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エンゼルトランペット~偽りの魅力~ 2

 コディを抱き上げて部屋を出る。

 薬はまだ効いているから痛みはないが、失血が多いせいか身体が重い。

「く……」

 上階でも庭でも、あわただしい気配がしている。

 正気に戻った奴らが騒ぎ出しているのだろう。

 見つかったら面倒なことになる。

 荒い息をしながら、なんとか館の外に出た。

 小屋の陰に座りこみ、大きく息を吐く。

 横抱きに抱えたコディの肩を掴み、軽く揺する。

「コディ。起きろ」

 何度か揺すると、コディはゆっくりと目を開けた。

 ぼんやりと俺を見つめ、我に返った途端に泣きそうに表情が歪む。

「エッジさん……!」

「話は後だ」

 悲痛な声を、わざとそっけなく遮る。

「ここに連れてこられてからのことをおぼえてるか」

「……うん」

「なら、服や荷物がどこにあるかわかるか」

「うん」

「案内しろ」

「うん」

 周囲を見回したコディに支えられて、小屋の一つに向かう。

 中はいくつかの小さな部屋に仕切られていて、そのうちの一つの扉を開けた。

「あった」

 コディがほっとしたように言う。

 床にはコディの服と荷物がまとめて置いてあった。

「着替えて身支度しろ」

「うん」

 急いで着替えたコディに再び支えられて、小屋を出る。

「あっちの方に、使われてない山小屋がある。

 荷物を隠してあるから、そっちへ行ってくれ」

「うん」


 森の中をゆっくりと歩き、ようやく小屋にたどりついた。

 埃のたまった簡素なベッドに、倒れこむように座る。

 足元に膝をついたコディが心配そうに見上げてきた。

「顔色すごく悪いよ。

 痛む?」

「……少しな」

 コディは今にも泣き出しそうな表情でうつむく。

「……魔法、使ってほしいけど、私、エッジさんを、殺そ」

 コディ自身を苦しめる言葉を言わせないように、指先でその唇を押さえる。

「前に、約束しただろう。

 おまえが何をしても、絶対におまえを嫌いになったりしねえよ」

「……だ、けど」

 青ざめた頬を、ゆっくりと撫でる。

「何があってもおまえが好きだ。

 おまえは、今はもう俺が嫌いか?」

 コディは強く首を横に振り、俺の手に自分の手を重ねて頬に押しつける。

「好きだよ。

 エッジさんだけが好き。

 大好き……!」

「だったら、操られてた間のことは気にするな」

 身体をかがめ、触れるだけのキスをすると、ようやくコディの表情が緩んだ。

「ありがとう……」

 こぼれた涙を指先で拭ってやると、ふいに強いめまいに襲われた。

「……っ」

「エッジさん!」

 視界がくらみ、床に倒れこみかけたところを、コディに支えられる。

「エッジさん、お願い、魔法を使って。

 私ならかまわないから」

「……たいしたことねえ」

「でも、そんなに血が出てるなら、かなり深い傷なんでしょ?

 治るまでどれだけかかるかわからないよ」

「大丈夫だ。

 数日は動けねえかもしれねえが、なんとかなる」

 もっとひどい傷を負ったこともあるが、その時も自分で手当てしただけでなんとかなった。

 俺は常人よりも回復力が強い。

 最近まで気づいてなかったが、それは俺の魔法の種類が【交わった相手の完全治癒】だからのようだ。

 相手だけでなく、俺自身の怪我も治癒されることが、とある出来事でわかった。

 コディもそれを知っているから、俺の怪我を治すために魔法を使ってくれと言うのは当然だが、うなずけない理由があった。

「エッジさん、お願いだから……!」

「ダメだ」

「どうして!?

 私がエッジさんを殺そうとしたことを許してくれるなら、私を好きなら、魔法を使ってよ! お願い……!」

 コディは涙をこぼしながら、強く俺の手を握る。

 これ以上拒み続ければ、『やっぱり許してくれてないのか』と思いかねない。

 だが、本当のことを言うわけにもいかず、ごまかせるような言葉を探す。

「…………俺の魔法は強い。

 強すぎるから、相手が無傷だったら、かえって悪影響が出ちまう。

 だから、魔法は使わねえ」

 死にかけていても完全治癒できるなら、無傷なら更に健康になって、一種の不老不死の効果が出るのではないかと、俺の魔法を研究していた奴らが考えたことがある。

 だが、結果は真逆だった。

 ()()相手は全員、魔法を使い始めてすぐ昏睡状態に陥り、そのまま死んだ。

 怪我の程度を変えて実験したら、少なくとも傷跡が一年は残るほどの怪我を負っていないと、悪影響が出るとわかった。

「…………」

 コディは強く唇を噛んでうつむいたが、すぐに顔を上げた。

 覚悟を決めた強いまなざしが、俺を見すえる。

「じゃあ、私が無傷じゃなかったら、死にかけてたら、魔法使えるんだね?」

「……っ」

 気づかれたくなかった問いかけに、答えられなかったことが答えになる。

 失血のせいか、頭がろくに動かず、とっさに言葉が出てこない。

「エッジさんがそうしてくれるように、私だって、自分を犠牲にしてでもエッジさんを助けたいんだ。

 だから」

 剣に手をかけようとするのを、手首を握って止めた。

「離して、エッジさん、お願い!」

 もがくコディをもう一方の手で引き寄せ、強く抱きしめる。

「…………俺に、やらせてくれ」

 コディ自身にやらせたら、俺への罪悪感から致命傷になるほどの深い傷を作りかねない。

 魔法で治せるとしても、それまでの痛みはあるのだ。

 どんなことからでも、コディを守ってやりたい。

 毛一筋ほどの傷も負わせたくはない。

 それでも、無駄に痛みを与えるぐらいなら、俺が必要なだけの傷を作ってやった方がまだマシだ。

「なるべく痛まねえようにするから」

 コディは俺を信じきった瞳でうなずいた。

「うん。お願い」


☆☆☆☆☆☆☆


 埃まみれの毛布をめくって、下着がわりの袖なしシャツだけを着たコディをベッドに寝かせ、その腹の横に座る。

 迷った末に、二の腕のあまり筋肉のついていないあたりに触れた。

「このあたりなら、あまり痛まねえはずだ」

「うん」

「呼べと言ったら、すぐに俺の真名を呼ぶんだぞ」

「うん」

「目閉じて、ゆっくり呼吸して、力抜け」

「うん」

「……やるぞ」

「うん」

 コディの呼吸の合間に、一気にナイフを突き立てた。

「……っ」

 コディは身体を強張らせ、唇を噛みしめる。

 ナイフを抜かずに、まわりを強く掴んで止血した。

「呼べ」

「エドワード・シンプソン」

「コーデリア・トレヴァー。

 俺とおまえの間に力を発動する」

 なるべく早口で言って、コディにくちづける。

 魔法の光がその身体を包んだ。

 そっとナイフを抜くと、傷口に魔法の光が灯る。

 血は出ないし、痛みもなくなるはずだが、それでも罪悪感がこみあげる。

「すまねえ。

 痛い思いをさせた……」

「……大丈夫……私こそ、嫌なことさせて、ごめんね……」

 コディは目を開けて、小さな声で言う。

「すまねえ……」

 囁きながら傷口にそっとくちづけると、その部分の光が強くなる。

 コディは傷口を見て、不思議そうに首をかしげた。

「痛むか?」

「……ううん。

 熱くなったけど、痛みは消えた……」

「触れた分だけ魔法の力が増して、治癒力も強くなるらしい」

 言いながらも何度も傷口にくちづける。

 さらに増した光を見つめて、コディは俺の腹の傷を見る。

 前はすぐ意識を失っていたが、今は傷が小さいせいかまだ意識を保っていられるようだ。

「じゃあ、私が同じことしたら、エッジさんも痛くなくなる?」

「……どうだろうな」

 薬で痛みを抑えているから、魔法の効果があったとしてもわからないが、薬で抑えていないと動けないほどの傷だとは知らせたくないから、曖昧に答える。

「お願い、試させて」

 身体を起こしたコディは、傷口を覆っていた布をほどく。

 いまだに血がにじむ傷口を見て、表情を歪ませた。

「ごめんなさい……」

「っ!」

 指先でそっと傷口の横を撫でられて、息が止まった。

「ごめん、痛かった?」

 コディはあわてて手を離し、俺の顔をのぞきこんでくる。

「………………少し、な」

 目をそらせて言葉を絞り出すと、コディはしゅんとうなだれる。

「よけいなことして、ごめんなさい」

「…………いや」

 感じたのは、痛みではなかった。

 薬を買った商人の言葉を思い出す。

『この薬は感覚を鋭くするし体力を上げるんで、飲んでる時にヤると、めちゃくちゃヨく感じるし、回復も早いんですよ。

 一晩中ヤって抱きつぶしちまったなんて話をよく聞くんで、気をつけてくださいね』

 さっきコディの傷口にくちづけた時は、罪悪感が勝っていたから、気づけなかった。

 薬の影響とはいえ、肌を撫でられただけで達しそうになったなどと、情けなくて言えるわけがない。

「ごめんなさい……。

 ……あの、『交わる』って、エッジさんが、その、私の、中で、……達したら、いいんだよね?」

 直接的なことを口にするのは恥ずかしいのか、コディはうつむいて小さな声で問う。

「……ああ」

「じゃあ、私のことはかまわなくていいから、早く、終わらせて……早く治して」

 傷口に向けられた視線を感じて、頬を包むように手を添えて上向かせる。

「……『交わる』ってのは、確かにそういうことだが。

 おまえに、嫌な思いをさせたくねえんだ」

 長年やらされたせいで、俺の身体は力の発動と共に反応するから、さっさと終わらせることはできる。

 昔()()させられていた頃は、そうしていた。

 だが、コディに対してだけは、途中で意識を失っておぼえていないとしても、行為でできた傷も癒されるとわかっていても、性急なことはしたくなかった。

 まして今のコディは、魔法具に操られていたとはいえ、俺を殺そうとした罪悪感に苦しんでいる。

 これ以上苦しめるようなことはしたくない。

 コディは大きく首を横に振る。

「エッジさんなら、何されたって嫌じゃないよ。

 私のことは気にしないで。

 お願い、早く治して」

 必死なまなざしで見つめられて、ため息をついた。

「……わーった」


☆☆☆☆☆☆☆


 眠るコディの身体を拭き清め、服を着せてベッドに寝かせて、マントでしっかりとくるむ。

 自分の血の付いた服も着替えると、コディの腹の横に座り、寝顔を見つめる。

 傷が浅かったせいか、いつもより短い時間で目覚めた。

「気分は? どこか痛むか?」

 治っているとわかっていても聞かずにいられない問いに、コディはゆっくりと首を横に振る。

「なんともないけど、ここ……、……!」

 記憶がつながったのか、がばりと身体を起こした。

「エッジさん、怪我は!?」

「治ってる」

 コディは俺の服をめくり、腹の傷があったあたりを何度も撫で、ほっとしたように笑う。

「よ、かった……」

 傷が治るついでに薬の効果も消えたから、撫でられても影響はなかった。 

 あふれた涙を拭って抱き寄せる。

「泣くな」

「……ごめんなさい、私のせいで……」

「おまえのせいじゃねえ。

 だから泣くな」

「……ありがとう……」

 しばらくしてようやく泣きやんだコディは、ふと俺を見る。

「エッジさん」

「ん?」

「あの人って、魔法者だったの?」

「……いや、あいつの額飾りが魔法具だった」

「魔法具? ……あ、お伽話に出てくるやつ?

 ほんとにあったんだ……」

 感心したように言ったコディは、考え込む表情になる。

「操られてる間のこと、あんまりおぼえてないんだけど、私と同じように連れてこられた人達がいたんだ。

 髪の色だけで選んだとか、変なこと言ってて……」

 コディは言葉を途切れさせ、ちらりと俺を見た。

「……なんだ?」

「あ、ううん、あの子達は、どうなったのかなと思って……」

「そいつらなら、魔法具を壊したら正気に戻って逃げていったぞ」

「そっか。よかった」

「おまえは、どうなんだ。

 あの時、命令に逆らおうとして苦しそうな顔してただろう」

 そっと頭を撫でると、その時のことを思い出したのか、コディの瞳がかげる。

「あ……うん、頭痛がしたけど、でも、今はもう平気」

「……まだあの女に逆らってはいけないとか、恐ろしいとか、思うか?」

 下男の言葉を思い出しながら言うと、コディは目を伏せて再び考え込む。

「……恐ろしい魔法だったとは思うけど、解放されてよかったと思ってるし、自分で一発ぶん殴ってやりたかったよ」

 コディは腕は立つが、荒事を好むわけではない。

 誰かを『殴ってやりたい』などと言ったのを聞いたのは、初めてだ。

 それほどに怒っているなら、もう支配から完全に抜け出せているのだろう。

 ほっとしながら頭を撫でていた手を滑らせて頬を撫でると、コディは嬉しそうに微笑んでから、急に真面目な表情になった。

 頬を撫でる俺の手を取って両手で包むようにして握り、俺を見つめる。

「エッジさん。

 私が何をしてもされても、絶対に嫌いにならないって、言ってくれたよね。

 だから、私がエッジさんを、……殺しかけたことも、許してくれたんだよね」

「ああ。

 それはもう気にするなと言っただろう」

「……ありがとう。

 私も、エッジさんが何をしても、されても、絶対に嫌いにならないよ。

 信じてくれる?」

「ああ」

「じゃあ、もしもまたエッジさんだけが大怪我をした時は、私に傷をつけて魔法を使ってくれる?」

「……っ」 

 反射的に拒否しようとしたが、そうすると、さっき危惧したようにコディは自分で大きな傷を作ってしまうだろう。

 それに、『絶対に嫌いにならないと信じてるっていうのは嘘なの?』と言われかねない。

 信じているのは本当だが、それと傷つけたくないのは別だ。

 いや、信じられるほどに愛しているからこそ、傷つけたくないのだ。

 さっきコディの腕にナイフを突き立てた感触が、まだ手に残っている。

 何百人殺しても感じなかった罪悪感が、心から消えない。

 もう二度とやりたくない。

 拒否も承諾もできず、目をそらして黙りこむと、コディはじっと俺を見つめる。

「……私が、エッジさんに『気にするな』って言われても、気にしてしまう気持ち、ちょっとはわかってくれた?」

 からかうのでも咎めるのでもなく、静かに言われて、ぐっと息を呑んだ。

 コディは魔法を使った後、いつも『つらいことを思い出させてごめんなさい』と俺に謝ってくる。

 俺自身が望んだことで、全く気にしていないのに、なぜ謝るのか疑問だった。

 さっき俺を殺そうとしたことも、そうだ。

 魔法で操られていることも、抵抗しようとしてくれたこともわかっていたし、簡単にかわせたのだから、気にする必要はないと思っていた。

 なのに、自分はコディを傷つけた罪悪感にとらわれて、『大丈夫』『気にしないで』と言われても、気にせずにはいられなかった。

 コディは、いつもこんな風に思っていたのか。

 深く息を吐いて、握られたままだった手を引き寄せ、もう一方の手をコディの手に重ねる。

「……ああ。悪かった」

「ううん。わかってくれて、ありがとう」

 嬉しそうに笑うコディを見つめ、覚悟を決めた。

「おまえが怪我をして、俺が望んだ時は、魔法を使うのを受け入れるなら。

 俺が大怪我をして、おまえが望んだ時は、俺がおまえに傷をつけて魔法を使う。

 約束できるか?」

「うん。

 エッジさんも、約束してくれる?」

「ああ。約束する」

 うなずいてそっとコディを抱きしめると、コディもぎゅっと抱きついてくる。


 強くなろう。

 コディだけでなく自分も無傷で勝てるようにならなければ、結局コディを傷つけることになる。

 誰よりも何よりも強くなろう。


「……絶対に、守る」

 そっと囁いて、髪にくちづけた。 

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