148
◆玄宮勝邦
玄宮勝邦は、現在の玄宮家の中で精鋭を選りすぐり、結界を訪れた。
精鋭と言うと聞こえはいいが、三属性の寄せ集めでしかない。
主流派を失った今、玄宮家に残された戦力はその程度だった。
道中は少数で行動したのが幸いし、戦闘が発生することはなかった。
そして、何事もなく現地に到着。常駐する監視員と合流した。
事前に話が通っていたため、スムーズに事が進んでいく。
「何もないところだな。本当にここなのか」
何の変哲もない田舎の景色。
到底、霊術師の未来を左右する重要な場所とは思えない。
報告を受けていなければ、素通りするような風景だ。
もっと厳重な防護が施されているものだとばかり思っていた。
「はい。あの山の洞窟になります」
案内役の監視員の後に続き、洞窟内へ入る。
すると、確かに巨大な結界が張られていた。
「ふむ、これか。確かにこの結界は玄宮のもの。大きさもかなりのものだな」
勝邦は、それらしい言葉を並べて見せたが、心ここにあらず。
心中は、霊獣のことで埋め尽くされていた。
そんな、こちらの高ぶりに気づいていない監視員が、恐る恐るといった体で尋ねてくる。
「本当に、妖王が閉じ込められているのでしょうか」
「少し調べる」
「かしこまりました」
こちらの返事を聞き、監視員が一歩離れる。
勝邦は護衛にも下がるように指示を出し、結界を見るふりをして周囲を調べ始めた。
何か痕跡がないかと入念に調べるが、何も見つからない。
――そして、悟る。完全な空振りだと。
特殊な結界があるだけで、霊獣はこの場に居ない。
その事実が判明した途端、全ての事への興味が薄れた。
結界を調べろと言われたが、全くやる気がおきない。
正直、霊獣がいれば、おまけで調べてやってもよかった。
だが、今はとてもそんな気分になれない。
気分が落ち込み、全てを投げ出して休みたくなってしまう。
しかし、こんな所では、心身が休まるはずもない。
一刻も早く帰るべきだろう。
復路に掛かる時間を考えると、これ以上この場にいると帰りが遅くなる。
やる気が失せた勝邦は、遠くから外観を見ただけで、結界の調査を終える。
さも、霊気を使った慎重な調査を行ったかのように見せかけ、演技で疲労困憊な風に装った。
すると、こちらの動きが止まったことを確認し、監視員が聞いてくる。
「あの、どうでしょうか」
「実際に見てみると、報告が過ぎたものだったと言わざるを得ないな。この結界の完成度は高い。が、調べた限り、ただの大きな結界に過ぎないな。妖王を封じているというのは、報告者の希望が混じっていたと考えるべきだろう」
勝邦は掃討戦への参加経験がないため、妖王の実物を見たことがなかった。
だが、妖王については、ある程度知っている。
かの存在は、とてつもなく巨大だったと聞く。
とてもじゃないが、この程度の大きさの結界に収まるはずがないのだ。
この位の大きさであれば、複数人で維持している収容施設と同じだ。
誰も管理している者がいない状態で維持できていることは疑問だが、それだけ。
特筆に値するようなものではない。
「そうですか……」
こちらの報告を聞き、監視員が肩を落とす。
この者は、北海道の霊術師。
そんな人間からすれば、妖王の所在は非常に重要な情報である。
それが間違いと分かり、落ち込むのも頷けた。
「うむ。未知のものに遭遇して期待が膨らんでしまったのだろう。残念な結果に終わったが、不明な点が明らかになったのは良いことだ。戻り次第、十家にも報告しておこう」
勝邦は、真剣な顔を作って返事をし、踵を返す。
それに倣って、同行者たちも外へ向かう。
先頭を歩く勝邦は、考えていた。
北海道へ向かった主流派の足跡から、霊獣の居場所が分かると思ったが無駄足だった。
あの結界は、玄宮の人間であれば、それほど珍しさも感じない代物。
触れずとも遠くから見ただけで、すぐに分かった。さすがに大騒ぎしすぎだ。
あの程度の結界であれば、中に封じ込められた妖怪も高が知れている。
これから先も経過を見るために呼び出されるくらいなら、中の妖怪を処分してしまった方がいいかもしれないくらいだ。
と、ここまで考えて、別の発想に至る。
中の妖怪の強さを誇張して報告し、こちらで倒してしまえば良い功績になるのではないか、と――。
……ならば、いっそのこと。
「……待て」
立ち止まった勝邦は、同行者全員を呼び止めた。
「どうかされましたか?」
「気になることがある。もう一度見させてくれ」
「分かりました」
監視員たちの同意を得て、結界の前まで戻る。
そして、適当な身振り手振りをした後、「結果は外で話す」と移動し、充分な溜めを作ったあとで重々しく口を開いた。
「見誤っていた……。あれは特殊な結界だ。一見、普通の結界に見えるが、玄宮の中でも限られたものにしか判別がつかない技術が使われている。私ですら見逃すところだった……」
「ということは、まさか!」
「そのまさかだ。あれは妖王を封じた結界で間違いない」
「これは大発見ですよ。すぐに知らせなければ!」
「ああ、頼んだぞ。霊術師の、いや、日本の未来に関わる情報だ」
「はい!」
勝邦は、興奮した様子で駆けていく監視員の後ろ姿を見て、ほくそ笑む。
これでいい。
見た限り、封印されているのは妖王ではない。
それなりに強い妖怪ではあろうが、なんとかなる相手。
それを妖王に見立てて倒してしまえば、途轍もない実績となる。
霊獣が不在の今、当主としての地位を盤石なものにするために利用させてもらう。
これから先、対立候補が現れたとしても、妖王討伐実績という切り札があれば乗り切れる。
霊獣と契約するに相応しい人物として、不動の立場を確立できる。
これで誰にも文句は言わせない。
この場を訪れた当初は外れを引き、無駄な時間を過ごしたと思ったが、機転を利かせて好転できた。
我ながら冴えている。
勝邦は、咄嗟の機転を心中で自画自賛した。
…………
調査を終えた勝邦は、車へ向かって歩いていた。
その際、足に違和感を覚えた。
下を向いて確認すると、つま先が石に触れていた。
そこから、霊気の残滓を感じとったのだ。
「これは……」
接触して始めて分かったが、石に術式が施されている。
しかも、ただの術ではない。
術式の癖から、玄宮家独自のものと分かった。
ただ、その力は失われていた。
そんな状態でも気づくことができたのは、自身が玄宮の術式に詳しかったからだろう。
まあ、結界があるわけだし、近くに術式が込められた物があってもおかしくはないか。
そう考えた勝邦は、石から視線を外して素通りしようとした。
すると、こちらの反応を見て、見送りに同行していた監視員が口を開く。
「あ、それは方向感覚を惑わせる石らしいです。今は機能していないそうなので、ご安心を」
「なぜそれを知っている」
監視員の説明を聞き、驚く。
石に込められた術式は玄宮独自のもの。
一介の監視員が知りえる情報ではない。
それなのに、術の詳細まで把握している。一体どういうことだ。
そんなこちらの疑問は、あっさり払拭されることとなる。
監視員が、どうして知っていたかを包み隠さず答えてくれたからだ。
「ここを発見した人が、気づいたらしいですよ。機能していない術に気づくなんて、さすが結界を発見しただけはありますよね」
と、雑談の雰囲気で話す。
何も知らない監視員からすると、重要なことを話している自覚がないのだろう。
なるほど、結界を発見した人間が石も発見したというわけか。
聞けば、単純な答えだった。
「うむ、込められた霊気がほとんど残っていない。この状態では、せいぜい周囲に不快なノイズを出すだけだな」
という、こちらの相づちを聞き、監視員が疑問顔となる。
「ノイズですか? 私は何も感じませんけど」
「霊力の高い玄宮の者が石に触れてギリギリ気づく程度のものだ」
そう、普通は感じ取れない。
勝邦自身も石につま先が接触して、初めて感じ取れた。
もしかすると、結界の発見者も、たまたま石に触れて気づいたのかもしれない。
しかし、それでも疑問が残る。
今の石の状態では、いくら霊力が高くても玄宮の血を引いていなければ気づけないはず。
一体どういうことだ。もしや……。
こちらがそんな事を考えていると、監視員が感心した様子で頷く。
「へぇ、あの子すごかったんだな」
「結界を発見した者のことか。どういった人物なのだ?」
興味を抱いた勝邦は、結界を探し当てた者について尋ねた。
「五属性の女の子ですよ。たしか、名前は兎与田七海でしたっけ」
「ふむ……」
その者は、玄宮の血を引いている可能性がある。
しかし、そうなると今度は属性数が気になった。
「五属性というのは本当なのか?」
「ええ、間違いないそうですよ」
一族の関係者で五属性、それはまずい。
もしかすると、主流派の生き残りかもしれない。
勝邦は焦った。まさか、こんな場所で当主候補となる人物の情報を知る羽目になるとは。
このまま放置しておくのはまずい。何とか情報を集めないと。
「結界が見つかったのが、その者のお陰というなら、いつか礼を言いたいところだな」
相手と接点を持とうと考えた勝邦は、礼を言うことで対面しようと考えた。
しかし、監視員が笑顔で首を振る。
「はは、止めてあげてください。まだ子供でしたし、四柱当主の玄宮様直々に呼び出されたりしたら、緊張して縮み上がっちゃいますよ」
という監視員の言葉を聞き、考え直す。
さすがに結界を発見しただけで、呼びつけて礼を言うのは不自然か。
いや、妖王を封じ込めた結界を発見したというのであれば、充分な気もする。
ただ、そういったことは普段、十家が対応していた。
そもそも勝邦は、その手の行事を今までなるべく避けて来ていた。
霊獣と契約していない当主と揶揄されることを恐れたためだ。
それなのに、今回に限って勝邦がでしゃばるのは不自然に見えてしまう。
ここは控えるべきか。情報なら、別の手段で入手すればいい。
勝邦は、発見者との面談を取りやめることを決めた。
「ふむ、ならば言伝でも残すか」
「その方がよろしいかと」
と、監視員の言葉に同意しながら、考える。
調査は、部下に任せればいい。
そもそも、何かしらの手を打つのであれば、接触は控えた方がいい。
接点がなければ、何かが起きた時に容疑者として浮上することもないのだから――。




