第十六話【命の対価】(三)
休憩室が沈黙に包まれて誰一人言葉を発しない。
それ程までに修一からの告白は衝撃的な物だった。
「城戸さん……今、なんて……」
「聞こえなかった訳じゃないだろ。だったら二度は言わねえ」
震える声で美琴が問うが、修一はその要望をぴしゃりと跳ね除けた。
流石に冷たすぎないかと誠司は修一に対して非難の目を向けるが、その視線に気付いた修一の眼光に気圧されて口を噤んだ。
言葉を失った美琴に向き直り、修一は話し出した。
「お前の親父さんは、お前がさっきこいつらに話した先祖代々伝わる力っていうのを、なるべく多くの子孫に残したかったそうだ。対して奏の母親は、子どもは欲しかったが結婚はしたくなかった。お互いの利害が一致した結果、生まれたのが奏だ」
修一が淡々と話す内容は、信じ難い物だった。
出来れば作り話であって欲しいと誰もが思っただろう。だがそれを今現在確認出来ている状況証拠が真実だと裏付けていた。
「それで奏の母親は身ごもった状態で実家に戻ったそうだ。美琴の父親の名誉を守るためだか知らねえが、父親が誰かは頑なに話さなかったらしいがな」
「ちょっと待って下さい。どうして城戸支部長がそんなことまで知ってるんですか?」
修一の話に和真が口を挟むと、修一は面倒くさそうに和真を見てため息を着いた。
「まあ最後まで話を聞け。それで奏を一人で育てるつもりだったらしいが、かなり難産だったらしい。それで不幸な事に、母親は奏が生まれた後命を落とし、奏は母親の両親、奏の祖父母に引き取られた」
修一は美琴の顔を伺っているのか、そこで一度口を閉じた。美琴は変わらず青ざめた表情で修一の説明を聞いていた。
「あいつは、どうやってその事実を知ったんですか?」
誠司の質問に答えるように、修一は続きを話し出した。
「成長して自分がどうやって生まれたのか、夢を見て知ったそうだ。おそらく美琴の父親が残したがってた力だな。その後、お前が親父さんと一緒にいるのを見て、自分の父親が誰か理解したんだそうだ」
休憩室が再び静寂に包まれる。
誰もがどう反応していいか分からないと思っていたのだろう。
誠司がその沈黙に耐えかねて目線が泳いだ時、和真が遠慮がちに口を開いた。
「奏が夢で見たとしても……それにしては詳しすぎませんか? 仮にそれが本当だとしたら、夢を見たのってあいつがまだ子どもの時ですよね? 話を聞く限り、年端もいかない子どもが理解出来る内容だったとは思えないのですが……」
痛い所を突かれたのか、修一が「あー……」と言いながら頭をがしがしとかく。チラリと空美を見て、まあ良いかと小さく呟くと、言葉を選ぶように再び口を開いた。
「奏が気付いたのは確か……八年ぐらい前か。奏が見た夢の内容を聞いた後、俺が独自に調べたんだ。探偵も雇ってな。あとは奏の母親と俺は、昔からの知り合いでもあったから、母親の心境は昔聞いた記憶を頼りに俺が推測した結果だ」
「探偵って……それで何が分かったんや?」
「美琴がいる前なんだが、まあ、そうだな……美琴の親父さんと奏の母親が、どこで知り合ったかなら分かった」
「……それってどこなんですか?」
誠司が思わず口にした疑問に、修一は眉間に皺を寄せて誠司を睨んだ。
「分かってて聞いてんならはっ倒すぞ。ったく、千葉支部のにーちゃんなら分かるだろ。……二人が出会ったのは、そういう店だったそうだ」
修一が含みを持たせた返答をした次の瞬間、美琴は休憩室が逃げるように飛び出した。
「あっ、おい美琴!」
すぐさま和真が追いかけるように飛び出して行く。
残された空美が驚きながらも、結局どこで出会ったんやと頭に疑問符を浮かべるのを、修一は複雑そうだが少し安堵した目で見ていた。
* * *
「美琴待てって!」
前方の廊下を走り続ける美琴の後ろを和真は走り、美琴を追いかける。その速度は美琴よりも速く、すぐに和真は追いつき美琴の腕を掴んだ。
美琴はそれに抗うこと無く止まり、はあはあと荒い息をしながらその場で崩れるように膝を着く。顔を俯けたままぽつりと呟いた。
「……知ってたの。お父さんが外で、お母さんじゃない人と会ってるのは」
美琴の言葉を、和真は口を挟まず静かに聞く。
和真が手を離すと、美琴の腕は力なく下がった。
「お母さんは仕方ないって。悲しそうな顔で言ってた。私は最初は分からなかったけど、お姉ちゃんがいなくなったからだって気付いてから、何も言えなかった。私の事はちゃんと大事にしてもらってたし、お母さんにも優しかったから、知らないふりをしてれば良いんだって」
「そんな……」
「でも、お姉ちゃんがいなくなる前からだったんだ……奏もそのうちの一人だったんだ……」
美琴が力なく笑う。何かに対して嘲笑うような乾いた声が、静かな廊下に響いた。
和真は美琴に、どう声をかけたらいいか分からなかった。
もしかしたら美琴に痣が無かったのを見て、父親は力の継承を危惧したのかもしれない。憶測に過ぎないが、それで奏という保険を作った可能性も否定出来ない。
だが、奏が産まれたのは美琴と姉がまだ赤子の時だ。美琴の姉がその時存命である以上、姉との因果関係が無い事は確かだった。
美琴は何も悪くない。そう言いたかったのに、和真は口が固まってしまったかのように声が出なかった。
「……奏を苦しめてるのはうちの家系の力が原因だって、城戸さん、さっきそう言ってたよね?」
「あ、ああ……けど、ニードルの成分が残ってるとも言ってた。そっちが原因の可能性もあるだろ」
和真が反論を述べるが、美琴はゆっくりと首を横に振った。
「私達が助けたロストになった人達も、ニードルの成分が若干残るんだって。けど、それが原因で容態が悪化した人はいない。誠司君と、空美ちゃんもそうだったでしょ? だから……今の奏を苦しめてるのは、篠宮家が受け継いできた、龍神様の力が原因で間違いないと思う」
美琴は膝の上で手を握りしめる。
「……龍神様の力が原因だとしたら、うちの書庫の文献を調べれば、何か手がかりがあるかもしれない」
そう呟いて、美琴は立ち上がる。
先程とは打って変わって、何かを決意したような表情だった。
「和真君、一緒に来てくれる? 私……奏を助けたい!」
その言葉に和真は強く頷く。
美琴のそれは、相棒をというより、弟を助けようとする姉の顔に近かった。
神奈川支部の入口前で、美琴はスマートフォンを操作する。画面をなぞる指は少しだけぎこちなかった。
「ちょっと待ってね、もうすぐ登録が終わるから」
「それタクシー呼ぶアプリか? お前クレジットカード持ってたのかよ」
「私のじゃないよ。無駄遣いしないなら多少は使っていいってお父さんのカード番号を教えてもらっ……あっ!」
美琴の手からスマートフォンが離れる。
それを美琴が目で追った時、ちょうど修一が画面に表示されてるキャンセルボタンを押した所だった。
「城戸さん何するんですか!?」
「そりゃこっちの台詞だ。こんな事しなくても、車ぐらい俺が出してやるよ」
修一はそう言いながらスワイプでアプリを終了し、電源ボタンを押して美琴にスマートフォンを返した。
「家に行くんだろ? 普段から送迎はしてるんだし、変な気を使うな。大人はこういう時に上手く使うんだよ」
ぶっきらぼうな口ぶりだが、その言葉の芯には美琴を案じる暖かさが感じられ、美琴は戸惑いつつも少し顔が綻ぶ。
DSIの専用車に移動し美琴と和真が後部座席に乗り込んだのを確認し、修一は車のキーを回した。
「そういえば城戸支部長、空美と誠司はどうしたんですか?」
「ああ、あいつらには奏の見張りを頼んだ」
「見張りって……」
「何か役割持たせといた方が動きやすいだろ」
かったるそうな声でそう言いながら、修一はハンドルを回し始めた。
* * *
休憩室の椅子に腰を下ろした誠司は、机に肘をついて額に手を当てる。
深いため息をつくその顔は、眉間に皺が寄っていた。
「あいつの傍にいてくれって、俺達が行って何になるんだよ……」
誠司のぼやきを聞きながら空美は口に手を当て、何か考え事をする素振りを見せた後、誠司の顔を見た。
「誠司さん、ちょっと奏さんの様子見に行かへん?」
「様子見にって……そもそも今救護室入っても大丈夫なのか?」
無理だろうと誠司が半ば諦めのような口調で言うが、空美の意志は固いようだった。
「それは行ってみな分からへんけど……ちょっと試してみたいことあるんや」
決意の固い空美の目を見て、誠司は少しだけ重い腰を上げるように立ち上がった。
城戸さんはこの話を書く直前まで練ってたキャラです。
こういうイケおじ(と自分は思ってる)好き過ぎて性癖めっちゃ入った自覚があります。
もし琴線に触れましたら感想に書くかSNSに来て一緒に語りたいです。
世界観がSF要素なのに和風ファンタジー設定入れてちぐはぐしないか不安ですが、ローカル部分に留めるなら上手く共存出来るとChatGPTに言われたのでこのまま行きます。
奏の設定は学生時代に考えた時は話に組み込む事を考えてなかった厨二設定ですが、ちゃんとこれを組み込んだ話にする予定なので。どうか脱線だとは思わず最後までお付き合い下さい




