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 そこには、目を真っ赤にし、大粒の涙を溜めに溜めたレイちゃんが仁王立ちとなっていた。




「なぜあのようなことを! わたくしなんかのために!」


 絶叫に近い声を張り上げるレイちゃん。


 そのままこちらにダッシュしてくると、体当たりのような勢いで胸にぶつかってきた。


「なんかじゃない。絶対やる。もし、あの時に戻っても、絶対同じことをする。大事な友達なんだから当然でしょ」


 条件反射的に答えたが、冷静に考えても同じ答えだった。


 命の危険だったのだから、あらゆる手を尽くすのは当然だ。


「やめてください。マオちゃんが大変な目に遭うのが我慢できません」


 レイちゃんは、私の胸に顔をうずめたまま、涙声で訴えた。


「そんなこと言ったって、私だってレイちゃんが大変な目に遭ってるのに我慢できるわけないじゃん」


 そんな風に答えると、レイちゃんは黙ってしまった。


「…………納得はできませんが、納得しました」


 数秒の間の後、レイちゃんが頬を膨らませた状態で顔を上げ、こっちを睨んでくる。


 私はレイちゃんを落ち着かせようと、肩に触れながら現状を説明していく。


「うん。それに何も気にしなくても大丈夫。ミカちゃんと、レイちゃんのお父さんが動いてくれるから、無罪で出られるみたいだよ」


 と、話すとレイちゃんの表情が激変した。


 悲しみに暮れていた感じから、使命感に燃える感じに変わったというか、なんというか……。


「わたくしも、マオちゃんが一日でも早く出られるよう、全力で介入いたしますわ! あらゆる手段を用い、関係者に追い込みをかけ、全力で説得し、マオちゃんが出所することが世界のためなのだと魂に刻み込ませますわ!」


 グッと拳を握り締め、情感込めて力説するレイちゃん。


「あ、うん。……ほどほどにね?」


「はい。うまくやりますわ!」


 ちょいちょい物騒な言葉がはみ出してきている気がするような……。


 大丈夫かな。ちょっと、心配だ。


 そんな事を考えていると、レイちゃんが真剣な顔で口を開く。


「わたくし、今回の事で痛感いたしました。自分には、まだまだ力が足りていないと」


「そんなことないと思うよ? 今回は相手が特殊だっただけだと思う」


 世辞や慰めではなく、本心だ。


 レイちゃんの実力は、かなりのものだと思う。


 霊術を含めると、うちの社員を凌駕している部分もある。


 今回の相手だった胃根は、絡め手で攻めてきたため、一方的な展開となった。


 もし、正面からの戦いであれば、レイちゃんが圧倒していただろう。


 しかし、レイちゃんは納得がいっていない様子だった。


「いえ、まだまだです。ですから、もっと強くなろうと思いますの」


「そっか。それなら手伝うよ。ここを出たら一緒に特訓しよっか」


 向上心があるのは、いいことだと思う。


 それに強くなるということに関しては大賛成だ。


 地力を高めれば、危険を回避できる確率も上昇する。


 レイちゃんには、もっともっと強くなってもらい、災難を跳ね返せるようになってもらいたいとは考えていた。


 そのためには、私も協力を惜しまないつもりだ。


「ありがとうございます。ですが、それでは遅いのです。明日からでも始めようかと思います」


「モチベーションが高いことはいいことだと思う。見ることはできないけど、応援しているよ」


 まさか明日から始める気だったとは。


 凄いやる気である。


 折角、頑張ろうとしているのだから、水を差すよりエールを送るべき。


 頑張れ、レイちゃん!


「はい! 目指すはマオちゃんですわ!」


「ふふ、それなら脱獄犯が撃つ弾丸位は、かわせるようになっておいてほしいね」


 レイちゃんが元気を取り戻して来たみたいなので、冗談で返してみる。


 実際、銃弾をかわせるようになったら、生存確率が上がるんだけどなぁ。


「なるほど、承りましたわ! 銃弾ですわね。それでは早速準備しなくては!」


「ちょ……、ぇ……、冗談」


 私がうろたえている間に、レイちゃんは「善は急げですわ!」と、鼻息荒く退室して行ってしまった。


 この部屋に入ってきたときは凄まじく落ち込んでいたから、元気になってくれたのはいいんだけど……。


 猪突猛進が過ぎる。


 大丈夫かな。


 …………


 レイちゃんが行ってしまったので、これで終わりかと思ったら第三弾があった。


 次に来たのは先生だった。


 いつもの飄々とした感じで、対面に座る。


「おうおう、まさか俺より先に捕まっちまうとはな」


「ふふ、先生も早くここまで来てくださいね。上で待っていますよ」


「いや、上じゃねえだろ」


「そうでした」


 冗談を言い合い、ひと息。


 どこかほっとしたような表情の先生が口を開く。


「元気そうで安心したぜ。落ち込んでいたら、腹芸でもやろうかと思っていたんだがな」


「それは残念。まあ、大丈夫ですよ。どうやら、無罪になるそうなので」


 と、ここまでの経緯を話した。


「そうか、それは良かった。出てきたら盛大に祝ってやるよ」


「その時はよろしくお願いします。それと、さっきミカちゃんと話し合ったことがあるので、聞いておいてくださいね」


「分かった。って、四柱当主と話すのか、緊張するな」


 と、そわそわし始める先生。


「結界の事なので、緊張しても聞いておいてください」


 大事な話なので、念を押しておく。


「お、おう。んじゃ、行くわ」


 と、先生が席を立つ。


「はい。差し入れ待ってますね」


「ああ。なんか旨い物を持ってくるよ。それと……」


 途中まで言いかけて、言葉を詰まらせる。


「はい」


 私は、この展開さっき見たな、と思いつつも返事をする。


「その……、あれだ。元気づけてやってくれ」


 そう言うと、先生が退室した。


 そして数秒の間をおいて、今度はナナちゃんが部屋に入ってきた。


 その表情は憤怒。


 滅茶苦茶怒っている事がひと目で分かる状態だった。


 だけど、目の周りが赤い。泣いた跡が分かる。


 ――そういえば、ナナちゃんと最後に会ったのは、彼女を気絶させた時だった。


 あの後、レイちゃんが目を覚ました時には、ナナちゃんは意識を失って眠っていたんだよね。


 つまり、気絶後の初対面が今なのだ。


 そうなると、怒っている理由も察しがついてしまう。


 ナナちゃんは、どしどしと大股で歩きながら、わざと音を立てて椅子に座った。


 そして、開口一番――


「なんで気絶させたの!」


 ――と、怒鳴った。


「ごめんね」


 私は素直に謝った。


「私だってやれた!」


 そう言ったナナちゃんの目は真っ赤だった。


「そうかもしれないね」


 その可能性は大いにある。


「二人なら捕まらなかったかもしれない!」


 ナナちゃんの両眼には、大粒の涙が零れ出しそうなほど溜まっていた。


「ううん、それは無理だよ」


 残念だが、それはあり得ない。


 私が首を振るのと、ナナちゃんが決壊するのが同時となる。


 彼女は大声で泣き始めてしまった。


 滂沱の涙が頬を伝うままにまかせ、顔をぐちょぐちょにして泣き続けた。


 私は、ナナちゃんが落ち着くまで、じっと待った。


「私のせいで、二人とも大変な目に遭っちゃった! 私があの時、無理しなかったら、あんな事にはならなかった!」


 ナナちゃんが、泣きながら叫ぶ。


「それは違うよ。あの状況では、ナナちゃんが元気だったとしても、あの毒は回避できない。そして、胃根は解毒剤を持っていなかった。レイちゃんが動けなくて、ナナちゃんが毒を受けていても、解毒剤は必要になる。その場合、私とレイちゃんが残される。それならそれで、私はレイちゃんを気絶させて、一人で行く。だから、何も変わらないんだよ」


 ナナちゃんは泣き続けていた。


 ちゃんと聞こえているか分からないけど話を続ける。


「ナナちゃんを気絶させたのは私。一人で大社に行ったのも私。ここにいることに関して、ナナちゃんに対して何も思っていないよ。むしろ、自分のせいだと気に病ませてしまって悪いと思っているの。ナナちゃんは、何も悪くないよ。あの時、最善を尽くしていた。頑張っていたんだよ」


 と、自分が思っていることを伝える。


 その頃には、ナナちゃんもすすり泣きくらいには収まりつつあった。


 じっと黙って聞いていたナナちゃんが、俯いたまま口をわずかに動かす。


「……そんなことで」


「そんなことで?」


「納得できるかぁああ!」


 と、再び絶叫するナナちゃん。


 逆切れも同然である。


「えぇええ?」


 動揺した私の口から変な音が漏れ出てしまう。


 ナナちゃんは勢いもそのままに、私を睨んで大声で言う。


「私がもっと強かったら、あの胃根って妖怪にも負けなかったの!」


「はい」


「私がもっと強かったら、大社にも一緒に行けたの!」


「はい」


「私はね、二人のお荷物にはなりたくないの! 分かる!?」


「はい」


「分かればいいの」


「うん」


 声を出して少しスッキリしたのか、落ち着きを取り戻すナナちゃん。


 私はその間、頷くことしかできなかった。


 そんな中、ナナちゃんが強く決心した顔で口を開く。


「……もっと、強くなるから。私、二人に追いつくから」


「それは無理かな」


 つい、空気を読まずに言ってしまった。


「はぁ!? なんでよ!」


 案の定、切れるナナちゃん。


 しかし、ここは譲れない。


「だって、私たちも修業するし。残念だけど、差は開いたままだよ」


「……追いつくから」


 ナナちゃんがじっとりと睨んで来る。


 悪いけど、そう簡単に追いつかれるつもりはない。


 ここはひとつ、条件でも提示しておくか。


「じゃあ目標として、三十人を一人で相手にできるようになっておいて」


 そのくらいできれば、学校に脱獄犯が押し寄せても楽勝だ。


「は、人数差がキモいんだけど」


「ちなみに、私とレイちゃんならできるよ。ナナちゃんはできないの?」


「できるから!」


 ナナちゃんは、そう叫ぶと部屋を出て行ってしまった。


 う、言いすぎてしまっただろうか。


 ……まあ、荒療治ではあったが、元気は出たと思う。


 ――と思ったら、ナナちゃんが室内へ駆け戻ってきた。そして私に飛びついた。


 彼女は私の胸に顔をうずめたまま「絶対強くなるから」と、固い決意を思わせる強い口調で言った。


 そして私から離れると、顔を上げてこちらを見た。


 「修行が終わるまで会いに来ないから。それなら、さっきみたいな別れ方は嫌だと思ったの。だから……」


 拳を突き出したナナちゃんの顔が引き締まる。


 「待ってて。強くなって戻ってくる」


 ナナちゃんは、ニカッと笑って見せるとはっきりと言い切った。


 「うん。待ってるよ」


 私は拳を突き合わせる。


 「収容施設の中だからって、あんまり常識はずれでキモいことしたらダメだよ」


 ナナちゃんはそう言うと、背を向けたまま手を振って出て行った。


 いや……、最後のその一言、必要?




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