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――それから私の予想通り、お祖母さんの回復は順調に進み、面会を許可される頻度も次第に増えていった。
そのことを喜んだレイちゃんは、暇を見つけては面会に行っている。
そのせいか、仇を討つという物騒な発想は鳴りを潜め、面会を楽しむ日々が続いていた。
レイちゃんは、今まで会えなかった分を取り返すかのように、足しげく病院に通っている。
きっと、この状況は退院の日まで続くことだろう。
…………
――最近のレイちゃんは、学校が終わると同時にお祖母さんのお見舞いへ向かっている。
一時は意識不明の重体だったが、今は容態が安定し面会も問題なくなった。
習い事へ行く際、お見舞いを終えて合流してきたレイちゃんから病院での話を聞くのが、ここ数日の定番となっていた。
まだ安静にしていなければならないらしいけど、話を聞く限り随分と元気になられたようだ。
そして今日は、私も病院へ同行することとなった。
迎えに来たレイちゃんと一緒に、雲上院家の車で病院へ向かう。
後藤さんが運転し、レイちゃんのお父さんである昭一郎さんも同乗している。
といっても、二人は受付で待つと言う。あまり大人数で押しかけるのも悪いからだそうだ。
なんでも、レイちゃんや昭一郎さんから最近あった出来事を聞いて、お祖母さんが私にお礼と謝罪をしたいとのこと。
私からすれば、そんな大げさなって思っちゃう。
とはいえ、この間の騒動を字面に起こすと、元家族がレイちゃんと昭一郎さんの誘拐を画策し、その計画の都合で私は殺されそうになった、となるわけで……。
文章のみで簡潔に表現すると、なんとも重たげな話になってしまう。
だけど、私も両親も周囲が考えているほど重くとらえてはいない。
稀によくある話だ、と夕食の話題にのぼってハハハと笑う程度だ。
実際、我が家の仕事で、今回と類似した状況に出くわすことは、そこそこある。
その際、稀に私も仕事の手伝いで同行していたりする。
稀によくあるというのは、本当の事なのだ。
う……、もしかして、普通じゃないのは私たち家族の方なのだろうか。
確かに父の背中に星座が描けるほどの穴の痕を見た時はビビったけど。
そういえば、母にも穴の痕はあった。
両親揃って銃創の痕があるというのは、もしかしてかなりレアなのだろうか……。
そんなことを悶々と考えていると、病院に到着。受付を済ませて病室へ向かう。
両親は別口で面会を済ませたそうなので、今日九白家から参加するのは私一人。
ちょっと緊張するな。
「マオちゃんの顔を見れば、お祖母様は益々元気になられますわ」
と、笑顔でレイちゃんが言う。
どうやらレイちゃんは、普段から面会のたびに私の話をしていたらしい。
そのたびに会いたいとせがまれていたので、待望の対面となるわけだ。
だが、レイちゃんのことだ。きっと話を盛っていたに違ない。
いざ対面したら、話と実物の落差に相手を落胆させてしまうかもしれない。
そう考えると、ちょっと気が重い。病室へ向かう足取りも重くなる。
私なんて雲上院家の人と比較すれば、ごく普通の一般家庭の一人娘以外の何物でもない。
残念だが、高まりに高まった期待に応えることは難しいだろう。
「あら、騒がしいですわね」
そんなことを悶々と考えていると、浮き浮きで前を歩いていたレイちゃんが急に立ち止まった。
「ん、どうしたの?」
レイちゃんの背後から顔を出して、前を伺う。
すると、通路に人が溢れていた。
全員、白衣を着ているので、医療スタッフだろう。
何やら、揉めているような? 様子が気になって耳をそばだててみると。
「ダメです! 安静にしてください!」
「雲上院さん! 傷口が開きますよ!」
「く、なんでこれだけの人数で押さえ込んでも動けるんだ」
「ええい、離しなさい! 孫の友人が来るのです。もてなす準備をしなければ!」
「そういうことはこちらでやりますから、落ち着いてください!」
「外で食事をするから、予約を……!」
「ダメです! 外出許可は出せませんよ!」
「雲上院さん、ベッドに戻って!」
「おい、そんなところで突っ立ってないで、取り押さえるのを手伝ってくれ!」
「いや、もうギュウギュウで入れないだろうが。これ以上は無理だ」
声が入り乱れて、誰が何を言っているか判別しにくい。
だが、内容は掴めた。要は、お祖母さんが安静にせずに動き回っている。
それを止めようと医療スタッフの方が総出で押さえ込もうとしているのだ。
でも、上手くいっていないみたい……。
「ど、どうやら、お祖母様が原因のようですわね」
眼前の光景を見て、珍しく取り乱すレイちゃん。
最近はどんな場面でも淑やかなお嬢様然としているので、ちょっと新鮮である。
「下で時間をつぶしてから、出直す?」
見られると恥ずかしい場面かもしれないし、ほとぼりが冷めてから会った方がいいかな。
そう考えてレイちゃんに提案する。
「いえ、わたくしが行ってきますわ。少々お待ちを……」
レイちゃんは首を振ると、覚悟を決めたような顔で人だかりの中に突撃。
お祖母さんに対面すると、「周りの人を困らせないで」と冷静に説いた。
レイちゃんの姿を見たお祖母さんは我に返って現状を把握。赤面して大人しくなった。
今までの抵抗が嘘のように、しょぼんとした雰囲気が伝わる足取りでベッドに戻る。
その様子を見て、安心した医療スタッフの皆さんが仕事へと戻っていく。
ほんの数秒で喧騒が収まり、病院特有の静けさが戻ってきた。
しばらくすると、レイちゃんが「もう大丈夫ですわ」と、手招きしてくれる。
さっきの出来事で扉は開け放たれたままとなっていたので、「失礼します」と、一声かけてから入室した。
「……見苦しいところを見せてしまいましたね」
と、頬を掻きながらお祖母さんが言う。よく見ると、まだ耳が少し赤い気がする。
そんな姿は非常に健康的だ。ついさっきも沢山の人にタックルされてもビクともしていなかったし、心身ともに元気そうに見える。
「いえ。元気そうにされていて、ほっとしました。経過は良好みたいですね」
「ええ、すぐにでも戻りたいくらいです」
「お祖母様、いけませんよ!」
「わ、わかっています」
レイちゃんの言葉に素直に頷き、しゅんとなるお祖母さん。
だけど、体はそわそわしている。動きたくて仕方がないといった感じだ。
孫であるレイちゃんに心配をかけたくないという気持ちと、すぐにでも動きたいという気持ちが葛藤しているように見える。
そんな風に二人のやり取りを見ていると、不意に背後から男の人の声が聞こえてきた。
「そうだぜ、雲上院さん。貴方がいないのは辛いが、ちゃんと傷を治してから合流してもらわないと困りますよ」
振り向くと、開けっ放しの扉にもたれかかる様にして男の人が立っていた。
見た目は五十代くらいだろうか。白髪がないので、年齢が想像しにくい。
お祖母さんよりは年下だが、相応の年齢の人に見えた。
「榊か。こんなところに何しに来たんですか」
「当然見舞いに決まっているでしょ。どんな状態か様子を見に来たんだが、元気そうでよかったですよ」
「あの、こちらは」
お祖母さんと男の人との間で会話が進みそうになり、慌ててレイちゃんが割って入る。
ということは、レイちゃんもこの人のことを知らないのか。
榊と呼ばれた人は、お祖母さんの隣まで移動すると、レイちゃんと私に頭を下げて挨拶してくれる。
「おっと、先客がいるのに失礼した。俺は榊。雲上院さんと一緒に妖怪退治をしているメンバーの一人だ」
「孫の礼香ですわ」
「どうも初めまして、礼香さんの友人の九白真緒といいます」
と、簡単に挨拶を済ませる。
するとお祖母さんが、側に立った榊さんを手で追い払うような仕草をした。
「ほらほら、今は接客中です。用があるなら明日にしなさい」
「悪い、今日の便を取ってあるから、すぐ帰るつもりなんだ。要件を済ませたら、すぐ出ていくよ」
「なら早くしなさい」
「退院まで、どのくらいかかりそうですか?」
「医者の判断次第なので、正確には分かりません。二~三週間辺りになるでしょう」
「……そうですか」
「私が居ない上に、貴方まで居ないとなると、拠点の防衛が心配です。早く戻りなさい」
「伝えに来た要件というのはそのことです。拠点は放棄しました。すでに全員撤退した後です」
榊さんのサラッとした報告を聞き、お祖母さんが目を見開く。
「なんですって! あそこまで進むのにどれだけ……!」
興奮したお祖母さんはベッドから降り、榊さんへ詰め寄る。
「いけません、お祖母様!」
と、レイちゃんがお祖母さんの体を支え、そのまま強引にベッドへ帰した。
それでも何とかしようともがくお祖母さんを、レイちゃんが完全に押さえこむ。
そんな状態が数秒続いたのち、諦めたお祖母さんが脱力した。
一連のやり取りを見て、もう無理に動くことはないと踏んだ榊さんが話の続きを始める。
「諦めてください。貴方が重傷を負ったのはどうしてか、忘れてしまったのですか? 今のままでは、どう考えても持ちこたえられない。無理をすれば死者が出てしまう。そうなると、拠点を放棄するよりも、もっと大きな後れが生じます」
榊さんの説明を聞き、お祖母さんは押し黙ってしまう。
きっと反論の余地のない、納得のいく内容だったのだろう。
「まあ、報告したかったのは以上です。つまり、急いで戻る必要はないってことですよ。ゆっくり傷を治してください。貴方が怪我で引退なんかしたら、全体の士気に関わります。みんな、心配してるんだから、無茶しないでくださいよ? それじゃあ、俺は帰りますんで」
榊さんは軽く手を振るとお祖母さんから離れ、病室の出入り口へと向かう。
そして、私たちとのすれ違いざまに頭を下げた。
「邪魔して悪かったね」
そう言って榊さんは辞去していった。
「……早く戻って、マイナス分を取り返さないと」
榊さんを見送って出入り口の方を見ていると、背後から小さいながらもはっきりとした声音でそう聞こえた。
振り向けば、お祖母さんがすさまじい形相で虚空を睨んでいた。
その目には炎が宿り、やる気と闘志に満ち溢れているかのように見えた。
拠点を放棄して撤退。しかも自身も重傷を負っている。
それなのに、全く落ち込んだ気配がない。
絶望したり自暴自棄になったりするどころか、どうやって前に進むかということしか考えていない。
後ろ向きになっていないことは良いことだと思うけど、その気迫の強烈さには驚きを禁じ得ない。
そんなお祖母さんの様子を見て、レイちゃんが両手を握る。
「ダメですよ。お医者様が良しと言うまで、わたくしが止めます」
「礼香さん……」
「ダメですからね!」
と、ぷくっと頬を膨らませるレイちゃん。
「……わかりました。今は傷の回復に努めましょう」
参りましたと、降参のポーズをして微笑するお祖母さん。
が、次の瞬間には目を閉じて何やら集中し始めた。
……本当に分かっているのかな。
「もう、お祖母様ったら。マオちゃんを連れてきたんですよ!」
「っ! そうでした! 妖怪のこととなると、我を忘れてしまいます。恥ずかしいところを見せてしまいましたね」
お祖母さんはレイちゃんの言葉を聞いて、ハッとしたような表情となり、慌てて私の方を見た。
招いておいて、放っておきっぱなしだったことに気づいたのだろう。
非常に気まずそうな顔をしている。
「いえ、気にしないで下さい」
と、笑顔で応える。
大事な話に気を取られたんだから仕方がないよね。私にも同じような経験がある。
そこからは三人で雑談となった。
大体の話は、私とレイちゃんの近況報告だ。
二人で面白おかしく話して、お祖母さんが笑顔を見せる。そんな時間をしばらく過ごした。
そして十分に会話を楽しんだ後、切りのいいタイミングで、お祖母さんが私に頭を下げた。
「この度は誠に申し訳ございませんでした。そして、息子と孫を助けていただき、本当にありがとうございました」
「あ、頭を上げてください」
あまりにも深々と頭を下げた謝罪だったので、恐縮してしまう。
「家のことで、よそ様の家族まで巻き込んでしまうなんて、お恥ずかしい限りです。こういったことが二度と起こらないよう、紫前の家はきっちりと処分しておきます」
「は……、はい」
処分という言葉を聞き、どう答えていいか分からず苦笑してしまう。
とにかく、お祖母さんのお墨付きをもらったし、これでレイちゃんが再び紫前の家から被害に遭う可能性はついえたと考えて大丈夫だろう。それは何より喜ばしいことだ。
「失礼しますよ。雲上院さん、そろそろ休みましょうか。すみませんが、面会はここまでということで」
と、ここで担当医の方が介入。ドクターストップがかかった。
どうやら気が付かないうちに、かなり長話をしていたようだ。
お祖母さんは初めにひと暴れしたし、思った以上に体力を消耗していたのだ。
というわけで、面会は終了となった。




