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サザンクロス~願いをかなえて~ 1

最終章です。もだもだしまくってて話がなかなか進みませんが、お付き合いください。

視点が順次変わります。

☆エッジ視点☆


 王都に着いて宿を取り、コディの知り合いの植物学者とナリーにそれぞれ王都にいると連絡を入れると、双方からすぐに返事があった。

 植物学者は、俺達が北上の旅をした直後に王立研究所から招聘を受け、今はそちらに勤めているからいつでも来てほしいとのことだった。

 ナリーは、休みを取って屋敷に戻れるのは七日後だが、出来れば会いたいと言ってきた。

 後はトールマン村の屋敷に戻るだけだから、植物学者とのんびりやり取りをしてナリーの休みを待つことにした。

 一日宿で休んでから、植物学者に会いに王立研究所に向かった。

 王立研究所は、王宮近くの国の関連施設が集められた一角にある。

 敷地の周囲は塀に囲まれていて独立した門があり、入る為には手続きが必要だが、植物学者が事前に受付に連絡を入れてあったおかげで、すんなり通れた。

 王立研究所に招かれるような学者は、研究者としては一流である反面、研究以外のことは疎かになる者が多いらしく、事前連絡をしてくれる人はありがたいと、受付の者が嬉しそうに言っていた。

 案内されたのは応接室で、すぐに学者がやってきた。

 研究室も与えられているが、研究者棟は機密の塊だから、一般客は入れられないらしい。

 コディと学者がコディのスケッチを元に話に花を咲かせているのを、黙って見守る。

 王立研究所で身の危険があるとは思えないが、コディは素直で優しい性格のせいで、やっかいごとに巻きこまれることが多い。

 少しでも目を離すと心配になるから、結局毎日ついていった。

 初日に植物学者が言っていたが、所属する研究者の中で魔法者は一割もおらず、研究室が隣だという縁で知り合った一人としかまだ会ったことがないらしい。

 それならば応接室までしか行かない俺は会わずに済むだろうと内心安堵していたが、三日目の朝案内された応接室には、植物学者の他にもう一人いた。

「まあまあまあ!

 あなた魔法者じゃありませんか!」

 俺の顔を見るなり叫んだのは、四十代半ばほどの女だった。

 化粧をしておらず、ぼさぼさの長い金髪を後ろで雑に一つに結び、足首丈のワンピースは生地は上質だがくたびれている。

 いかにも研究者という風貌の女と目が合った瞬間、俺もこの女が魔法者だとわかったが、コディを置いて逃げるわけにもいかない。

「彼から魔法具の話を聞いて、ぜひ詳しく教えてほしいと思ってついてきたんですけど、新しい魔法者に出会えるなんて、今日は良き日ですわ!」

 よくわからないテンションで叫ぶ女を見て、コディは驚き、植物学者はのほほんと笑う。

「カーラ先生は元気ですねえ。

 でもあなた、魔法者だったんですねえ。

 私は全然気づきませんでしたよ」

 植物学者は女と同じ四十代半ばらしいが、六十歳ぐらいに見えるほどのんびりして穏やかな男だ。

 コディよりも更に植物にのめりこんでいて、俺が魔法者だと知ってもたいして態度が変わらない。

 かわりに女が騒いでいる。

「ぜひ! ぜひ詳しく話を聞かせてください!」

 掴みかからんばかりの勢いで迫ってくる女が鬱陶しく、やはり逃げるべきだったかと後悔する。

 ちらりと見ると、コディは申し訳なさそうな表情で俺を見上げる。

「エッジさんが嫌だったら、帰ろう?」

「…………」

 今帰ったら、コディが今後植物学者に会いに来るのが難しくなるだろう。

「……隣の部屋で、コディがここにいる間だけなら、相手をしてやる」

「素晴らしい!

 ではすぐに行きましょう! さあ!」

 突進してきた女に腕を掴まれそうになったが、寸前でかわして身を引く。

「何かあったら、すぐ呼べ」

「うん」


 コディに言い置いて、隣の部屋に移る。

 いくつかある応接室はどれも同じ作りなのか、部屋の中央に大きめのソファセットだけが置かれている。

 ソファに向かい合って座ると、女は手元にノートを広げながら身を乗り出してきた。

「申し遅れました、わたくしカーラと申します。

 あなたのお名前を教えてください」

「……エッジ」

「エッジさん、まずはあなた方が見たという魔法具について教えてくださいまし!」

「……何を知りたい」

「そうですね、では見た目から。

 どんな形でしたか?」

「……女の額飾り」

「まあ! 装飾性と実用性と隠密性を兼ねそなえた逸品ですね!

 色や材質はどうでした?」

「……土台は銀、石は水晶、に見えた」

「なるほどなるほど!

 では効果は?」

「……愛称で命令できる」

 目を爛々と輝かせたカーラは異様なほどだが、質問は的確だったから、簡潔に答えていく。

 命令に逆らおうとして苦しんでいたコディの表情を思い出して、つい殺意が蘇ったが、なんとか抑えこんだ。

「ずいぶん強力な魔道具だったようですね! 

 貴重なお話をありがとうございました!

 では次は、あなた自身について教えてもらえますか!」

「……内容による」

 根掘り葉掘り聞かれるのは鬱陶しいし、思い出したくないことばかりだ。

「ではまず基本的なことから。

 自分が魔法者だと、いつ自覚しましたか?」

 妙な問いかけに、眉をひそめる。

 物心ついた頃には知っていたが、それは誰かから言われたからだと思っていた。

 考え込んでいると、意味が通じていないと思ったのか、カーラが言葉を続ける。

「これはわたくし自身の話ですが、自分が魔法者だと、誰かに言われるまでもなく知っていました。

 たとえば自分が女だとか、自分の愛称がカーラだというのは、周囲から言われて認識したことなのに対して、魔法者だという自覚は最初からあったんです。

 あなたは、どうでしたか?」

「…………」

「では、自分の魔法の種類についてはいかがですか?

 この研究所にいる魔法者はわたくしを含め八人で、他の七人にも聞いてみたところ、全員が『最初から種類と使い方を知っていた』と答えましたし、わたしくしもそうでした。

 あなたは、どうですか?」

 重ねられた問いかけに、改めて記憶を探る。

「……知ってたと、思う」

 返答が曖昧になるのは、使い方を知ってはいたが、それに伴う『交わる』行為の知識がなかったからだ。

「やはりそうですか」

 カーラは嬉しそうに言いながら、ノートに何か書き込む。

「魔法の力には強弱をつけられますが、そのやり方も、最初から知っていましたか?」

「……ああ」

「では、【命令】を使ったことはありますか?」

 先程までの質問と同様に軽い調子で言われたことに、一瞬反応できなかった。

 意味を理解した途端、殺意にも似た嫌悪感がよぎる。

 それを敏感に察したのか、カーラがにこりと笑う。

「あ、誤解しないでくださいね。

 【命令】も、魔法者なら最初から使い方を知ってるものですし、わたくしも使ったことがありますから」

 さらりと言われたことに、再び反応が遅れた。

 それは、魔法者にとって禁忌のはずだ。

 にらみつけると、カーラは笑顔のまま言う。

「そういえば、わたくしについて詳しくお話してませんでしたわね。

 わたくしの魔法は、【寿命以外の病気を治す】です。

 数百年前に、教会が聖女に祀り上げた魔法者の直系なんです」

 あまりにも軽い暴露に、目を見開く。

 聖女は、世界一有名な魔法者と言われる存在で、その血筋は西方の教会総本山がある国に今も厳重に囲われているはずだ。

「わたくし三姉妹の真ん中なんですが、魔法の力が一番弱かったので、この国に売られたんです。

 姉と妹は、今でも教会で聖女として働かされているはずです。

 この国はわたくしのことを大切な道具として扱ってくれてまして、魔法を使うのはせいぜい月に一度程度で、他の時間は研究所の敷地内から出なければ自由にしていいと言われているので、故国よりも気楽に暮らせて助かっています」

 俺と似たような境遇だが、本人は言葉通り気楽そうだ。

「【命令】について、認識の確認をしておきましょうか。

 相手の真名を知っている。

 相手に魔法を使ったことがある。

 相手が自分に敵意を持っていない。

 この三つの条件が重なった時、真名を呼んで命じることが出来る。

 ただし、【命令】は自分にも相手にも負担が大きいことと、一般人が魔法者を危険視する原因でもあるので、なるべく使わない方がよい。

 あなたの認識と合っていますか?」

「…………ああ」

「良かったです。

 わたくしは【命令】で故国を脱出し、この国で行動の自由を得ました。

 使う相手と内容と時機を選べば、負担になるほどのことではありませんよ」

「…………」

 禁忌だという認識が強かったし、他の魔法者と知り合っても馴れ合うことがなかったから気づかなかったが、人によってこれほど捉え方が違うものなのか。   

「で、話を元に戻しますが、【命令】を使ったことがありますか?」

「……ある」   

 十五歳で逃げ出す時に使ったのが、最初で最後だ。

「【命令】の内容は、過不足なく実行されましたか?」

「……ああ」

「その時、あなた自身と、相手に何か負担が出ましたか?」

「……わからねえ」

 逃げるのに必死だったし、相手の状況を見る余裕もなかった。

「そうですか。

 では、次の質問にいきますね。

 あなたは、今までに何回ぐらい魔法を使いましたか?

 百回区切りで言うとどれぐらいですか?

 千回以上ですか?」

 やけに具体的な聞き方に、再び眉をひそめる。

 売られた先の国で、当初は効果を確かめる為に手当たり次第に一日に何度も実験させられたが、そのうち回数が減っていき、最後の方は週に一度ぐらいの時もあった。

 平均すれば一日一回とみなして、十一歳から十五歳までの四年間だと、千回を超えるのか。

 改めて数えてみると、(おぞ)ましい回数だ。

「……千と千五百の間」

 適当に答えると、カーラは何度か大きくうなずく。

「なるほどなるほど。予想通りですね!」

「……何がだ」

 カーラはノートに何か書き込んでから顔を上げて俺を見て、また一つうなずく。

「これはわたくし自身は確信していることなのですが、独自の仮説なので、そのつもりで聞いてください」

「……ああ」

「魔法は家系ごとに決まっていて、使えるのは一種類だけです。

 ですが、魔法を千回以上使うと、二次的な効果が現れる場合があります。

 しかもこの二次的な効果は、魔法を使わなくても使用できます。

 わたくしの場合、【相手の状態がわかる】というものです」

 具体的なようで曖昧な表現だ。

「魔法者には魔法者がわかるし、近親者も認識できますよね。

 それと同じように、相手の状態がわかるんです。

 もう少しはっきり言うと、相手の状態のうち、わたくしが知りたいと思う情報がわかります。

 たとえば、わたくしは胃の病気を治せますが、そうなった原因はわかりません。

 ですが治す前に、なぜ胃を痛めたのか知りたいと思うと、それが暴飲暴食のせいなのか、心痛のせいなのか、毒を飲まされたせいなのか、情報が頭に浮かんでくるんです。

 病人を見続けた経験と勘もあるかもしれませんが、通常の情報では推測できない『三歳の時に誤飲した小さな玩具が胃の中にあって内部を傷をつけている』という症例もあるので、魔法的効果だということは間違いありません」

 確かにそれは推測できることではないが、だからといって魔法の効果が魔法を使っていない時でも使えるというのは、今までの常識ではありえないことだ。

「これは、教会に蓄えられた数百年分の聖女の記録と、家族への聞き取りから調べた結果でもあります。

 わたくしの母も姉も妹も、わたくし同様になんらかの二次的効果を実感していました。

 しかも、二次的効果には差があって、わたくしと姉は同じでしたが、母は【相手が一番治したいと思っている場所がわかる】で、妹は【一番先に治すべき場所がわかる】でした。

 母の理由はわかりませんが、妹は短気だからだと推測しています」

「…………」

「さっきも言ったように、わたくしは相手の情報を得られますが、万能ではありません。

 あなたを見た場合だと、何回ぐらい魔法を使ったことがあるかという情報を得ようとしたら、『千回以上』だとわかりました。

 ですが、あなたの二次的効果が何かという情報は、得られませんでした。

 これはわたくしの家族で試した時も同様でしたから、得られる情報には限界があるようです。

 ですから、あなた自身が自覚している効果があれば、教えてもらえませんか?」

 改めて問いかけられても、そんな特殊な効果を感じたことはない。

「……わからねえ」

「そうですか。

 残念ですが仕方ありませんね。

 もしわかったら、教えてください。

 では次の質問です。

 あなたの真名とあなたの家名は一致していますか?」

「……家名?」

「そうです。

 わたくしが調べたところ、真名は個人名と始祖名の二つの組み合わせです。

 始祖とは、創造神が世界をお創りになった際の、最初の人間千名のことです。

 その始祖の血脈である、と示しているわけです。

 ですが、始祖名と家名が一致することはほとんどありません。

 これは、始祖名が母系で伝えられていくのに対し、家名が父系で伝えられていくことが多かったからのようです。

 始祖名と家名が一致する例は、わたくし自身とわたくしの家族、つまりわたくしの家系しか、いまだに出会ったことがありません。

 あなたは、どうですか?」

「…………違う」

 俺の今の家名は養父がくれたものだが、故国で呼ばれていた家名は、確かに真名とは違うものだった。

「では、始祖名と家名が一致する人に魔法を使ったことはありますか?」

「……おぼえてねえ」

 もしかしたらいたかもしれないが、そんなことを気にする余裕はなかった。 

「そうですか。

 では次の質問ですが」


 次々と来る質問に適当に答えていくと、ようやく満足したのか、カーラはノートを閉じた。

「ありがとうございました。

 謝礼がわりに、教えて差し上げますね。

 あなた、次に魔法を使ったら死にますよ」

 あまりにもあっさり言われて、意味がわからなかった。 

「……死ぬ?」

「はい。

 肉体的には年齢相応ですが、魔法的に死にかけなんです」

 それは先程言っていた【相手の状態がわかる】という効果なのだろうか。

「『魔法的に死にかけ』とは、どういう意味だ」

「魔法は人知の及ばない力で、魔法者の肉体を媒介にこの世界に発現します。

 人知の及ばないであるがゆえに、魔法者に負担がかかります。

 それは、わかりますか?」

「……ああ」

 魔法を使った後は、いつも独特の虚脱感がある。

「体力と同じようなもので、魔法力とでもいいましょうか、それは魔法を使えば使うほど消耗します。

 しかも、その消耗率は、回数だけでなく強さにも比例します。

 魔法が強ければ強いほど、消耗も大きくなるんです。

 あなたはかなり強い力を使っているでしょう?」

「…………」

 昔実験をやらされた時は、俺自身がそんな気になれなかったから、最低限の力しか込めずに使っていた。

 だがコディに魔法を使う時は、完全に治せるように最大限の力を込めていた。

「そのせいで、魔法力が尽きかけているんです。

 魔法力が尽きると、魔法者は死にます。

 だから、教会に酷使されたかつての聖女達は皆短命でした。

 二百年ほど前の聖女が魔法力の使い過ぎに気づき、治せる最低限の力に抑えて使うよう、代々密かに伝えてきました。

 おかげで、最近の聖女は皆一般人と同様に生きられるようになったんです。

 魔法力は、魔法を使わないでいれば少しずつ回復しますが、あなたは使いすぎて回復が全然追いついていません。

 あなたの魔法力の残りが三として、一年で回復する魔法力が一、というところです。

 魔法を使う最低限の魔法力が五ぐらいなので、次に魔法を使ったら確実に死にます。

 ちなみに、魔法力は全く魔法を使わずにいれば、十日で一ぐらいは溜まります。

 あなたがなぜ一年で一しか溜まらないかというと、魔法力を溜める器が破損しているからです。

 そうですね、庭に置いた木のコップを想像してみてください。

 そこに、天から降った雨が溜まっていきます。

 コップが無事なら順調に溜まっていきますが、あなたのコップは乱暴な使い方をしたせいで傷んで罅割れてしまい、雨水が溜まらずに流れ出てしまってるんです。

 そこから無理に雨水を絞り出そうとしたら、今度こそコップは壊れてしまうでしょう。

 長生きしたいなら、この先一生魔法を使わない方がいいですよ」

 言うだけ言って、カーラはノートを手に立ち上がる。

「では、色々と質問に答えていただき、ありがとうございました。

 また旅に出て魔法具を見かけたり魔法者に出会ったりしたら、教えてくださいね!」

 カーラがさっさと部屋を出ていっても、動けなかった。

 ソファに座ったまま振り向き、壁越しにコディの気配を確認する。

 ずっと動いていないから、まだ話し込んでいるのだろう。

「…………次に魔法を使ったら、死ぬ」


 考えるのはただ、どうすればコディを傷つけないで済むかということだけだった。

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