきっかけは様々だろうが、あまり気にしないのか今まで誰も話題には出さなかった。
和真が他にセイバーになった理由を知ってるのは空美だけだが、意外と皆似たような経緯なのかもしれない。
お互いのセイバーになった時の事を共有して、和真は美琴に少し親近感が湧いた。
ふと美琴が辺りを見回し始める。どうしたという和真の問いに、美琴が遠くを見ながら答えた。
「なんか……水の音がする……?」
「え、俺には聞こえないけど……」
和真も美琴にならって耳をすませるが、聞こえるのは風が吹いて木々の葉が擦れる音だけである。
美琴が音の聞こえる方に歩き出し、和真もそれに続く。
しかし次第に何処からか霧が出てきたのか、辺りの景色が見えにくくなってくる。
美琴とはぐれないよう和真は注意して美琴の姿を捉えるが、突如強い風が吹き咄嗟に腕で顔を覆う。
風が収まり和真は顔を上げると、そこに美琴はいなかった。
「え……美琴? 美琴! おーい! 何処にいるんだ!?」
和真の叫んだ声が、薄暗い森の中に消えていった。
───────
僅かな水音がする方へ、美琴は歩を進める。
静寂な森の中に風が通り過ぎ、ざわざわと木々の葉が騒ぎ始める。
美琴が進んだ先に、光が差し込む開けた空間があり、中央には少し大きめの湖畔があった。
そこを照らしてる陽の光は、真夏の太陽の様な強さは感じられない。まるで神聖な場所を優しく照らしている、どこか非日常の様な場所だった。
「……あれ、和真君は?」
美琴はそこでようやく一人になった事に気付く。
さっきまで一緒にいた和真がいなくなり、美琴が不安そうに辺りを見回すと、頭の中に直接声が流れ込んできた。
『なんじゃ騒々しい。わしの神域に断りもなく入ったのはどいつじゃ?』
声に驚いた美琴を突然つむじ風が包み、美琴は思わず顔を背ける。
それが収まった時恐る恐る顔をあげると、目の前には銀色に輝く何かがいた。
長い身体は銀色の鱗に覆われ、光に当てられた鱗が一枚一枚輝いている。その身体の先端にはイカつい人間では無い顔に、獣のような大きな口から牙が飛び出ていて、長い髭が付いている。
それはおとぎ話やアニメや漫画等、創造の世界でしか美琴は見た事がない。
美琴の身体より数倍の大きさはある龍が、目の前の湖畔の中央に浮かんでいた。
次が自分の性癖詰めた話になります。
まさかこれが形になるとはなあと感慨深い気持ちです。




