なんか、犯人はこの中にいるみたい。(後編)
ひょんな事から殺人事件に巻き込まれてしまった。
首吊り死体をもう少し観察したいけど、浴衣姿のままで外に出たので、このままじゃ凍ってしまう。体をブルブルさせながら早々に中に入った。
「な、なにか分かりましたか?」
恰幅のいい仲居さんが恐る恐る聞いてきた。
「こほん、その前に・・・・・・」
僕は隣の葵ちゃんにそっと耳打ちする。
吐息がかかると、葵ちゃんがくねくねし始めた。
「いやぁん、くすぐったいよぉ。もうそこまで近づけたのならいっそ舐めちゃってよぉ」
すごく面倒なので、僕は無視して囁いた。
「・・・・・・ちなみにさ、これ葵ちゃんじゃないよね?」
閉鎖された空間で殺人が起きた。その中には超極悪快楽異常殺人鬼の葵ちゃんがいる。普通に考えたら一番怪しい。最重要容疑者だ。その反面、こんなすぐわかるような小細工をするわけないし、葵ちゃんなら罪を償ってる最中に重ねる真似はしないよね。
「違うよ、私が殺ったなら死体すら見つけられないよぉ。素材にするなら別だけど」
だよね。となると、やはりこの三人の中にいるのか。
「あ~、結論からいいますと、これ自殺じゃないです。ここじゃない場所で殺されて、自殺に見せかけたみたいですね。さらにいうと、犯人はあなた方の中にいます」
はっきり言ってやった。
そして、その瞬間、仲居達の顔を凝視する。僕と葵ちゃんは示し合わせたかのように同時に気を配った。
僕は数々の犯罪者を見てきた。
葵ちゃんは自分自身が犯罪者だ。
僕達は目線は違えど、特有の匂いに敏感なのだ。
「そんなっ! 私達の誰かが殺したというのですかっ!? そもそもなんで殺されたってわかるんですか? 見た感じ完全に自殺ですよね?」
ベテランやり手風の仲居さんが声を上げた。
たしかに、見た目は自ら首をつったように見える。でも、僕の目は誤魔化せないよ。
「・・・・・・僕がそう断定したのにも訳があるんだよ。まず、首にかけられた縄を見たけど、その部分に生体反応が無かった。生体反応ってのは生きてる時になんらかの外的刺激が死体に残るものなんだけど、索状間出血がなく縄の後も残ってない」
僕が説明を始めると、三人の仲居さんは押し黙ってしまった。
「・・・・・・さらに、この縊死、首吊りだけど、定型縊死じゃないんだよ。さっき瞼を確認したけど、溢血点が見られた。溢血点てのは、窒息の三大徴候の一つで結膜などの粘膜に起こる細かな点状出血の事ね。それでだ、この場合も窒息してるはずだから溢血点が発生するけど、これがもし定型縊死なら頸部の動脈が完全に閉塞するので、首から上に溢血点がほとんど現れないんだよ。それなのに結膜にそれがあるって事は、別の場所で絞殺された可能性が高い・・・・・・」
「で、でも、可能性が高いって事は、0ではないんですよね?」
眼鏡の新人仲居が口を挟んだ。僕はそれに応えてあげる。
「たしかに、別の見解、死斑を見る限りでは断定できない。縊死なら死斑は重力に従うから下部分に現れる。この死体は背中などには見られなかったから分からないけど、逆に五時間以内にここに吊されたとも考えられる。死斑は五時間以上立つと体位を変えても沈着しちゃうからね」
「なら・・・・・・」
「いや、他にもあるんだよ。尿斑、つまり失禁してないとか。縄の中に吉川線みたいなのがあったとか。ここまで来るともう自殺とはとても考えられないよ」
言い終えると、これ以上の異論は仲居達から出ることはなかった。
さて、吉川線を見る限り、凶器は今かかってる縄よりさらに細い紐のような物かな。
この犯人、かなり詰めが甘いから、凶器もゴミ箱とかにあるかもしれないね。
「葵ちゃん、ちなみに誰だか検討はついた?」
「うん、リョナ子ちゃんもわかったんだ?」
まぁ、完全に勘だけどね。
答え合わせをする前に一応、アリバイを聞いておこう。
予想が正しければ意味はあまりないけどね。
「五時間より前だから・・・・・・夜中の三時前まで皆さん何してました?」
三人は顔を青ざめさせながら、順に口を開いていった。
「わ、私は雪が酷くなってきたので、十一時半に仕事を終えると寮には戻らず、十二時二十分にお風呂に入った後、そこの紅子さんと別室で二時十五分までお酒を飲んでました。そして三時五分前には布団に入って朝まで二人で寝てましたよ。紅子さんが証言してくれるはずです」
ベテラン仲居がそう言うと、恰幅のいい仲居さん、今名前がわかった紅子さんも口を揃える。
「ええ、私も、緑ちゃんといましたよ。十一時半に仕事が終わったんで、十二時四十分にはお風呂に入って、その後緑ちゃんと二時十五分まで飲んでました。そんで三時五分前には寝ましたね。なんせ、早起きして雪かきしようと思ってたんで」
二人は勢いよく捲くし立てた。残るはオドオドしている新人眼鏡仲居のみ。
「わ、わだじ・・・・・・昨晩は、緑さんに朝早く雪かきするからって言われたんで・・・・・・もう十二時前には寝てました・・・・・・」
目を潤ませてか弱い声を絞り出す。つまり、アリバイがないのはこの眼鏡仲居だけって事になるね。
「き、黄美・・・・・・あんたがやったの!?」
「あんた・・・・・・なんて事を・・・・・・」
二人の仲居が、恐ろしい顔を見せながら眼鏡さんに詰め寄っていく。
「ち、ちが・・・・・・わだじ、じゃ・・・・・・」
「嘘おっしゃいっ! アリバイがないのはあんただけよっ!」
「そうよっ、私達には完璧なアリバイがあるんだからねっ! 早く自供しなさいっ!」
眼鏡ちゃんがついに泣き出し、身を屈めた。
見るに見かねた僕が間に入る。
「ちょっと待ってよ。結論を出すのは早いでしょ」
僕がそう言うと、二人は狂ったように、アリバイガー、ショウニンガーって五月蝿く喚く。こんな事ならアリバイなんて聞かなきゃ良かったよ。
「まぁまぁ、まず、この眼鏡・・・・・・黄美さんだけど、新人でしょ? それなら、先輩が早朝から雪かきするって事前に言われてたら普通は早く休もうと思うよね。僕にしては、その予定で二時過ぎまで飲んでる貴方達の方が不自然だよ」
説得力はあったと思うけど、二人には通じなかった。
「でも、私達にはアリバイガーーーっ!」
「そうよ、お互いにショウニンガーっ!!」
え~い、耳に響く。あまり大声を出さないで欲しいよ。
「アリバイってのは、善意の第三者がいて証明されるものだよ。貴方達はお互い示し合わせてる可能性だってあるじゃない。ただでさえ、さっき言った時間が細かく覚えすぎてる」
僕がそう指摘すると、顔を二人は顔を真っ赤にさせ怒りを露わにした。
「なんですかっ! じゃあ、私達がやったとでも言うんですか!?」
僕は茹で蛸のように憤慨する二人に、冷静に言い放った。
「うん」
いちいち反論されるのも面倒くさいから一気に畳みかけよう。
「まず、このまま口論になれば、貴方達は僕に女二人の力でどうやって大の男をあの高い木の枝に吊したのですかと聞いてくるだろう。そこで、僕はこう答えるよ。本館の道を遮断する程の大雪なのに、中庭は不自然なほど雪が少なかった。たしかに、二人でも吊すのは難しいだろうけど、さっき葵ちゃんが僕にしてくれたように雪で階段や土台を作れば容易に届くだろう。そこまでは引き摺っていけばいい。枝の高さと同じ位まで積み上げた雪の上で被害者の首と枝に縄を括り付ける。そして貴方達は死体はそのままに、その雪の斜面や土台に大量のお湯をかけて一気に溶かしたんだ。地面側だけやれば上は勝手に崩れるだろうしね。お湯自体は勿論売るほど近くにあるでしょ」
証拠もなにもないけど、多分こんな所じゃないかな。
二人は言葉を失っている。もしかして正解だったのかも。
「・・・・・・ち、違う。私じゃないっ! 私は悪くないぃぃぃぃっ!」
ベテラン仲居の緑さんが発狂した。
葵ちゃんが素早く、緑さんの背後に回り、その首筋を舐めた。
「この味はっ!・・・・・・嘘をついて・・・・・・ふがっ」
緊張感のない葵ちゃんの襟元を引っ張った。
「ふざけてないで取り押さえてよ。全員ね。眼鏡ちゃんもだよ」
適当な推理だし、証拠もない。でも、犯人はこの中にいるのは明白。
「後は、警察に任せよう。はっきり言って調べればすぐ分かるからね。今の最新科学捜査は些細な痕跡も見逃さないから」
一応、工作とかしてるみたいだけど、下手の考え休むに似たりってね。時間の無駄だったみたいだね。警察だって馬鹿じゃないから、殺人を犯してそう簡単に切り抜けられないよ。このまま救助が来るまで逃げられないよう拘束しておこう。
後日、犯人は数々の証拠を現場に残しており、すぐに断定された。概ね僕の指摘通りだったみたい。なんか、別館用の裏帳簿うんぬんでそれが男にばれて、口止めに脅迫されてたみたいね。男の要求がエスカレートしてついに殺したってよくある話。なのかな。
ともかく、二泊三日の予定が、こんな具合で台無しになっちゃった。
なので、後日、改めて仕切り直す事になったの。
いくらなんでも甘過ぎじゃないかな。
なにか、違和感がある。このご褒美、他に別の意図があるような。
そんな気がするよ。これも勘だけどね。




