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チューベローズ~危険な楽しみ~

 とある村に入って、エッジさんが言った。

「今日はこの村の宿に泊まる。

 ただ……」

 言いよどむ様子を不思議に思って見上げると、妙に複雑そうな表情をしていた。

「……なんですか?」

 エッジさんは私を見て、深く息をつく。

「……宿の女将は俺の知り合いなんだが、……若い奴が好きなんだ。

 特におまえみたいなのが」

 いまいち意味が理解できず、首をかしげる。

「私みたいな……あ、女の子みたいな少年、って意味ですか?」

「いや、若くて初心(うぶ)で素直そうな奴なら、男でも女でもだ」

「えっ」

 それは、かなり変わった趣味ではないだろうか。

「好みの奴を誘って遊ぶのがあいつの趣味でな。

 そのために宿をやってると言いきるぐらいだ」

「……はあ……」

「俺の連れだってだけでも色々詮索されるだろうが、自分好みとなればなおさらだ。

 なんだかんだ言ってくるだろうが、相手にするなよ。

 交渉はすべて俺がするから、話もしなくていい。

 二人きりになるのは絶対に避けろ」

 強い口調で言われて、不安になってくる。

「……そんなに恐い人なんですか?」

「……見た目はいい女の部類に入るだろうが、性格がな……」

 エッジさんがそこまで言うのだから、よほどの相手なのだろう。

 それでも、人づきあいが嫌いなエッジさんがつきあいを続けているのだから、悪い人ではない、はずだ。

 不安になりながらもたどり着いた宿は、古いがよく手入れされたしっかりしたものだった。

 一階が酒場、二階が宿という一般的な形だ。

 エッジさんの後をついて酒場に入る。

 客は半分ほど入っていて、活気があった。

 商人風の客が多いからかもしれない。

 エッジさんがカウンターに近づくと、中にいた女性が驚いたようにエッジさんを見て、ふわりと笑った。

「久しぶりじゃないの。

 生きてたのね」

 なんとなくいかつい女傑を想像していたのだが、女将は小柄な女性だった。

 豊かな曲線を描く身体を、露出が多めのぴったりした服に包んでいる。

 年はエッジさんより少し上、三十代前半ぐらいだろうか。

 ゆるくうねる長い黒髪と、はっきりした顔立ちが、華やかな印象を与えた。

「……おまえもな」

 エッジさんが苦笑いしながら、わずかにマントのフードをずらす。

「部屋あるか。

 二人部屋で、南向きのほうだ」

「二人?」

 女将はいぶかしげにエッジさんを見て、少し離れて立つ私に目をやる。

 じっと見つめられてなんとなく会釈すると、女将はにこりと笑う。

「いらっしゃい。かわいい坊やね。

 お名前は?」

 答えるべきか迷ってエッジさんを見ると、エッジさんは私を女将から隠すように立ち位置をずらした。

「こいつにかまうな。

 ……部屋、あんのか」

 じろりとにらまれて女将は笑う。

「あるわよ。

 南の端の一番いい部屋。

 食事はいるの?」

「ああ」

「じゃ、二人で夜と朝の食事つきで銀貨五枚ね。

 お風呂は無料で、いつでも入り放題よ」

 言われた値段に驚いて、まじまじと女将を見つめる。

 今までの宿の半分ぐらいの値段だ。

 エッジさんもわずかに驚いたように女将を見た。

「……おまえ、ほんとに趣味でやってんだな」

「あったりまえじゃない」

 きっぱりと言って、女将は私に笑いかける。

「ゆっくりしてってね」

 答えないのはさすがに失礼な気がして、小さく頭を下げた。


 従業員に案内された部屋は広めできちんと掃除されていたし、酒場で出された食事はとても美味しかった。

 エッジさんの話では、女将はもともと裕福な商人の家の出で、親がかなりの財産を残してくれた為、本来は働く必要はないらしい。

 だから本当にこの宿は女将の趣味らしい。

 使われている調度品や食器も、一般的な宿よりもかなり上等なもので、採算は度外視のようだ。

 女将が商人の家の出ということもあって、街道を行き来する行商人達の情報交換の場になっているそうだ。

 酒場では活発に値段の交渉なども行われていて、まるで市場にいるようだった。

 食事が終わると、風呂に入ることにした。

 平民向けで風呂がある宿は、あまり多くない。

 それも身なりに気を遣う行商人達に好まれる理由のようだ。

 いったん部屋に戻って、邪魔になる革鎧は脱ぎ、着替えなどをまとめて布袋に入れる。

「あの、ゆっくり入りたいので、エッジさんが先に出たら、待たずに戻っていてもらえますか」

 待たせるのは申し訳ないが、この旅では初めての風呂だから、できればゆっくり入りたい。

 おそるおそる言うと、エッジさんは渋い表情になったが、うなずいてくれた。

「危険はないだろうが、警戒は怠るなよ」

「はい」

 風呂場の入口までは一緒に行って、男女に分かれて入る。

 中途半端な時間だからか、私の他には親子連れらしい二人組がいるだけだった。

 髪と身体を丁寧に洗い、大きな湯船にのんびりとつかる。

 二人組は出ていったから、貸切状態だ。

 湯がたっぷりと使えるから、ついでに洗濯もする。

 絞った洗濯物を手に持ち、部屋に戻る途中で女将にでくわした。

「あら」

 女将はまじまじと私を見ると、にこりと笑う。

「ごめんなさい、あなた女の子だったのね」

「あ」

 革鎧は脱いだもののシャツは着ているから、私のささやかな胸がわかったとは思えないが、さすがは客商売の人だ。

「洗濯したのね。

 倉庫に干す?

 あいつと同じ部屋だと、下着は干しにくいでしょ」

「あ、いえ……」

 確かにどうしようか迷っていたが、関わるなと言われているのだから、断った方がいいだろう。

「いらっしゃい。こっちよ」

「あ、の」

 だが断る隙を与えずにすたすたと歩いていかれて、結局後を追う。

 たどりついたのは、大きな竈がいくつもある倉庫だった。

 風呂用の湯を沸かす場所らしく、置いてあるのは薪だけで、中は暑いほどだ。

「上に紐が張ってあるでしょ。

 ピンチはそこにあるから」

「あ、はい」

 言われるままに洗濯物を干す。

「ここは暑いから、朝までには充分乾くわ」

「ありがとうございます」

「どういたしまして。

 いらっしゃい。喉渇いてるでしょ。

 飲み物あげるわ」

「あ……」

 再びすたすたと歩いていかれて、どうしようか迷ったものの、確かに喉は渇いていた。

 二人きりになるなというエッジさんの忠告はおぼえているが、そんな悪い人には見えない。

 少しぐらいなら大丈夫だろう。


 女将が向かったのは、酒場ではなく、女将の私室だった。

 調度品はどれも丁寧な作りで、派手ではない華やかさがある。

 父の屋敷のものよりも、よほど趣味がいい。

 大きなソファを勧められて座ると、女将は壁に作りつけの棚に向かい、いくつかの瓶を取りだして手早く飲み物を作る。

「はいどうぞ」

「……ありがとうございます」

 さしだされた木のコップを受け取り、おそるおそる匂いを嗅ぐ。

 わずかに柑橘系の香りがした。

「心配しなくても、毒なんて入ってないわよ」

「いえ……私、酒に弱いので……」

「あらそうなの?

 ユズの果実酒を少しだけ入れたけど、そんなに強くないから大丈夫よ」

「はあ……」

 少しだけ飲んでみる。

 さっぱりとして美味しかった。

 ほっとして、ゆっくりと半分ほどを飲んだ。

 女将は私の向かいに座り、柔らかく微笑む。

「ねえ、いいとこのお嬢様のあなたが、どうしてエッジと旅をしてるの?」

「え、と。

 私は植物学者になりたくて、あちこちの珍しい植物を実際に見てみたくて、旅をしてるんです。

 でも、『いいとこのお嬢様』ではないです」

 生まれは貴族だが、名も家も捨てた。

「そう?

 エッジは、腕は立つけどその分報酬はきっちり取るから、雇うにはかなり高くつくはずよ。

 それだけのお金があるってことは裕福なはずだし、何よりあなた、きちんと愛情と教育を受けて育ったと一目でわかるわ」

「そう……でしょうか」

「ええ」

 にこりと笑われて、複雑な気分になる。

 確かに母は私を愛してくれたし、父から、というか父が手配した家庭教師からは騎士になる為の教育を受けた。

 だが私自身は、貴族としての生き方にはなじめなかった。

 だから、自分を貴族だと思ったことはない。

「世間知らずで、純粋で、まっすぐに育った目をしてる」

「……私、世間知らずですか?」

「そんなふうに真面目に聞いちゃうぐらいにはね」

 笑顔で返されて言葉に詰まる。

 気まずい思いをごまかすようにコップを飲み干すと、女将はくすりと笑って手を差し出した。

「おかわりを作りましょうね」

「あ……ありがとうございます」

 女将は再び棚に向かい、作業しながら言う。

「ねえ。あなたエッジと旅をしてどれぐらいなの?」

「え、と。そろそろ一ヶ月になります」

「そう……はいどうぞ」

「ありがとうございます」

 受け取ったコップからは、さっきと違う匂いがした。

 濃厚で甘い香りは、何かの花のようだが、思い当たるものがない。

「これ、なんていうお酒ですか?」

「蒸留酒にチューベローズの花を漬けこんだものよ。

 昼と夜で香りが違うから、『月下香』とか『夜来香』とも言われるの。

 それは夜に摘んだ花よ。

 薄めに作ったから、あなたでも大丈夫だと思うわ」

「……ああ。これが……」

 舐めるように口をつけてみると、馥郁とした香りが広がる。 

 図鑑で見たことがあったが、こんな味なのか。

 やはり、知っているのと体験するのとでは大違いだ。

 香りは強いが口当たりは良く、酒というより甘い飲み物のようだ。

 味わいながら飲んでいると、再び向かいに座った女将が優しい声で言う。

「エッジは他人を寄せつけないところがあるから、一緒に旅をするのはつらくない?」

「そんなことありません」

「そう?」

「はい。エッジさんは、とても優しい人ですから」

 女将はまじまじと私を見て、ふわりと笑った。

「いいコね。ますます好みだわ」

「……え」

 楽しげな声に、今更ながらエッジさんの忠告を思い出した。

「……あの、私、そろそろ部屋に戻ります」

「あらそう?」

「はい。飲み物ありがとうございました」

 まだ半分ほど残っていたお酒を一気に飲み干し、テーブルにコップを置いて立ち上がろうとしたが、足元がよろけた。

 ソファの背に掴まってへたりこむ。

「あ、れ……?」

「あら、酔っちゃったの?

 ほんとにお酒弱いのね」

「は、あ……」

 頭がくらくらする。

 身体が熱い。

 顔が火照る感じがする。

 確かに、酔っている時の感覚だ。

 口当たりが良かったから気にせず飲んでしまったが、結構強い果実酒だったようだ。

 それとも、最後に一気飲みしたのがいけなかっただろうか。

 そういえば、飲める人間の『大丈夫』は信用するなと、以前エッジさんに言われたことを思い出す。

 限界量が違うのだから、相手の『大丈夫』と私の『大丈夫』は一致しないのだと言われていたのに、すっかり忘れていた。

「……部屋に、戻らなきゃ……」

 風呂場で別れてから、もうかなり時間が経っている。

 エッジさんは心配しているだろう。

 なんとか立ち上がろうとしたが、身体に力が入らず、再びソファに倒れこんでしまう。

「そんな状態で階段昇れないわよ。

 段を踏み外して落ちたら怪我しちゃうし、大きな音を立てたら他の客が起きちゃうわ。

 商人達は朝が早いから、もうとっくに寝てるの。

 こんな時間に起こしたら、文句言われちゃう。

 少し酔いが醒めるまでここで休んでなさい。

 ね?」

「……はい……」

 女将の言うことはもっともで、ぼんやりとうなずいた。

 浅い息をしていると、女将が近づいてくる。

「暑いでしょ。

 服ゆるめたげる」

 横向きに寝かされ、シャツの襟元のボタンを一つ外される。

「あ、の……」

「首まわりをゆるめとくと楽なのよ」

 椅子の横に膝をついた女将は、私の髪を優しく撫でる。

 ゆっくりと滑って降りてきた手が頬を撫で首筋をつたって、ぞくりとする。

「あ、の……」

「なあに?」

 微笑まれて言葉に詰まる。

「ふふ、かわいいわね」

 くすくすと笑いながら、女将の手が胸元に進む。

「あ……」

 身体を起こそうとするが、柔らかく肩を押さえられて動けない。


『好みの奴を誘って遊ぶのがあいつの趣味』

『二人きりになるのは絶対に避けろ』


 エッジさんの忠告の意味が、ようやく理解できた。

 女同士だから、せいぜい話をするぐらいだと思っていたのに。

「や……」

 首を振ってなんとか逃れようとするが、頬を押さえられる。

「大丈夫よ。

 恐がらないで」

 囁きながら、女将が顔を寄せてくる。

 未知の行為への恐怖と、動けないもどかしさに、涙が浮かぶ。

 ほとんど無意識に叫んだ。

「エッジ、さ……!」

「コディ!」

 バンっと乱暴にドアが開いてエッジさんが飛びこんでくる。

 女将があわてて私から離れた。

「大丈夫か」

 抱き起こされて涙がこぼれた。

「……っ」

 震える手ですがりつくとエッジさんは表情を険しくし、テーブルのコップを取って匂いを嗅ぐ。

 さらにまなざしが険しくなった。

「……月下香の酒か」

 にらみすえられて、女将はひきつった笑みを浮かべる。

「ほんのちょっとだけよ。

 あの、あんまりかわいかったから、つい……」

「俺の連れだとわかっててちょっかい出すとは、いい度胸だ。

 覚悟はいいか」

 エッジさんが剣の柄に手をかける。

 本気の殺気を感じて、だるい身体をなんとか動かしてその手を押さえた。

「ダ、メ……」

「…………」

 エッジさんはじっと私を見つめ、小さく息をついた。

 殺気が消えて、ほっと息をつく。

 安心した途端、強烈な眠気に襲われて、目を開けているのもつらくなる。

「……こいつに免じて許してやる。

 ただし、次はないと思え」

「……ええ」

 エッジさんに抱き上げられ、部屋に運ばれる。

「寝ていいぞ」

「……ん……」

 優しい囁きにうなずいて、目を閉じたとたん眠りに落ちた。


☆☆☆☆☆☆☆


 目を開けたとたん、ずきりと頭が痛んだ。

「……っ」

 こめかみを揉むようにしてこらえる。

 この痛みは、なじみがある。

 二日酔いだ。

「痛むか」

 気遣う声にうっすら目を開けると、エッジさんが心配そうに顔をのぞきこんでいた。

「水飲むか?」

「ん……」

 うなずくと、抱き起こして横に座って身体を支え、口元に水の入った椀をあてがってくれる。

 何口か飲んで、ほっと息をつく。

「吐き気やめまいはするか?」

「ううん……」

 答えるのもだるくて、エッジさんにもたれたまま目を閉じると、ゆっくりと背を撫でてくれる。

 早起きの商人達はとっくに出ていったのか、宿の中は静かだ。

「……ごめ……もう、朝……」

「そんなことは気にしなくていい」

「ん……」

 優しい声に、痛みが和らぐ感じがする。

 大きく息をついた時、軽く扉を叩く音がした。

 扉を開けた女将は、にこりと笑う。

「おはよう。

 二日酔いによく効く薬湯(やくとう)を作ったから、飲んでみて」

「はい……」

 盆に載せたコップを差し出されて、手を伸ばそうとすると、横からエッジさんがそれを取り上げた。

 臭いを嗅ぎ、少しだけ口に含み、しばらく考える表情をしてから飲み込む。

「大丈夫そうだな」

「あったりまえでしょ。

 毒なんて入れてないわよ。

 失礼ね」

「昨夜自分が何やったのか、おぼえてねえのか?」

 じろりとにらまれて、女将は艶やかに笑った。

「過ぎたことは忘れることにしてるの。

 前向きに生きないとね」

「…………」

 エッジさんは小さく息をつき、コップを私の口元にあてがってくれる。

「熱いからゆっくり飲め」

「ん……」

 言われた通り少しずつ飲む。

 薬草の苦味が、だるい身体に心地よかった。

「……あんたが同じ部屋で寝るってだけでも驚いたけど、ずいぶんと甘やかしてるのねえ」

 女将が呆れたように言って笑う。

「でもわかる気がするわ。

 その子、かわいいものね」

「…………」

 エッジさんににらまれて、女将は小さく肩をすくめる。

「その子の二日酔いおさまるまで、ゆっくりしてて。

 もちろん追加料金はいらないから。

 お昼はあっさりしたもの用意しておくから、食べられそうなら降りてきてね」

 ひらりと手を振った女将は、笑顔で言って出て行った。

 薬湯を全部飲み終えると、そっとベッドに横たえられる。

「もう少し寝ろ」

「……ん……」

 目を閉じて、ふと気になってもう一度開く。

「……エッジさんは……?」

「ここにいるから」

 軽く頭を撫でられて、安心する。

「うん……」

 うなずいて目を閉じると、すぐに眠りに落ちた。


 浅い眠りをたゆたって、ゆっくりと目を開ける。

 エッジさんが向かいのベッドの上で壁にもたれて座り、武器の手入れをしているのが見えた。

 旅慣れているエッジさんは、荷物は少ないが、武器はいくつもの種類をあちこちに隠し持っている。

 ナイフだけでも十本以上で、私はいまだにどこに何が隠されているのか全部は知らない。

 短剣を砥石で研いでいたエッジさんは、ちらりと私を見る。

「悪い。起こしたか」

「ううん……」

 薬湯のおかげか、頭痛はほぼおさまっていた。

「……エッジさん」

「ん?」

「……そっち、いってもいい?」

 エッジさんはわずかに考える表情をする。

「ちょっと待て」

「ん……」

 ざっと武器を片づけてベッドを降り、私が横たわるベッドの枕元に座った。

 私の頭をひきよせて、腿に乗せてくれる。

「苦しくねえか?」

「うん。ありがとう……」

 エッジさんは、私より体温が低い。

 それでも、ふれあう身体はあたたかく感じられる。

 ふと昨夜エッジさんが言っていたことを思い出して、聞いてみる。

「……そういえば、あの時、エッジさん、なんだか怒ってたけど、月下香のお酒って、良くないものなの……?」

「おまえみたいに、酒に弱い奴にとってはな。

 甘くて飲みやすいから、思ってる以上に酔っぱらっちまう。

 俺がそばにいない時に酒を飲むなら、気をつけろ。

 客を悪酔いさせて金を奪おうとする悪質な宿もあるからな」

「うん……」

 深く息を吐き、そっとエッジさんを見上げる。

「……ごめんなさい。

 女将と二人きりになっちゃダメだって、言われてたのに……。

 エッジさんのお友達だから、大丈夫だと思っちゃって……」

「……『友達』なんかじゃねえよ。

 この村には宿がここしかねえから、何度か泊まるうちに顔なじみになっただけだ」

 そっけない言葉に、くすりと笑う。

「エッジさんが、否定的なことを言う時は、仲のいい人だよね」

 アトリー団長のことも、腐れ縁だとか言っていたが、内心では信頼していると知っている。

「…………」

「ほんとに嫌なら、一つ前の村にも宿はあった。

 それでもここを利用してるってことは、ほんとは女将のこと、結構気に入ってるんだよね」

「…………」

 エッジさんは何も言わない。

 だがまなざしの柔らかさが、私の言葉を肯定していた。

「私、世間知らずだって、昨夜女将に言われた。

 自分でも、そう思う」

 エッジさんと旅をするようになって、多少は広がったが、それでも私の『世界』はまだこの国の周辺だけだ。

 諸国を旅したエッジさんとは、比べものにならない。

「もっといろんなことを知りたいな。

 そうしたら、少しはエッジさんに近づけるかな……」

「……おまえはおまえのままでいい」

 エッジさんは優しい声で言いながら、髪を撫でてくれる。

「純粋で、まっすぐなままでいてくれ。

 ……俺のようにはなるな」

「……どうして?」

「…………」

 答えはない。

 だがその瞳の奥に、私に見せないようにしてくれている闇があることには、気づいていた。

「……エッジさんは、優しくて、強くて、すごい人だよ」

 想いが伝わるように、一言ずつに力をこめて言う。

「私、エッジさんが大好き」

「…………」

 エッジさんはじっと私を見つめ、優しく笑った。

「俺も、おまえが好きだ」

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