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◆とあるフォーゲートコーチ
俺は三沢。
フォーゲートのコーチをやっている。
そんな俺に幸運が訪れた。いわゆる臨時ボーナスってやつだ。
どうやら神様は、俺がコツコツまじめに生きてきたことを見てくれていたようだ。
ここまでのラッキーは滅多にない。お陰で途轍もなく浮き浮きした気分になっている。
今日からしばらく、楽で高給な仕事が約束された。
いわゆる、盆と正月が一度にやって来たってやつだ。まさしく最高の気分である。
仕事の内容は至ってシンプル。
二人の金持ちお嬢様にフォーゲートを教える。たったそれだけだ。
なんでも、二人は峰霊中学へ入学予定で、そこのフォーゲート部でレギュラーを取りたいらしい。
今までフォーゲートの経験はなし。初歩からの指導を希望とのこと。
そのために、コーチを探していたそうだ。
この程度の依頼なら、わざわざ俺が教えるほどでもない案件だ。
普段の俺は、プロもしくはプロ目前の選手をマンツーマンでコーチングしている。
ぶっちゃけ、今回のような案件なら小学生クラスや初心者クラスをコーチしている奴でも十分だ。
だが、家が金持ちだとコーチのグレードも上がるってわけ。
小学生や初心者に行うのと同じ指導内容で、何倍もの報酬。
頂く金額は、この仕事が終わった後に普段の仕事が嫌にならないか心配になるくらいの額だ。
日払い現金支給だと分厚過ぎて財布に入りきらない金額だと言えば、ある意味分かりやすいだろう。
この完全な臨時ボーナスを、派手に使い切るか堅実に貯金するか。
非常に悩ましい所である。
そんなことを考えながら、グラウンドで顔合わせを行う。
「今日から君たちをコーチングする三沢だ。よろしく頼む」
「雲上院礼香ですわ」
「九白真緒です」
と、お互いに自己紹介を済ませる。
見た感じ、大金持ちお嬢様と、そこそこ金持ちの腰巾着といったところか。
俺の見立てでは、我がまま放題のお嬢様に振り回されて、ペットの小判鮫が同行したって感じだな。
さて……、まずはどの程度の力があるか、聞いておかないとな。
「それで、これから指導していくわけだけど、君たちの属性数は?」
「一属性ですわ」
「私も一属性です」
「ぇ……」
おいおいおい、聞いてないぞ!
一属性で、フォーゲート部のレギュラーを目指すつもりなのか? 無理だろ。
事前に考えていた俺の計画では、適当に長引かせて三年生時にレギュラー入りさせるつもりだった。
しゃぶれるだけしゃぶりつくす気満々だったのだ……。
このままだと三年たっても、レギュラー入りなんて不可能だ。
いや、それ以前に入試で落ちるんじゃねえのか、これ。
やるだけやって、できませんでしたって言って逃げるか。
いや、金を払ったのに結果を出せないとはどういうことだ、って責められそうだな。
こういう時、金持ちを敵に回すと厄介だ。訴訟されかねん。
く、報酬は惜しいが計画変更だ。
適当にテストして、実力不足で指導するに値しないということで断ろう。
こういう時は速めの切り捨てが肝心。粘っても良いことはない。
くそ、滅茶苦茶ラッキーだと思っていたのに、とんだ災難だぜ。
しばらくは、手に入れ損ねた金額が夢に出てきそうだ。
「あ、あ~……、ゴホン。それじゃあ、まずは君たちの今の実力を見ようと思う。順番にショットを打ってみてくれるか。それを見て今後の指導計画を立てようと思う」
よし、これでいい。
あとはショットを見て、自分の指導では結果を出すことはできないという形で断ろう。
と、良い断り文句が思いついたことに満足している間に、目の前の二人が相談して順番を決めた。
「それじゃあ、私から打ちます」
といって、挙手して前に出たのは小判鮫の方。たしか、九白だったか。
九白は、ティーグラウンドに上がってボールをセットすると霊装を出した。
指揮棒サイズの霊装だ。予想以上に小さい。
あんな大きさでしか霊装を出せないのか……。ということは霊核の大きさも相当小さいはず。
これじゃあ、ボールを飛ばすほどの霊気を放出するなんて無理だろう。
彼女が懸命に何度も霊気を放出するも、ボールが全く動かないところが目に浮かぶ。
ちょっと、可哀そうだな。金持ちのお嬢様だし、打たれ弱いなら泣くかもしれん。
と、ここで俺が呼ばれた理由に合点がいく。
……なるほど、俺みたいなコーチを呼ぶことで、実力不足を解消しようとしていたのか。
しかし、霊力がなければ改善のしようがない。残念だが諦めてもらうしかないな。
俺が同情の視線で九白を見守っていると、準備が整ったのか再度挙手があった。
「じゃあ、打ちまーす」
気の抜けた声とともに、九白が霊気を放つ。
一見すると、糸状の弱々しい光線が一瞬放たれた。
あれじゃあ、ボールを動かすことは敵わないだろう。
と思ったら、光線はジュッという物を焼くような音を立て、ボールに穴を開けた。
そして、ティーの上でボールの空気が抜け、しなびていく。
「あちゃー……。大分弱めて撃ったけど駄目かー」
と、全く緊張感のない声音の呟きが聞こえてくる。
ん?
んん?
おかしない? 何で穴が開くん?
っと、いかんいかん、言葉が乱れた。それにしても一体何が起きたんだ?
「それでは、次はわたくしですわね」
「ええ! ちょっと待ってよ。もう一回やらせてよ。お願い」
「駄目ですわ。次はわたくしが穴を開ける番ですの!」
俺が、取り乱している間に、次は縦巻髪のお嬢様の方が打つようだ。
えっと、名前は雲上院だっけ。偉く張り切っているな。対抗心だろうか。
雲上院は、自分も穴を開けると言っていたような気がするが、聞き間違いだよな。
「行きますわよ」
そう言って、雲上院が霊装を出す。彼女の霊装は洋扇型だった。
指揮棒型より多少は大きいが、大して変わらない。ほぼ、誤差の範疇だ。
あれでは、放出する霊気も期待できない。
……はずなんだが、ついさっきおかしな光景を目撃したから、何とも言えない。
「はっ!」
雲上院が掛け声と同時に霊気を放った。九白と同じく、ほっそい光線だ。
洋扇を軽く横に振ったせいか、放出された霊気の線が軽く横にブレた。
あんなに細い霊気では、運が良くてボールがティーから横に零れ落ちる程度。
と、思ったら、またジュッとかいう音を立てて、霊気の光線がボールに接触。
光線が横にブレると、ボールが切断された。
「やりましたわ! マオちゃんとお揃いですわ!」
九白の手を取り、キャッキャと喜ぶ雲上院。
「レイちゃん、修業を頑張ったもんね」
喜ぶ雲上院に、満面の笑みで応える九白。
二人を呆然と眺めていると、メキメキと何かが軋む音が聞こえてくる。
音の原因を確かめるために視線を向ければ、木が倒れていくのが見えた。
方向から考えるに、雲上院が横に振るように放った霊気が当たったんだろう……。
後ろでは、お付きの後藤とかいう奴が「ご立派になられて」と言いながら、ハンカチで目元を押さえている。
あれ、立派なん?
むしろ怖ない?
と、いかんいかん、言葉が乱れた。一旦、深呼吸して心の声を落ち着かせる。
しかし、木を倒すか……。そうか~……。
あれ? もしかして……。
雲上院のプレイを見て、あることが気になった俺は視線を戻し、今度はティーから直線状にある地面を凝視する。
……見えないな。
グラウンドへ降り、心の中でティーから水平方向へラインを伸ばし、少し上り坂となっているグラウンドとの接点へ向かう。
「まじか……」
ティーとグランドの接点には小さな焦げ跡があった。タバコでも押し当てたかのような小さな痕跡。そこには地質調査でも行ったかのように、底が見えない小さな穴が開いていた。
今、目の前で起きたことを現実とするなら、とんでもないことだ。
霊気放出でフォーゲート用のボールに穴を開けるなんて普通はできない。
プロにも、そんなことをできる奴なんて一人もいない。
霊術を使えば可能だろうが、単純な霊気を当てるだけとなると途轍もない量が必要になる。
しかも、あの二人は糸のように細い霊気を放っていた。
つまり、限界まで圧縮して濃度を高めていたことになる。
霊気に耐性がある専用ボールに穴を開けるだけの霊気量というのは、どのくらいなのだろうか。
コーチ業をしている自分にも想像がつかない。普通、考える必要もないことだ。
なんという技量だ。
……十年、いや、百年に一度の逸材と言っても過言ではない。
しかも、それが俺の目の前に二人。
言い切れる。
こんな出来事、俺の人生で二度と起きない。
絶対に逃してはいけないチャンスが、これほどわかりやすい形で現れるなんて幸運過ぎるだろ。
俺が本気で指導すれば、一体どんなプレイヤーに成長するんだ!
こいつは災難なんかじゃねえ。やっぱり幸運だったんだ!
……やべえ、震えてきやがった。
俺を見ていてくれた神様は、超幸運の神様だったようだ。
「あの、三沢コーチ、どうでしょうか?」
「わたくしたち、上手くなるでしょうか?」
俺が無言で震えていたせいか、二人が心配そうに尋ねてくる。
「そ、そうだな……。とりあえず、力を弱めるところから始めようか。君たち二人の全力は申し分ないといえる。だが、ボールを破壊しては競技にならないからな」
二人は実力を見せるため、色々な高等テクニックを使って、ボールを破壊してしまったようだ。
それなら、もっと手加減して撃てばいいということ。
これからの指導でベストな加減をつかんでいけば、強烈なショットが持ち味のスーパープレイヤーとなるだろう。
「あの……、言いにくいんですけど……」
と、九白が申し訳なさそうに口を開く。
「どうした?」
「今のが、最弱で撃った霊気です」
「わたくしもですわ」
「ぇ?」
「ボールを壊さないようにするには、どうしたらいいでしょう?」
「困りましたわ」
一瞬、九白の問いの意味が分からず、固まる。
言葉の一つ一つを分解して、ゆっくり時間をかけて咀嚼し、やっとのことで全ての意味を理解した。
途端、俺の精神は宇宙に旅立った。
軽く打ったらボールが壊れるって、どうすりゃいいんだ……?




