なんか、昔を思い出したみたい。
今日は、この施設内にある特別な場所に来てるの。
先日、レベル6の執行を終えた僕は、規定にのってカウンセリングを受ける。
予定の時間に部屋をノックすると、何度も聞いた声が返ってきた。
ドアを開く。見知った顔が迎えてくれた。
「お、時間通りね。前回は数ヶ月前だったかな」
「先生、ご無沙汰してます」
部屋に入ると、僕とは正反対、正真正銘の白衣を纏った女性が机を前に座っていた。
「前はしょっちゅう来てたのにねぇ」
僕より5、6つ上だったっけ、それでもまだ若いけどすごく落ち着いてる感じ。
「別に規定じゃなかったら、来る必要もないのですが。でも、こうやって先生の顔を見られるからいいですけど」
この先生にはとてもお世話になったからね。僕が尊敬する数少ない人物の一人だ。
「ふふ、そうね。で、ここに来たって事は高レベルの執行をしたのねぇ・・・・・・どれどれ」
先生は書類を確認しだした。僕と同じように事前に仕事内容が配られている。
「・・・・・・あらあら、レベル6を同時に四人・・・・・・、これは凄まじい事をしたのね」
先生は驚いてる、それはそうだね、僕だってあまりこんな例は聞いたことないもん。
「一応、ドク枝さんとの協力執行でしたけどね」
「ふ~ん、じゃあドク枝ちゃんもこの後来るのかな。まぁ、あの子はリョナ子ちゃん以上に安定してるから問題ないでしょうけど」
正直、ドク枝さんがいなかったら、とてもじゃないけどあんな執行できなかっただろう。同じ特級拷問士でも場数が違うからね。
「さてっと、どうする? 一応やる? 見たところ元気そうだけど」
僕は少し悩んだけど、止めとこうと思ったの。どうせ、毎回同じような事だし。
「いや、大丈夫です。今はもう眠れますし。ご飯も食べられます」
「・・・・・・そう。でも我慢は駄目よ。前も言ったけど吐き出しなさいね」
「はい、勿論ですよ」
しかし、そうなるとここに来た意味があまりない。このまま帰るのもなんだし、久しぶりに先生とお話していこうかな。
「先生は相変わらず忙しいんですか?」
僕が質問すると先生は肩を落として顔を伏せた。
「もう激務よ。執行者達に比べれば大した事ないかもだけどね、やっぱり一級の子が取り分け多く来るから」
「それはお疲れ様です、僕も一級の時は毎回来てましたからねぇ」
一級拷問士、ここから罪人の命を握る事になる。例え罪人だとはいえ人の命を奪うのは精神の負担が大きすぎる。
「耐えきれず辞めちゃう子が多いのも一級よね。それを乗り越え、特級まで登り詰めると私の所に来る機会は極端に減るんだけど」
「そうですね・・・・・・あの頃が一番、お世話になりましたし、大変でした」
僕はそう言いながら、初めてここに来た頃を思い出していた。
僕は先輩から認められ、晴れて一級拷問士になった、あの日。
まだ、白衣は白く、髪は黒く、今とは真逆の時。
初めて人を殺めた。先輩は安易に楽な方法をさせてくれなかった。
「リョナ子~、こいつの(なんやかんや)。四つ全部まで殺しちゃ駄目だぞ」
「・・・・・・え?」
いきなりだった。てっきり先輩がやるものだとばっかり思ってたから面を食らった。そもそも、この研修は未熟な拷問士が、特級拷問士の腕前を見るものだったはず。
「え、じゃなくて。そこにあるのなんでも使っていいからさ。あぁ、そうだ。腕が先の方がいいぞ」
先輩の視線の先には、斧、刀、マグロ包丁が置いてあった。
「いや、でも、僕は・・・・・・まだ、二級で・・・・・・」
僕がどもりながら、そう言うと先輩の顔が険しくなった。
「特級が見てりゃ、二級でもできるんだ。そんな事、お前が知らない訳ないだろ。えぇ? 最速でここまで来た天才さんがさ」
本当は先輩が言うとおり知ってたよ、でも、自然にそんな言い訳が出てた。
「やる、やらないはリョナ子の自由だ。私は気が短い、だが少しだけ待ってやる」
先輩はそう告げると、パイプ椅子に腰を下ろした。
全身は無意識で震えてるのに、自分の意思では指先一つ動かせなかった。
「・・・・・・・・・・・・」
駄目だ、なにも考えられない。思考が停止するよう訴えかけている。
「・・・・・・ちょっと独り言を始めるが気にするな」
そんな僕を見て、先輩の口が動いた。
「そいつのレベルは6だったな。罪状は強盗殺人。その他監禁やらなんやら複合してる。共犯が一人いるがそれは別の執行者がやってる。で、こいつらは無差別に選別した会社帰りの女性を車に押し込み、被害者に手錠をかけ、もっていた現金数万円とキャッシュカードを奪い、カードの暗証番号を聞き出した後、被害者を殺害。命乞いをする被害者の顔に粘着テープを巻き、ポリ袋をかぶせた上で、バールで頭をめった打ちにした。その後、遺体を某所の山中に遺棄したと・・・・・・」
先輩の語る所業を犯した加害者が、目の前に居た。大の字に固定されて身動き一つ取れない状態で。
呼吸をしている。汗が滲んでいる。生きている。
「酷いよなぁ。人間のする事じゃない。見知らぬ相手になぜここまで非道を行えるのか。なんの罪もない一般女性が、たまたま事件に巻き込まれ殺される。世の中、狂ってるとしかいいようがない」
先輩の声に何故か、震えが収まっていく。
「リョナ子・・・・・・イメージしろ。被害者の無念を胸に抱け」
視界は真っ暗。でも音だけは聞こえる、男達の声が響く。恐怖で気が狂いそうになる。
泣き叫ぶ、必死に救いを求める。
だけど、それはどこにも届かない。
僕はいつの間にか鉈を手にしていた。
罪人の前に立つ。
でも、まだ腕は上がらない。
「リョナ子、この国は職業選択の自由がある。ここからは自分で決めろ。やるか、やらないか。出来るか、出来ないか。出来ないなら、さっさと拷問士なんて辞めて、血とは無縁なウエイトレスでもやればいい」
心が応える。この身をそれに委ねる。
そして、僕は腕を振り上げていた。
瞳から涙があふれ出る。手が体が血で染まっている。視界は赤一色。
呼吸が酸欠に陥ったように荒ぶる。
そんな僕を先輩は優しく抱きしめてくれていた。
「それでいい。苦しめるのが人としての本来の姿だ。いっぱい苦しめ、いっぱい泣け。その内慣れてくると感覚が麻痺してくる。だが、勘違いするなよ。平気で殺せるのは異常者だけだ。お前は違うな? これは誰かがやらなくちゃならない仕事だ。お前は自分で選んで、そして前に進んだ」
先輩が指で涙を拭う。頭をずっと撫でていてくれた。
この数日、厳しい顔しか見せてくれなかった先輩が、目一杯僕に微笑んで。
「リョナ子、今日からお前は一級拷問士だ。おめでとう」
そう言ってくれた。
それから、毎日のようにここに来たっけ。怖い先輩とは正反対に、先生は僕を包み込むように迎え入れてくれた。
「それにしても、二級だった僕にいくら試験とはいえ、いきなりレベル6をやらせる先輩も鬼ですよね」
「あはは、でもね、彼女あの後言ってたわよ。あいつなら出来ると思ったからやらせたって。リョナ子ちゃんを信じてたのよ。あいつはいずれ私を超えるって、だからそれまでは私が一人前にしてやるんだって、そう口癖のように言ってたわ」
「・・・・・・それは・・・・・・初耳ですねぇ」
初めて聞かされて先輩の内心に、少し戸惑った。でも、少し嬉しい感じ。なんだか照れくさい。だから、誤魔化そうと思う。
「・・・・・・とは言っても酷いんですよ、あの先輩っ! 度々見学に来ては、口うるさく・・・・・・」
「あらあら、嫌な事思い出させちゃったかしらね」
こうして僕らは先輩の思い出話に花を咲かせた。
時間を忘れて話していた。僕は一息つくと腕時計を確認する。
「おっと、ずいぶん話し込んじゃいましたね。僕も仕事があるんでそろそろおいとまします」
「あら、まだいいのに。でも仕事ならしょうが無いわね。今日のレベルはいくつかしら?」
僕がすっと立ち上げる。
「レベル5ですね。どうやって執行してやろうかな」
また、今日もこの世から悪人が消える。
「また、いつでも来なさいね。貴方達は決して抵抗を受けてないわけじゃないんだから。少しずつ膨らんでいく風船は、そのままにしとくといつか爆発しちゃうわ」
先生が目を伏せた。それは多分、別の誰かを思っていった事なのだろう。二人は親友だったから。
「大丈夫ですよ。少し前に、僕の中に渦巻き、もやもやと籠もっていた霧を払ってくれた子がいたんです。今度お話しますね。拷問士に憧れた少女、あの子のお陰で僕は吹っ切る事ができた」
「そうなの。楽しみにしてるわね。私としてもそれはとても興味深い」
僕は頭を下げると部屋を後にする。
仕事場に戻ろう。
今日もあの部屋で罪人が来るのを待つとするよ。




