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なんか、追い込むみたい。(対殺人鬼編・其の三)

 しばらく休みをとったの。有給を垂れ流していたからね。

 勿論、残りの二人を捕らえるため。


 一介の拷問士でしかない僕が、警察でも手をこまねいてる殺人鬼達を相手になにができるだろう。普通に考えたら結論は何も出来ないに行き着くはず。


 そんな不安も、疑問も、隣に寄り添う女の子を見てると吹き飛んでしまう。

 こちらにも殺人鬼はいるのだ、それも規格外の。


 ドールコレクターの異名を持つ、レベルブレイカーの葵ちゃん。

 毒には毒を。殺人鬼には殺人鬼を。


 規定の枠を飛び越えたレベルブレイカー同士の衝突がこれから起ころうとしていた。



 朝の十時、いつもの駅前で葵ちゃんと同流はしたけど、ここからどうすればいいか僕には見当もつかない。


「で、どうしよう? あの二人の居場所に手がかりでも?」


 ゴミタの所持品から残り二人に結びつく物はなにもなかった。

 連絡を取り合っていた携帯も、盗品だったし、逃走した二人のどちらかのリーダーは恐ろしく頭が切れる。だからそもそも、最初から期待はしていない。


「うん、犯罪者クラブの助けを借りるよ」

「犯罪者クラブ?」


 聞き慣れない名称に、僕もすぐに聞き返す。


「んとね、犯罪者達を庇護し協力する団体だよ。支持者の詳細は明かされてないけど、かなりの有識者などが名を連ねてるみたい」


 なんて、迷惑な団体だ。人権団体の比じゃない。そんなものがあったなんて。


「それ、本当ならとんでもない事だよ」


「うふふ、本当は秘密なんだけどリョナ子ちゃんだから特別ね」


 悪戯っぽく笑う葵ちゃんを見て、ちょっとだけ納得する。理解はできないけどね。

 凶悪な殺人鬼などにファンが付くことは珍しくない。有名な者なら執行日に大量のファンレターが送られてくることもある。とにかく人を引きつける魅力があるのだろう。


「そこはね、名が売れてれば売れてるほど助けてくれる人が多いの。私が頼めばなにかしらの情報を得られると思うよ」


 そう言うと、葵ちゃんは携帯を取り出しどこかに電話をかけた。


「あ、ふーちゃん? 私。うんうん、元気だよ~。また、今度ゆっくり会いたいねぇ。それで、いつものお願いしたいんだけど、うん、今回は情報提供かな。そう、相手はね・・・・・・」


 しばらく会話した後、電話を切った。


「どこにかけたの?」


「窓口でもある、妹の所だよ。妹と言っても最近作ったんだけどね、ちょっと影響を受けちゃって、こっちでもシスターズを・・・・・・」


「あ、そういうのはいいから、要約して」


 たまに葵ちゃんは意味不明な事を言い出すから付き合ってられないの。


「相変わらず冷たいなぁ。この前はあんなに優しくしてくれたのにぃ。ま、そんな所もリョナ子ちゃんの魅力だしね。そんなリョナ子ちゃんに残念なお知らせだよ。私の名前であの二人の居場所を探ってみたんだけど・・・・・・」


「・・・・・・だけど?」


 葵ちゃんの表情は変わらない、つねにニコニコしてて無念そうには見えない。


「駄目だったよ。あっちもクラブの協力を得てるみたい。連名で要請したみたいで私の名前でも弾かれちゃった、レベルブレイカー二人分だからね、最上級の恩恵を受けてるじゃないかな」


 むぅ、葵ちゃんクラスでも無理ならこっちはお手上げなのかな。


 でも、なにか葵ちゃんにはまだ余裕があるように見える。葵ちゃんはつねに勝算がゼロになるような動きは見せない。何百手先まで読みながら行動してるから、迷路を進んでも行き止まりなんて事にはならないのだ。すぐに次の手が浮かんでいるはず。


「でもね、大丈夫だよ。今回はリョナ子ちゃんが巻き込まれたからね、私の他に色々動き出すはずだよ」


 ほらね。意味はわからないけど葵ちゃんなら、なんとかしてくれるんだ。


「ちょっと、他にも色々連絡するね」


 餅は餅屋だよ。ここは葵ちゃんに全部任せることにする。



 数時間後、僕達はある一流ホテルの近くにやって来た。

 全室800近く、見上げるほど高く、この地区最大のホテルだ。


「えっと、ここに二人が?」


 僕は葵ちゃんに付いてきただけだから、ここに来た理由はわからない。


「うん、この最上階に別々に部屋を取ってるみたい、クラブが用意して匿ってるんだね」


 まじかぁ、そんな事されたら見つかりようないよね。秘匿され衣食住が確保されるんだもん、クラブの連中もそうとう頭がおかしいよ。


「あれ、でも、さっきは教えてもらえなかったんでしょ? なんでわかったの?」


 あの後、色々電話をかけてたみたいだけど。


「あ、うん。私だけじゃ駄目だったけど、こっちも連名にしたらあっちの支持層を超えたみたい。今度は事詳しく教えくれたよ」


 連名って一体誰とだろう。切り裂き円と女装少年殺人鬼ナギサというビックネームを飛び越えるって事は、同じレベルブレイカーだとは思うけど・・・・・・。


「で、乗り込むの?」


 何はともあれ、居場所は特定できた。後は捕まえるだけだけど。


「ううん、逃げ道は確保してるよ。じゃなきゃ最上階に身を置かない。自分達は連名だから情報を引き出される事はないって思ってるだろうけど、それでも細心の注意は払ってるはず」


 そうか、どちらかは葵ちゃん並に先を読んでるはずだから、逃走ルートを用意してないって事はないだろう。


「となると・・・・・・」

「うん、待つしかないね。そして、それによってどちらが首謀者だかわかるよ」


 僕も葵ちゃんを同じ見解を見せて、広いロビーに入ると客を装いその場に留まった。



 日も落ち、外はすっかり暗くなった。

 葵ちゃんはソファに座って目を瞑ってから、一言も喋らない。

 何かを感じ取ってるみたい。

 さらに、数時間後、人形のように止まっていた葵ちゃんの双眼が突然開いた。


「来た・・・・・・」

「え、え?」


 僕はというと、とっくに集中力を切らせて半分寝てた。急いで前方に目を向ける。

 エレベーターから出て、外に向かう一人の少女もどき。

 この前とは髪の色も服も異なるけど、間違いない、あれはナギサだ。


「ただでさえ、缶詰状態でストレスが溜まってる。それに加えて殺人鬼は欲望に忠実。先に我慢できなくなったのはナギサちゃんってわけだね」


「つまり、同時に分かったって事か」


 自分からリスクを冒す方がリーダーではない。

 三人のレベルブレイカーの主犯格は切り裂き円だ。


「オオカミが獲物を求めて檻から放たれたねぇ」


 そう、放し飼いにされてる虎が呟いたの。


「まずは、ナギサを殺・・・・・・捕まえようか」

「ちょっと、葵ちゃん。君も同じ目をしてるから気をつけてね」


 色々不安要素はあるけど、僕達は外にでたナギサを追った。

 

 

 この時、九時を過ぎていた、ホテル近くの町中にナギサが入っていく。

 まだ、多くのお店が開いていた、飲食店なども建ち並ぶため人通りは多い。  

 できるだけ気配を消して人混みに溶け込んで尾行していく。

 ナギサは物色するように通り過ぎる人を見ていた。

 

 しばらく追っていると、ナギサがサラリーマンに声をかけた。すでに、酒を飲んでいるみたいで顔が赤く陽気だ。二、三言会話した後、二人は裏路地へと入っていく。獲物は釣れたみたいだね。


「本当は、遊んでる最中が一番気を許してるんだけど・・・・・・」


 葵ちゃんが僕をちらりと見た。


「駄目だよ、殺される前に終わらすよ」


 そんなの僕が許すはずがない。

 

 狭く細く汚い路地を抜けると、少し開けた場所に出た。

 そこはもう月明かりだけが頼り。

 二つの陰が重なり合い、もぞもぞ動いていた。


「リャナ子ちゃんはここにいてね。一応、二重尾行はされてないと思うけど、後ろに気を配ってて」


 そういうと、葵ちゃんが踏み込んでいく。いつの間にか両手にナイフが握られている。


「どうも、どうも~」


 葵ちゃんが黒い影に声をかけると、黒い物体は形を変えた。

 男の方は驚いて、急いでズボンに手をかける。

 跪いていたナギサが艶めかしく光る口元を手を拭うと立ち上がった。


「う~ん、誰~? 食事を邪魔されると気分が悪いなぁ」


 来訪者は月を背に、ナギサにはこちらがよく見えてない。

 シルエットは近づくにつれて露わになる。

 ナギサの目にその姿が映った時に、彼女は名を告げた。


「葵だよ」


 ここで、いわゆるスイッチってのを入れたんだと思う。背中越しに見える葵ちゃんの雰囲気が変わった。


 どんな顔をしてるのだろう、僕には見えない。

 でも、ナギサの顔が歪んでいくのだけはよくわかった。


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