災渦 1
何の変哲もない、とある一日。
スーの有視覚索敵によって『魔物』現出の兆候が察知されたことで……その騒動は幕を開けた。
「先方には連絡した。……取り敢えず待機か」
「ゥー……待機します、了解しました」
『当該管区における『魔法少女』即応要員シフトを検索。【ドラコニス・カルディナル】および【カシオペイア・ケルメイン】です』
「……ならまぁ、万が一は有り得ないかもな」
「んゥ!」
例の『お願い動画』の効果が未だ未知数であり、また今回の対応要員が信頼の置ける二人組であったことから、我々は前線に出ずに待機を選択。
非常時には急行できるよう構えておきつつも、内心は『出る必要は無さそうだな』などと軽く考えていた……のだが。
この時代、この星における異分子……規格外の異能を振りかざせる存在が私達のみとは限らないということを。
……私達は、思い知らされることになる。
「アルファちゃん来てくれへんかった〜〜」
「仕方ないでしょ。私達で余裕だって判断してくれたのよ、信頼されてるってことじゃない?」
「嫌や嫌や! うち信頼よりもアルファちゃんのぬくもりが欲しいもん!」
「『もん』じゃなくて――――ッ!!?」
ひと仕事ならびに完了の報告を済ませ、ひと心地ついていた二人の魔法少女……この近畿管区でも指折りの実力者二人へと。
付近の高層ビルより飛び降りた一つの人影が、空気を引き裂き奇襲を掛ける。
しかし奇襲を受けた【護竜】とて、伊達に魔物を相手取り大立ち回りを繰り広げては居ない。
大盾型の星装【ラスタバン】にて飛来した何かを受け流し、路面アスファルトへと武器を喰い込ませた何かへ反撃を加えようと、戦鎚【エルテイニス】を振りかぶり。
「…………え? ――――ッ!!」
「ミツキ!!?」
払い除けた大盾の陰から覗いた人影、華奢で小柄な少女にしか見えない姿に混乱と躊躇を晒し。
……温厚で慈悲深い【護竜】の魔法少女は、致命的とも言える隙を晒す。
「こッの!! ミツキから離れろォ!!」
「ぐぅ、ッ!?」
間近の味方へ危害を加えぬようにと、精密な制御をもって放たれた火球が四方から回り込み、小さくも凶悪な襲撃者へと嗾けられる。
しかし襲撃者は着弾の直前、獲物に突き立っていた爪を引き抜くと……返り血に濡れるそれを翻し、火球の一つを斬り飛ばし。
空いた間隙へとその身を逃し、まんまと切り抜け距離を取る。
「……ッ、この…………ぐゥ、っ!?」
「ミツキ!? 司令室! 応援を……ッ!?」
襲撃者の爪によって傷を負った【護竜】の腕、傷そのものは致命傷とは程遠いはずのそこが、不自然な変化を遂げていく。
傷口を発生源とし、じわじわと拡がる銀褐色。年頃の少女の肌には全くそぐわない無機質な侵略が……少しずつ、だが着実に進んでいき。
そんな非現実的な光景を目の当たりにし、思わず動きを止めた【麗女】の魔法少女。
本来は後衛であり、近距離戦闘技能は相棒に劣る彼女目掛け、異能の襲撃者は一片の容赦も無く異形の爪を伸ばし。
「ッ、勘の良い奴だ」
「あ……アルファちゃんっ!!」
膨大な光量を撒き散らし、天頂から槍を突き込まんとの勢いで介入した私から距離を取り。
両の手に十本の長い爪を備えた少女の姿をしたナニかは、くるくると身を翻して軽やかに着地する。
……明らかに常人ではない。
かといって魔法少女でもない。
どころか、恐らくではあるが……この国に所属している者では無い。
「何者だ? ……と聞いたところで、まぁ応えるとは思わんが……なッ!!」
「――――!!」
これ見よがしに左の人差し指で謎の人型を指し示し、挨拶代わりに指先から小口径集束光学兵器を浴びせ掛ける。
不意打ちを卑怯だなどとは言わせない。彼女らに対して手を上げた『敵』を相手に、情けも容赦も必要無い。
とはいえ敵も、やはり黙って蜂の巣にされてくれるような雑兵ではない。
驚嘆に値すべき反射神経で集束光学兵器の射線から身を逸らし、掌で地面を突き飛ばして側転とともに身を屈める。
「させるかよ」
「――――!」
反撃に出ようとしていた謎の敵へ、私は畳み掛けるように距離を詰める。
周囲への重力干渉を応用した急加速、そこから叩き込まれる高質量を伴った蹴りを受け止め切れず、謎の敵は勢いよく吹き飛ばされていく。
道路標識を折り飛ばし、尚も路面を転がる小柄な姿。
一見すると心が痛む光景ではあるが……その顔が苦痛どころか、一切の表情を浮かべていないとなれば、話は別だろう。
おかげで私は……どれ程奴を甚振ろうとも、良心を傷めずに済むというわけだ。
私の知人に手を出して、気味の悪いケガを負わせておいて……タダで済むと思うなよ。
「薄気味悪ィ奴だ。……まだ続けるか?」
「――――蜍晉紫菴惹ク」
「…………なに?」
「――――萓句、紋コ玖ア。・謨苓牡豼?字・蜀榊ョ夂セゥ繧定ヲ∵ア」
『解析結果。敵性反応の言語パターン、惑星地球上にて用いられる主要言語に該当せず。極めてマイナーなコロニーにて適用される言語、もしくは口述適用されない例外的言語、もしくは地球外文明由来の言語体系であると推測致します』
「…………厄介な奴だな、本当に」
「――――謦、騾?逕ィ諢」
主要各国の適応言語パッケージを備えたスーになら、ともすると使用言語の翻訳および所属国の特定が叶うかもしれない……といった私の目論見は、いとも容易く瓦解する。
戦い方や性質から推し測るは困難であり、また外見的特徴からでは『日本人ではない』程度の情報しか得られない。
「こ、司令室、実働一課【ケートス・ヘリオトロープ】……合流します!」
「……っ、遅くなりました。実働一課【オフューカス・エクリュス】、救護に入ります」
「……【イノセント・ディスカバリー】、護衛任務を開始します」
「みうぢゃん!! みごっぢゃん!! でぃんぢゃん!!!」
『報告。魔法少女二名【ケートス・ヘリオトロープ】、【オフューカス・エクリュス】の招集任務達成を確認。ディンは戦闘態勢を維持、要救護者らの護衛体勢を構築致しました』
(わかった。とりあえず【護竜】は大丈夫だろう。……あとは、コッチだ)
『肯定。これ程までに短絡的な行動に移るとは、率直に予想外であると判断致します。失笑を禁じ得ません』
(お前さんの調査能力には恐れ入る。……異国言語パッケージ、習得してくれて助かったよ。大した先見の明だ)
『…………恐縮です』
頭部以外のほぼすべてを黒一色の……戦闘や特殊工作用であろうインナーウェアに身を包み、防刃防弾の類であろうベストとショートパンツを身に纏うその姿。
黒手袋の指先を穿くように銀褐色の爪を伸ばし、肩ほどで雑に揃えられた赤褐色の髪と青白い瞳に彩られた顔からは、何の表情も伺えず。
しかし……今日ここに至るまでに仕入れた国内の情報、およびスーの『潜入捜査』によって得られた情報は。
謎多き襲撃者の正体を白日の下に晒すには、充分すぎるものだった。
(侵食性珪素生命体融合実験、適合被験体……通称『天遣い』計画、か)
『地球外生命体である珪素生命体を、信仰概念『神』あるいは相応の存在であると見做し、ヒトの身でその能力を獲得しようと画策した結果の、人体実験の産物であると判断。……勘違いも甚だしい、愚かな所業であると結論付けます』
(同感だ。…………虫酸が走る)
「――――迥カ豕∫「コ隱堺クュ」
長槍を携えつつ集束光学兵器を指向し、出方を伺っていた私の眼前。
ラシカ連邦の暗部が誇る生体兵器は……飼い主からの指示を受け取ったのだろうか、突如としてその場から跳躍。
ビルとビルとの間を三角跳びで跳ね回り、人間離れした物凄い速さでの撤退を開始した。
「…………ディン」
「問題ない、宣言します。対象敵性存在、熱紋反応および磁界影響パターンを捕捉。トレース実行中です」
「頼めるか?」
「了解します。……ワタシを深度隠蔽に維持、重力干渉。敵性存在の追跡を開始します」
「無理はするなよ。お前がケガしたら……私は、とても悲しい」
「………………ゥー……わかりました」
(…………スー、あの子を頼めるか?)
『肯定します。ディン・スタブは当艦においても、極めて大切な存在であると定義致します』
(ありがとう)
ディンが少なからず懐いていたように見受けられた【護竜】の魔法少女……彼女の負傷を目の当たりにしたことで、精神パラメータに大きな波が生じていたようだが。
取り敢えずは平静を取り戻してくれたようだし、スーのバックアップがあれば心配は要らない。このまま敵の根城を明らかにしてくれることだろう。
こうも強引な介入をいきなり企て、魔法少女に危害を加えて見せた奴らが、一体何を考えているのか。……そのあたりは未だ不明であり、今思考を巡らせるべきではない。
差し当たっては……負傷した【護竜】の処置と、【麗女】のケアに注力すべきだろう。
前者は、スーの提案のもと半ば無理やり連れ出した【医神】に任せるとして。
後者は…………ディンを遣いに出した以上、ここは私が担当すべきなのだろう。
「うああああアルファちゃああああん!!」
「あーもー……よしよし、お前さんはよくやってるよ」
「ゔうぅううぅぅ、ままああああ……! わゔぅぅぅぅう…………!!」
「はいはい、怖かったね。大丈夫だよ、相棒の傷も跡形もないからね」
「ゔぅぅぅぅ…………やわらかい」
…………後々になって気づいたのだが。
【麗女】……どうやら途中から素面だったらしいな。
……調子に乗りやがって。
魔法少女達の共有チャットルームに背ビレ尾ヒレ付けてバラしてやる。




