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アザミ~報復~ 1

視点が順次変わります。

残酷描写多めです。

☆コディ視点☆


 酒場のカウンターに並んで座って食後の酒を飲んでいると、ふいにエッジさんが肩を揺らした。

 何かを探るように、外へ通じるドアを見つめる。

「どうしたの?」

「……少し出てくる。

 おまえはここから動くな。

 表にいるから、何かあったら呼べ」

「……うん」

 椅子を降りたエッジさんは、静かにドアを開けて出ていく。

 今までに、何度かこういうことがあった。

 たぶん知り合いが来ているのだ。

 私にはわからないが、エッジさんには気配でわかるらしい。

 エッジさんは元々気配に敏感で、私と離れても、壁越しぐらいならどこにいるかわかるらしい。

 今もエッジさんから剣の手ほどきを受けていて、少しは強くなったと思うが、気配だけで位置がわかったり、相手を認識できるというのは、いまだに私にはわからない感覚だ。

「…………」

 ちらちらとドアを見ながら、木のコップを両手で包むようにして、果実酒の湯割りを少しずつ飲む。

 すぐそこにいるとわかっていても、姿が見えないと寂しい気分になるのは、なぜだろう。

 まるで親とはぐれたこどものようだ。

 ため息をついた時、背後から大声が聞こえた。

「くっそ、また負けたあ!」

 私達がこの酒場にやって来た時から、奥のテーブルで騒いでいた傭兵風の一団だ。

 思わず振り向くと、賭札(トランプ)を空中に放り投げた若い男とまともに目が合った。

「あぁ!? なんだてめえ、俺が負けたのがそんなに面白ぇのかよ!」

 だいぶ酒を飲んでいるのか、顔が赤い男は、じろりと私をにらみつける。

「え、いえ、別に」

「んだとお!? 馬鹿にしやがって!」

 言い訳をしようとしたが、逆効果だったようで、男はさらにがなりたてた。

「おいやめとけよ」

「うるせえ邪魔すんな!」

 まわりの制止を振り切って、大股に歩いて私に近づいてくる。

 話が通じる相手ではなさそうだ。

 あわてて逃げようとしたが、椅子を降りかけたところで腕を掴んで力任せに引かれた。

「おら、逃げんじゃねえよ!」

「あっ」

 前のめりに倒れこみそうになったところを、斜め後ろから伸びた腕に支えられた。

「呼べと言っただろうが」

「痛てててっ!」

 静かな声に悲鳴が重なって、顔を上げると、エッジさんが片腕で私を支え、もう一方の手で私の腕を掴んでいた男の手をひねりあげていた。

「てめ、何しやがる、離せっ!」

 騒ぐ男の手を突き飛ばすように離し、私を背にかばうように立ち位置を変える。

「こいつに触るな」

「へっ、騎士気取りかよ、色男」

「おいおい何してんだ」

「ケンカかよ、俺達も混ぜろ」

 面白がるような声をあげて、男の仲間が集まってきた。

 いずれも武装した屈強な男達十人ぐらいに、まわりを囲まれる。

「おまえは動くな」

「……うん」

 前を向いたまま言われて、小さくうなずく。

「ああ? てめえ一人で俺達に勝てるつもりかよ!」

「調子乗ってんじゃねえよ!」

 酔っぱらっているせいか、それとも元からなのか、全員声が大きい。

「やめとけ」

 横手から新たな声がかかって視線を向けると、目の前の男達よりもさらに大きな、縦も横もがっしりした体格の男が近づいてきた。

「おまえらが全員束になっても、そいつにゃ敵わねえよ」

「オーエン団長……」

 男達にざわめきが広がる。

 団長と呼ばれた男はまじまじと私を見て、にかりと笑う。

 強面(こわもて)が崩れて、人懐こい表情になった。

「坊ちゃん、手下どもが迷惑かけて悪かったな」

「あ、いえ……」

 声変わり前の少年にしか見えない外見をしている自覚はあるし、女であることに伴う危険を避ける為に男装しているのだから、間違われたこと自体は気にならない。

 だが、エッジさんと親しそうな雰囲気が気になった。

「で、【灰色】。

 話の続きを聞いちゃくれねえか」

「【灰色】……?」

 男達に再び動揺が走る。

「……今は【エッジ】と名乗ってる」

 エッジさんがそっけなく言うと、オーエンさんはなぜか嬉しそうに笑う。

「お、そうか。

 じゃあエッジ、話を聞いてくれ」

「断る」

 切り捨てるように言われても、オーエンさんはひるまない。

「そう言わずに、聞いてくれよ。

 俺とおまえの仲だろうが」

「知るか」

「……あの、団長。

 その人が、ほんとに、【灰色の】……?」

 男達がおそるおそるオーエンさんに話しかける。

「そうだ。こいつがあの『伝説』の男だよ」

 にっと笑ったオーエンさんは、一転して真剣なまなざしでエッジさんを見る。

「頼む。

 この村だけじゃねえ、近隣のすべての村の為に、力を貸してくれ」

「断ると言った。

 俺は今こいつの護衛だ。

 他の仕事は受けねえ」

 きっぱりとした声に、エッジさんの背中とオーエンさんの真剣な表情を見比べる。

 【灰色】という呼び名は、以前エッジさんに教えてもらったことがある。

 おそらく外で会っていた知り合いが、この人なのだろう。

「……村の為って、どういうこと?」

 小さな声で問いかけると、エッジさんは振り向かずに言う。

「おまえが気にすることじゃねえ」

「でも、村の人が困ってるなら、ほっとけないよ。

 私には何もできないけど、エッジさんにその力があるなら、助けてあげてほしい」

 エッジさんに守られるだけの私がそう願うのは傲慢かもしれないが、それでも、見て見ぬふりはできない。

「……………………」

 長い沈黙の後、エッジさんは大きく息をついた。


☆☆☆☆☆☆☆


 一年ほど前、とある盗賊団が、この村から近隣の村へ向かう一本しかない街道に現れて、通行人を襲うようになった。

 こんな小さな村では、国や地方の警備隊もめったにやってこない。

 だんだんやり口が派手になって、街道脇の古い砦を拠点にして関所を作り、通行料を要求するようになった。

 荷物や金を奪われた商人達から噂が広がり、近隣の村を訪れる商人が激減した。

 そのせいで村人達の生活が苦しくなったうえに、盗賊達は商人から奪えなくなった分を村を襲うことで補おうとした。

 ついに耐えかねた近隣の村々が金を出しあって、傭兵を雇って盗賊退治を依頼した。


「で、その依頼を引き受けたのが俺らの傭兵団ってわけだ」

 テーブルに並んで座った私達に、向かいに座るオーエンさんが語る。

「村人達の予想では、関所に常駐してる人数から推定して、盗賊団の規模は三十人前後って話だった。

 だが俺らで調べ直してみると、砦に常駐してる奴らもいたから、合わせて六十人、予想の倍はいるようだ。

 しかも砦は堅固で、投石機バリスタまで配備されてる。

 対して俺らは二十人、全員俺が鍛えたからそこそこ戦えるが、一人は実戦未経験のヒヨッコだし、二人は前の仕事での怪我が治りきってねえから働かせられねえ。

 だからって、いつ奴らがこの村を襲ってくるかわからねえから、よそから助っ人を呼ぶ時間もねえ。

 強行するしかねえかと思ってたところに、おまえが来たってわけだ。

 いやあ、助かったぜ。

 ありがとよ、坊ちゃん」

「あ、いえ……」

 曖昧に答えながら、そっと隣のエッジさんの様子をうかがう。

 エッジさんは苦虫を嚙み潰したような表情でオーエンさんをにらむと、ぼそりと言った。

「今夜中に俺一人で砦を落とす。

 関所はてめえらでなんとかしろ」

「はあっ!?」

 近くで聞いていた傭兵達から驚きの声が上がり、オーエンさんは苦笑する。

「おまえならソレが出来るってことは知ってるが、今回はダメだ。

 出来る限り生け捕りにして、少しでも被害の穴埋めをしてえんだ」

 このあたりの国では、犯罪者を警備隊に引き渡すと報奨金がもらえるということは、エッジさんが旅の途中で教えてくれた。

「無駄だ」

「わーってる。

 正直、手間と結果がつりあわねえ。

 だが、依頼主からの要望なんだよ」

「…………」

 エッジさんは、ちらりと私を見て、再びオーエンさんを見る。

「半日で終わる計画を立てろ。

 俺がこいつから離れてる間は、てめえんとこの待機連中をこいつの護衛に付けろ。

 それが、手を貸す条件だ」

 オーエンさんは、にっと笑ってうなずいた。

「わーった。

 坊ちゃんの護衛は任せろ。

 トイレの中までだって付いてって、がっちり守らせるぜ!」

「えっ」

 それはさすがに困る。

「ん?」

「あの……」

 かといって、この状況では、女だと言わない方がいいのだろうか。

 困ってエッジさんを見ると、エッジさんがじろりとオーエンさんをにらむ。

「こいつは女だ」

「はぁっ!?」

「女!? アレで!?」

「うっそだろ、ぺったんこじゃねえか!」

「あの胸、どう見ても男だろ!?」

「俺より胸ねーじゃん!」

 まわり中からあがった声が、グサグサと心に刺さる。

「こら、てめーらは黙ってろ!」

 傭兵達を叱りつけたオーエンさんは、私を見て申し訳なさそうな顔をする。

「わりぃな、坊ちゃんじゃなくて嬢ちゃんだったのか。

 あー、その、俺らは、酒場女か娼婦しか相手にしてこなかったから、女を見る目がないんだ。

 うん、よく見りゃかわいい顔してるじゃねえか。

 胸がなくても気にするなよ」

「……ありがとうございます……」

「えー、あー、じゃあ、護衛は、ほどほどの距離でさせる。

 それでいいか?」

「はい」

 エッジさんはぐるりと傭兵達を見回すと、凍るような声で言う。

「命の危険がある時以外で、こいつに触れた奴は殺す。

 よけいなちょっかいを出した奴も殺す。

 おぼえとけ」

 殺気交じりの視線を受けて、傭兵達が息を呑む。

 オーエンさんは場を仕切るように、ぱんっと両手を打ち鳴らした。

「よっし、じゃあ話をまとめるぞ。

 明日の朝までに、半日で片付く計画を立てておく。

 明日、朝メシ後に説明する。

 それでいいか?」

「ああ。行くぞ」

「あ、うん」

 立ち上がったエッジさんに促されて、オーエンさんにぺこりと会釈してから酒場を出た。


 部屋に入ってマントを脱ぐと、ささやかすぎる自分の胸が目に入った。

 やはり男性は、胸が大きい女性が好きなのだろうか。

「……ないものねだり、だよね……」

 見習い騎士時代に、アトリー団長に剣の稽古をつけてもらった後、一緒に風呂に入ったことがある。 

『立派で羨ましいです』と思わず言ったら、『私は君が羨ましいぞ』と返された。

『大きくても、男の視線を惑わせるぐらいしか利点はない。

 重いし肩が凝るし蒸れるし足下が見えないし、服にも困る。

 固定具(サポーター)を使うと肩回りの動きが制限されるが、使わないと揺れて痛い。

 何より邪魔だ。

 もし胸を小さくする魔法があるなら、金貨百枚払ってでも頼みたい』

 慰めでも嘘でもなく、本気のまなざしだったから、大きい人には大きいなりの悩みや苦労があるのだと知った。

『お互いに、ないものねだりですね』と苦笑をかわした。

 身体を動かす時に邪魔にならないし、男物の服をそのまま着られるから男装しやすいし、狙われる危険も減らせる。

 利点と欠点を比べてみたら、小さい方がいいと思いながら、それでも気になってしまうのは、好きな人がいるからだ。

「……コディ」

 とまどうような声で呼ばれて、我に返る。

 エッジさんは、悩んでいるような困ったような複雑そうな表情で、私を見ていた。

 慰めたいが、どう言えばいいかわからない、という感じだろうか。

 その顔を見ていると、ふっと気が楽になった。

 言われた相手がエッジさんだったら立ち直れなかっただろうが、そうではないのだから、気にする必要はないのだ。

 くすりと笑って軽く腕を広げると、エッジさんはほっとしたように表情を緩ませて抱きしめてくれた。

「……あいつらが言ったことは、気にするな」

 不器用な慰めの言葉が嬉しくて、肩に額をすりよせる。

「うん。ありがとう」

 ぎゅっと抱きついてから腕をゆるめて、エッジさんを見上げた。

「オーエンさんは、傭兵時代の友達なの?」

 強引な話題転換に、エッジさんは優しくうなずいてくれる。

「まあな。

 あちこちの戦場で何度も顔を合わせたから、腐れ縁ってやつだ」

 肩を抱いて促されて、ベッドに並んで座る。

「オーエンは、とある地方の街で警備隊で団長をしていたが、その街が隣接する街から攻めこまれて、妻も幼い娘も友も故郷もすべてを喪って、傭兵になったらしい。

 面倒見がよくて、はぐれ者や親を喪った子供を拾っては世話をしていた。

 家族を喪った心の傷を、癒そうとしてたんだろうな」

「そっか……」

 陽気な人に見えたのに、そんな哀しい過去があったのか。

「出会った頃は一人だったが、いつの間にか世話した奴らが手下になり、傭兵団を作り上げてた。

 俺は金を出すなら誰にでも雇われたが、あいつは警備隊の頃の名残なのか、調査したうえで仕事を選んでると言ってた。

 なるべく手下を死なせたくねえからだろうな」

「優しい人なんだね」

「そうだな。

 当時の俺は、養父を目の前で喪ったせいで荒れていて、他人を拒絶していたが、オーエンはひるむことなく話しかけてきた。

 『自暴自棄な戦い方をするな』『もっと自分を大切にしろ』と何度も説教された。

 馴れ馴れしい奴は嫌いだが、なんとなく養父を思い出す雰囲気のせいか、近くにいることが気にならなかった」

「そうなんだ……」

 私はエッジさんのお養父(とう)さまに会ったことはないが、エッジさんから聞いた思い出話から想像した雰囲気は、確かに似ている気がした。

「……もし、私が一緒じゃなかったら、最初から手伝ってあげたんだよね?」

 私の問いかけに、エッジさんは苦笑する。

「気が向いたらな」

 冷たいように見えて本当は優しい人だから、きっと手伝ってあげたはずだ。

 私を守る為に友達の頼みを断ってくれたのに、私の頼みで結局引き受けてくれたのだ。

「わがまま言って、ごめんなさい」

 うつむいて小さな声で言うと、肩を抱いた手で優しく撫でてくれる。

「謝らなくていい。

 おまえを守りたいのも、おまえの願いをかなえてやりたいのも、俺のわがままだ。 

 それに、俺が断ったら、おまえは自分が手伝うと言い出すだろう。

 おまえの腕前は知ってるが、初対面の奴らと連携取りながら大人数を相手にするのは分が悪い。

 おまえを危険にさらすぐらいなら、その前に俺が始末する」

 確かに、エッジさんが断るなら、手伝いを申し出るつもりだった。

 そこまで私のことを考えてくれていたのか。

「ありがとう」

 ぎゅっと抱きつくと、柔らかく抱きしめてくれた。

「さっさと済ませるから、おまえはここで待っててくれ」

「うん」

 腕をといたエッジさんは、額を合わせるようにして私の顔をのぞきこむ。

「護衛を付けさせるが、万が一のこともある。

 前に約束したこと、おぼえてるな」

「……うん」


 ゴードンさんの仲間に攫われた翌日、私の二日酔いがおさまった後で、エッジさんに『人質がどう扱われるか』を淡々と説明された。

 私の浅い知識とはかけ離れた、人間はそこまで残酷になれるのかと絶望しそうになるほど、(むご)い内容だった。

 そんな体験をした人が何人もいて、自分がそうなる可能性があったのだと思うと、身体が震えて涙が止まらなかった。

 エッジさんは、私を抱きしめて優しく背中を撫でてくれた。

『怖がらせて悪かった。

 だが、おまえがそういうメに遭うかもしれねえと心配しちまうのを、わかってくれ』

 エッジさんは傭兵時代に何年も戦場にいたから、話してくれた以上に凄惨な状況も知っているのだろう。

 過保護だと思うほどの心配は、当然のことだったのだと、ようやく理解できた。

『ワイリーの時みたいに、相手の要求に逆らうと扱いがひどくなる。

 だから、もしもまた人質にされた時は、俺が助けにいくまで、出来る限り相手の要求に従い、保身を第一に考えて行動しろ。

 その為におまえが何をしても、何をされたとしても、俺がおまえを嫌いになることは絶対にない。

 たとえ自分より弱い者が目の前にいたとしても、そいつより自分を守ることを優先してくれ。

 手足を失ったとしても、俺の魔法で治してやれるが、魔法を使うまで生きてなければ意味がないんだ。

 絶対に助けるから、それまで生き延びると約束してくれ』

 切ない表情で懇願されて、言う通りにすると約束した。

 そのかわり、エッジさんも出来る限り自分を犠牲にしない方法で私を助けると、約束してもらった。


「どんな状況になったとしても絶対に助けるから、生き延びることを第一に考えろ。

 いいな?」

「うん。約束する。

 だからエッジさんも、ムチャしないでね」

「……ああ」

 約束の印に、そっと触れるだけのキスをかわした。

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