あおはる(前編)
大変ご無沙汰しておりました。完結目指して投稿します!
若干吹雪いてきた寒空の中、二人を追って外に出てきた七希は複数の足跡が向かった先を確認した。
「寒い寒い七ねえ!」
コートを着込んでもなお身体を刺す寒気は北国ならでは、都会育ちの涼音にはきつかろう。
腕を組んで纏わりついてくる涼音を邪険にもできず、ため息をつく七希である。
「方向から向かった先は北神湖公園か」
「だろうねぇ、あそこの遊歩道で走ってるんじゃない?」
藤間由紀はふにゃっと笑いながら、七希の隣に並ぶ。
北神湖公園は地元の有名な自然公園である。天気のいい日や温かい時期は家族連れや観光客も多く訪れる地元の誇る自然公園だ。
その名の通り由緒ある湖の外周には由紀の言う通り遊歩道が囲っており、その距離は1周で10キロ程度になる。
「だいたい1時間くらいで決着がつくわけだ」
「今日みたいな日は市民ランナーも居ないと思うから貸し切りだねぇ」
粉雪にぶるぶる震えている涼音の頭をよしよしと撫でる由紀。
「寒いなら家に居たら良かったのに、涼音ちゃん」
「いやよ! いっつも涼音を置いてけぼりにして!」
「いやあ、この場合はあたしたち全員置いてけぼりだよ」
男どもの暴走だよ、と毒気の無い笑顔を向ける由紀である。
この後の高虎の事を考えると自分こそ留守番をすべきだったかと悩む。
それぞれの事情と思いを引き連れて、本条七希はさっさと歩きだす。
「まあ地元の人間がついている訳だから滅多なことも起こらないだろうが、走り終わった時の介助くらいはしてやる」
「ブレないねぇ、七ちゃんは」
涼音とは逆側から七希の腕を絡めて、由紀も歩き出す。
歩き難い事この上ないが、七希の人類を超越したかのようなバランス感覚の前では造作もない事である。
滑りそうになる涼音を引っ張り上げる事も造作もない。
当の涼音もほっとした顔をしつつ、更に七希にくっついてくる。
「何かしら、七ねえにくっついてると心の底から安心できるというか、もう2度と離れたくなくなるというか……」
「分かるぅ、涼音ちゃん。どうやって七ちゃんをシェアするか話し合いする?」
「それ大事な話ね、由紀ちゃん」
「馬鹿なのか」
しかし高校に入ってここまで気を許せる相手が出来るとは思わなかったのが七希の本音である。
クラスメイトの馬鹿どもも、四条院みやびも、桐生兄妹も。
考えてみれば得難い存在ではある。
少なくとも最近は七希も人類を滅ぼそうとか考えなくなった。
でも気が変わるかもしれないので進学先は理系かなと将来設計はしている。
しばらくとりとめのない話を両サイドの二人がしているうちに、北神湖に到着した。
広大な公園の入り口からは湖を挟んで奥まで遊歩道が良く見える。
七希の2,0を超える視力を持ってすれば双眼鏡など使わずに、豆粒みたいな二人の姿を捉える事ができた。
「いた。大体3キロくらい走ってる所だ。あと7キロ、40分くらいでこっちに一回りしてくるだろ」
「えー長い! 寒い!」
「ならお前も走ってこい」
「知らないの七ねえ? 涼音はかけっこで和美ちゃんに負けてから運動辞めたの」
誰だよ和美ちゃん、とは思うもののいちいち涼音という人間の相手をしていてはキリがないのは理解している七希である。
「そこに休憩所がある。入ってしばらく待つぞ」
「あ、自動販売機あるじゃん、おしるこ買って、七ねえ」
「まったく」
「とか言って普通に買ってあげる七ちゃんって、本当に涼音ちゃんのお姉さんだよねぇ」
「当たり前じゃん由紀ちゃん。昨日気づいたんだけど、もしお兄ちゃんが七ねえと結婚しなくても、涼音がこっちに養子に来たら良いんじゃないかって思った! 六花さん、凄い好きだし!」
七希から貰ったおしるこの缶ジュースをはふはふ飲みながら、突拍子もない事を言い出す妹分である。
「ん~まあ、おば様って本当に尊敬できる人だしね。いつも周りを癒すあの雰囲気って、なかなか持てるものじゃないよ」
「うんうん、涼音も六花さんすぐに好きになった!」
「そのまえにお前の親に謝れ」
海外転勤前に会った桐生家の両親は本当に出来た人だった。
むろん七希も六花の事は大好きだが、涼音たちの両親もなかなか。
大人というものに全く興味も尊敬も無かった七希だが、居る所にはひとかどの人物といものはいるものだと感心したものだ。
以来、メールやらで定期的に七希も涼音たちの両親と連絡を取り合っている。
子供の様子を七希に聞いてくるのも謎といえば謎だが、家事炊事を任されてバイト代を貰っている七希からすれば雇用主への報告、いわば日報のようなものなのできっちりしている。
そこに涼音の両親の思惑が見え隠れしているのに気づかないのは七希の隙だ。
女として自分が家族ぐるみで狙われているなどとは露とも思わない七希である。
まあ一般的に考えて七希のような優良物件は絶対逃したくないと思うのが親ごころであろう。
息子が懸想している相手であり、娘が大いに慕っている相手であり、本人に会って話してみても素晴らしく出来た人物であり、超一流の学校で首席を突っ走っており、運動神経抜群、家事炊事完璧、とおよそ非の打ち所がない。そして両親から見ても芸能人顔負けの美少女。
最近涼音が七希にべったりなのも、奥手な兄に代わってしっかり捕まえておきなさいという母親からの指令でもある。
「ところで、結局あのむさ苦しい男は誰なの?」
「お前は相変わらず息をするように全方向に喧嘩腰だな」
「あはは、あのお兄さんはねぇ、あたしたちの幼馴染だよ」
「へえ? 七ねえと由紀ちゃんの? ストーカー?」
幼馴染と書いてストーカーと読む。なかなかのパワーワードである。
「でもアイツ、七ねえのおっぱいガン見してたし!」
「おっぱい言うな」
「男の子なら七ちゃんのおっぱいは普通に気になるから、そこはねえ」
「え、でもお兄ちゃんは七ねえのおっぱい見てないよ?」
「桐生君は本当に紳士だよねぇ、意志力が凄いというか、七ちゃんを不快にさせないようにって気持ちが本能を上回ってるんだよ」
「さっすがお兄ちゃん、でも女って強引に来た方が弱くない?」
「強引というか、結局きっかけじゃない?」
「手をこまねいているより、ナニかあった方が進展するよね?」
「あはは、涼音ちゃんは漫画の読み過ぎだね」
「えー由紀ちゃんが貸してくれた本じゃん」
どうでも良いが、この会話を自分を挟んでするなよと思う七希である。
休憩所のベンチに座っているが、相変わらず両サイドから腕を掴まれている七希であった。
相変わらず姦しい。別に悪い気もしないが。
ぼんやり外を眺めながら、両サイドの会話に適当な相槌を打っている間に待ち人来る。
「――戻ってきたぞ」
「あ、早かったね?」
「どっちどっち!」
湖畔10キロ走の結果は――
「桐生だな」
桐生誠也が先着で飛び込んできていた。
と言っても大差ではない。
ほんの数十メートル差だ。タイム差で言えば10秒も無い。なかなかの接戦だったようだ。
「さっすがお兄ちゃん!」
涼音は全身で喜びながら休憩所を飛び出した。
「かけっこで諦めた妹の兄の割には虎に勝つとはな」
「あはは、もう七ちゃんってば。うん、でも虎くんに勝つとは桐生くん流石だよね」
伊達にサッカー部で1年生エースをしてる訳じゃないという事か、と納得する七希である。
実際、桐生と高虎の運動能力の差はほぼ無い。七希の目からすれば、鍛え上げられた雰囲気からは高虎が勝つと思っていた。ならばこの結果はもはや精神力の差であるとしか言えない。長距離になると、それは顕著である。
「何がそこまで駆り立てたのやら」
「罪な女だよねぇ、七ちゃんって」
一緒に二人のもとに向かいながら、由紀は高虎と目が合った。
驚いたような高虎に軽く目で挨拶をする由紀。
まあ七希の場合は天然だが、自分の場合はそうではない。悪女はどちらかという話である。
少しばかり気が重くなりながら、由紀は二人にタオルを渡した。
「はい、二人ともお疲れ様!」




