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◆とある刑務官
本日、新しい受刑者が来た。
それは珍しい事ではない。そういう施設なのだから当然だ。
だが、今回は特別だった。
事前に所長に呼ばれ、説明があった。
近く、特別な人物が収容される。名は九白真緒。
九白真緒は無罪。だが、事情があって、しばらく収監される。
そのため、特別扱いが確定しているという。
なんだ、それは。それでは、そもそも受刑者ですらないじゃないか。
また、対象は四柱の鳳宮家の当主と縁がある。
間接的に、十家の鷹羽家とも知り合い。
それに加え、霊術師ではないが、名家と名高い雲上院家とも深い付き合いがあるという。
という、意味不明なプロフィールの持ち主だという。
そこで所長から無理難題が飛んだ。
無罪だから収容所内でも、ある程度自由に行動させろ。
ただし、他の受刑者から見て、不自然さのない範囲で。
――無茶ぶりが過ぎる。
仕方ないので、使われていないエリアの四人部屋を一部屋として使ってもらうことが決まった。
そして、今日を迎えた、というわけである。
九白真緒には、ある程度の説明をし、こちらも事情を知っている旨を伝えた。
彼女は聞き分けが良く、会話も通じる。
名家と知り合いと聞いていたので、我がまま放題かと思ったが謙虚なようだ。
これなら、トラブルもなく出所日を迎えられるだろう、と思っていた。
――が、初日から異変が発生。
目を離した隙に、房内が様変わりしていた。
家具とトレーニング器具が設置され、コンクリ内装の賃貸のようになってしまっていたのだ。
……どういう仕組みなのか、全くわからん。
「何だ、これは……」
「ああ、殺風景だったので、模様替えしました。まずかったですか?」
と、聞かれ、返答に困る。
彼女は無罪。
鳳宮家の意向で、滞在理由は本人たっての希望ということになっている。
書類上は、受刑者が利用していないエリアを貸与したという処理になる。
そうなると、退所時に原状復帰してくれれば、問題ないことになる。
「出る時に元に戻せるなら大丈夫だ。しかし、これだけの物をどうやって持ち込んだんだ?」
疑問に感じたことを率直に尋ねた。
これらの荷物は一体どこから現れたのだ。
「霊術で収納していた物を取り出したんです」
――ありえない。嘘をついているのか?
施設内は玄宮家の者が使う術で、霊術が使いにくい環境になっている。
三属性以下は、もろに影響を受け、霊術の使用が困難になる。
霊力が高くないと、身体強化すらまともに使えなくなる。
彼女は一属性。霊術が使えるはずがないのだ。
しかし、それでは目の前の光景についての説明がつかない。
もしかして、本当に……。
「霊術が使えるのか?」
「はい。こんな感じで」
彼女は霊装を取り出し、霊気を操って花吹雪を見せてくれた。
――問題なく使えている。
一体、どうなっているんだ?
もしかして、ここだけ結界の力が弱まっているのだろうか。
特例で収監されたわけだし、特別扱いされているのかもしれない。
そう思って、霊気を操ろうとしてみる。
しかし、反応なし。
私は霊気を発現できなかった。つまり、結界は問題なく機能しているということになる。
それでは、なぜ彼女は霊気を使えているのだろうか?
ここで霊気を使うためには、高位霊術師と同等の霊力が必要なはず。
意味が分からない……。
私が呆然としていると、彼女はトレーニングを始めた。
背中にウエイトを背負い、両手にダンベルを持った状態で、ランニングマシンを使用している。
マシンの速度が限界まで強く設定されているせいか、全力疾走している様にしか見えない。
その状態で延々と走っている。
なんだ、この化け物は。
いくらなんでも、追い込みをかけすぎた。
あんな真似、常人には再現できないぞ……。
「あの、他に何かありますか?」
こちらが呆然と突っ立っていたせいで、用があるのか聞かれてしまう。
自分は刑務官という立場だが、彼女を見張る必要はない。
むしろ、勝手に見張るとプライバシーの侵害になってしまう恐れもある。
「いや、用は済んだ。一日に何回かは異常がないか確認のため、顔を出す。何か困ったことがあれば、声をかけてくれ」
「助かります。それでは、これからしばらくの間、お世話になります」
と、彼女はウエイト装備で全力疾走のまま、お辞儀した。
不自然な姿勢を取っているのに安定している。
見ているこっちが、心配になる光景だ。
「ああ、それじゃあ、失礼する」
そう言って、私は彼女の部屋を後にした。
――それから数日。
私は、この施設の常識を打ち破られた。
様子を見に行って、彼女の日常を垣間見るたびに、ここがどういった場所なのか分からなくなる。
ある日はトレーニング。ある日は読書。ある日は携帯端末で通話。
ある日は携帯ガスコンロで料理。ある日はポータブル電源を用いてゲーム。
「いくらなんでも自由過ぎるだろ!」
私の叫びに反応し、彼女が振り向き「こんにちは」と挨拶してくる。
今は寸胴を使って何か調理している。
そのせいで手が離せず、動けないようだ。
非常にうまそうな匂いが辺り一面に漂っていた。
ひと段落付いたのか、こちらへ近づいてくる。
「どうしたんですか? いきなり叫んで……。あ、差し入れで肩ロースをもらったんで、チャーシューを作ってみたんですけど、食べます?」
と、切り分けたチャーシューを小皿にのせて渡してくれる。
……差し入れで、生ものて。
私は、つい条件反射で受け取り、チャーシューを口にした。
「しっかりと味が染み、口の中で溶けるような柔らかさ。滅茶苦茶うまいじゃないか……って、そうじゃない!」
「大丈夫ですか? よかったら、チャーシュー丼も食べます? 食堂の食事だけだと、ちょっと量が少なくて間食が必要になるんですよね」
彼女は炊飯器を開け、ほかほかのご飯を丼に盛り、その上にチャーシューをびっしりと張り、半熟卵を設置。最後に刻み海苔を振っていく。
非常に食欲をそそる光景だ。
「うまそうだな。いや……、そうじゃなくてだな。君は一体何をしているんだ?」
ここは監獄だぞ……。
――いくらなんでも、やりたい放題が過ぎる。
「え、間食を取っているんですけど。本当はプロテインでいいんですけど、味気ないのでチャーシュー丼にしました」
「なるほど……。最近のプロテインはフレーバーも豊富だが、旨いと感じる味は少ないからな。……って、そうじゃないんだ!」
「え? じゃあ、チャーシュー丼の方ですか?」
「そっちでもない!」
「それなら何なんですか?」
と、彼女に問われ、我に返る。
いかん、つい感情的になってしまった。
「すまない、取り乱した。その……、君は一体何のためにここにいるんだ? 見た限り、ほとんど外と変わりない生活をしているじゃないか。あえて、ここに居る意味が分からないんだが」
「………………反省のため?」
しばらく考えた後、彼女が首を傾げながら答えた。
「なぜ、疑問形なんだ」
当の本人が目的を把握していないことなんてあるのか?
すると彼女は、頬を掻きながら苦笑いする。
「いやあ、私も早く出たいんですけど。許可が出ないと駄目なんですよ」
「そうなのか。前例がないから、私も対応に迷いがあるんだ」
「そうなんですね。こちらとしては、収容施設の隣に部屋を借りている人くらいに思ってもらえると、ありがたいんですけど」
「……そうだな。そうするか」
そのくらいの距離感が、正しいのかもしれない。
彼女の例えに納得する。
「チャーシュー丼、いります?」
「いただこうか」
私は、彼女からチャーシュー丼を受け取った。
丼を通じて手のひらに温かさが伝わってくる。
きっとチャーシューで蓋をした状態になっているため、冷めにくくなっているのだろう。
色々なことに折り合いをつけた私は、チャーシュー丼を食べながら、彼女と雑談に興じた。




