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サザンクロス~願いをかなえて~ 6

☆コディ視点☆


「そもそもね、あなたはエッジを誤解してるわ」

「え……?」

「エッジは、年齢は私達より年上だけど、精神的にはあなたが思うほど大人じゃないし、心が強くもないし、優しくもないわ。

 むしろ臆病で卑怯な小心者よ」

 アンさんのきっぱりとした言葉に、少しだけむっとする。

「そんなこと、ない。

 エッジさんは、大人で、強くて、優しい人だよ」

 エッジさんとの付き合い自体はアンさんの方が長いが、一緒にいた時間なら、私の方がずっと長い。

 アンさんが知らないエッジさんを、私はたくさん知っている。

「本当に大人で強くて優しい人なら、あなたの記憶を消して置いていかないでしょ」

 ばっさりと切り捨てられて、言葉に詰まる。

「……それは……でも……私の、為に……」

「記憶を消されたあなたはそのことに苦しんで、ここまで来て、死にかけたでしょ?

 助かったのは奇跡的な偶然で、もしエッジと入れ違いになってたら、あなたはあのまま狼に食べられて死んでたわよ。

 全然『あなたの為』になってないじゃない」

「……っ」

 狼に襲いかかられた時の恐怖と痛みを思い出して、ぎゅっとコップを握りしめる。

「エッジはね、魔法の力を憎んでるくせに、いざという時は魔法頼りっていう考えがずるいのよ。

 怪我をしても魔法で治す前提で、『手足を失ってもいいから生き延びる方法を選べ』って、あなたに言ってたんでしょ?

 普通の人は手足を失ったら二度と戻せないし、死んだらそれで終わりなの」

「……うん」

「人はね、誰でもいつかは死ぬの。

 残していく方はつらいし、残される方は哀しいわ。

 その哀しみを乗り越えて、生きていかなきゃいけないの。

 なのに、エッジは哀しみを魔法の力で消してごまかそうとした。

 そんなの、ずるいでしょ」

「…………」

 母様の死を知っても、私は泣けなかった。

 一年以上経って、ようやく泣けたのは、エッジさんのおかげだ。

 だが、もしあの時、『泣いていい』じゃなく『母親の死の哀しみを忘れろ』と【命令】されたとしたら、どうだっただろうか。

 哀しくなくなるかもしれないが、それは乗り越えたことには、ならないだろう。

「養父が目の前で死んだことがつらかったから、同じ思いをあなたにさせたくないって考えるのは、まあわかるわ。

 だからって、自分が死ぬ前にあなたの記憶を消して逃げるのはおかしいでしょ。

 あなたの気持ちをまるっきり無視してるじゃない。

 哀しむあなたを見て自分がつらい思いをしたくないっていう、自分の為の逃げでしかないわ。

 記憶を消され置いていかれたせいで、あなたは心身共に傷ついた。

 やることなすこと全て『あなたの為』と言いながら、結局『自分の為』だったのよ」

「…………」

 何も言えなくなった私を見つめて、アンさんは眉を下げる。


「それとこれは、邪推しすぎかもしれないけど、ついでだから言っちゃうわね。

 エッジがあなたを好きになった理由の一つに、あなたの初心(うぶ)さがある気がするの」

「……え……?」

 意味がわからなくて首をかしげる。

「エッジは、魔法の実験の為に誰かと無理やりやらされ続けたことが心の傷になってるから、誰かに触れるのも触れられるのも苦手だって、言ってたんでしょ?」

「……うん」

「そのせいだと思うけど、エッジは性的なものを感じさせる女性が苦手なんじゃないかしら。

 ぶっちゃけて言うと、胸やお尻が大きくて色っぽい女性ね」

「……胸……」

 自分のささやかな胸を見下ろす。

 やはり女性の魅力は胸なのか。

「エッジは顔はいいし腕も立つから、そこそこモテたはずなのに、今まで本気で好きになった相手がいなかったのは、見た目が女らしいっていうだけで拒絶してたんじゃないかと思うの。

 あなたの見た目がそうじゃなかったからこそ、エッジはあなたと普通に接することが出来て、それから中身に惹かれていったんじゃないかしら」

「…………つまり、私が男の子みたいだったから好意的だったけど、ドレスで着飾ってたら拒絶されてたかも、ってこと……?」

 泣けばいいのか怒っていいのかわからない複雑な気分で問うと、アンさんも複雑な表情でうなずく。

「邪推しすぎな気がするけど、そう思うの。

 あ、勘違いしないでね。

 私は、あなたの魅力は中身、心の優しさだと思ってるわ。

 でも見た目は女らしさを感じさせないし、女同士の会話でさえ恥じらっちゃうぐらい性的なことに疎いでしょ」

「……うん」

「性的なことの知識も経験もない慎ましい見た目で、昔の嫌なことを思い出さずに済むから、あなたを好きになったんじゃないかしら。

 旅の間に、エッジが女らしい見た目の人に迫られて邪険にあしらうようなこと、なかった?」

「…………あった」

 一番記憶に残っているのは、幻覚と暗示をかけるお(こう)で騙そうとした女性だが、あの人以外にも、エッジさんを口説こうとして無視されたり拒絶された女性は多かった。

 思い返してみれば、皆女性的な、経験豊富そうな胸の大きい色っぽい人だった気がする。

「あなたと一緒にいる時に他の女に誘われたら、断るのは当然、むしろ断らないとダメなんだけど、私が初めて会った頃は独り身なのに断ってたわ。

 それも、好みじゃないからとかじゃなくて、拒絶というか、問答無用って感じで。

 だから、私はずっとエッジは魔法絡みで苦労したせいで人間不信で、その延長で女嫌いなんだと思ってたの。

 あなたと恋仲になったと聞いて驚いたけど、あなたがとてもいい子だってことは知ってたから、中身を好きになったのねって納得したのよ。

 だけど、昨日あなたに旅の間の話を聞いて、なんていうか……。

 自分に都合のいい女にしようとしてるように感じたの」

「都合のいい女……?」

「そう。

 もう少しきれいに言うと、『自分好みに育てる』かしら。

 男でも女でもそうしたがる人はいるから、一概に悪いことだとは言えないけど、エッジはあなたをそうしようとしてた気がするの。

 旅の間は男装してろとか、他人と接するのは自分に任せろとか、一人で出歩くなとか、守られる前提の剣技とか。

 あなたが自分から離れていかないように、他の男に目をやらないように、囲い込んでいってたように想えるわ。

 そのくせ、自分が死ぬとわかったら一人で放り出すなんて、ひどいじゃない。

 だから、あいつは臆病で卑怯な小心者だって言うのよ」

 怒りの籠った言葉は、友達として私を案じてくれているからだろう。

 そのことが、なぜかすごく嬉しかった。

「……ありがとう」

 小さな声で言うと、アンさんは我に返ったように瞬きした。

「ごめんなさい、ちょっと興奮しちゃったわ」

 苦笑して、香草茶を何口か飲む。

 私も、だいぶぬるくなった茶を一口飲んだ。


「あなたがエッジを『強くて優しい人』だと思うのは、助けてもらった、優しくしてもらったっていう先入観があるからかもしれないわ。

 だけど、エッジもあなたと同じ、人との接し方がわからない不器用な人間よ。

 だから、もう一度よく考えてみて。

 あなたは今でもエッジが好き?

 記憶を消して置いていかれたことを許せる?」

 真摯な問いかけに、唇を噛む。

 即答できないことが、答えなのかもしれない。

「……でも、エッジさんは、自分を犠牲にしてでも、助けてくれた、から……」

 置いていかれたことは哀しいが、助けてもらった身で文句を言うのは恩知らずに思える。

「それは、気にしなくていいわ。

 『一人で出歩くな』と言うほど過保護に束縛してたくせに、突然一人で放り出していったエッジが悪いのよ。

 きちんと説明して、別れ話をするべきだったのに、逃げたのはエッジなんだから。

 あなたはエッジのせいで死にかけたんだから、エッジがあなたのせいで死にかけたことで貸し借りなしよ。

 いえ、記憶を消されたことで、貸し一つよね」

 暴論だと思うが、反論を思いつかない。

 黙りこんでコップを握りしめていると、自分のコップをトレイに戻したアンさんが、ふいに顔をしかめた。

「なんだか嫌なこと思いついちゃった。

 根本的な問題として、エッジって恋愛がどういうものか、わかってるのかしら」

「……え?」

「十五歳までは幽閉状態で道具扱いされてて、それから三年は普通の生活してたそうだけど、十八歳からは戦場を転々としながら傭兵してて、最近数年は定住せずに旅をする合間に道案内や護衛。

 まともな恋愛感情を理解する余裕なんて、なかったんじゃないかしら」

「それは……」

 お養父さまと暮らした三年は、一般常識を学ぶだけでも大変だったと言っていた。

「……でも、私のこと、好きだっていつも言ってくれたよ」

「そうね、あなたのことを特別扱いしてるのは間違いないわ。

 でも、あなたが先に告白したら、『俺も好きだ』って、『これが好きという気持ちなのか』って言ったんでしょ?」

「……うん」

「つまり、あなたへの依存とか執着とかの感情を『好き』という言葉で言い表しただけで、恋愛的な意味であなたを好きになったわけじゃないのかもしれないわ。

 恋愛感情の中に、依存や執着も含まれてると言えなくもないけど、エッジの場合は、何か違う感じがするのよね……」

「…………」

 悩むようなアンさんの声を聞きながら、ぎゅっと胸元を握りしめる。 

「……もしかしたら……私も、そうなのかもしれない」

「どういうこと?」

「……私も、エッジさんを好きだと思ったのは、恋愛感情じゃなかったのかもしれない。

 だって……私、十一歳になっちゃったから……」

「【一番幸せな記憶を思い出す】っていう魔法を受けた時のこと?」

「……うん。

 本当にエッジさんを好きなら、エッジさんとの幸せな記憶を思い出したはず。

 なのに、私、十一歳になってしまった。

 エッジさんは、『俺が同じ魔法を受けたとしてもこどもになっただろうから、気にするな』って言ってくれたけど、……でも、本当は、あの時から、心が離れていってたのかもしれない。

 だから、私が追いかけてこないように、記憶を消していったのかも……」

「……それは、エッジ本人に聞いてみないとわからないわね」

 静かな声で言いながら、アンさんは私の肩を優しく撫でてくれる。

「でもあなたは、記憶を消されても、エッジを好きだっていう気持ちは残ってて、忘れられそうになかったから、ここまで来たんでしょ?」

「……うん」

「だとしたら、あなたにとってエッジの記憶は、【一番幸せなもの】ではないとしても、【一番大切なもの】なんじゃないの?」

「…………うん」

 そうだ、私にとって、何よりも大切なものだった。

 だから、取り戻したかったのだ。

「偉そうなこと色々言っちゃったけど、私だって、『正しい』恋愛感情が何かわかってるわけじゃないのよ。

 あくまでも私の考えで、常識というわけでもないから、参考程度にしてね。

 自分がどうしたいのか、ゆっくり考えてみて。

 恋してる時って、後から考えたらなんであんな馬鹿なことしちゃったのかしらって呆れるような考えになることもあるけど、感情が鈍ってる今のあなたなら、冷静に考えられてちょうどいいと思うわ。

 昼食まで、私はあっちにいるから。

 考えがまとまって、あなたが望むなら、エッジに会わせるわ」

「…………うん」

 こくりとうなずくと、アンさんは力づけるように私の背をぽんと叩いてから、何かを思いついたかのように瞬きした。

「ねえ、あなたの『貸し』を精算させる方法、こういうのはどう?」

「え?」

 身体を寄せて耳元で囁かれた内容に、目を見開く。

「エッジがそれを受け入れるかどうかで、本当に強くて優しい人なのか、わかるんじゃない?」

「……でも、それは……ずるくない?」

 とまどって見つめると、アンさんはいたずらっぽく笑った。

「ずるくたっていいじゃない。

 私はエッジよりあなたの味方だって、おぼえておいてね」

「……うん。ありがとう」  

 トレイを持って出ていったアンさんを見送り、枕を戻してベッドに仰向けに寝そべる。

 天井を見つめながら、気持ちを整理する為に、言葉にしてみる。

「私は、エッジさんが、好き?」

 なぜ好きなのか。

 好きだからどうしたいのか。

 許せるのか。

 許せないのか。

「……私は、……どうしたいんだろう……」

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