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アセビ~献身~ 1

残酷描写(流血、欠損、人死に)が多めです。

苦手な方はご注意ください。

 国境沿いの谷で目的の花を見て満足したから、行きとは違う街道を通って国に戻る。

 その途中、街道を歩いていた私達を突然襲撃してきた盗賊は、やけに統率が取れていて強かった。

「傭兵崩れのようだな。

 俺が相手をするから、おまえは下がってろ。

 剣は抜いとけ。油断するなよ」

「はい」

 私が使う細剣(レイピア)ではダメージを与えにくいから、エッジさんの背後で剣を構えたまま待つ。

 エッジさんは剣を抜き、無駄のない動きで片っ端から倒していく。

 たいていの盗賊は、不利をさとったら、あるいは人数が半分以下になったら逃げていく。

 そろそろ半分以下になるだろうかと周囲を見回した時、エッジさんが倒した盗賊が足下に倒れ込んできた。

 咄嗟にそれを避けて横に二歩ほどずれた時、背後から殺気が叩きつけられた。

「もらったぁっ!」

「!」

 大柄な男が力任せに戦斧を振り下ろしてくるのを、振り向きながらなんとか身体をひねってかわそうとしたが、間に合わない。

 振り下ろされる戦斧が私の肩に食いこむ寸前、どんっと横手から突き飛ばされた。

「っ」

 地面に倒れた私の目の前で、エッジさんの左手首の付け根に戦斧が食いこむ。

 エッジさんはそれにかまわず、右手の剣を一閃して戦斧を持つ男の喉を切り裂いた。

「ぐぁっ!」

「アニキ!」

「やべえ、アニキがやられた!」

「逃げろっ!!」

 悲鳴を上げた盗賊達が、ばたばたと逃げ去っていく。

 右手の剣を構えたままそれを見ていたエッジさんは、その場にがくりと膝をついた。

「エッジさん……!」

 ようやく我に返って、身体を起こして膝立ちで近づき、息を呑む。

 エッジさんの左手首は、骨が砕かれ、半ばちぎれていた。

「コディ……怪我は……?」

 自分の方がよほど重傷なのに、私を心配してくれる優しさに、胸が苦しくなる。

「大丈夫です。

 だけど、エッジさんが……!」

「……たいしたことねえ」

 荒い息をしながら左手を見たエッジさんは、ポケットを探ってナイフと細い紐を取り出す。

「これで、肘の下を縛ってくれ」

「は、はいっ」

 言われるままに肘の下を縛ると、エッジさんは深く息を吐いて、止める。

 右手に持ったナイフで、ちぎれかけた手首の少し上から左手を切り落とした。

「!」

 更にどこからか出した布で、手早く傷口を縛る。

 立ち上がろうとしてよろけた身体を、なんとか受けとめた。

「……盗賊どもは去ったが、また来るかもしれねえ。

 東にしばらく行ったところに、岩窟がある。

 そっちへ隠れよう」

「はい……」


 エッジさんを支えて街道を逸れて山を上っていく。

 途中にあった泉でいったん止まり、水袋に水を汲む。

「アセビの木を探せ。

 今は白い花が付いてるから、目立つはずだ……」

「はい」

 背伸びをしながら見回すと、少し先に白い花をつけた木が見えた。

 再びエッジさんを支えて、そちらに向かう。

 岩壁の脇にアセビの木が生えていたが、岩窟らしきものはない。

「木の右側の壁の、蔓をかきわけて、探してみろ。

 穴があるはずだ」

 エッジさんをアセビの木にもたれかかるように座らせ、そろそろと探っていくと、確かに穴があった。

 上の方から垂れ下がっている蔓をかきわけると、大人一人が腰をかがめて通れるほどの穴が現れる。

 奥まで五歩ほどだが、内部は少し広くなっていて、二人で隠れるには十分だ。

「これ、自然に出来たものなんですか?」

「以前このあたりで狩りをしてた地元の奴が、自然にできてた窪みを広げて休憩用に作ったらしいな……。

 俺は、以前このあたりを通った時に偶然見つけて、使ってた……」

 荒い息をするエッジさんを、壁によりかかるように座らせる。

 傷口に巻いた布をほどき、傷口を水で洗い、傷薬を塗ってガーゼを当て、きれいな布で再び巻く。

 エッジさんに言われるままに動きながら、涙が止まらなかった。

「ごめんなさい……」

 息をすることすら苦しい激痛のはずなのに、エッジさんは一言も私を責めない。

 それがよけいつらかった。

「ごめんなさい……っ」

「泣くな……」

「だけど……左手が……っ」

「おまえを守れたから、いいんだ。

 それよりおまえ、右足の腿に怪我してるぞ。

 手当てしとけ」

「……っ、は、い……」

 そんな状態でも、私を気遣うエッジさんの優しさがつらい。

 少しでも心配を減らしたくて、自分の傷の手当てをした。


 日没間際の山をまわって枯れ枝を集め、火を起こす。

 火が大きくなると、エッジさんは取り出したナイフを二本取り出し、焚火の中に入れてその刃を火で炙った。

 片膝を立て、その上に左手を乗せる。

「これ、外してくれ」

「はい」

 傷口を覆っていた布とガーゼを外す。

「腕が動かねえように、肘の下を両手で強く持って固定してくれ。

 俺がいいと言うまで、そのままでいろよ」

「はい……」

 とまどいながらも言われた通り腕を握って固定すると、エッジさんはナイフで傷口を削るように切り落とした。

「!」

 更にナイフを素早く交換し、刃の腹を傷口に押し当てる。

 じゅっという音と共に肉が焼ける臭いがして、目をそむけたくなるのを唇を噛んでこらえた。

 傷口はすっぱりと切れていた方が治りが早いし、戦場でろくな手当てが出来ない時は血止めと化膿止めを兼ねて傷口を焼くという手段があるということも、知っている。

 それが目の前で行われると、こんなにも過酷だとは、思わなかった。

 だが、私には、文句を言う権利も止める権利もない。

 この傷は、私をかばったせいなのだから。

「……いいぞ。

 もう一度、手当てを頼む」

「は、い」

 なんとか声を絞り出して、傷口に薬を塗り、新たな布を巻く。

 手が震えてかなり時間がかかってしまったが、エッジさんは何も言わなかった。

「終わりました」

「ん。ありがとう」

「いえ……」

 深く息を吐いたエッジさんは、右手で荷物を探り、小さな箱を二つ取り出した。

 しばらくそれを眺めて、片方を戻す。

「こっちの方が、まだましか……」

「……なんですか?」

「とある国で仕入れた痛み止めだ。

 よく効くんだが、飲むと半日は寝ちまう。

 だからよほど場所を選んで使わねえと、寝てる間に襲われて、永遠に目覚めねえなんてことになりかねねえ」

 痛みのせいか少しかすれた声で言いながら箱を開け、小さな丸薬を取り出す。

 更に、もう一つ緑色の液体が入った小瓶を取り出した。

「コディ。約束しろ。

 俺が目覚めるまでの間、絶対に遠くには行くな。

 外に出る時は、剣を持っていけ」

「……はい」

「それと、もし危険が迫ったら、たとえばさっきの奴らの残党が来たら、これで俺を起こせ。

 気付け薬だ。鼻の下で蓋を開けて、臭いを吸うようにさせてくれ」

 差し出された小瓶を、おそるおそる受け取る。

「いいか、何かあったら必ず起こせよ」

「……はい」

「よし」

 私が小さくうなずくと、エッジさんは丸薬を口に含んで飲みくだした。

 水を木のコップに入れて差し出すと、ゆっくりと飲み干す。

 しばらくすると、エッジさんの呼吸が少し穏やかになってきた。

「……薬効いてきたな。

 たぶん朝まで目覚めねえだろう。

 だが、何かあったら起こせよ」

 繰り返し言われて、こくりとうなずく。

「……はい。おやすみなさい」

「ん……」

 エッジさんはうなずいて、壁によりかかった姿勢のまま目を閉じた。


 外から入口がわからないように、だが風は通るように、入口をふさぐ蔦を整える。

 焚火が消えないよう枝を足しながら、眠るエッジさんを見守る。

 痛み止めと言っていたが、止血と解熱剤も入っているはずだ。

 それでも、エッジさんの身体は熱い。

 怪我のせいで発熱しているのだ。

 松明たいまつ代わりに燃える枝を手に岩窟の外に出て、近くの草を刈る。

 革鎧を脱いでごつごつした岩の上に置き、その周辺に草を厚く敷き詰め、マントをかぶせて即席の寝床を作る。

 エッジさんの身体をそっとそこに横たえた。

 濡らした布で額や首筋の汗を拭いながら、様子を見守った。

「ごめんなさい……」

 私が学んだ近衛騎士としての剣術は、敵を殺すのではなく行動不能にするのを目的にしている。

 捕らえて尋問し、目的や首謀者を吐かせる為だ。

 近衛騎士を辞め、武器を片手剣から細剣レイピアに替えたが、エッジさんから教わった使い方は防御中心だった。

 だから私は、人を殺したことがない。

 エッジさんはそのことに気づいていたのか、私の前ではなるべく剣を抜かず、剣を使ったとしても出来る限り血が流れないように、殺さないようにしてくれていた。

 その気遣いが嬉しかった。

 それが、エッジさんの行動を制限していると気づかないまま。

「ごめんなさい……」

 あの時、エッジさんは一瞬で斧の男を殺していた。

 盗賊は殺しても罪には問われない。

 殺すだけなら、エッジさんはもっと早く片付けられたはずだ。

 そうすれば、左手も失わずにすんだ。

「ごめんなさい……」

 どう償えばいいのだろう。

 どう報いればいいのだろう。

 自分の弱さが、愚かさが悔しくて、涙が止まらなかった。


☆☆☆☆☆☆☆

 

 何度目かに水を汲みに外に出ると、空の端が白みだしていた。

 もうすぐ夜明けだ。

 泉の近くまで行った時、人の声が聞こえた気がした。

 あわてて太い幹に隠れ、そっと枝を透かして見ると、少し離れたところに松明の明かりが見えた。

 ゆっくりとこちらに近づいて来ている。

「おい、ほんとにこっちかよ」

「わかんねえが、あのあたりで灯りが見えたんだから、間違いねえだろ」

「確か、水場があるあたりだ」

「けどそれほんとにさっきの奴らなのか?」

「あの怪我じゃあ、そう遠くには逃げられねえはずだ」

「街道の先で見張ってた奴らが見てねえって言うんだから、この山にいるだろ」

「アニキの仇を取らずに帰ったら、お頭に殺されちまう。

 絶対に探し出せ!」

「おうっ!」

 かわされる会話からして、やはりあの盗賊の残党で、私達を探しているようだ。

 だが、あそこに岩窟があると知っているわけではないようだ。

「…………」

『何かあったら起こせよ』

 何度もそう言われた。

 だが、今起こしに戻ったら、尾けられてしまって、私のせいであの場所がばれるかもしれない。

 逆に今、私が彼らを引きつけて逆方向に逃げれば、見つけられずにすむ。

 右手一本でも私よりはるかに強いエッジさんなら、痛み止めが効いて目を覚ましたら、彼らにも勝てるだろう。

 目覚めるまでの時間を稼げたら。

「……ごめんなさい。

 約束を、破ります」

 ずっとそばにいると約束した。

 必ず起こすと約束した。

 約束を守りたかったが、それよりも、エッジさんの命を守りたい。


☆☆☆☆☆☆☆


 静かに、だが素早く動いて、盗賊達の背後にまわりこむ。

 十人ほどで、それぞれ武装していた。

 勝てるとは思えないが、勝つ必要もない。

 私の目的は、時間稼ぎだ。

 だが、勝てなくても、何人か減らさなければならないだろう。

 そっと細剣を抜いて深呼吸し、陰から飛び出して、列の一番後ろを歩いていた男の首筋を切り裂いた。

「ぎゃっ!」

 悲鳴が上がって、全員が振り向く。

 首筋から血を噴き出している男を蹴り飛ばし、その前にいた男にぶつけた。

「ぅわ、ぐうっ!」

 咄嗟に仲間の身体を受けとめようとした男の喉を突き刺す。

 細剣はそのままに、男の手から剣をもぎ取った。

「あ、てめえっ!」

「そいつだ!」

「やっちまえ!」

 全員が得物を構えて突進してくるのを確認してから、岩窟とは反対の方向に走る。

 エッジさんから、障害物の多い場所での戦い方も教えてもらっていた。

 それを思い出しながら、もう一人倒したところで追いつかれ、囲まれた。

 幹を背にして剣を構える。

「よくもやってくれたな。

 てめえらのせいで、俺らは解散寸前だぜ」

 ならば、ここにいる者で全員だろうか。

「おい、おまえだけか。

 アニキを殺した奴はどうした」

「……あの人は、もういない。

 出血が多すぎて……」

 嘘は苦手だから、うつむいて表情を隠し、低い声を作って言う。

「ちっ、じゃあてめえだけでも血祭りにあげねえとな!」

「それはこっちのセリフだ。

 あの人の仇、一人でも多く道連れにしてやる!」

 荒い息を整え、一番手薄そうな右側につっこんだ。

「このっ!」

 切りつけた刃を受けとめられる。

 ぎりぎりと押しあい、はじきとばそうとした時、横にいた奴が切りかかってきて、脇腹に痛みが走る。

 刃が腰骨に当たって、ぎゃりっと嫌な音が体内に響いた。

「ぐ……っ」

 向かい合っていた男が叩きつけてきた刃が肩に食いこむ。

 さらに背後から背中を斜めに薙がれた。

「……っ」

 膝から力が抜けて、その場に倒れた。

「手間かけさせやがって。

 楽に死ねると思うなよ」

 切られた腰を蹴られて仰向けにされ、激痛に一瞬視界が白くなる。

 嘲笑うような声が上から降ってきて、かすかに笑みを浮かべた。

 仰いだ空は、もう明るくなっていた。

 エッジさんはそろそろ目を覚ましただろうか。

 彼らからエッジさんを隠し通せたのだから、嬲り殺しにされても本望だ。

「さて、じゃあまずは右手からやるか」

 右手の肘の上あたりを踏みつけられる。

 大剣を持った男が残忍な笑みを浮かべながら剣を振りかぶった時、強烈な殺気が叩きつけられた。

「!?」

 身体がすくむほどの冷たく激しい気配に、盗賊達がびくりと震えて背後を振り向く。


 風が、駆けぬけた。


 右手だけで剣を持ち、全員を一撃ずつで殺したエッジさんは、荒い息をしながら近づいてくる。

「起こせと……言っただろうが……っ」

 苦しげに顔を歪めながら私の横に膝をつき、傷を調べて険しい表情になる。

「動けるか」

「……っ」

 答えようとしたが、もう声を出せない。

「…………」

 エッジさんは剣をおさめると、右手だけで私を肩にかつぎあげた。

「……っ!」

 全身のあちこちに痛みが走り、意識が飛んだ。

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