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ネコヤナギ~素直~

短め&甘めです。

 北上を続けていくと、気候の違いは休憩所の形にも表れてきた。

 私が生まれ育ったオールドランド近くでは三方が石組みで街道に面した一面は空いていたが、北上するにつれて解放部が小さくなっていき、今いるあたりでは私が軽く両手を広げたぐらいの幅しかない。

 しかも太い丸太で作った頑丈な扉がついていた。

「こんなに違うものなんだね」

 感心しながら丸太の扉を眺めていると、エッジさんが苦笑する。

「南の方では、壁は腰のあたりまでで、そこから上は屋根を支える柱だけだ」

 エッジさんは諸国を旅しているから博識だ。

 南方の国の話をねだると、静かに語ってくれる。

 エッジさんの声は低くて少し渋くて、聞いているとすごくおちつけて心地いい。

 それにしても今夜は冷える。

 ぶ厚いコートを着たままで毛布にくるまって閉めきった室内で焚火をしているのに、じんわりと冷気が染みてくる感じがする。

 小さくくしゃみをして身震いすると、エッジさんが心配そうな視線を向けてきた。

「寒いか?」

「……少し」

 答えると、焚火に枝を追加して火の勢いを強くしてくれる。

「エッジさんは、寒くない?」

「慣れてるからな。

 中にいて火があるだけマシだ」

 淡々とした声に、思わずエッジさんの過去の生活を思う。

 今夜は近くに人里がなかったから休憩所で過ごすが、今回の北上の旅は出来る限り宿に泊まっている。

 安全の為だと言われたが、本当は寒さに慣れていない私の為だと知っている。

 一人で旅していた時は、何日も野宿するのが普通だったと、以前言っていた。

 それはどれほど過酷な日常だったのだろう。

「コディ」

 静かな声に呼ばれて、はっと我に返る。

 エッジさんは、どこか自嘲するような苦笑いを浮かべていた。

「気にするな」

「……うん」

 うつむいて、なんとなく自分の肩を抱く。

 エッジさんの心の中には、私には決して見せない闇がある。

 私に見せないのは、エッジさんの優しさだとわかっている。

 それでも、私の為ではなくエッジさんの為に、その闇が少しでも消えればいいと願わずにはいられない。

「……コディ。こっち来い」

「え?」

 手を引かれて、並んで座っていた状態から、エッジさんの足の間に座らされた。

 エッジさんは私を毛布でくるみ直すと、後ろから抱きしめてくれる。

「少しはマシだろ」

「……うん。ありがとう」

 顔は見えないが、耳元で囁く声はひどく優しい。

「……今夜は、寒いね」

「ああ。

 雪が降るかもしれねえな」

「雪! やっと見れるのかな。

 楽しみ」

 オールドランドは温かいから、雪はめったに降らない。

 こどもの頃、ネコヤナギの白いフワフワを雪と勘違いして、『雪って冷たいって聞いたけど、あったかくてやわらかいんだね』と言って、母様やばあや達に笑われて以来、ずっと本物の雪が見たいと思っていた。

 だから、北上するこの旅は、雪の中で咲く花だけでなく、雪そのものを見る旅でもある。

 この時期の北上は無謀だと、エッジさんに最初は反対されたが、雪の中で咲くという花も雪も、どうしても見たかった。

 ねばって交渉すると、豪雪地帯を避け、花を見たらすぐに引き帰すことを条件に、やっと許してもらえた。

「ずっと降り続いてたら、そうも言ってられねえぞ。

 歩きにくいし視界も悪い。

 気づかないうちに体温を奪われて、命取りになることもある」

 オールドランドではありえないことだが、北国では毎年かなりの数の凍死者が出るという。

 そこだけを聞くと怖くなるが、やはり雪を見てみたい。

「……それでも、やっぱり楽しみ」

 そう言うと、耳元でかすかな笑い声がした。

「おまえらしいな」


☆☆☆☆☆☆☆


 そのままエッジさんに抱かれて眠る。

 からりと枝が崩れる音で目がさめた。

 ぼんやりと視線を動かすと、エッジさんが焚火に枝を追加していた。

「悪い。起こしたか」

「ううん……」

 空気はしんと冷えているが、エッジさんの腕の中はあたたかい。

 肩に頬をすりよせると、優しく髪を撫でてくれる。

「よく眠れたか?」

「うん……エッジさんがあっためてくれたから」

「そうか」

「エッジさんは……?

 ちゃんと、寝てくれた……?」

 休憩所の中でも安全とはいえない。

 野生の獣が食べ物のにおいに誘われて入りこんでくることもあるし、旅人のふりをした追剥や盗賊に襲われることもある。

 だからエッジさんは休憩所では仮眠しかとらない。

 せめて交替で眠るようにできたらいいのだが、私はエッジさんのように気配に敏感ではないから、結局守られてばかりだ。

「ああ。けっこう眠った」

「そっか。よかった……」

 ぎゅっと抱きつくと、優しく抱きしめてくれる。

「もう少し眠れ」

「……今、何時ぐらい……?」

「夜明け過ぎだな。

 日が昇って、もう少し温かくなってから出発した方がいい」

「ん……」

 エッジさんは、外が見えなくてもだいたいの時間がわかる。

 理屈を聞いてみたが、エッジさん自身にもよくわからないそうで、『なんとなく』らしい。

 それも長年の厳しい生活のせいなら、少し哀しい。

「……なんだか、静かだね」

 風の音も鳥の声もしない。

「ああ。

 雪が降ってるのかもしれねえな」

「雪降ると、静かなの?」

「雪が音を吸収するからな」

「ふうん……」

 気になって、エッジさんの腕と毛布の中から抜け出して立ち上がる。

 そっと扉を開けて、息を呑んだ。


 すべてが白く染まっていた。

 花びらのような白い小さなものが、天から降りそそいでいる。


「これが……雪……」

 外に出て掌を上に向けてみると、ふわりと乗った白い欠片はすぐに融ける。

 だが絶え間なく降りそそぎ、いつしか世界を白く覆っていく。

「きれい……」

 空を見上げていると、ふわりとぬくもりに包まれた。

「風邪引くぞ」

 背後から抱きしめられて、いつの間にか冷えていた手をあたためるように握られる。

「きれいだね」

「……そうだな」

「エッジさん。

 ありがとう」

「……何がだ?」

 とまどうような声に、少しだけ身体をひねってエッジさんを振り向く。

「連れてきてくれて、ありがとう。

 エッジさんといると、今まで知らなかったものをたくさん知ることができて嬉しい。

 すごく感謝してる。

 ありがとう」

 にこりと笑うと、強く抱きしめられた。

「……どうしたの?」

「……俺も、おまえに感謝してる」

「え?」

「おまえといると、忘れていた感覚を思い出す。

 きれいなものを見て、きれいだと素直に思うことができる。

 おまえのおかげだ。

 ありがとう……」

 囁く声は深くてせつなくて、感情を喪ったような状態だったというエッジさんの過去を想うと、なんだか泣きたくなった。

 だがそれはきっと、エッジさんにとってはいい変化なのだろう。

 なんとか涙を抑えて、空を見上げる。

「……きれいだね」

「そうだな」

 私は、エッジさんよりも弱くて世間知らずで、守られてばかりだ。

 それでも、私といることがエッジさんにとっていい変化をもたらすなら、ずっと一緒にいたいと、改めて思った。

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