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◆雲上院昭一郎
私は雲上院昭一郎。
私には可愛い娘がいる。
そんな娘の礼香が、先日、危篤状態に陥り、生死の境を彷徨うこととなってしまった。
そんな時、礼香の友人である九白真緒ちゃんの助力により、娘の一命をとりとめることに成功した。
お陰で、今では後遺症もなく、健康そのものである。
しかしそのことで、礼香は責任を感じて落ち込んでいた。
が、真緒ちゃんとの面会を経て、なんとか持ち直したようだ。
私が何度元気づけても効果がなかったが、彼女に掛かれば、あっという間だ。
本当に、彼女には助けられてばかりだ。
真緒ちゃん自身は、礼香を助けるために相当な無茶をした。
そのため、身動きが取れなくなってしまっている。
そんな彼女を解放するため、現在、全力で支援を行っている。
一応その成果が出て、近いうちに外へ出られる予定だ。
しかし、すぐというわけにはいかない。
しばらく時間がかかりそうだ。
中学入学時、礼香と真緒ちゃんは実家を離れて採石場で同居を始めた。
今回の事で、二人は別々に生活する状態となってしまった。
そのため、礼香に一旦実家に帰って来てはどうかと提案したが断られた。
手伝いの者が常駐しているので、一人暮らしというわけではないが少し心配だ。
気になった私は、娘の様子を窺うため採石場跡の別邸へ向かった。
この周囲に何もない感じ。いつ来ても違和感がある。
しかし、家に近づくと景色に変化が出てくる。
真っ黒いビルのような高層物群が視界に入ってくるのだ。
いつ見ても不思議な光景だ。
門を抜け、家に到着するまでの間、黒い物体の間を抜けていく。
玄関に到着すると、礼香に付いている後藤が出迎えてくれた。
彼女に案内され、礼香の部屋へ向かう。
扉を開けてもらうと、椅子に座って微動だにしない礼香の姿があった。
一見、何もしていないように見えるが、これが霊術の修業風景。
座ったまま、外の黒い物体を出し続けているのだ。
私は修業に励む礼香を激励しようと近づく。
そこで、表情に気づいた。
まるで、何か差し迫ったものがあるため、焦っているかのような雰囲気。
余裕がなく、追い詰められたような顔をしている。
何より、これだけ近づいても私の気配に気づいていない。
「礼香」
声をかけるも反応がない。
どうやら、相当集中しているようだ。
しかし、それだけではないような……。
気になった私は、側で待機する後藤に尋ねた。
「いつもこんな感じなのか」
「はい。日を増すごとに悪化している気がします」
一体何に焦っているんだ。
外の光景を見る限り、修業の成果は充分に出ていると思うが……。
礼香がこちらに生活の拠点を移してから、接する機会が減ってしまった。
そのため、今の礼香が何を考えているのか、察することが難しい。
採石場での生活が本格化し、会う時間が減っていった弊害がこんなところで出てくるとは……。
「……これでは駄目です」
そう、ぼそりと呟いた礼香は修業を切り上げ、脱力するように椅子へ上体を預けた。
「お疲れ様。私には充分結果が出ている様に見えたが、何が駄目なんだい」
一区切りついたと判断した私は礼香に声をかけた。
「あら、お父様。いらしていたのですね」
私の顔を見て、驚きの表情となる礼香。
本当に周囲の事が見えなくなるほど集中していたようだ。
「私からすれば、少し過剰に見えた。無理はしていないね?」
心配になった私は、礼香の体調を尋ねた。
「ええ、問題ありませんわ。それよりお父様、お願いがございます」
「なんだい」
礼香は何でもないと言った様子で、修業についての話題を切り上げ、頼みごとがあると切り出してきた。
今、娘が一番に求めているのは、真緒ちゃんの早期出所だろう。
これに関しては、もう少し時間がかかる。
残念だが、今は耐えてもらうしかない。
さて、どう説明したものか……。
「その……、しばらく学校を休んで、マオちゃんのお母さまの指導を受けたいのですが、お許しいただけませんか」
てっきり真緒ちゃんのことだと思っていたら、全然違った。
真緒ちゃんのお母さんというと、九白弓子さんか。
あの人の指導ということは、つまり……。
「弓子さんか……、う~ん……」
私は即答できず、腕組みして考え込む。
弓子さんに教わることと言えば、護身を通り越した戦闘技術ということになる。
以前、礼香が霊術師の免許を取るために、短期間の訓練を受けたことがあった。
あの時の成果は素晴らしかった。
施設、設備が整っているうえに、指導する人間が優秀だったのだろう。
「わたくし、どうしても訓練が受けたいのです。お父様、お願いします」
思いつめた表情の礼香が、頭を下げてくる。
娘が、ここまで必死な理由も理解している。
それは、前回妖怪に襲われた際に、自分のせいで周りに迷惑をかけたと思っているためだ。
しかし、実際は違う。当時の話を聞く限り、誰にも過失はなかった。
娘が気に病むことなど何もないのだが、そう簡単に気持ちの整理がつく話でもない。
そういう意味では、礼香の希望を叶えたいという気持ちはある。
しかしその結果、弓子さんに頼んで訓練を受けるとなると、躊躇してしまう。
彼女は結果を出す人だが、非常に厳しい印象がある。
とはいえ、実際の訓練風景を見たわけではないので、想像の範疇だが。
それと、もう一つ。身に着ける技術についてだ。
娘の欲している技術は、雲上院の娘として完全に不要なものだ。
雲上院家当主、雲上院昭一郎という立場で考えるなら、別のことに時間を割いてほしいという気持ちが芽生えてしまうのも許してほしい。
だがしかし、礼香のお願いだしなぁ……。
叶えてあげたいなぁ……。
よし、やってみるか。
「分かった。話をしてみるから、少し待ちなさい」
「ありがとうございます!」
私の言葉に、飛び跳ねる勢いで笑顔を浮かべる礼香。
そんな表情をされたら、全力を出すしかない。何が何でも説得し、承諾を得ないとな。
――それから、数日後。
面会の約束を取り付けた私は、以前赴いたことがある研修施設で弓子さんと会うことになった。
その場には礼香も同行している。
「……というわけで、娘がこちらで指導を受けたいらしいのです。なんとかなりませんか」
「お願いします! 以前、不覚を取ったのは、わたくしが至らなかったため。どうしても強くなりたいのです」
私が事情を説明し、礼香が頭を下げて頼み込む。
こちらの様子を見て、弓子さんは「ふむ」と小さく呟き、思案顔となった。
しばらく黙考した後、娘の方に視線を合わせ、口を開いた。
「以前の訓練は、最低限の動きを身に着けるための簡単なものだった。今回やるとなると、真緒がやっている訓練に近づくことになる。つまり、非常に過酷になる。それは分かっているの?」
「いや、そこはもう少し難易度を低く……」
娘に問われているのに、つい自分が口を出してしまう。
「問題ありません! なんでもやります!」
が、礼香が私の言葉にかぶせるように、意識の高い同意を示す。
「礼香?」
慌てた私は、『ここは私が譲歩を引き出す』と、アイコンタクトを送る。
が、通じない。
「実際にやってみて、訓練がきついと感じても途中でやめることはできない。それでもやる?」
弓子さんが、何度となく確認を取ってくる。
これはいよいよもって、まずい気がする。相当ハードな内容なのでは……。
「いや、そこは柔軟に対応を……」
娘が問われているのに、ついつい口を出してしまう。
というか、心配だから言わざるを得ない。
「大変なのは承知の上です! 途中で投げ出したりしません!」
が、またしても礼香が私の言葉にかぶせる様にして誓いを立ててしまう。
「レイカ??」
動揺した私は、ちょっと待てと娘の方に視線を送る。
しかし、通じない。
「訓練は厳しいものになる。当然、生傷は絶えない。一生残る様な傷が出来る可能性もあるけど、後悔しない?」
「いや、それは困る。娘の将来に関わることだから……」
父親として、さすがにそれは受け入れられないと、二人の会話に割って入ろうとする。
「それで強くなれるのでしたら、受け入れます!」
しかし、礼香が私の言葉にかぶせるようにして、望むところだと即答してしまう。
「レイカァッ!?」
焦った私は娘の両肩を掴み、こちらの話を聞くように呼び掛けた。
が、通じない。
「よし、合格だ。参加を許可する」
ニカッと笑った弓子さんが右手を差し出す。
「ありがとうございます!」
そして、礼香がその手を握り返す。
力強い握手が交わされ、訓練を受けることが決定した。
完全に二人の世界が形成され、私は蚊帳の外。
無茶な契約の締結を目撃し呆然と立ち尽くしているタイミングで、弓子さんの夫であり私の飲み友達でもある九白圭さんがやってきた。
「やあ、いらっしゃい。急な仕事が舞い込んで遅れちゃったけど、話はうまくまとまったみたいだね」
「……いや、それが」
と、九白さんに事情を説明する。
「そうか。残念だけど仕方ないね。弓子はやる気満々みたいだし、諦めるしかないよ」
「くっ……、今からでも、もう少し優しい内容に変更を……」
弓子さんと交渉しようとした次の瞬間、背後に回った九白さんが私の口を塞いで耳打ちしてくる。
「弓子は、やる気をそがれるのが一番嫌いなんだ。今、水を差すようなことを言ったら、間違いなく反射で殴ってくるけど、かわせるか、受け止められるかい?」
なにそれ、怖い。
口をふさがれた私は、首を振って応えた。
「なら、何も言わない方がいい。二人が納得して決めたことだ。別に死ぬわけじゃないんだから、君も覚悟を決めるべきだ」
そう言われ、礼香の方を見る。
その顔は非常にやる気に満ち溢れ、強烈な覇気が全身から溢れ出ているかのようだった。
数日前に見た顔とは全く違う。
憂いのない、希望に満ちた顔。
娘には、いつもそんな顔をしていてほしい。
そう思わせるほど、負の感情を一切感じ取れない状態だった。
……これは、受け入れるしかないか。
正直、心配でたまらないが、笑顔で送り出すしかないだろう。
「早ければ二日後には受け入れ準備を整える。前日には連絡を入れるので、宿泊準備をしておくように」
「よろしくお願いします!」
弓子さんの説明に、元気よく返事を返す礼香。
「私は何もできない。無事を祈って応援するだけだ。礼香、頑張りなさい」
と、背後から声をかけると、礼香が振り返って抱き着いてきた。
「はい! お父様、我がままを聞いて下さり、ありがとうございます。わたくし、やりますわ!」
そう満面の笑顔で話してくれる。
よほど嬉しかったのだろう、全身で喜びを表現しているかのような状態だ。
そんな娘を前に、私は静かにまぶたを閉じる。
――ああ、どうか訓練が無事に終わりますように。
私は娘を抱きながら、心の底から安全を祈願した。
九白圭の実力は弓子と同等です
ただし、弓子が現場に出たがるため、裏方仕事を一手に引き受けている状態です
そのため、作中で前に出てくることはありません




