アザミ~報復~ 2
☆コディ視点☆
翌朝、食事を済ませると、エッジさんはオーエンさん達と共に出ていった。
帰ってくるまでの間の話し相手兼護衛として、オーエンさんの傭兵団の中で一番若いホーキンズさんと、怪我が治りきってないという二人と、砦近くで夜通し見張りをしていて戻ってきた一人が留守番になった。
最初は全員で一階の酒場にいたが、エッジさんの脅しのせいか遠巻きにされて居心地が悪かったから、ホーキンズさんと二階の私達が泊っている部屋に移動した。
「団長がさ、よく【灰色の】、じゃねえ、エッジさんの話をしてたんだよ」
ベッドに向かい合って座ったホーキンズさんは、私より二つ年下だそうだが、顔つきは精悍で身体つきもがっしりしている。
「ものすっげえ愛想悪くて、必要最低限しか話さなくて、なのに腕っぷしはめちゃくちゃ強くて、なんで傭兵やってんのか不思議だったって。
あの腕前なら騎士にでもなれただろうにって言ってた」
「…………」
騎士にならなかったのではない。
なったが、追放されたのだ。
「でもさ、団長が話すエッジさんの武勇伝って、どれも人間離れした強さだから、ほんとなのかちょっと疑ってたんだ。
けど昨日、おまえに触った奴は殺すって言った時のマジモンの殺気は、チビりそうなぐらい怖かった。
あーほんとにこの人が【灰色の死】、じゃねえ、強い人なんだなって、実感できた」
「……?」
不自然に途切れた呼び名が気になったが、問いかける前にホーキンズさんは話を続ける。
「俺は、ガキの頃に親に捨てられて死にかけてたとこを、団長に拾われて、育ててもらった。
先輩達も、だいたいそうらしい。
だから、俺達は団長を尊敬してるし信頼してる。
団長の命令なら、命懸けたって惜しくねえんだ。
なのに『ヒヨッコはおとなしくしてろ』って言われてさ。
今度こそ活躍して、団長に認めてもらおうと思ってたのになあ」
つまらなそうなため息に、思わず頭を下げる。
「すみません、私のせいで、留守番になってしまって……」
「あ、いや、おまえが悪いわけじゃねえよ。
おまえらが来る前から、俺は留守番だって言われてたんだ。
おまえのおかげで、エッジさんが手伝ってくれんだし」
ホーキンズさんはあわてたように手を振り、苦笑する。
「なんかおまえ、変わってるな」
「……そうですか?」
「ああ。
いいとこの坊々、じゃねえ、嬢ちゃんって感じなのに、いやみな感じはしねえんだよな」
「……私は別に、『いいとこの』子じゃないです」
前に、エッジさんの知り合いの宿の女将にも、同じように言われた気がする。
「けど、まっすぐ育った感じがする」
ホーキンズさんは、まぶしいものを見るように目を細めて私を見て、にかっと笑った。
「俺、今までそういう奴って嫌いだったんだけど、おまえだけはなんか、気になんねえな」
「……ありがとうございます」
くすりと笑い合う。
「なあ、エッジさんのこと話してくれよ。
普段の戦い方ってどうなんだ?」
「え、と」
あれこれと話をしていると、扉を叩く音がした。
「すんません、宿のもんですけど。手紙が届きやしたぜ」
若い男の声がする。
「手紙? 団長かな?」
身軽に立ち上がったホーキンズさんが扉を開ける。
「誰から……!?」
問いかける声が途中で呻き声に変わって、どさりと倒れた。
「ホーキンズさん!?」
あわてて駆けよって抱き起こすと、腹部に当てた手がずるりとすべる。
「てめえは殺さねえよ。
大事な人質だからな」
はっとして顔を上げると、血に濡れたナイフを持った宿の下働きの男がにやりと笑った。
「あ……」
逃げなくては、と思うより早く、ナイフの柄の先でこめかみを殴られて、意識を失った。
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☆エッジ視点☆
オーエン達と共に山道を迂回し、盗賊の砦の偵察に向かった。
見張り達が使っていたテントに荷物を置き、木立に隠れながらぎりぎりまで近づいて観察する。
山を背にした頑丈な石組みの砦の周囲には幅の広い堀が巡らせてあり、堀の中は水がたたえられ、建物側には無数に槍が突き立ててある。
堀に面した見張り台は、常に歩哨が巡回している。
砦に渡るには吊り橋しかなく、橋に近づくには砦からまる見えの細い一本道しかない。
見張り台から吊り橋に向けて、古い木製の投石機が置かれていた。
渡った先の門には分厚い板組みの扉があり、今はぴたりと閉まっている。
その扉には、家紋のような模様が刻まれていた。
「よく出来てやがるぜ」
隣にいるオーエンがうなるように言う。
「砦にいる敵の総数は」
「下働きを抜いて約三十だが、合図一つで関所にいる奴らも来るから、実質六十だな」
「武器は」
「長剣、大剣、戦斧、なんでもありだな。
弓部隊も十人ほどいる。腕はなかなかだ。
あの門扉に刻まれたアザミと剣の家紋、調べてみたら、五年前に権力争いに敗れて二つ隣の領地を追い出された貴族だった。
組織立った動きができるのも、資金力があるのもそのせいだろう。
だがこっちにも武器はある」
オーエンは自慢げに言って、背後の大きな包みを振り向く。
「大砲だ。
一発しか撃てねえが、これで門をぶち壊して混乱に乗じて突入する。
首領さえ倒しちまえば、こっちのもんだ」
相変わらずの楽天的な口調に、かつて戦場で出会った頃を思い出す。
口では行き当たりばったりのようなことを言いながら、その実隅々まで計算して一人の犠牲も出さないように苦心していた。
そういう意味では、オーエンの性格は傭兵には向いていない。
コディが言う通り、優しすぎるのだ。
戦場を引退し、用心棒のような仕事をしている今の方が似合っているだろう。
いったんテントに戻り、最後の打合せをして、携帯食料で食事をする。
まだ昼には早いが、動き回るには栄養が必要だし、一刻も早く済ませてコディの元に戻りたい。
「…………」
つい視線を宿の方角に向けると、気づいたオーエンが苦笑する。
「おまえ、ずいぶん丸くなったと思ったが、あの嬢ちゃんと一緒にいるんなら、納得だな」
にらみつけると、オーエンはにやりと笑う。
「問答無用で俺の頼みを断っときながら、嬢ちゃんの一言で気ぃ変えるとは、【灰色の死神】と呼ばれて味方にまで恐れられてたおまえも、ついにヤキが回ったか」
「……どういう意味だ」
「惚れてんだろ?」
確かに、コディの頼みでなければ、引き受けなかった。
昨夜『私が一緒じゃなかったら、最初から手伝ってあげたんだよね?』と言われたが、コディと出会う前なら、オーエンの頼みでも拒絶しただろう。
コディは俺のことを優しいと言うが、コディの望むようにしてやりたいだけで、優しくなったわけではない。
「酒場で半裸の女に迫られても無表情崩さなかったくせに、あの嬢ちゃんを見る時どんだけ甘い顔してるか、自分で気づいてるか?」
「…………」
無視して水筒の水を飲むと、オーエンはくつくつと笑って酒の小瓶を差し出す。
「景気づけにやっとけ。
だがまあ、ずっと他人を拒絶して生きてたおまえが、本気で惚れられる相手に出会えたってのは、いいことだと思うぜ。
守りてえものがあるのとないのでは、大違いだからな」
ずっとからかう調子だった声に、違うものが混じる。
自分が喪ったものを思い出しているのだろう。
渡された酒の小瓶を一口あおって返した時、見張りが走ってきた。
「団長! なんか奴らの動きが変です!」
「あ? まさか、こっちの動きに気づかれたのか?」
先程偵察に行った地点に戻って再び砦を見ると、確かにあわただしく人が動きまわっているのが見えた。
門の前に障害物を置いたりしている。
「ちっ、こうなりゃ先に突っ込むか?
おい、大砲準備しろ!」
「はいっ!」
「団長! ホーキンズが……!」
あわてた声に振り向くと、腹部を赤く染めた若い男が両脇から仲間に抱えられてやって来る。
宿にコディの話し相手兼護衛として残してきた男の一人だ。
血の気が引いたのが自分でもわかった。
「ホーキンズ! どうした!?」
「だん、ちょ……」
ホーキンズは荒い息をしながらオーエンと俺を見て顔を歪ませた。
「すんません、嬢ちゃんを、連れていかれました……!」
「何!?」
「宿の、下働きの奴が、酒場にいた先輩達は、飲み物に、眠り薬混ぜられてて……たぶん突入のことも、そいつから奴らにばれて……っ。
すんません、すんません……っ!」
「もういい、わかった。
おい、手当てしてやれ」
「はいっ!」
「……っ」
歩き出そうとしたが、オーエンに肩を掴まれた。
「待て。どこ行く気だ」
「コディを取り戻す」
「気持ちはわかるが、一人で行ってどうする」
肩を掴む手を振り払い、殺気を込めてにらみすえる。
「邪魔すんな」
「邪魔はしねえよ。
だが」
オーエンの言葉をかき消すように、大きな銅鑼の音が響いた。
「傭兵諸君!
そこにいるのはわかっている。
おとなしく出てきたまえ。
さもなくば、お嬢さんの命は保証しないよ」
響いた声にはっとして木立を透かし見ると、砦の見張り台にずらりと弓部隊が並んでいた。
一番前に、一人だけ豪奢な服を着た壮年の男が立っている。
あれが首領だろう。
投石機の横にいた奴が、肩にかついでいたものを堀におろす。
「!」
投石機に結ばれた荒縄で縛られて吊り下げられたのは、コディだった。
意識がないのかぐったりとしている。
「私は気が短いんだ。
早く出てこないと、お嬢さんが落ちてしまうよ」
言いながら首領が腰の長剣を抜き、コディを吊るす縄に刃を当てる。
「やめろっ!」
「あ、おい待て!」
オーエンの制止を振りきって、木立から飛び出す。
砦に近づくと、弓部隊が一斉に矢を俺に向かって構えた。
「そいつを返せ」
堀のぎりぎり端に立ってにらみつけると、首領はじろりと俺を見下ろす。
「君が【灰色の死神】か。
噂は私も聞いているよ。
味方にも恐れられたほどの、凄腕の傭兵だそうだね。
どうだい、私の下で働かないか」
「断る。そいつを返せ」
「そうはいかない。
大切な人質だからね」
言いながら、縄に当てた剣を見せつけるように動かす。
「後ろの傭兵諸君も、いいかげん出てきたまえ」
「く……」
オーエン達がぱらぱらと姿を現す。
「人質取るとは、ずいぶんとえげつないことやってくれるじゃねえか」
オーエンの言葉に、首領は残忍に笑う。
「あいにくと私は騎士ではないのでね。
勝つ為の努力は惜しまないんだ。
お嬢さんの命が惜しかったら、武器を捨てて降伏したまえ」
「…………」
堀の幅は広く、飛びついて助けるには遠い。
降伏したフリをして中に入り、皆殺しにして、コディを助け出す。
段取りを考えながら剣帯を外して足下に落とした時、弱々しい声がした。
「ぅ……」
コディが呻きながら目を開け、ぼんやりと周囲を見回す。
「コディ!」
「エッジさん……? あ」
ようやく状況を理解したのか、コディは顔を強張らせた。
「動くな、じっとしてろ」
コディが動けるなら、違うやり方もある。
頭の中で段取りを組み直しながら、周囲をさりげなく観察する。
「すぐに助けてやるから、おとなしくしてろ。
約束をおぼえてるな?」
言いながら身体の陰で手を動かすと、コディははっとしたように目を見開く。
近衛騎士が使う手信号だ。
【合図で、前に、跳べ】
コディは視線だけを動かして、足下の槍の位置を確認すると、小さくうなずいた。
「……うん」
「そうとも。おとなしくしていたまえ。
私は女性には優しくしたいんだよ」
嘲るように言う首領をにらみつけながら、後ろ手でオーエンに向けて傭兵の手信号を送る。
【合図で、投石機を、撃て】
「……了解。準備は終わってる」
俺にだけ聞こえる程度の声が返る。
「後ろの傭兵諸君も、武器を捨てたまえ。
人質を卑怯だと言うのなら、見捨てることはしないだろう?」
見下すように言いながら、首領が一歩投石機に近づく。
【撃て】
「撃て!」
オーエンが叫ぶと同時に、背後でひそかに準備をしていた者が大砲を撃った。
弾は投石機にぶち当たり、轟音と共にその破片をまき散らす。
「うわあっ!」
盗賊達が悲鳴を上げてにげまどう。
投石機に結ばれていた縄が切れ、コディが堀へと落ちていく。
「跳べ!」
コディは身体をしならせて壁を蹴り、横向きに水に落ちた。
後を追うように堀に飛びこむ。
濁った水の中をぐったりと沈んでいくコディを捕まえて引き寄せ、水面をめざす。
顔を出すと同時に、目の前に縄梯子が投げられた。
「早く上がれ!」
コディを肩にかついで縄梯子を伝い、オーエンに引っ張り上げられて地上に戻り、剣帯を拾いながら木立の陰に走りこむ。
「しっかりしろ!」
縄を切ってうつぶせにして背を叩くと、コディはごほりと水を吐き出し、激しく咳きこんだ。
コディの身体を見回したオーエンが、ほっとしたように笑う。
「どこも怪我してねえな。
度胸のある嬢ちゃんだ。
さすがおまえの連れだけあるな」
「…………」
咳きこむコディの身体を強く抱きしめる。
コディの身体能力なら、壁を蹴って槍のないところへ落ちることはできるだろうと予測したし、実際うまくいったから、無傷で済んだ。
だからといって、奴らがコディを殺そうとしたことを、俺からコディを奪おうとしたことを、許せるはずがない。
心の奥底から、闇がわきあがってくる。
大切な存在を奪われた哀しみが、それを止められなかった自分への憎しみが、再び大切な存在を奪われるかもしれないという恐れが、理性を侵食していく。
凶暴な殺意が駆り立てられていく。
もう二度と、喪いはしない。
奪わせはしない。
絶対に。
「オーエン。
全員退かせろ」
オーエンはちらりと俺を見て、ため息をつく。
「わーった。
嬢ちゃんは俺が責任持って預かる」
「……頼む」
「おう。
おい、退却の笛鳴らせ」
「え……、はい」
オーエンの手下がとまどった顔をしながらもうなずき、呼び笛を取り出す。
ピイイイイイイイと高い音が響き渡り、橋のたもとで乱戦を始めていた傭兵達がとまどった表情で退却してくる。
もう一度強くコディを抱きしめてから、ゆっくりと立ち上がった。




