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などと考え事をしていると、これまたガラの悪そうな別の男子が、私に話しかけてきた。
「だったら何?」
面倒臭いと感じたが、聞き返してしまう。
「お前みたいな奴がいると、学校全体が軽く見られるんだよ。実力不足だと思ったらすぐ辞めろよ。弱いクズがいると全員迷惑だからな」
「一属性ってだけで、そこまで言われる筋合いはないんだけど」
「はっ、一番初めに習うだろ? 一属性で半人前、二属性で一人前、三属性で十人力、四属性で百人力、五属性で一騎当千。お前は一生半人前。ずっとお荷物ってことなんだよ!」
へえ、そんなことわざみたいなのがあるんだ。
これは、属性数による霊核の成長度合いと関係している気がする。
興味深い内容だ。
「おい、聞いているのか!」
「うんうん。まあ、ダメだと思ったら辞めるから。それでいいでしょ?」
と、私は適当にあしらった。
こういうのは関わるだけ無駄。いくら説明しても理解してくれないだろう。
「ふん、お前みたいな弱いやつは、ここでは通用しないしないからな。さっさと諦めて辞めてしまえ! ゴミが!」
「待ちなさい!」
と、ここでレイちゃんが、捨て台詞を吐いて立ち去ろうとする生徒を呼び止めて、立ち上がる。
その顔は鬼そのもの。怒りの形相で生徒を睨みつける。
「な、なんだよ。お前も一属性なんだろ? 何か文句でもあるのかよ」
レイちゃんから睨みつけられ、気圧された生徒が怯みながらも挑発する。
一属性の二人組だから、もっと殊勝な態度でも取ると思っていたのだろうか。
私には相手にされず、レイちゃんから睨まれる。
予想外の反応が返ってきて、動転しているのかもしれない。
「マオちゃんに対しての、数々の無礼な物言い。謝罪を要求しますわ」
「はん! 誰がそんなことするか」
「聞こえなかったのですか、謝れと言っているのです」
レイちゃんの瞳が朱色に染まり、全身がほの赤く輝く。
次いで、特徴的な縦巻き髪が重力に逆らって、ふわふわしだす。
これは……、滅茶苦茶怒ってるなぁ。
レイちゃんが私のことで怒ってくれるのはとても嬉しいのだが、この状態になると私の声も届きにくくなるんだよねぇ。
なだめたいけど、ある程度は発散しないと落ち着かないのだ。
こうなった以上は、絡んできた生徒には生贄になってもらうしかない。
まあ、因縁つけてきたのは向こうだし、自業自得だね。
「っ……! う、うるせえ! お前だって、親の金で裏口入学したくせに、偉そうな態度をとるんじゃねえ!」
「おい、今何て言った?」
私は一瞬で男子生徒に接近し、襟首を掴んだ。
そのまま相手の襟首を締めあげ、持ち上げる。
男子生徒の足が床から離れ、宙ぶらりんとなった。
レイちゃんに対する失礼な発言は一切許さない。
「な、なんだよ! こいつの家が金持ちなのは皆知ってるんだぜ。一属性で、受験を通るわけないんだから、金を積んだに決まってるだろ」
男子生徒は床に足をつかせようと、必死にもがきながらも挑発を続けた。
「レイちゃんは、勉強も修業も人並み以上に頑張っている。試験に合格したのは、日々の研鑽の結果だ。彼女の努力を侮辱するのは許さない! 謝れ!」
彼女がどれだけのことを乗り越えてきたかも知らないくせに。
相手の言葉に、ついカッとなってしまったせいか霊気の制御が少し乱れてしまう。
途端、教室全体が揺れた。
窓ガラスが今にも割れそうなくらい張り詰めた音を出す。
私の怒気をはらんだ霊気が薄っすらと室内に充満し、渦巻く。
「な、なんだ、この強烈な圧迫感は……」
「き、気持ち悪い……。どうなってるの?」
「れ、霊気か、これ」
怯えの言葉を口にしたクラスメイトたちが、私たちから離れていく。
「ひっ! ヒィィ!」
私に掴まれた男子は怯え切った声を上げて、もがいていた。
と、ここで窓際の席に座ったまま、動じた様子がない兎与田七海が口を開いた。
「属性数のことは知らないけど、これだけの霊力があれば実技試験なんて楽勝でしょ。さっさと謝った方がいいんじゃない?」
どうでもよさそうな感じで兎与田七海が忠告したが、当の本人は震えてうまく声が出せないようだ。
だからといって私がそれを考慮する必要はない。さらに詰める。
「謝れ、と言った。早くしろ」
睨みながら襟を締める。
発声できるように、喉を圧迫しない絶妙な力加減を心掛ける。
「わ、悪かった……」
吊り上げた男子生徒が、絞り出すような弱々しい声で言った。
そんな感じで、謝罪の一言を引き出した次の瞬間、部屋の外から接近する気配を察知する。
私は、掴んでいた生徒を離し、何事もなかったように振る舞う。
それとほぼ同時のタイミングで、教室の扉が開いた。
「おい、何をやっている。席につけ」
と、入室してきた担任によって、揉め事はお開きとなった。
「もう、マオちゃんに対しては謝っていませんわ。というか、もっと深々と謝罪させるべきです。マオちゃんを軽視しないよう、骨の髄まで刻み込まなければ」
眉間にしわを寄せたレイちゃんが、教師にバレないよう小声で囁く。
その内容が絶妙に物騒。一体、誰を見て、そんな発想をするようになったのか……。
「気にしてないからいいよ。ありがとうね」
私は、大丈夫だから、と笑顔で応えた。
……それにしても、いきなり絡まれるとは。
初日からこの調子では、先が思いやられる。
でもまあ、あれだけ威圧しておけば、表立って何かしてくる連中は減ってくれるかもしれない。
とにかく、これから先もレイちゃんを悪く言うような連中には容赦しない。
そういう意味では、いい見せしめになったかもね。
そんな事を考えている間も、教壇に立った担任の話は続いている。
「……とまあ、今年は素晴らしいことに、四属性以上の者が多数入学した。学内も活気づくだろう。三属性以下の者は四属性以上の者に迷惑をかけないように心掛けなさい。特に二属性以下、お前らは、お情けでここを利用させてもらっているに過ぎない。そのことを肝に銘じておくように」
おおう、なんとも酷い言いようである。
でも、この学校の外に出れば、そういった感覚は全く通用しない。
霊気を持つ人間は少数で、多数の無属性の人間が社会を構築している。
属性数が多い者が有能と説けば説くほど、社会と乖離していく。
幼い時分から、先生や親にこんな価値観を植え付けられて育ったら、生きていくのが大変になりそうだ。
まあ、そこは霊術師として身を立てていけば何とかなるのかな?
別の職業では、やっていけないだろうなぁ。
「二属性以下は、ここで学べることなどない。なぜなら実力が足りないからだ。お前たちがここでやるべきことは、三属性以上の生徒が気持ちよく授業を受けられるように、気を配ること。つまりは、奉仕だ。上位属性に対して尊敬の念を持ち、礼儀正しく接する用に。振る舞いが目に余るようであれば、将来は北海道行きになるぞ。分かったか」
担任の言葉に、一定数の生徒がクスクスと笑いながら、こちらを見てくる。
『北海道行き』というのは、こういう時の脅し文句なのだろうか。
悪いことするとお化けがでるぞ、的な?
そんなことを考えていると、レイちゃんが急に立ち上がった。
「どうすれば北海道へ行けるのですか!? もう少し具体的にお願いしますわ!」
物凄い食いつきようで、担任に迫る。
レイちゃんからすれば、北海道行きはご褒美。
脅し文句として機能しなかったようだ。
「いや、それはだな……。雲上院は気にしなくて良い。お前に属性数は関係ない。勉学に励みなさい」
レイちゃんの積極的姿勢に、担任は視線を逸らして言いよどむ。
そして、話題を変えた。
その内容を聞くに、雲上院家からの寄付という名のけん制がしっかりと効いている感じがする。
これなら、教師陣から無体なことを言われる心配はなさそうだ。
「いえ、そうではなくてですね……」
当のレイちゃんは知りたいことが知れず、ご機嫌斜め。
この学校へ入学したのは北海道へ行くため。
フォーゲート以外で北海道へ行ける方法があるなら、知りたいと思うのは当然といえば当然。
ただ、担任は悪い例として挙げていたので、知れたとしても実行に移すべきではない方法だろう。
そういう話は、レイちゃんの行動を抑制する意味でも耳に入れるべきではない。
ここは計画通りに、フォーゲートで優勝という方法をとるべきだ。
とまあ、クラスメイトや担任の極端な価値観を知れたところで、入学初日は終了となった。




