サザンクロス~願いをかなえて~ 9
☆コディ視点☆
それぞれコップを取って、ぬるくなった香草茶を飲む。
「えっと、一番最初は、迷い森の手前の村の酒場で、話をした時だよね。
店の中なのにフードで顔を隠してたし、雰囲気がピリピリしてたし、怖い人かなって思ったけど、会話はちゃんと成立したから、いい人かなって思った」
記憶をたどりながら言うと、コップをトレイに戻したエッジさんは眉をひそめる。
「……会話が成立しただけで『いい人』ってのは、基準が低すぎねえか」
「でも、それまでの旅で出会った傭兵崩れみたいな人達は、会話にすらならない人が多かったんだよ。
食事をしてたら突然隣に座って『護衛してやるから金よこせ』とか、目が合っただけで『酒おごれ』とか、一方的に言ってきて、突然殴りかかってきた人もいた。
だから、会話が成立しただけで、十分いい人に思えたんだ」
私の説明に、エッジさんは納得した表情になってうなずいた。
「……ああ、金を持ってると見られて、狙われてたのか」
「え、そうなの?
お金見せびらかしたりしてなかったのに、どうして?」
「小綺麗な身なりで、装備もいいものだったから、金持ちの坊々の一人旅に見られてたんだろうな」
「ええー……」
少年に見られるのは慣れているが、金持ちに見えていたのか。
自分では平民の服装にしたつもりだったから、なんだかショックだ。
「……そういえば、アンさんが、私の見た目が男の子みたいだったから、エッジさんは普通に接することが出来たんじゃないかって言ってたけど、合ってる?」
思い出したことを聞いてみると、エッジさんはゆっくりうなずく。
「……そう、だな。
おまえが俺に色目を使うような女だったら、嫌悪感が先に立って、依頼を受けなかっただろう。
年齢の割には雰囲気が幼くて、女というより少女という感じだったから、警戒しなかったのは、確かだ」
少年ではなく少女と言われたことに、ほっとする。
「じゃあ、性的なものを感じさせる女性が苦手なんじゃないかっていうのも、合ってるの?」
「…………ああ。
はっきり自覚してたわけじゃねえが……」
ため息をついたエッジさんは、ひとりごとのように語る。
「十一歳で売られた先で、まず教え込まれたのは、性的な快楽だ。
快楽に溺れてしまうようでは実験がうまくいかないだろうから、作業として出来るほどに快楽に慣れさせる為だと、言われた。
抵抗できないように、手足を縛られたり媚薬を盛られた状態で、高級娼婦に数人がかりで群がられて、何回も、何十回も。
……慣れたら、次は、治癒する相手に不快感を与えない為に、娼婦達の技を学ばされ、娼婦相手に実践させられた。
だから、そいつらを思い出すような色気過剰な女が、苦手になったんだと、思う」
「そうなんだ……」
自分がされて嫌だったことを学ばされ、それを嫌な相手に実践させられる。
知識も経験も乏しい私には想像すら難しいような、壮絶な体験だ。
女性が苦手になって当然だ。
『ぶっちゃけて話す』約束だからこそ教えてくれたと思われる過激な内容は、それでもおそらく私に合わせて柔らかに言いかえてくれているのだろう。
今まで話してくれなかったのは、思い出したくなかったせいもあるだろうが、性的なことに疎い私への配慮もあったのかもしれない。
そこでふと気になったことがあった。
「……エッジさん。
話が逸れちゃうんだけど、気になったから、聞いていい?」
「ああ。なんだ?」
「あの……夏の終わりに、エッジさんに、一度だけ、抱かれた、でしょ?」
ぶっちゃける勢いで言っても、恥ずかしいことには変わらない。
さすがに顔を見ては言えなくて、目を伏せる。
「……ああ」
「あの時、すごく優しくしてもらって、私は、嬉しかったけど。
エッジさんにとっては、嫌なことだったんじゃないの?
なのにどうして、『やり直しをさせてほしい』って、言ったの?」
魔法を使う時以外でエッジさんから求められたのは、あの時だけだ。
私から求めた時に優しく出来なかったからだと説明されたが、だからといって昔のことを思い出すようなことをわざわざする意味がわからない。
「……………………」
長い沈黙に耐えきれず、そろそろと視線を上げると、エッジさんは困ったような気まずいような悩んでいるような、複雑な表情で私を見ていた。
私の視線に気づいて、さっと目をそらす。
じっと見つめて待っていると、エッジさんは観念したかのように息を吐いた。
「……岩窟で、おまえに『好きだと信じてほしいから、抱いてほしい』と言われた時、……そんなはずはないと、途中で嫌がって拒むだろうと、思った。
その方が諦めがつくと、たいして気遣いをせずに抱いた。
なのにおまえは、最後まで嫌がりも拒みもせず、『それでも好き』だと言ったから、本当に俺を好きなんだと、ようやく信じられた。
だが……夏の終わりに、おまえの悩みを聞き出して、あの時のことを思い出して、……後悔した。
おまえの初めての記憶が、あんな粗雑な行為になるのが、申し訳なかった。
俺のように、交わるのは嫌なことだという記憶をずっと引きずることにならないように、してやりたかった。
だから、『やり直させてほしい』と、頼みこんだんだ。
どんなに優しくしたとしても、前の記憶を消せはしないとわかってるが、それでも、少しでも上書きしたかった。
……俺の身勝手で、乱暴にしたり、優しくしてごまかそうとしたり、おまえを振り回した。
すまねえ……」
自分にとっての初めての記憶があまりにもつらい内容だったのに、私に同じ思いをさせてしまったという後悔からの申し出だったのか。
「……謝らないで。
私、あの岩窟での時も、嫌じゃなかったよ。
他の人と、したことないから、比べられないけど、でも、乱暴にされたとは、感じなかった。
夏の時は、すごく、優しくて、嬉しかったよ」
恥ずかしかったが、わかってほしくて言葉にする。
「でも、エッジさんにとっては、優しく抱くって、逆に、昔の、……おぼえさせられたこととか、思い出して、つらくなかったの?」
「……つらくは、なかったが」
エッジさんは言葉を切って、一呼吸置いてから続ける。
「慣れていない者にとって、強すぎる刺激は、快楽ではなく苦痛や恐怖になる。
俺がおぼえさせられたのは、娼婦が客を自分に溺れさせる為の、いわば上級者向けの技術だから、おまえには耐えられないだろう。
だから夏の時は、そういう技術は抜きで、おまえの身体と心の緊張を解きほぐしながら、おまえが怖くならねえ程度に抑えて、丁寧に、時間をかけて、抱いた。
快楽に慣らされていたおかげで、自分自身の欲を満たすことより、おまえに優しくすることを優先できる余裕があったから、そういう意味では昔のことに感謝した。
……今までは、自分にも相手にも嫌悪感があったが、おまえが恥じらいながらも反応してくれることが、嬉しかった。
交わることを嬉しいと思えたのは、あの時が初めてだ」
「…………そう、なんだ……」
私には十分すぎるほどだったが、あれでも初心者向けの対応だったのか。
それに、私と同じように、嬉しいと思ってくれていたのか。
なんだか恥ずかしくなって、赤くなっているだろう顔を伏せ、膝を抱える。
理由がわかっているからか、今度はエッジさんは何も言わなかった。
感情が鈍っているはずの今でさえこんなに恥ずかしいなら、抱かれた直後に言われたら、恥ずかしすぎてしばらくエッジさんと顔を合わせられなかったかもしれない。
そういう意味では、黙っていたエッジさんの判断は正しかったのかもしれないが、色っぽい女性が苦手な理由と一緒に教えてもらっていたら、もっとエッジさんのことを信じられたかもしれない。
そうすれば、あのお香の女性の時も、エッジさんがそんなことするはずないと、何か理由があるはずだと、思えただろうか。
逃避のように考えを巡らせているうちに、ようやく頬の熱が引いたから、大きく息を吐いた。
少しだけ顔を上げると、エッジさんはどこか心配そうな表情で私を見ていた。
恥ずかしかっただけだと説明するのはもっと恥ずかしいから、違う話題を探す。
「えっと、話が逸れちゃってごめんね。
次は、私の部屋に移動して相談したよね。
身分を言い当てられて、びっくりした。
あの旅の間で、マントの留め金の紋章に気づかれたの、結局エッジさんだけだったよ。
いつもそんなに細かく相手を見てるの?」
強引な話題転換に、エッジさんはうなずいてくれる。
「傭兵時代の名残だ。
戦場で混戦になると敵味方の識別がしにくくなるから、装備品を確認する癖がついてた」
「ああ、そういうことなんだ。
あの時、エッジさん、私がアンさんに真名を教えなきゃいけないと知らずに命じられたのかって、怒ってくれたよね。
それがちょっと嬉しかった。
その後、顔を見せてくれて、鍵を掛けておけとか忠告してくれたのも。
……初日の時点で、私、結構エッジさんのこと好意的に見てたかも」
改めて考えると不思議だ。
「エッジさんは?
呆れてばっかりだったのに、よく依頼受けてくれたよね」
「呆れはしたが、おまえ自身の責任じゃねえことがほとんどだったしな。
俺の指示に従うと言った素直さも、頭を下げた誠実さも、近衛騎士としては苦労しそうだが、人としては悪くねえと思った」
「そうなんだ。
あ、そういえばあの時、アトリーさんのこと、話したよね。
アトリーさんの知り合いだってわかったのも、依頼を受けてくれた理由の一つだったりする?」
「……そう、かもな。
あいつがどうしてるかは気になってたから、直接の知り合いから消息を聞けたのは、ありがたかった」
エッジさんは柔らかな表情で言う。
二人とも、口では腐れ縁だとか言うが、やはり親友なのだろう。
少し羨ましい。
「……おまえも、そうだったんじゃねえのか?」
「私? なあに?」
「俺がアトリーの知り合いだとわかったから、好意的に見るようになったんじゃねえのか?」
「うーん、確かに、アトリーさんの知り合いなら、ワケありの人だとしても、信用できるかなって、無意識に思ってた気がする」
「……そうか」
香草茶を一口飲んで、再び記憶をたどる。
「で、翌日の朝、エッジさんが荷物を持ってきてくれて。
荷造り上手だなって感心した」
「……その程度で?」
呆れたように言われて、苦笑する。
「その程度でも、大事なことだよ。
一点ずつだって、積み重ねていったら十点になるんだから」
「……そうか。
だったら俺は、おまえが酒場で朝メシを待ってる間に『トイレに行ってくる』と言ったことに、好感を持ったな」
意外なことを言われて驚く。
「え、どうして?
そこは、慎みがないとか、恥じらいがないとか、けなすとこじゃない?」
「今まで道案内や護衛をした中で、依頼人の家族の女やこどもとトイレで揉めたことがよくある。
村を出てしばらくしてから言い出して、そのへんでしろと言ったら泣いて抵抗して、結局村に戻ることになって、予定の行程が狂ったりした。
街道脇でするとしても、『近くで見張ってろ、だが見るな聞くな』とか、『もっと目立たない場所を探せ』とか、面倒なことを言ってくることが多くて、だんだん女こどもがいる依頼は受けないようになった。
おまえは、近衛騎士の野外演習で慣れてるだろうから、無駄にごねたりはしないだろうと思ってたが、あの時点ではっきり言ってきたから、好感を持った」
「そうなんだ……」
詳しく説明されると、納得できてしまった。
「あ、ちなみに、男性の近衛騎士は野外演習してたけど、私がいた白百合騎士団は貴族のお嬢様ばかりだから、王宮から出たことなかったよ。
もし指導役の先輩達が一緒に来てたら、エッジさんが言う通りの面倒なことになってただろうね。
私は、田舎育ちだから、外でするのも平気だったけど」
「……そうか。
そいつらが一緒だったら、依頼を受けてなかっただろうな」
「だよねえ……」
思わずため息をついて、苦笑をかわす。
「えっと、その後、出発して、あの戦斧の男達に絡まれて。
私が二人倒す間にエッジさんは四人倒してて、強いなって感心した。
歩いてる時は無言だったけど、それまでずっと一人旅だったから、連れがいるのが嬉しかった。
そのへんも好感ポイントかな」
思い出しながらうなずいていると、エッジさんの表情が曇ったことに気づく。
「どうしたの?
エッジさんにとっては、嫌なことだった?」
「……おまえに対してじゃねえ。
最初に襲われた時点であいつらを殺しておけば、後でおまえが死にかけずに済んだと、思っただけだ」
静かな声には本気の殺気と後悔がにじんでいた。
「でも、後で襲撃されなかったら、あのまま村に戻ってお別れだったよね?
そしたらそこで縁が切れちゃっただろうから、襲われてよかったとは言えないけど、うん、まあ、あの対応でよかったんじゃないかな」
死にかけてよかったとは言いづらいが、結果としてはそうだから、曖昧に言うと、エッジさんは苦笑いを浮かべる。
「そう、かもな」
「うん。
えっと、その日一日一緒にいて、さりげない気遣いしてくれる人だなって思った。
こまめに休憩取ってくれるとか、鍋とかの重い荷物は自分のリュックの方に入れてくれてたとか、私の分のスープは野菜多めにしてくれたとか、そういうの、嬉しかった」
「……それは、案内人の仕事の範疇だ」
「でも、『案内人』だからって、案内以外の仕事をしない人だっているでしょ?
エッジさんはそうじゃないから、嬉しかったんだよ」
「……そうか」
「うん。
で、翌朝、水場でスケッチしてたとこを見られて、その後、身の上話をした。
黙って聞いてくれて、嬉しかった」
「……聞いただけだ」
「それだけのことが、嬉しかったの。
で、また一日歩いて、次の日の朝。
エッジさんに、気配に敏感なのに私がマントをかけたことに気づかなかったって言われた。
……正直言って、私の気配が穏やかで気にならないとかっていうの、自分ではいまだによくわからないままなんだけど。
エッジさんから見て、他の人と私って、どう違うの?」
問いかけると、エッジさんは困ったような表情で考えこむ。
「……言葉で説明するのは、難しいな。
暖かい部屋の空気と、外の冷えた空気みてえに、はっきり違って感じるんだが、なぜおまえだけ暖かく感じるのかは、俺にもわからねえ」
「そうなんだ。
エッジさんにとって、私の気配が気にならないっていうのは、好感ポイントなの?」
「…………そうだな。
好ましいと、思う」
「そっか。
だから狼に襲われた後で、手を差し出してくれたり、怪我の手当てしてくれたりしたの?
それとも、依頼人だったら、今までもその程度のことはしてた?」
エッジさんはさっきより長く考えこむ。
「…………いや。
依頼人だろうと、傭兵時代の味方だろうと、自分から触れにいったことはなかった。
あの時は、無意識にそうしてた。
なぜかは、……わからねえ」
「そうなんだ。
うーん、その時までに結構好感ポイントが溜まってたから、なのかな」
「……どうだろうな」
その後も少しずつ記憶をたどっていき、あの襲撃された夜にたどり着く。
「エッジさんは、どうして私に魔法を使おうと思ったの?」
「……おまえを、養父みたいに死なせたくねえと思った。
助けられる力があるのに、見殺しにしたくなかった。
後でおまえに殺されてもかまわねえから、助けたいと、思った」
心の内を探るようなひとりごとめいた説明に、少しだけむっとした。
「命を助けてもらったのに、殺すなんて、そんな恩知らずじゃないよ」
エッジさんは私を見て、自嘲めいた表情になる。
「……狼にやられた後に目覚めて、知らない男に犯されたのは嫌だったと、言ってただろう」
「それ、は……」
あの時の、心をぐちゃぐちゃにした激情を思い出して、息が詰まる。
「嫌なことだと理解できていたら、俺を殺したくなったんじゃねえのか?」
エッジさんに魔法の説明をされた時、あの激情を知っていたら。
相手がエッジさんだったとしても、殺したくなっただろうか。
あの激情を忘れる為に、なかったことにする為に、殺そうとしただろうか。
「……わからない」
震える手で毛布をぎゅっと握ってうつむく。
「……コディ」
瞬きをすると、ぽつりと落ちた雫が、毛布を濡らした。
「わからない……」
「……意地悪な言い方をして悪かった。
おまえはそれでいい。
わからなくていいんだ。
だから……泣くな……」
視界の中に伸びてきた手が、すぐに止まって、戻っていく。
それが哀しくて悔しくて、顔を上げてエッジさんをにらんだ。
「ぎゅってして」
「……何?」
とまどうエッジさんに向けて、両手を広げる。
「意地悪言ったんだから、ぎゅってして、慰めて」
「…………だが」
「私に触るの、いや?
だから、さっきから撫でてくれないの?」
「……違う」
「じゃあ、ぎゅってして」
催促するように広げた手を揺らすと、エッジさんは目をそらす。
「……俺には、その資格がねえ。
自分から、おまえと離れることを選んだんだ。
なのに、今更」
「私は、今、エッジさんに、ぎゅってしてほしいの!」
苦悩に満ちた言葉を遮って叫ぶと、エッジさんは驚いたように私を見る。
「ねえ、早く」
「…………わーった」
エッジさんはまだためらう顔をしながらも、ゆっくりと立ち上がった。
コップが載ったトレイを椅子に置いて私の横に片膝をつき、そろそろと手を伸ばす。
待ちきれなくて、自分から抱きついた。
腕の中の身体が、びくりと強張る。
「もうっ! エッジさんのいじわるっ」
胸に額をぐりぐりとこすりつけ、ぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「……悪かった」
まるで最初の頃のように、ぎこちない手つきで背中を撫でられる。
しばらくそうしていたが、姿勢のせいか、密着感がないのが寂しくなってくる。
「もっと」
「……何?」
腕を緩めて見上げると、エッジさんはとまどうように私を見る。
「エッジさん。ここに寝て」
身体を離してぺたりと座り、横をぽんぽんと叩く。
「早く」
「…………ああ」
靴を脱いだエッジさんは、私が示した場所にゆっくりと横たわる。
「上向きになって」
「ああ」
仰向けになったエッジさんの身体の上に乗って、ぎゅっとしがみつく。
ぴったりと身体を重ねると、絶対的な安心感に包まれる。
ようやく満足して、エッジさんの肩に額をぐりぐり押しつけた。
「……コディ」
「なあに?」
「さっきトイレに行った時に、酒が入ったものを飲むか食べるかしたか?」
「お酒? 飲んでないけど、どうして?」
「……酔っぱらった時の甘え方に似てると思ったんだが……」
「そうなの?
酔っぱらった時って、眠くなった後のことはおぼえてないんだけど……」
そういえば、『酔うと甘えてくる』と以前言われたような気がする。
「甘えるの、おかしい? 嫌?」
顔を上げると、エッジさんは悩む表情で私を見ていた。
「嫌じゃねえが、前は、素面の時はそこまで露骨じゃなかった。
……我慢してたのか?」
「うーん、多少は我慢してたかな。
エッジさんは大人だから、あんまりこどもっぽいことしたら呆れられちゃうかもしれないとは、思ってた。
今は、遠慮がなくなったのと……あー」
さっきちらりと考えたように、記憶をいじられた影響で、精神的にこども時代に戻っているのかもしれない。
それに、昼寝から起きてから、鈍っていたはずの感情が逆に振り切れて、暴走している気がする。
「……何だ?」
「えーっとね」
どう言うべきか、いっそ言わない方がいいのか。
迷っていると、伸びてきた手が頬に添えられて、そっと上向かされる。
「コディ。
ぶっちゃけて話す約束だろう」
目をのぞきこむようにして言われて、ぐっと息を呑む。
「……うん」
そうだった。
エッジさんにそれを求めておいて、自分はごまかすのは、卑怯だ。
「……昨日、熱が下がって目が覚めたら、なんだか、感情が鈍ってたの。
薄い布越しに外を見てるような、美味しいものが美味しく感じられないような、そんな感じ。
でも、さっき一緒に昼寝してから、逆に感情的になってるっていうか、解放的? 露骨? こども返り? うまく言えないけど、そんな感じに、なってるみたい」
「……言うのをためらったってことは、魔法の影響なのか?」
「魔法のせいかもしれないし、三日間寝込んで心身が弱ったせいかもしれないし、寝込む前に短時間で感情がぐちゃぐちゃになったせいかもしれないし、全部かもしれない。
確かめようがないから、わからない」
「……そうだな」
「だけど、私はアンさんに記憶を戻してもらってよかったと思ってるから、気にしないで。
出来ればアンさんには言わないでほしい」
「……わーった」
「ありがとう」
ほっとしてまたエッジさんをぎゅっと抱きしめて、感触の違いが気になった。
「エッジさん、やっぱり痩せたね。
なんだか、ごつごつする」
筋肉より骨の感触がわかるようになった気がする。
「……おまえも、痩せたな」
確かめるように、エッジさんの手が私の背中を撫でる。
「そう? 私もごつごつしてる?」
「ごつごつはしてねえが、さっき抱き上げてベッドに運んだ時、前より明らかに軽くなってた。
背中も腰回りも、肉付きが薄くなってる」
「うーん、アトリーさんの屋敷からここまで旅してくる間、食欲なくてあんまり食べてなかったし、熱で三日間寝込んだし、しょうがないかな」
「そうだな。
一回ずつの量は少なくてもいいから、回数増やして、しっかり食え」
「うん。
そのへんは、アンさんからも言われてるし、そういう食事を用意してくれてるよ。
あ、そうだ。
熱で寝込んでる間、エッジさんが看病してくれたんだよね。
ありがとう。
お礼言うのが遅くなってごめんね」
「……いや。
熱を出したのは俺のせいでもあるからな」
「それでも、ありがとう」
「……ああ」
うなずいたエッジさんは、優しい表情で私を見ていた。
「……あのね」
「なんだ?」
「さっきの、意地悪な質問。
嫌なことだとわかってたら、エッジさんを殺したかったかどうか」
ゆっくりと言うと、エッジさんは気まずそうな表情になる。
「……悪かった。忘れてくれ」
「ううん、私、嫌なことだと知ってても、殺したいとは思わなかったと、思う。
だって、自分が何かされたことより、エッジさんに嫌なことをさせてしまったっていう方が、気になってたから。
好きになってなかったら、死にかけてたとはいえ、キスされたの、嫌だったと思う。
だから、あの時にはもう好きだったんじゃないかな」
「……そうか。
俺も、同じかもしれねえな」
「そうなの?」
「ああ。
死なせたくないと思う程度には、好きになってたんだと、思う」
「そっか。
だとしたら、嬉しいな」
ふふっと笑うと、エッジさんもかすかに笑った。
頬をエッジさんの胸元につけて、ぴったりと抱き合う。
ぬくもりに安心していると、瞼が重くなってきた。
「眠いのか?」
「……うん……」
「だったら、寝ろ。
身体が休息を求めてるなら、それに従った方がいい」
「うん……」
うなずきながらも、エッジさんの服をぎゅっと握りしめると、なだめるように背中を撫でられる。
「ここにいる。
一緒にいるから」
「……ほんと?」
「ああ。
少し動かすぞ」
「うん……」
肩と腰を支えて、ゆっくりと横向きに寝かされた。
毛布を引き寄せて掛けようとする手をくぐって、身体を寄せる。
エッジさんの胸に私の背中をくっつけるようにすると、さっきと同じように腕枕をしてくれた。
毛布を掛けられ、肩を優しく撫でられる。
「寝ろ」
「……うん。おやすみ……」




