災渦 11
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――――明朝。
ラシカ連邦北部、周囲を色濃い針葉樹林に囲まれた湖畔の街は、いつもとは異なる騒々しい朝を迎えていた。
湖の西岸、連邦陸軍所管の研究施設が厳戒態勢を敷いていた……ことは、街の喧騒とは然程の関係は無いだろう。
青青とした湖に映える漆喰壁の街並み、厳粛な雰囲気に包まれた大聖堂、こぢんまりとしていながらも活気の溢れるマーケット、人々の憩いの場となる湖岸のテラス。
いつもであればそれら各場所で、清涼な空気に充ちた朝をのんびり迎えていたであろう街の人々であったが……今日ばかりは皆がこぞって湖岸へと詰めかけ、皆一様に何かを注視していた。
『報告。当該地域現住ヒト種より、要求数を超すフォーカスを確認致しました。個体名【シーリン・ハイヴ】代謝においても必要数値以上の規模を観測しており、フェーズⅥへの移行が可能であると判断致します』
「よし。最後の仕上げ……本当に良いんだな? 避難するなら今のうちだぞ?」
「……はいっ。大丈夫、ですっ。…………おねがい、します」
「…………わかった」
危険度に関しては、シシナには再三に渡って通達してあった。
安全地帯である揚星艇に退避することも出来ただろうに、私達もそれを勧めていたのだが……他ならぬシシナ自身が、最後まで見届けると決めたのだ。
ならば私達は、その意志を尊重するまでだと頷きを一つ。
スーを経由して【シーリン・ハイヴ】へ『決行』の指示を下し、眼下で繰り広げられている光景に意識を移す。
それを一言で言い表すならば……湖岸から観測できるほどの体躯を誇る、『銀色の鯨』といったところか。
大陸奥部に位置し、如何なる海からも遠く離れた湖において、まず見られる筈も無い光景。
しかしながら……たとえこの湖が大洋であったとしても、眼前の光景は現実的とは映らなかったであろう。
地球上に存在するいかなる種ともかけ離れた、全身を銀褐色に染めた優美な姿。
水中を自在に羽ばたく翼のような胸びれ、それが存在するべき場所には、鳥類の特徴を備えた一対の翼そのものが備わり。
高く澄んだ土笛のような鳴き声を遠く響かせ、巨体を揺らしながら優雅に離水し、水飛沫の尾を引きゆっくりと高度を上げていく。
興奮冷めやまぬ街の喧騒とは、湖を挟んで反対側……地下施設からの『被検体』脱走で厳戒態勢だった研究施設の面々はそれを目撃し、賢明な彼らは当然のように一つの可能性を想起。
皆一様に血の気を引かせ……それこそ白色に届かん程に、顔を青褪めさせたのだった。
「研究員の何者かの誤操作により、拘束装置が停止。その隙に被検体は地下施設を脱走。湖底の鉱物を摂取して一晩で成長を遂げ、翼を広げ悠々と逃げ出した……って感じか」
『肯定致します。また、研究施設とは何ら関係の無い一般現住ヒト種に『非現実的な光景』を目撃させ、情報の拡散によって指揮組織の混乱を誘発致します。……程なくして『噂話』に長けた一部見識者より、『当該物体はラシカ連邦が極秘研究していた地球外珪素生命体である』との見解が呈示されることでしょう』
「淡水湖に鯨、しかも翼が生え、おまけに飛ぶと来たもんだ。……どう考えても現実的じゃ無いわな」
今回の計画を立案するにあたって、何よりも優先したことが『自力で脱出したように見せ掛ける』という点である。
『何者かによって強奪された』ではなく、あくまでも被検体が自らの意思で脱出したのだと。
強大な軍事国家のヘイトが、万が一にも日本国に向かないように……本件はラシカ連邦内で生じた事故であり、そこに部外者は一切関わっていないのだと、そう装う必要があった。
目撃者も居らず、物的証拠も残っていない。これで第三者の介入をでっち上げるのは、さすがに無理があるだろう。
私達が拘束装置からの脱走に協力した【シーリン・ハイヴ】であったが……スーおよびシシナの遠隔指示のお陰もあってか、目論見通りに導水管を経由して湖へと逃げおおせたらしい。
そこで我々からの贈り物、私達が地下施設へと潜入している間に別行動を取っていた輸送艇より、夜闇に紛れてひっそりと湖中に投下された……40フィートコンテナにして12基分にも及ぶ『クソマズ金属豆腐』レーションの山。
彼ら【イー・ライ】にとってご馳走であるらしいそれを夢中で平らげ、ものの数時間であの巨体を手に入れたのだ。
とはいえ彼らが手に入れたのは、自在に形状を変化させるとはいえ、その巨体のみ。
あのサイズの物体が重力に逆らい、あの低速で空を飛ぶなど……生物学的にも物理学的にも、そんなことは有り得ない。
であれば当然、そこには何かしらの外的要因が加わっているわけで。
それは今回でいえば、私達が搭乗している輸送艇から発せられた『牽引用力場』というわけで。
要するに……例によって姿を隠したままのこの輸送艇が、あの巨体を吊り下げて多くの人目に曝しながら悠々と高度を上げていき。
最終的にはこのまま大気圏を離脱し、宇宙まで至ろうという計画なのである。
『警告。周辺軍事拠点にて運動活性化、および多数の熱源発生を確認致しました』
「来たか。無人機展開は?」
『既に護衛対象【シーリン・ハイヴ】周辺へ配置、共振防護障壁展開シークエンス起動済です』
「さすが」
とはいえ、流石に今回は相手が相手だ。このまま黙って見送ってくれるとは思っていない。
『他所の国の手に渡るくらいならここで完全に消滅させる』と、航空戦力による攻撃を仕掛けて来るだろうことは……私でも容易に予想出来る。
光学的にも、電磁気学的にも、そして重力場的にも隠蔽を行っている本船とて……それでも戦場ともなれば『絶対に安全である』という保証は無い。
ある程度の防御装置は備わっているようだが……例えそれで流れ弾を防いだにせよ『そこに何かある』と露見してしまえば、大規模編隊に集中攻撃を浴びる可能性もあるのだ。
よって、潜入任務特化機体である『ニニちゃん』とは既に分離し、現在の私はいつもの身体――流石に今回は名乗り出るつもりは無いが――荒事に長けた【イノセント・アルファ】の姿である。
早くディンの元へ『ニニちゃん』を帰してやりたい気持ちもあったし、やはりこちらの方が全般的に性能は上だ。
この身体をもって、我々は作戦の最終段階を遂行する。
護衛用無人機編隊の形成する防護壁、および私による重力干渉によって、限界高度到達まで敵航空戦力の猛攻を凌ぎ切る。
「初っ端からAAMかよ! 遠慮無ぇな市街地上空だぞ!?」
『それ程の危機的状況と判断したものと推測致しますが、やはり軽率が過ぎるかと』
「全くだ!」
不可視の無人機編隊が張る防護壁に激突させて無力化することも、内蔵火器にて迎撃することも容易ではあるのだが、いかんせんまだ高度が低い。
眼下には異国情緒溢れる街並みと、こちらを見上げる多くの人々が確認できる。こんなところでミサイルが爆発などしようものなら、夥しい数の金属片が眼下の人々へと降り注ぐことになる。
防壁そのものは保険として展開させておき、しばらくの間は私の重力干渉をメインにて対処を行う。
飛来するミサイルをいい感じに逸らし、空高くへと弾き飛ばす。幸いにもミサイルの数は散発的であり、一つ一つ冷静に対処していけば問題は無さそうだ。
それ以外の……航空機の機関砲による攻撃なんかは、例の保険が役に立つ。
ひたすらに手数の多い30ミリ弾の嵐とて、透明な薄膜のような防護壁を穿つことは無い。
影響といえば、着弾点の防壁に僅かな揺らぎが生じる程度。なにせこちらは多数の無人機を並列制御し共振させる、高密度の耐物理防壁である。
この程度では何日掛けようと、守りを抜くことは叶うまい。
絶対防御のベールに包まれた銀褐色の羽クジラは、ただ悠然と翼を広げ天高く昇っていく。
軍を投入し市街地上空で空戦まで繰り広げ、なりふり構わず阻止しようと足掻く様子は……一般市民の個人端末に多く捉えられ、またたく間に世界中へと拡散される。
大国ラシカ連邦が、これまでこのような『何か』を秘匿し続けていたということは……多くの国々、人々の知るところとなるだろう。
『……第一目標高度へと到達。AAM迎撃に無人機編隊の投入を開始致します。……艦長ニグ、お疲れ様でした』
「ぐはーーーーっ! うおー、あー、やー……お疲れ私ぃ、うおぉー……よく頑張ったぁ」
「お、お疲れ様……ですっ」
「いぇーーーー」
第一目標高度……ここまで高さを稼げば高空域の強風に吹き散らされ、ミサイルの破片が人々に害を為すことはほぼ無いだろう。
ここまで来れば私はお役御免、あとはスーの操る無人機編隊に全てを任せ、成層圏から更に上へと昇っていけば良いだけだ。
この高度で作戦行動を行える機体は、さすがに数が限られるのだろう。ラシカ空軍の攻勢も下火になってきている。
やがて航空機の到達限界高度を超えれば、もう追って来れるものは無い。私達の勝利はすぐそこだ。
…………まぁ、『だから』というわけじゃ無いんだろうが。
下手なフラグは建てないほうが賢明だなと、私は改めて実感することとなった。




