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サザンクロス~願いをかなえて~ 4

内容で区切った為短いです。

☆コディ視点☆


 意識を失った私は、それから数日高熱にうなされた。

 何度か目を覚ました気がするが、夢現(ゆめうつつ)を漂っていたような感覚で、記憶は曖昧だ。

 アンさんが身体を拭いてくれたり、母様が子守唄を歌ってくれたり、エッジさんが水を飲ませてくれたり、ばあやに苦い薬湯(やくとう)を飲まされたりした。

 母様やばあやがここにいるはずがないから、全部が夢だったのかもしれない。

 目が覚めて、意識ははっきりしているものの状況を理解できずぼんやりしていると、アンさんが部屋に入ってきた。

「おはよう。気分はどう?」

 優しい声で言いながら、アンさんは私の額に手の平を当てる。

「うん、もう熱も下がったみたいね。

 よかったわ。

 ここでは医者も呼べなくて、せいぜい解熱効果のある薬草を煎じて飲ませるぐらいしか出来ないから、あなたの体力次第だったの」

「……私、何日寝込んでたんですか?」

「三日間よ。

 これ以上高熱が続いたら、危なかったわ」

「そんなに……迷惑かけて、すみません……」

 ここはアンさんの寝室で、ベッドに寝かせてもらっていた。

 寝込んでいる間ずっとここに寝かせてもらっていたなら、家主のアンさんを追い出してしまったことになる。

「気にしないで。

 あなたが熱を出したのは、私のせいでもあるんだし」

「え……? どうしてですか……?」

「話は後にしましょ。

 まずは何か食べた方がいいわ。

 食欲はある?」

「あ……はい……食べられると思います」

「じゃあ用意するわね。

 そうそう、あなたもう近衛騎士じゃないんでしょ?

 そんなに丁寧に喋らなくていいわよ。

 私達、友達でしょ?」

 からかうような笑みで言われて、驚いたものの、その気遣いが嬉しくなる。

「……うん。ありがとう」

「どういたしまして。

 じゃあ、横になって待っててね」

「うん」


 しばらくしてアンさんが持ってきたのは、野菜のスープと小さなパンだった。

 細かく刻まれた野菜の味が溶け出したスープにちぎったパンをひたして、少しずつ食べる。

 パン半分を食べたところで、限界が来た。

「……ごめん、もうおなかいっぱい」

「無理しなくていいのよ、また後で食べればいいわ」

「うん。ありがとう」

 ベッドの端に腰掛けて私の食事を見守っていたアンさんは、スープ皿の載ったトレイを持って出ていって、しばらくして小さめの木桶を持って戻ってきた。

「身体を拭いて、着替えましょうか」

「あ、うん。自分で出来るよ」

「そう? じゃあ服を脱いでちょうだい」

「うん」

 ベッドの上でもそもそ動いて服を脱ぎ、渡された温かい濡れタオルで身体を拭く。

 自分でやると言ったが、結局背中と頭はアンさんに拭かれた。

 アンさんの寝巻代わりだという膝下丈のワンピースを渡されて、頭からかぶる。

 さっぱりして気持ちよかったが、なぜかだるくなってきた。

「やっぱり体力落ちてるのね。

 無理しちゃダメよ。しばらく眠るといいわ」

「うん……」

 促されてベッドに横になると、すぐに眠気が訪れる。

 毛布を掛けられ、ぽんぽんと肩を叩かれると、すうっと眠りに落ちた。


 数時間眠って、また野菜スープとパンを食べる。

 それを何度か繰り返して、翌日の朝はやけにすっきりと目が覚めた。

 今朝は少しだけ肉が入ったスープと、小さめのパン一個を全部食べられた。    

 少しずつでも食べたおかげで、体力が少しは戻ったようだ。

 それでもまだトイレ以外でベッドを出ることは止められている。

 アンさんにそろそろベッドを返したいが、有無を言わせない笑顔で『寝てなさいね』と言われて、逆らえなかった。

 食後の香草茶を飲みながら、ベッドの横に椅子を持ってきて座ったアンさんがゆったりと言う。

「さて、じゃあ話をしましょうか。

 まずは、熱が出た理由ね」

「あ、うん」

「簡単に言うと、エッジと私があなたに魔法で【命令】したからよ。

 魔法は一家系に一つが原則だけど、【命令】は、いくつか条件はあるものの、魔法者なら誰でも出来るの。

 でも、双方に負担が大きいし、乱用した人がいたせいで魔法者が危険視されることにもなったから、めったにやらないことよ。

 あなたは、その【命令】を短期間で二回も受けたうえに、記憶を消したり戻したりしたから、よけい心身の負担が大きくて、熱を出してしまったの。

 だから、半分は私のせいなのよ。

 ごめんなさいね」

「そう、なんだ……」

 『魔法者に真名を知られると危険』という噂は、そのせいなのだろう。

「……でも、私は、記憶を戻してもらってよかったよ。

 思い出したいのに思い出せなくて、ずっとつらかった。

 あのままだったらきっと、頭がおかしくなってたと思う。

 それに、何日もベッドを貸してくれて、看病もしてくれたでしょ?

 だから、謝らないで」

「……ありがとう」

 微笑み合って、アンさんは真面目な表情になる。

「じゃあ、次はあなたの話ね。

 記憶がちゃんと戻ってるかの確認を兼ねて、あなたが私を訪ねてくるようになった理由から、順に話してくれる?

 もちろん話したくないところは飛ばしていいから」

「……うん」

 確かに、『記憶が戻った』と感じたが、本当に何一つ抜けがないのかまでは、わからない。

 アンさんに話しながら思い返していくのは、確認にちょうど良さそうだ。

 どこから始めるのがいいか考えて、結局最初からにする。

「前にも話したと思うけど、私の父は貴族で……」

 離縁された母と小さな村の屋敷で暮らし、植物観察に夢中なこどもだったこと。

 十二歳で父の屋敷に連れていかれ、十七歳まで軟禁状態で騎士になる為の厳しい教育を受けたこと。

 十八歳でなんとか騎士になれてすぐ密命を受けて、アンさんに会いにきたこと。

 旅の途中で道案内としてエッジさんを雇い、ここまで来たこと。

 帰り道でならず者に襲われて死にかけ、エッジさんに魔法で助けてもらったこと。

 王都まで共に旅をして、騎士を辞めて、死にかけて、また魔法で助けてもらって、お互い好きだと自覚して、告白したこと。

 植物観察の旅の途中であった、様々なこと。

 昼食と短い昼寝を挟んで、夕方までかかって、ようやく話し終えた。

 アンさんは、時折質問を交えながらも、じっくり聞いてくれた。

「……うん、記憶の抜けは、なかったと思う。

 全部ちゃんと、思い出せたと思う、けど……」

「けど、何?」

 アンさんに問われて、口ごもる。

 どう言葉にしたらいいかわからず、何度か口を開いたり閉じたりする。

「無理してまとめようとしなくていいのよ。

 思うまま、言葉にしてみて」

「……うん」

 それでも迷っている間、アンさんは黙って待っていてくれた。

 そのことにほっとして、ぽつりぽつり言葉にする。

「……あの日。

 記憶がなくて苦しくて、狼に襲われて痛くて、死んだと思って、でも生きていて、見知らぬ男に押し倒された、と思って怖くなって、記憶が戻って、……エッジさんが息してないと気づいて哀しくて、生き返ってくれて嬉しくて。

 半日ぐらいの間にあんまりにも感情がぐちゃぐちゃになったせいか、それともその後数日高熱出して寝込んだせいなのか、【命令】を二回もされた後遺症なのか。

 よく、わからないけど、気持ちが、ぼんやりしてる。

 記憶が戻る前は、気持ちだけがあって、思い出せなくて苦しかったけど。

 記憶が戻った今は、思い出だけがあって、その時の気持ちとつながってない感じ。

 薄い布一枚を通して物を見てるような、直接心に響かない、みたいな……。

 ……ごめん、うまく言えない……」

 なんとか言葉にしたけど、かえって混乱してきた。

 ため息をつくと、アンさんは優しく微笑む。

「いいのよ、なんとなくはわかったわ。

 たとえば、熱いものに触ったはずなのに、熱いと感じないとか。

 大好物のお菓子なのに、いつもより美味しく感じないとか。

 そういう感じじゃない?」

「あ……うん。

 そう、そんな感じ……」

「私にも経験あるわ。

 あまりにも心や身体が疲れてる時は、そんな風に感情が鈍ることがあるの。

 今のあなたの場合は、心も身体もすごく疲れちゃったからでしょうね。

 しばらくゆっくりして、様子見をすればいいわ。

 そうね、春になって、花がたくさん咲くのを見たら、また気持ちが動くようになるんじゃないかしら」

 優しく受け止めてもらって、ほっとしてうなずいた。

「…………うん。そうだね」


 夕食を食べ、濡れタオルで身体を拭いて、またアンさんの服を借りて着替えると、すぐ眠くなってきた。

 昼間たくさん話をして、疲れたのかもしれない。

 でも粘って交渉して、アンさんにもベッドで寝てもらうことになった。

 このベッドは大きいから、二人でも寝られる。

「私ね、子供の頃に孤児院の大部屋でぎゅう詰めになって寝るのがいつも嫌で、大人になったら大きいベッドで寝るのが夢だったの。

 だからこのベッドは大きく作ってもらったのよ」

 向かい合って横向きになったアンさんが、ゆったりした口調で言う。

 歌手をしていただけあって声の通りがいいから、寝そべっていて小声でも聞き取りやすい。

「そうなんだ……ごめんね。狭くしちゃって」

「気にしないで。

 友達と二人で寝るっていうのも、たまには楽しいわ」

 壁に吊るしたランプの灯りは弱くて表情はよく見えないが、言葉通り楽しそうな声にほっとする。

 昨日からずっと気になっていることを聞こうかどうしようか迷っていると、ぽんぽんと肩を叩かれた。

「もう寝ましょ。

 話はまた明日ね。

 おやすみなさい」

「……うん。おやすみなさい……」

 優しい声で言われて、目を閉じるとすぐ眠りに落ちた。

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