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◆とある受験生
私は受験票を片手に、自分の番号を確認しようと掲示板を見る。
「お、受かってる」
番号を発見し、小さくガッツポーズをとる。
正直、大して難しい試験には感じなかった。
けど、合否が分かるまではソワソワしたし、受かったと分かれば嬉しいものだ。
こういう時は、つい体の動きにも出てしまう。
私の前で喜び合っている二人も、きっと合格したのだろう。
と、何気なく見た眼前の二人が、この場から離れようと、こちらへ振り向いた。
次の瞬間、二人組の内の一人が立ち止まって私を凝視してくる。
初めて会う知らない子だ。……なんだろう、私が何かしたっけ。
物凄い形相で、じっと見てくるんだけど……。ちょっと怖い。
「ああっ! ああああああっ!!!」
腑に落ちない感じで凝視してくる子を見返していたら、急に叫びだした。
そしてそのまま、こちらへ駆け寄ってきて私の両肩を掴んでくる。
「あの……、因幡七海さん、だよね?」
違う。名前は合ってるけど、苗字が違う。誰だ、因幡って。
あ~、昔に会った人と勘違いしたのか。
それで、誰か思い出そうとして、じっと見ていたってわけね。
タネが分かると、大したことじゃない。よくある話だ。
「いえ、違いますよ。私は兎与田です」
こういうのって間違えると恥ずかしいんだけど、指摘しないわけにはいかない。
自分は別人だと、目の前の子に答えた。
「ええ!? でも、七海ちゃんだよね? 幼少期から小学校までは養護施設にいて、中学から因幡家に引き取られた」
私が別人だという返答に納得できなかったのか、その子は追加情報を出してきた。
その情報が絶妙にニアピンしている。
確かに、養護施設にはいた。けど、それは小学校の低学年まで。
今年まで居たわけじゃない。
そして、施設に七海という名前の子は私だけ。
……なんか怖いな。
「いえ、人違いです」
私は、手短に答えて逃げようとした。
だけど、その子は私の両肩をつかんで離さない。
というか動けない。
こういうのを振りほどくのは結構得意なんだけど、ガッチリ固められてびくともしない。
力で押さえ込まれているという感じじゃないんだけど、完全に自由が奪われている。
なにこれ……。
「そんなはずは……。中学に上がるタイミングで、養護施設を支援するのを条件に老夫婦に引き取られたはず。そのあとは、進学校経由で煌爛学園へ進学するはずなのに。なんでこの学校を受験しているの……。霊力に目覚めるのは、もっと後のはずなのに」
肩をつかんで離さない子は、うつろな目で、よく分からないことを超高速で呟いていた。
なんで、未来の進学先まで断定して言うの?
霊力に目覚めたのは、小さい頃だし……。
思い込みが激しすぎる。
「き、キモっ……」
つい、本音が出てしまった。
これでも、物理に強い強面の人が発する怖さには慣れたと自負している。
けど、こういった種類……、いわゆるサイコパスな感じの怖さは初体験だ。
正直、対応の仕方が分からず、恐怖が増す。
怖いよ、この子。
「あ! もしかしてもしかすると……。前世の記憶がある的な感じ?」
今度は耳元に顔を近づけ、小声で聞いてきた。
その内容がスピリチュアル。
そんなことを聞かれて、「はい、私には前世の記憶があります」と、答える人間なんてレア中のレアだ。いない方が普通だって。
……これは相当にヤバい。
一つ、絶妙に個人情報を知っている。
一つ、自分が知っている人間に私を無理やり当てはめようとする。
一つ、前世の話をし始めた。
満貫だ。いや、数え役満達成だ。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
入学式も済ませていないのに、ガチの人に目をつけられた。
「ヒィッ、サイコパス!」
私は生まれて初めて、恐怖に駆られて悲鳴を上げた。
「怖がっているじゃありませんか。そう問い詰めるものじゃありませんよ。めっ」
と、ここまでのやり取りが見ていられなかったのか、連れの子が割って入ってきてくれた。
「う、ごめん。ちょっと混乱しちゃって」
連れの子にたしなめられて、サイコパスの子が私に頭を下げてきた。
でも、肩は掴んだままだ。
これじゃあ、逃げられない。
「マオちゃんも謝っていますし、お許しいただけますか?」
「あ、うん。別にいいけど」
二人がかりで言われては、こちらもやりづらい。
一旦、謝罪を受け入れた。
「申し遅れました。わたくし、雲上院礼香と申します。こちらは九白真緒ですわ」
「驚かせちゃって、ごめん。九白真緒です、よろしくね」
流れで、二人から自己紹介を受ける。
そうなるとこっちも名乗るしかないんだけど、あんまり言いたくないなぁ。
「うん、よろしく。私は兎与田七海。因幡じゃないからね」
「やっぱり、七海!」
「メッ! マオちゃん! ステイですわ」
「……はい」
私の名を聞き、また目をギラギラさせる九白真緒。
怖っ、と身を引いた瞬間、雲上院礼香が止めてくれた。
ふう、これは助かる。
「あの……、いつもこんな調子なの?」
と、雲上院礼香に尋ねた。
九白真緒が普段からこんな調子なら、入学してからは距離を置きたい。
できれば関わり合いになりたくない。
「いえ、そんなことはありませ………………」
私の問いかけに、雲上院礼香は即座に否定しようとした。
が、途中で片手を顎に添えて黙考し始めた。
長考後、「……そうですわね。普段から奇異な行動が目立ちますね。脈絡もなく叫んだりもします。非常に難解な性格で、付き合うには忍耐を要しますね」と、真顔でスラスラと答えた。
それを聞き、私は絶句。
連れの友人からも、そういう風に思われているなんて……。
これはもう確定じゃないか。
「ちょっと、レイちゃん! 誤解を解いてくれるんじゃなかったの!? なんで話を盛ってるの!? 兎与田さんの私を見る目が限界まで冷たくなってるんだけど!」
「ええ、私も参っているんですのよ。思い込みで人を判断し、思ったことを口にする。周りの人を困らせている自覚がないので、反省もせず同じことを繰り返す。はぁ……困ったものですわ」
雲上院礼香が頬に手を当て、ため息をつく。
が、よくよく観察すると、何かニヤニヤしているような……。
「ちょっと! 何でそんなこと言うの、レイちゃん!」
そう言って、九白真緒は雲上院礼香の両肩をつかんでゆすり始めた。
「オホホ、なぜでしょう」
なぜか、雲上院礼香は非常に嬉しそうだ。
……なんなの、この二人。
「これでマオちゃんの周りには誰も寄り付きません。ですが、わたくしと一緒にいれば、寂しくありませんわ。マオちゃん、これからもずっと一緒ですのよ」
うふふ、と上品に笑いながら、雲上院礼香が真顔で言う。
怖っ。
九白真緒から感じた恐怖とは別種の恐ろしさを感じ、背中がヒヤリとする。
この悪寒の正体……。
つまり――
一つ、誤解を解かずに、話を盛る。
一つ、孤立させて自分以外頼れる人がいない状況にする。
一つ、対象以外に興味がなく、周囲を見ていない。
満貫だ。いや、数え役満達成だ。
これは、まごうことなきメンヘラ。
……なるほど、サイコパスとメンヘラのコンビだったのか。
「レイ、ちゃ、んー!」
九白真緒が、一語一語に力を入れながら、雲上院礼香の両頬を軽くつねる。
「いひゃいですわ、マオちゃん」
痛いと言いつつも、満面の笑顔を見せる雲上院礼香。
はいはい、ご馳走様です。
まあ、二人の仲が良いのは分かった。
しかし、私はこの二人との付き合い方を慎重に選ぶべきだろう。
大げさではなく、本当に運命を左右しかねない気がする。
とりあえず今は両肩も解放されたし、撤退だ。
「それじゃあ、入学したらよろしくね~」
私は最小限の声量でそう言うと、足音を最大限に殺して、その場から離れた。
誤字、脱字報告、ありがとうございます!
前話で真緒の受験番号が946番なのはダジャレで、実際に946人も受験者がいたわけではありません
変えた方がいいかな……




