サザンクロス~願いをかなえて~ 8
☆コディ視点☆
ゆっくりと意識が浮上する。
誰かの気配をすぐ近くに感じた。
だが、それは警戒する必要のない相手だと、身体がおぼえている。
私を包み込むあたたかな気配を感じながら、目を開ける。
すぐ目の前に、筋ばった喉元が見えた。
そっと顔を上げて様子を窺うと、エッジさんは目を閉じていた。
起きている時は、私が動いたらすぐ反応するから、眠っているようだ。
他人を警戒しているエッジさんが、急所を無造作にさらして眠っていることを嬉しいと思うのは、なぜだろう。
視線を窓の方に向けると、日差しはまだ昼の色をしているから、眠っていたのは一、二時間ほどのようだ。
視線を戻すと、エッジさんの右腕は私の頭の下で、左手は私の手を握ったままだった。
眠りにくいだろうに、しばらく見つめていても起きる気配はない。
王都のアトリーさんの屋敷で別れてから今日までに、半月近く経っている。
その間まともに眠れていないのだとしたら、目の下の隈も当然だ。
むしろ寝不足で倒れていてもおかしくないが、その状態で旅をしたり狼を狩りに行ったり出来るのは、体力の違いなのか、それとも慣れなのか。
十八歳でお養父さまを喪ってから二十八歳で私に出会うまでの十年間、ずっと寝不足でも行動できたなら、慣れではなく体質の違いだろうか。
そういえば、アトリーさんも睡眠は短時間でいい、むしろ寝すぎると調子が悪くなると、以前言っていた。
だがアトリーさんにはない隈がエッジさんに出ているなら、やはり寝不足なのだろうか。
出会った当初のエッジさんは基本的にフードで顔を隠していたし、隠そうとしている顔をじろじろ見るのは失礼な気がしてちらりと見る程度だったから、隈が出ていたかどうか思い出せない。
エッジさんの寝顔を見つめながらぼんやりと考えていると、トイレに行きたくなってきた。
せっかくよく眠っているから、起こさないようにそっと手を離した途端、エッジさんはびくりと震えて目を開けた。
同時に手を強く握られる。
「どうした……?」
寝起きのせいか、いつもより掠れた声は、少しだけ間延びしていた。
「起こしちゃってごめん、私トイレ行ってくるね。
エッジさんは寝てて」
「……ああ」
緩くうなずいたエッジさんは、私の手をゆっくりと離した。
毛布をめくり、膝立ちでもそもそと動いて、ベッドの足下から床におり、木靴を履く。
「待て。これも着ていけ」
歩き出そうとしたところで、いつの間にか背後にいたエッジさんに肩にショールを掛けられた。
そういえば、床にへたり込んだ時に肩から落ちたまま放置していた。
「あ、うん。ありがとう」
落とさないよう胸の前で端を結んで、部屋を出る。
テーブルで何か書き物をしていたアンさんが、顔を上げて私を見た。
「あら、もう起きたの?」
「うん。あれ、寝てたって知ってたの?」
「静かになったから、心配になって、扉を少しだけ開けてのぞいてみたのよ。
二人で寝てるのを見て驚いたけど、仲直りしたの?」
「うーん、まだ仲直り出来たわけじゃないかな。
でも、喧嘩してたわけでもないから……」
喧嘩出来ていたら、むしろマシだったのかもしれない。
「そういえばそうね。
じゃあ話し合いを続けるの?」
「わからないけど、とりあえずトイレに行きたくて」
「あら、じゃあ引き留めちゃいけなかったわね。
先に行ってきて」
「うん」
日が差しているおかげで、外は朝よりも暖かかった。
用を済ませて戻ると、台所にいたアンさんが振り向く。
「お帰りなさい。
香草茶のおかわりを用意してるから、もう少し待ってて」
「ただいま。ありがとう。
ごめんね、アンさんの部屋を借りっぱなしで」
「気にしないで。
夕食はどうする? 二人で食べる?」
「……わからない。
この後の話し合い次第かな」
「そう、まあ三人分用意しておくから、どうしたいか言ってちょうだい。
はい、どうぞ」
言いながら、アンさんはコップが二つ載った小さなトレイを差し出してくる。
「ありがとう」
受け取ったトレイを持ってアンさんの部屋に戻ると、エッジさんはベッドの端に座っていた。
「寝ててよかったのに」
「……いや」
曖昧に答えて立ち上がったエッジさんは、近づいてきて私の手からトレイを取った。
「目の下の隈すごいし、もう少し寝たら?」
「……いや、いい。
おまえは、もう平気なのか?」
「うん。
エッジさんが眠くないなら、話の続きをしたいな。
かまわない?」
「……ああ。
おまえは、ベッドに入ってろ」
「うん」
身体を冷やさないようにという気遣いだろうから、素直にうなずいた。
枕をベッドヘッドにたてかけて背もたれにして座ると、トレイを椅子に置いたエッジさんが毛布を引き寄せて私の肩までを覆うように掛けてくれる。
二人の間にトレイを置いて、椅子に座った。
「ありがとう」
「ん」
だが、これだとエッジさんの顔が見にくい。
エッジさんの方を向いて横向きになると、エッジさんは軽く眉をひそめる。
「その姿勢じゃあ疲れるだろう」
「大丈夫。
ちゃんと顔見て話したいから」
「…………」
エッジさんはしばらく考える表情をしてから、椅子から立ち上がった。
思わず手を伸ばそうとしたが、それより早くベッドの端に座り、片足を上げて曲げる形で私の方を向く。
「これでいいか?」
「それだと、エッジさんの方が疲れない?」
「俺は平気だから、まっすぐ座れ」
「……うん。ありがとう」
前を向いて座り直し、エッジさんと向かい合う。
エッジさんは私の方を向いてはいたが、視線は少しずらされていた。
「せっかくこっち向いてくれてるなら、私を見てよ」
そう言うと、エッジさんは軽く目を見開いて私を見た。
とまどうようなまなざしに、首をかしげる。
「なあに?」
「……いや。すまねえ」
「何? ちゃんと言って」
軽くにらむと、エッジさんは苦笑いを浮かべる。
「……喋り方や雰囲気が、ずいぶん変わったな」
「あれ、そう? 変?」
「変ではねえが、…………柔らかく、なった」
迷った末に選んでくれた言葉は、つまりこどもっぽいということだろうか。
「うーん、あ、昨日からアンさんとたくさんお喋りしたからかもしれない。
女同士で、友達と、二人きりで話をするの、初めてだったけど、なんだか楽しかった」
おかげで、騎士になる為の訓練で叩きこまれた男性的な口調や考え方が抜けて、こども時代に戻ったのかもしれない。
だが、トールマン村の屋敷で夏の間過ごした時も、気が緩んでいたように思っていたのに口調は変わらなかったから、今になっての変化は記憶をいじられたせいだろうか。
エッジさんもアンさんも気にしそうだし、今のところ悪影響ではないようだから、黙っておこう。
「……そうか。
俺と話す時は、夏頃からは砕けた口調になったが、それでもまだ気を使ってたのか?」
「そういうわけじゃないけど、でも、遠慮はあったかな」
大人だという思い込みが崩れたせいで遠慮がなくなった気がするが、年上なのには変わりないのだから、馴れ馴れしすぎたかもしれない。
「ごめんなさい、前みたいに話した方がいい?」
「いや、おまえが楽なようにすればいい」
「ありがとう。
じゃあ、二人きりだし、ぶっちゃけて話をしない?」
アンさんを見習ってそう言うと、エッジさんは再びとまどうような表情になる。
「……何をだ?」
「いろんなこと。
私達、ずっと一緒にいて、なんでも話してきたつもりだったけど、無意識に言わなかったり遠慮したり誤解したりしてたこと、結構あった気がするんだ。
そのせいで少しずつすれ違ってしまった結果が、今回のことだと思う」
「……そうかも、しれねえな」
「じゃあ、遠慮とかごまかしとかなしで、ぶっちゃけて話をしようね」
「……ああ」
エッジさんがうなずいてくれたから、よし、と内心で気合を入れる。
「じゃあ、まずエッジさんからね。
何か私にぶっちゃけたいことある?」
問いかけると、エッジさんはしばらく間を置いてから、言葉を選ぶようにゆっくりと言う。
「……おまえは俺を『優しい』といつも言うが、違う。
おまえが望むような対応をしてるだけで、優しくなったわけじゃねえ。
おまえが気づかない裏で、非情なこともやってきた」
「たとえばどんなこと?」
「……おまえを傷つけた奴は、殺したか、死ぬよりつらいメに遭わせた。
ワイリーは首を刎ね、おまえを攫った盗賊の頭領は全身切り刻み、魔法具の女は声帯と両手両足の健を切って、香を使って俺を口説こうとした女は香で暗示をかけて二度と男とやれないようにした」
「……そう、なんだ……」
ワイリーは、アトリーさんが捕縛してくれたのだと思っていたが、違ったのか。
盗賊の頭領を嬲り殺しにしようとしていたことは知っているが、魔法具の女性とお香の女性のことは知らなかった。
「……幻滅したか?」
おそるおそるの問いかけに、小さく首を横に振る。
「ううん、びっくりしたけど、幻滅はしてないよ。
やり方は、まあ、問題あるかもしれないけど、私の為に怒ってくれたからでしょ?
だったら、嬉しいよ。
それに、『おまえが望むような対応をしてるだけ』って言ってたけど、私が望むことを理解して、それに合わせてくれてたんなら、十分優しいと思うよ。
ありがとう」
にこりと笑いかけると、エッジさんはほっとしたように表情を緩ませた。
「他にもぶっちゃけたいことある?」
「……すぐには、思いつかねえな」
「そう? じゃあ次は私ね。
私、ずっとエッジさんを『大人で、心が強くて、優しい人』だと思ってた。
知り合ったきっかけが道案内の依頼だったからかもしれないけど、すごく頼りになる大人で、つらい過去があっても頑張って生きてきた心の強い人で、私を甘やかしてくれる優しい人だと、思い込んでた。
でも、アンさんに『エッジは臆病で卑怯な小心者よ』って言われて、そう思う理由を説明されたら、納得できる部分があった。
年上だからって、大人なわけじゃないし、心が強くなるわけでもないんだね。
さっき、私の記憶を消してって言った時のエッジさんは、すごく弱くて脆い人に感じたの。
もしかして、私を守る為に、無理してくれてたこともあるのかな。
だとしたら、ごめんね」
黙って聞いていたエッジさんは、小さく首を横に振る。
「……無理は、してねえ。
だが……確かに、生きてきた年数だけなら俺の方が上だが、だからといって俺の方が大人だというわけでも、なかったな。
さっきは、おまえの方が大人だと感じた」
それは、抱きしめて頭を撫でていた時のことだろうか。
「そうかな。
そうなれたら嬉しいな。
あ、そういえば、私の記憶を消してって言った時、どうしてあんなに嫌がったの?」
ふと思いついたことを聞くと、エッジさんはびくりと肩を揺らせてうつむく。
エッジさんは、私に嘘は言わないが、本当のことを言いたくない時は黙りこむことがある。
今もそのようで、目をそらしたまま何も言わない。
「ぶっちゃけて話してって言ったよね?
話して」
じっと見つめて待っていると、エッジさんは観念したかのようにうつむいたままぽつりぽつりと言う。
「おまえは、俺のことを思い出せなくても、俺への、気持ちは、残っていたと、言ったよな」
「うん」
「俺が、同じ状態になったら、おそらく、いや、間違いなく、…………狂う」
絞り出された衝撃的な言葉に、目を見開く。
「呆けて動かなくなるか、手当たり次第に殺しまわるか、どうなるかわからねえが、襲いかかるとしたら、最初の被害者は、目の前にいるアンと、おまえだろう。
だから、それだけは、勘弁してくれ」
確かに、戦場で味方の傭兵にも恐れられていたほど強いエッジさんが正気を失って暴れたら、私やアンさんは瞬殺だろう。
だが、その言い方だと、私やアンさんを傷つけたくないから、記憶を消すのは止めてくれと言っているように思える。
そうなる理由がわからない。
「どうして?
エッジさんは、私の記憶を消して置いていったのに。
私を、捨てていったんでしょ?
捨てたものの記憶を消されても、狂うことはないんじゃない?」
「違う、俺は」
エッジさんは何か言いかけて、だが口を閉じてうつむく。
「何?」
「…………」
「ちゃんと答えて」
「…………今更、何を言っても、言い訳にしかならねえ」
「私はその言い訳が聞きたいんだよ。
答えて。何が『違う』の?」
軽くにらんで言うと、エッジさんは強く拳を握る。
「…………俺の記憶を消したら、俺への気持ちも消えると、思っていた。
出会う前に戻るなら、記憶に穴があっても、気にならないだろうと、思ったんだ」
確かに、記憶も気持ちも消えたなら、あの喪失感もなくて、記憶を取り戻したいと思わなかったかもしれない。
その点は、エッジさんの考え違いというか、予想外の結果だったのだろう。
「でも、そもそもどうして、記憶を消そうと思ったの?
どうして話してくれなかったの?」
アトリーさんは、おそらくエッジさんに説明されたのだろう。
なのに、私には言ってくれなかった。
それが、哀しくて悔しい。
「…………あの時は、それが一番いいと、そうするしかないと、思った。
すまねえ……」
目をそらしたままのエッジさんをじっとりとにらんでいて、ふいに気づく。
「あ……ああー……」
ため息のような声が漏れて、思わず膝を抱えて顔を伏せた。
「どうした?」
エッジさんのあわてたような声を聞きながらも、脱力感が強くて動けない。
「コディ。また熱が出たのか? 苦しいのか? 痛むのか?」
見なくても動揺しているとわかる声が申し訳なくて、少しだけ顔を上げる。
「……ちがうよ」
中腰になって私に伸ばした手をさまよわせていたエッジさんは、ほっとしたように目元を緩ませた。
「アンを呼ぶか?」
「……ううん、大丈夫だから、座って」
「……ああ」
さっきと同じ姿勢でベッドに座ったエッジさんは、気遣うような視線を向けてくる。
「本当に、どこも苦しくないのか?」
「うん、大丈夫だよ。
熱も昨日で下がったし、平気」
「……そうか。
だが、【命令】の短期間での重ね掛けは、負担が大きいとアンが言っていた。
しかも内容が記憶に関することだから、身体だけでなく心の負担も大きくなって、最悪の場合あのまま……死ぬ可能性も、あったと。
熱が下がったからといって、完全に回復したとは限らねえ。
何か少しでもおかしいと感じたら、すぐに言うんだぞ」
気遣う言葉は、相変わらず過保護に感じたが、それが懐かしく思える。
「……うん。
体調は今のところ問題ないよ。
さっきのは……」
思い出すとまたため息をつきたくなったが、無駄に心配をかけてしまったし、ちゃんと説明すべきだろう。
「言いたくねえなら、言わなくていい」
「ううん、大丈夫だから。
……あのね、北へ旅をしてる時、エッジさんの妹さんらしき人の噂を聞いて、私が一人で探しにいこうとして、エッジさんを置いていったことがあったでしょ」
「……ああ」
考えるような間を置いて、エッジさんが苦い表情でうなずく。
「今思えば、すごく無謀だったし馬鹿だった。
手前の村で、エッジさんにきちんと話して、妹さんの特徴とかを聞いたうえで、探しにいくべきだった。
でもあの時は、探しに行きたい、探しに行かなきゃ、行こうって、なんていうか、勢いだけで考えてたっていうか。
さっきエッジさんが言ってたように、『それが一番いいと、そうするしかないと、思った』んだ。
後から考えたら、間違ってたとはっきりわかるのに、あの時はそれが最善だと思い込んで行動してしまった。
あの時の私と、今回のエッジさん、同じだったのかなって思ったら、なんだか、気が抜けたっていうか、自分が情けなくなっちゃって。
それで、ちょっとおちこんじゃったんだ。
心配かけて、ごめんね」
「…………いや」
エッジさんは困ってるような納得したような、なんともいえない表情で小さく首を横に振る。
「……俺も、あの時、なぜおまえが相談してくれなかったのか不思議で、悔しかった。
昔のことを思い出して荒れていた俺のせいだと思っていたんだが、おまえに同じ思いをさせてしまったんだな。
すまねえ……」
「謝らないで、私も悪かったんだから。
エッジさんがつらそうなのはわかってたから、妹さんが見つかったらつらくなくなるかもって考えて、よけい暴走しちゃったんだと思う。
……アンさんがね、『恋してる時って、後から考えたらなんであんな馬鹿なことしちゃったのかしらって呆れるような考えになることもある』って、言ってた。
きっと二人して、そういう状態だったんじゃないかな」
苦笑すると、エッジさんは軽く目を見開いて私を見た。
「なあに?」
「…………おまえは、俺に、怒ってたんじゃねえのか?」
「記憶を消されたことは、哀しかったけど、怒ってはいないよ。
最初のは、エッジさんがつらいのをわかってたつもりで勘違いしててごめんねって、謝りたかっただけで、エッジさんを責めてたんじゃないよ。
記憶を消してって言ったのは、エッジさんが死んで哀しかったってちゃんと伝えたのに、罰として死ぬって言われて、むっとしたから、アンさんが提案してくれた方法を言っただけ。
エッジさんはどうなの?
私が、……私の【一番幸せな記憶】が、エッジさんとのものじゃなかったから、だから私を好きじゃなくなって、記憶を消して離れていったんじゃないの?」
「違う」
きっぱりと言って、エッジさんは私を見つめる。
「あの時も言っただろう。
母親と俺では、比べ物にならなくて当然だ。
俺が同じ魔法を受けたとしてもこどもになっただろうから、おまえが悪いんじゃねえんだ。
好きじゃなくなったからじゃねえ。
おまえが好きだから、俺が死ぬことでおまえを傷つけたくなかったから、離れたんだ。
だが、そのせいで、よけいおまえを傷つけちまった。
すまねえ……」
悔恨のにじんだ声で言って、エッジさんは再び深く頭を下げる。
「……今は?
今も、私が……好き?」
静かに言ったつもりだが、声が少し震えてしまった。
それに気づいたのか、エッジさんは顔を上げて私を見て、またうつむく。
「……さんざんおまえを傷つけた俺に、それを言う資格はねえよ。
それに、……そもそも、この気持ちが『好き』なのかも、わからねえ」
「あ、それ、アンさんが昨日言ってた。
アンさんに聞いたの?」
「……ああ。
昼前に、おまえに話したことだから知っておけと、一通り聞かされた」
「そっか。
……私もね、自分の『好き』が、世間の人が言う『好き』と一緒なのか、わからなくなっちゃったんだ。
アンさんが言うには、恋人としての『好き』って、触れられて平気か嫌か、なんだって。
私、エッジさんに触れられて嫌だったこと一度もないけど、最初からそうだったし。
触れられても平気だから好きになったのか、好きだから平気なのか、区別つかないんだ。
エッジさんは?
確か、一番最初にエッジさんに触れたのって、最初の旅でアンさんを訪ねてきた時の、狼に襲われた後だよね」
へたりこんでいた私に手を差し出してくれて、狼にやられた傷を舐めて血を吸い出してくれた。
「……そうだな」
「誰かに触れるのも触れられるのも苦手って言うけど、あの時、すごく自然に手を差し出してくれたよね?
あの時点で、私のこと好きだったの?」
「…………わからねえ」
「そうなんだ。うーん……」
そもそも、エッジさんに触れても触れられても平気だったのは、なぜだろう。
考え込んでいると、エッジさんが小さな声で言う。
「おまえは、どうなんだ?」
「なあに?」
「……アンの家からの帰り、毒矢で死にかけていたおまえを助ける為に、初めて魔法を使った時。
俺が何をしたか説明したら、おまえは、俺を責めるどころか謝った。
あの時点で、俺が……好きだったのか?」
「えっと……」
しばらく考えてみたが、答えはエッジさんと同じだった。
「嫌じゃなかったのは確かだけど、好きだったかどうかは、わからない」
「……そうか」
「いつの間にか好きになってたって、感じなんだよね。
でも、いつなのかは、わからない。
世間の人って、好きになった瞬間がわかるものなのかな」
「……どうだろうな」
「一目惚れなら、出会った瞬間なんだろうけど。
うーん……」
首をひねりながらエッジさんを見ていて、ふと思いつく。
「最初から順番に、たどってみようか」
「……最初から?」
「うん。
あのね、好きになるって、試験みたいなものじゃないかと思うんだ。
何点以上取れたら合格、っていうのと同じで、気づかないうちに好感を持ったポイントが少しずつ積み上がっていって、それが合格ラインを超えたら、好きって自覚するのかなって」
「……そうかもな」
「だから、その好感ポイントを最初から順番に探していったら、いつ、どうして好きになったのか、わかるかもしれない。
面倒かもしれないけど、つきあってくれる?」
問いかけに、エッジさんは優しい表情でうなずいてくれた。
「ああ」
「ありがとう」




