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フォックスフェイス~悪友~

 とある大きな町の手前で、ふいにエッジさんが足を止めた。

 ゆっくりとした手つきでマントのフードをおろす。

「コディ、あっちの木陰に隠れてろ。

 俺が呼ぶまで動くなよ」

「あ……うん」

 意味はわからないながらも、言われた通りに小走りに離れて木立の陰に隠れた途端、反対側から男が飛び出してきて、エッジさんに殴りかかった。

「やっと見つけたぜ!

 今日こそくたばりやがれ!」

 エッジさんは次々繰り出される拳や蹴りをすべてかわし、合間に攻撃するが同じようにかわされる。

 エッジさんと素手で互角に渡り合える相手は初めて見た。

 私よりは年上のようだが、エッジさんよりは若いだろうか。

 背はエッジさんよりも頭半分ほど高くて、身体もがっしりしている。

 剣を帯びてはいるが、格闘術の方が得意なようだ。

 髪は薄い金色で、ごく短い。

 野性的な顔立ちなのに、耳にいくつも小さなはがねのリングをつけているのが目を引いた。

 不思議に思いながら観戦していると、二人はふいに飛び離れて、同時に私を振り向いた。

 鋭い視線を向けられて、思わずびくりとする。

「ちっ、しらけちまったぜ」

 男が構えをとくと、エッジさんも力を抜いた。

「来い」

「はいっ」

 小走りに近寄ると、男はじろじろと私を見る。

「どっかの坊々(ぼんぼん)か? 護衛か?」

 エッジさんは答えずにフードをかぶって、男に背を向けた。

「行くぞ」

「あ、うん」

 歩き出したエッジさんの後をあわてて追う。

「あの……いい、の?」

 動かずにじっと私達を見送る男をちらりと振り向いて聞くと、エッジさんは小さく息をつく。

「……あいつはゴードンっつって、一年ほど前にここよりもう少し北で出会ったんだが、やたらケンカ好きでな。

 顔会わすたびに挑んでくるんだ」

「はあ……」

「しつこいが根は単純だから、もしまた出会っても無視しろよ」

「うん」


 町の中に入ると、店がいくつも並んで賑わいがあった。

 日没近いというのに人通りも多い。

 このあたりで一番の規模の町という噂通り、旅人だけでなく町の人も多いようだった。

「この町は宿と酒場が分かれてるから、先に宿を取ってから、酒場に行くぞ」

「うん」

 適当な宿に入り、部屋を取る。

 かさばる荷物は置いて、宿の人に教わった近くの酒場に向かう。

 まだ空いていたから、四人掛けのテーブルに案内され、向かい合って座る。

 適当に頼んだ食事は、多少割高だったが、充分満足できる味と量だった。

 食事が終わると、エッジさんは酒、私は果汁を頼んだ。

 エッジさんは、いつも酒場で情報収集をする。

 これから向かう先の治安を確認する為だ。

 盗賊が出るとか崖崩れがあったとか、そういう情報を集めて、危険なようなら道を変えたりすることもある。

 一応は目的地を決めて旅してはいるが、急ぐわけではないし、そのあたりは融通がきく。

 だが、今回は宿で事前に聞いておいたから、ここではまわりの会話を聞く程度だ。

 私もエッジさんを真似て耳を澄ましながら果汁を飲んでいると、ふいにエッジさんが顔を上げた。

 つられて同じ方向を見る。

「あ」

「なんだ、てめえらもいたのかよ」

 どこか呆れたように言いながら、大きな杯を手に近づいてきたのは、町に入る前に会ったゴードンさんだった。

 私の隣にどかりと座る。

「文句があるなら他のテーブルへ行け」

「俺がどこ座ろうが俺の勝手だ」

「邪魔なんだよ」

 言葉だけを聞いていたら険悪そうだが、二人とも雰囲気はおちついている。

 私にはそういう相手はいなかったが、ケンカ友達というのはこういう感じなのかもしれない。

 ゴードンさんはちらりと私の手元を見て、眉を上げる。

「果汁だぁ? ガキかよ」

 呆れたように言われて顔が熱くなる。

「酒、弱いんです」

 普段は果実酒の湯割りなどを飲んでいるが、この酒場の果実酒は強いからやめておけとエッジさんに言われたのだ。

「けっ。

 てめえ、なんか丸くなったと思ったが、ガキのお守りしてりゃ当然か」

「おまえには関係ねえ」

 エッジさんのそっけない返しに、ゴードンさんはにやりと笑う。

「大有りだ。

 俺は本気のおまえとやって勝ちてえんだよ。

 つーわけで、前哨戦だ」

 言いながら、テーブルにばさりと何かを置いた。

 賭札のようだったが、知らないタイプのもので、植物や動物の絵が簡略化されて描かれている。

 このあたりで使われているものだろうか。

「負けた奴が酒一杯おごりな」

 ゴードンさんは手早く札をかき混ぜながら、ちらりと私を見る。

「おまえもやるか?」

「あ、いえ、それ、見たことないやつなので、無理です。

 でもあの、見てていいですか?」

「おう、そっこー終わらせてやっから、ばっちり見とけ」

 自信満々なゴードンさんの言葉に、エッジさんは小さく息をついた。

「……こっち来い」

「うん」

 手招きされて、ゴードンさんの隣からエッジさんの隣に移る。

「これは、どうなったら勝ちなの?」

「いくつか決まった組み合わせがあって、それをそろえられたら勝ちだな」

 横からのぞきこむと、エッジさんは私に札が見えるように広げて、説明してくれる。

「おいおい余裕ぶっこいてんじゃねえぞ。

 おら、勝負!」

 ゴードンさんが札をテーブルに叩きつけるように置くと、エッジさんも何枚かを置いた。

 しばらくにらみあいが続いて、ゴードンさんが舌打ちする。

「けっ、引き分けか。

 しゃーねえ、もう一回だ!」

 乱暴な手つきで札を集めて、また配り直す。

 何回か見ていると、エッジさんが言っていた組み合わせがいくつかわかってきた。

 その中には植物の絵もあって、つい目がいってしまう。

「おっしゃ俺の勝ち!

 オヤジ! 一番強い酒くれ! 金はこいつにツケでな!」

 ゴードンさんが勝ち誇るように言うと、エッジさんは淡々と返す。

「じゃあもう終わりでいいか」

「あん? 一回で許してやるわけねえだろうが。

 おら次!」

 新たな札が配られて、エッジさんはため息をついた。

「……すまねえ。

 もうしばらくかかる」

「うん」

 思わずくすりと笑う。

 私が『見たい』と言ったからかもしれないが、面倒そうにしながらも断らないのだから、やはり本当は仲がいいのだろう。

 エッジさんは賭事にも強いから、安心して見ていられる。

 だが、ゴードンさんもかなり強いようで、接戦が続いた。

 そのうちまわりに見物の人垣ができてくる。

 ついには何人かが参戦してきて、さらに賑やかになった。

「あつ……」

 熱気にまかれて暑くなってくる。

 果汁はとっくに飲みきってしまった。

「お水もらってくる」

 エッジさんに言って、立ち上がる。

「俺も行く」

「おいおい、勝ち逃げは許さねえぜ!」

「今度こそ俺の勝ちだ! おら掛け金だせよ!」

 私を追って立ち上がろうとしたエッジさんに、周囲から声がかかる。

「すぐ戻るから、続けてて」

 言いおいてカウンターに行き、水をもらってコップに半分ほど一気に飲んだ。

 おかわりをもらって、テーブルに戻ろうとした時、奥の酒瓶と並んで置かれた花瓶に目がいった。

 無造作に突っ込まれた枝には、変わった形の黄色いものがいくつもついていた。

「あの、あれなんですか?」

「ああ、フォックスフェイスっていうんですよ。

 ほら、狐の顔みたいでしょう?」

 カウンターの中にいた中年の女将さんに聞いてみると、愛想良く答えてくれる。

 言われてみれば、小さい突起が耳で、先端が鼻で、狐の顔に見えなくもない。

「ほんとですね。

 あれは、実なんですか?」

「そうですよ。

 私の母親が、金貨みたいな色だからって縁起物として飾ったら実際に客が増えたとかで、それ以来ずっと飾ってるんです」

「へえ。あの実は食べられるんですか?」

「いえ、毒があって食べられませんから、どこかで見かけても気をつけてくださいね」

「あ、はい。

 あの、それって木ですか? 草ですか?」

「え? うーん、一年で枯れるけど結構大きくなるし……よくわかりませんね。

 気になるなら、裏庭にあるんで、見てくださいな。

 廊下の突き当りから外に出られますから」

「ありがとうございます」

 お礼を言って、ちらりとテーブルを振り向く。

 賭けが盛り上がっているようで、周辺を人が取り巻き、エッジさんの姿は全く見えない。

 黙って離れるなといつも言われているが、さっと見てすぐ戻ってくればいいだろう。

 女将が指さしたドアから廊下に出ると、熱気がこもる室内と違ってひんやりとしていた。

 突き当りのドアを出ると裏庭で、洗濯物を干す為か広めの空間がある。

 上り始めた月は満月が近い明るさで、庭の端に何本か木があるのが見える。

 端の方に、あの黄色い実が見えた。

 近づいてよく見ようとした時、後頭部に衝撃を受けて気を失った。


☆☆☆☆☆☆☆


 ゆっくりと目を開いた途端に、後頭部がズキリと痛んだ。

「ぅ……」

 手をやろうとして、手を動かせないことに気づく。

 身体を見回すと、荒縄で両手両足を縛られていた。

 それでようやく何があったかを思い出す。

「気がついたみてえだぜ」

 声がした方を見ると、男が三人いた。

 小太りで顎の全体を覆う髭の男、いかつい顔立ちの男、ひょろりとして顔色の悪い男が、大きな金盥の中の焚火を囲んでいた。

 いずれもならず者に特有の、荒々しい雰囲気だ。

 ここは倉庫のようで、あちこちに木箱や布袋などが乱雑に積まれている。

 その隅の、粗末なベッドの上に転がされていた。

「てめえは人質だ。

 おとなしくしてりゃ、命までは取らねえよ」

 下卑た笑いに、目的を悟る。

 私を餌に、エッジさんを呼び出すつもりなのだ。

 うっかりそばを離れてしまったことを後悔する。

 今頃心配しているだろう。

 だが、彼らを今まで見かけたおぼえがない。

 エッジさんと何か因縁があるのだろうか。

 様子をうかがいながら考えていると、ふいに倉庫の扉が開いた。

「てめえら、何してやがんだ」

 入ってきたのはゴードンさんだった。

 ゴードンさんの仲間だったのか。

「人質取るようなダサイ真似やめろって言っただろうが」

「うるせえな。

 勝ちゃこっちのもんなんだよ。

 『エッジ』っつったら、流れの剣士の中じゃあ知られた存在だ。

 そいつを倒したとなりゃあ、組織で一目おかれるこたあ間違いねえ」

「てめえと素手で互角にやりあえるってのはなかなかのもんだが、剣はたいして使えねえようだ。

 こっちは剣士が三人、しかも人質がいる。

 楽勝だぜ」

 男達が笑い合って、ゴードンさんは呆れた顔をする。

「あぁ? 何言ってやがんだ」

「一対一で倒してえってのは、てめえのわがままってやつだ。

 俺らは俺らのやりてえようにするぜ」

「……勝手にしろよ」

「おう。勝手にするさ。

 土産話を楽しみにしてな」

 高笑いをあげながら三人が出ていって、ゴードンさんは大きく息をついた。

「あいつら阿呆か。

 なんにもわかってねえな」

 こちらに近づいてきながら、どこからか出したナイフを手にする。

 びくりとして身体を引こうとすると、ゴードンさんは顔に似合わない優しい声で言った。

「暴れんな。ソレ外してやっから」

「え」

「俺はガキには優しくしてやる主義なんだ。

 おとなしくしてろ」

 とまどっているうちに抱え起こされ、本当に手足の縄を切ってくれた。

 私を攫ってきた彼らと仲間のようなのに、どうして助けてくれるのだろう。

 力の入らない身体を支えてくれたゴードンさんは、ふいに私の顔をのぞきこんでくる。

「……おまえ、女なのか?」

「あ」

 驚いたように言われ、言葉に詰まる。

 人質という状況でそれを認めるのは危険だということは、私でもわかる。

 男装で旅をしているのも、そういう危険を出来る限り減らす為だ。

 だが、否定しても、身体を触られたらバレてしまう。

 どう答えるべきか悩んでいる間に、ゴードンさんは苦笑して、私をそっとベッドに座らせてくれた。

「坊々じゃなくて嬢ちゃんだったのか。

 わりぃ、胸ねぇから全然わかんなかった。

 心配すんな、俺は巨乳じゃねえとタたねえから、なんもしねえよ」

 明け透けな言葉がグサリと心に刺さったが、おかげで何もされずにすみそうで、安心する。

「……あの、さっきの、人達、止めなくていいんですか?」

 しびれた手首をさすりながら言うと、ゴードンさんは苦笑する。

「エッジの野郎が、剣を使えねえんじゃなくて使わねえんだってことも見抜けねえような奴らにゃ、最初から勝ち目なんてねえんだよ」

「はあ……」

 さっきの会話からして、彼らはこの町に入る前のエッジさんとゴードンさんのやりあいを見ていたのだろう。

 エッジさんは剣術だけでなく体術も優れているし、私の前ではなるべく血を流さないようにしてくれているから、たいていの敵は剣を抜かずに倒してしまう。

 それを、誤解してしまったのだろう。

「あの酒場まで送ってってやってもいいが、どうせあいつらがボロ負けしたらすぐここを白状するだろうから、エッジが迎えに来るまで待っとけ」

「はい……」

 早くエッジさんのところに戻りたいが、気絶している間に運ばれたからここがどこなのかもわからないし、すれ違いになるかもしれないから、言われた通り待っていた方がいいだろう。


 ゴードンさんは木箱をベッドの横に蹴り動かしてきて、その上に胡坐をかいて座った。

「なあ、おまえ、あいつが剣で戦うとこ見たことあるか?」

「あ、はい。何度かは」

「どういう時だ?」

「え、と……敵が十人以上の時とか……」

「やっぱそうか。あーくそ、腹立つな」

 うなるように言ったゴードンさんは、がりがりと頭をかく。

「なんとかあいつ本気にさせて剣抜かせる方法ねえかなー」

 ぶつぶつ言っていたが、ふと私を見た。

「そういや、あいつらが最初におまえ攫おうとしてた時は、殺気出して牽制してやがったな」

「え?」

 しばらく考えて、ようやく思い当たる。

 街道でゴードンさんとやりあった時、二人が同時に私を見た。

 私は気づいてなかったが、あの時さっきの奴らが私の背後にしのびよっていたのだろう。

「まあ護衛の相手を目の前で攫われたら立場ねえが、どうもおまえには妙な執着してるみてえだな」

「そう……ですか?」

「ああ。

 賭札の途中で突然血相変えて飛び出してって、おまえ探してたからな。

 あいつのあんな焦った顔見たの初めてだぜ」

「…………」

 心配をかけて申し訳ないと思うと同時に、特別に想ってくれているのかと思うと嬉しい。

 それが顔に出てしまったのか、ゴードンさんはまじまじと私を見た。

「おまえ、もしかしてあいつに惚れてんのか?」

「え……」

 率直な問いに、思わず顔が熱くなる。

「なるほどな。

 で、あいつの方も同じってわけだ」

 からかうように、ではなく、微笑ましいように言われて、かえって恥ずかしくなる。

 赤くなっているだろう顔を隠すようにうつむいた。

「……ん? そうか、そうすっと……」

 ゴードンさんは、何かつぶやきながら立ち上がった。

「確か、このへんに……」

 座っていた木箱の蓋を開け、がさがさと漁る。

「お、あった」

 取り出したのは、酒の瓶のようだった。

 蓋をひねって一口飲む。

「くー、キクなー。

 おい、おまえ酒弱ぇんだよな」

「え、あ、はい」

「よし」

 言うなり顎を掴んで口を開かされると、瓶の口をつっこまれた。

 流れこんできた酒精の強い液体が喉を灼く。

「……っ!」

 顎を掴む手を振り払って咳きこんで吐き出すが、半分ほどは飲み込んでしまった。

 かっと全身が熱くなる。

 身体を支えられなくなって、ベッドに倒れこんだ。

「うわマジで弱ぇんだな」

 ゴードンさんは楽しそうに言いながら、私の服を脱がしていく。

「な、や……」

 抵抗しようとするが、頭がくらくらして、ろくに身体を動かせない。

「ちょいと細工するだけだ。

 何もしねえから、おとなしくしてろ。

 言ったろ、俺はつるっぺたにゃあ興味ねえからよ」

 脱がせた服をあたりに投げちらかし、裸にした私をうつぶせにベッドに寝かせ、くしゃくしゃの毛布を背中から腰のあたりだけを覆うように掛けると、ゴードンさんは満足そうにうなずいた。

「こんなもんだな」

「……っ」

 見られたくない場所はぎりぎり隠れているが、それでも裸には変わりない。

 羞恥からくる熱が、よけい身体を火照らせる。

 なぜ、こんなことを。

「あいつ、どういう反応しやがるかな」

 再び木箱に座ったゴードンさんの楽しそうな言葉で、やっと理由がわかった。

 エッジさんが今ここに入ってきたら、私がゴードンさんに何かされたと思うだろう。

「本気でキレるようなら、面白ぇんだがなー」

「ぅ……っ」

 なんとかしなくてはと思うのに、手を持ち上げることすらできず、意識が朦朧としてくる。

 私は酔うとすぐに眠くなってしまう。

 今も気を抜くと寝てしまいそうだ。

 力の入らない拳を強く握って、必死に意識をつなぎとめた。


☆☆☆☆☆☆☆


 どれぐらい経ったのか、ふいにゴードンさんがにやりと笑った。

「来やがったな」

 乱暴に扉が開いて、険しい表情のエッジさんが入ってくる。

 まっすぐに私の方にやって来たが、ぎくりと表情を強張らせて足を止めた。

 ゴードンさんがからかうように言う。

「よお、遅かったじゃねえか。

 待ちくたびれたから、こいつ食っちまったぜ」

「…………」

 冷えた視線を向けられて、違うと言いたいのに声が出ない。

「人質がどうなるかなんて、わかりきってるだろ。

 殺さなかっただけありがたく思え」

「……黙れ」

 感情のこもらない硬い声にぞくりとする。

 だがゴードンさんは動じずに、むしろ煽るように言う。

「おまえが仕込んだのか?

 けっこうヨかったぞ。

 おまえの名前を呼びながら泣いてる顔は、なかなかそそられたぜ」

「黙れ……!」

 エッジさんが剣を抜いた。

 そのまま一気に間合いを詰めて切りかかる。

 ゴードンさんは木箱を蹴って後ろに跳んだ。

 まっぷたつにされた木箱が派手な音をたてて転がり、中に入っていた酒瓶がいくつも砕けて床に散乱する。

 ゴードンさんも剣を抜き、激しく切り合いながら嘲笑うように言う。

「どうした、えらく乱れてんぞ」

 ゴードンさんの言う通り、エッジさんの動きはひどく乱れていた。

 いつもの無駄のない流れるような動きとは比べものにならない。

「あいつをヤっちまったのが、そんなに気に入らねえのか?

 一回や二回ぐらい、どってことねえだろ。

 どうせてめえも毎晩ヤってんだろうが」

「黙れっ!」

 エッジさんの殺気がはじけた。

 冷たい風にも似たものが駆けぬけて、身体だけでなく心までがすくむ。

 まともに殺気を叩きつけられたゴードンさんも、動きを止めた。

 エッジさんはその一瞬の隙を逃さずにゴードンさんの足を蹴りつけるように払い、床に転がして背中を踏みつけて動きを封じる。

 感情の見えない昏い瞳で、剣を振り上げた。

「ダ、メ……!」

 思わず叫んで起き上がろうとしたが、身体に力が入らず姿勢を崩して床に落ちる。

「あ……っ」   

 砕けた酒瓶の上に倒れこむ直前、瞬時に駆けつけたエッジさんに受けとめられた。

「やめ、おねが……っ」

 ぎゅっと腕を掴んで言葉を絞り出すと、エッジさんは昏い瞳で私を見すえる。

「……なぜ、おまえを穢したあいつをかばうんだ」

「ちが……なにも、され、て、な……っ」

 ちゃんと言葉にできないのがもどかしくて、涙が浮かぶ。

「う、そ、なんだ……っ」

「…………嘘?」

 必死にうなずくと、エッジさんは迷う表情で私を見つめる。

「……どういうことだ」

 エッジさんが振り向いてにらむと、身体を起こして床に座りこんでいたゴードンさんはあっさりと答えた。

「酒飲ませて動けなくして、服脱がせただけだ。

 てめえを本気にさせたくてな」

「……本当に、何もされてねえんだな?」

 こくこくとうなずくと、ようやく殺気が消えた。

「……そうか」

 エッジさんは小さく息をついて剣をおさめ、私をベッドに座らせて毛布でくるんでくれた。

 隣に座り、身体を支えてくれる。

「あーあ、いい線いってたのによ」

 悔しそうに言いながらゴードンさんが立ち上がり、剣をおさめる。

「おい。

 もし俺がマジでそいつヤっちまってたら、どうした?」

「殺した」

 簡潔な一言に込められた本気の殺気に、ぞくりとした。

「ちっ、のろけんなよな」

 ゴードンさんは苦笑しながら、私にひらりと手を振る。

「巻きこんで悪かったな」

「……いえ……」

「エッジ、今度会った時は覚悟しとけよ。

 じゃあな」

 さっきまでの殺し合いが嘘だったような軽い言葉を残して、ゴードンさんは出ていった。

 ぼんやりとそれを見送っていると、エッジさんに強く抱きしめられた。

「遅くなって悪かった」

「……っ」

 震える手をなんとか伸ばして、エッジさんのマントの裾を掴む。

「ごめ……私が……店、出ちゃ、ったから、また、迷惑、かけて……」

「迷惑なんかじゃねえ」

 エッジさんはなだめるように背を撫でてくれる。

「……無事でよかった。

 もしあいつが本当におまえに何かしてたら……」

 途切れた言葉に不安になる。

「……きらいに、なった……?」

「……いや」

 エッジさんはゆっくりと首を横に振った。

「何があっても、おまえを嫌いになんてならねえよ」

 囁きながら、触れるだけのキスをしてくれる。

「何があっても、おまえが好きだ」

「……私、も……っ」

 すがりつくと優しく抱きしめてくれて、心の底からほっとする。

 緊張が解けたとたん、眠気が襲ってきた。

「眠いんだろ。寝ていいぞ」

「……でも……」

「大丈夫だ。

 そばにいるから」

 なだめるように目元にくちづけられて、もう目を開けていられない。

「眠れ」

「ん……」

 幸せな気分で眠りに落ちた。

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