90話 襲撃、人間都市
ユアたちがビラを配りながら訴えた結果、人間都市では魔導具による高速移動が主流になり、徒歩やふわふわ浮遊している人間が激減。結果、一日に百件以上起きていた誘拐事件は、半数程度で推移するようになっていた。
「誘拐事件対策にご協力くださーい!」
「地面に近付かないように、ご協力お願いしまーす!」
「転移魔法の魔法陣の例、載せてまーす。魔法陣には近付かないようにしてくださーい」
その日も、ユアたちは地道にビラ配りを続けていた。すると、声をかけてくる人物が。
「あら、ユアさん?」
「あ、ヘイトリーさん! お久しぶりです」
一緒にビラ配りをしていたフレイルに、ユアはふんぞり返って紹介をする。
「ロイズ先生のファンの、ヘイトリーさんよ!」
「はぁ? 先生のファン?」
「ヘイトリーです、よろしくお願いね。貴方もユアさんと同じ上級魔法学園の生徒さんかしら?」
「はぁ、そうっすけど」
フレイルは訝しげにする。その警戒心を解くように、ユアは紹介を重ねた。
「ヘイトリーさんも上級学園卒なのよ」
「魔力枯渇症になっちゃってね。ユアさんが治療医院にいるときにお世話になったの」
「魔力枯渇症……そうっすか、大変っすね」
「ロイズ様が治療方法を確立してくれたから、そんなに大変でもないけどね。……あら、それは何の紙かしら?」
ヘイトリーは、ユアが持っているビラに興味がある様子。一枚渡すと、すぐに読み出した。
「へぇ……なるほど。転移魔法の性質を人間に教えているわけね」
「はい。被害は抑えられるかと」
「素晴らしい発想ね、さすがロイズ様の助手!」
ロイズが様付けで呼ばれていることが気になるのだろう。フレイルは気色悪そうに腕をさすっていた。
「金髪の後輩君も助手なのよね?」
「いや、俺は違う。手伝ってるだけ。正式な助手はユアだけだから」
「え? ユアさん、だけ? ……へ~! ロイズ様の特別なのね」
「いえ、私なんてロイズ先生の足下にも及びません。もっと頑張らないと!」
「出た、ガリ勉」
すると、ヘイトリーは少し声を潜める。
「ロイズ様、すごく忙しいって聞いたわ」
「そうなんです……例の異常値のペアの件で、魔法省にいる時間が長くて」
「そう……心配ね。ロイズ様自身の異常値のペアは見つかったのかしら?」
「いえ、それはまだみたいです」
「まだ見つかってないのね……ロイズ様が魔力枯渇症になったら、国を揺るがす事態だわ。国の宝が脅かされることなる。一番に見つけて欲しいわよね」
「国の、宝! その通りですね!?」
ユアは興奮気味だったが、同じ教え子であるはずのフレイルは真顔だった。きっと『ロイズ・ロビンが国の宝? 頭いっちゃってんな』とか、失礼なことを思っているに違いない。
「早く見つかると良いわね」
「そうですね。でも、もう八割は心臓波形を取り終えているらしいですから、ペア化もすぐだと思いますよ」
安心させるようにニコッと笑って言うと、ヘイトリーの顔が強張った。
「八割? もう、そんなに?」
「はい、魔法省が全力で進めているようなので。どうかしましたか?」
「……そう、八割。ペアが見つかるのも、時間の問題ね。……判断は、間違ってなかったわ」
「ヘイトリーさんのペアも、早く見つかりますように」
「ふふっ、ユアさんありがとうね! 次に会うときは患者としてじゃなく、一人の魔法使いとして会えることを願っているわ」
「えぇ、楽しみにしています」
そこで、ヘイトリーは空を見上げる。長い髪が風に吹かれて舞い上がった。
「……これから大雪になるらしいわよ。寒くなる前に早く帰りなさいね。じゃあね」
そう言って立ち去る後ろ姿をなんとなく眺めてしまう。言われてみれば、ひどく身体は冷えていた。その寒さを逃がそうと指先を擦っていると、フレイルが「落ち込み中?」と小突いてくる。
「ライバル出現っぽい雰囲気だもんな」
「え? どういう意味よ」
「ヘイトリーさんだっけ? あの人、先生のこと好きなんだろ?」
フレイルがイジワルに笑うものだから、大きくため息をついてみせた。
「あのねぇ、ヘイトリーさんの気持ちは、純粋な尊敬心よ!」
「尊敬心が、恋に変わるのもアリだろ」
「年齢だって離れてるし、ナイわよ」
「何歳離れてんの?」
「十二歳」
「それくらい、大人なら関係ねぇだろ」
「……え、そうなの?」
「お子様感覚のお前にはわかんねぇよな、うん」
「え、私ってお子様なの?」
「自覚ねぇのかよ」
「心外」
そこで、少し離れたところにいたリグトとカリラが戻ってきた。
「ビラ配り終わったよぉ~♪」
「どうやら一定の効果はありそうだな」
リグトが満足そうに辺りを見回す。歩いている人はほとんどいなかった。
「じゃあ、ビラ配りはここまでにして、今日はもう帰ることにしましょうか」
「そうだな、明日提出の課題まだ終わってねぇし。すぐ帰ろうぜー」
「転移するね」
「あ、ねぇ……待って! ちょっと待ってぇ!」
帰宅しようと転移魔法を描き始めたユアの手を、カリラが掴んで止めた。その手はいつになく力強くて、ユアは不思議に思う。どうしたのかと聞くと返事はなく、カリラはしばらく迷うようにしてから、ぷくーっと頬を膨らませた。
「もう帰るのぉ!? ビラ配りだけなんてやだぁ! 私の胃袋がケーキ食べたーいって叫んでる気がするぅ~」
カリラが『ぶーぶーモード』になったため、五年も一緒にいる慣れっこたちはすぐに諦めてケーキ屋に入った。
「そういえば、みんな進路って本決まりした?」
もうすぐ二月だ。三月に卒業を迎える五学年は、進路を本格的に決める時期。決めると言っても、就職活動は卒業後にじっくりと行う魔法使いが多い。そのため、希望する職業を決めるところまでが、五学年でいうところの進路である。
ミルクレープを食べながらユアが進路の話をし出すと、カリラがパァと顔を明るくした。
「そうだったぁ~! あのね、お父さんから正式に跡取りに任命されたんだぁ!」
「わぁ、良かったわね! おめでとう、カリラ」
「みんなが魔力枯渇症を治してくれたからだよぉ~。本当にありがとう、友よ~♪ 愛してるっ!」
ユアの口にチョコレートケーキが運ばれ、あーんと放り込まれて愛を受け取る。美味しい愛だ。
「っつーか、跡取りって結局どういうことやんの?」
「それな。カリストン家は一体何をやってるんだ?」
フレイルがモンブランを食べながら聞くと、苺のショートケーキを頬張っていたリグトも前のめりで疑問を投げかける。ちなみに、リグトのケーキはフレイルが奢っていた。いいやつだ。
「うーん、よく分かんないんだけどぉ、なんか占い的な感じらしいよぉ~?」
「よく分かんねぇのかよ」
「ヒミツだから、あんまり喋っちゃいけないんだってぇー。あっはは~♪ フレイルは進路どうするのぉ?」
フレイルは頬杖をついて「そうなんだよなー」と、悩まし気にする。
「実家のパン屋を継ぐんじゃないのか?」
「そのつもりだったんだけどさー、ちょっと他に気になる職業を見つけちゃって。親父も元気だし、やりたい仕事して満足してから、パン屋を継ぐんでもいいんじゃねぇかなーって考え中」
金色の瞳を伏せながら、少しため息をついた。
「気になる職業って?」
「んー、それはまだ内緒。まぁ、そのうち話す。リグトは魔法省だろ?」
取っておいたイチゴを最後にパクッと食べ、リグトは深く頷いた。
「五月に入省試験があるから、それに向けて全力投球中」
「リグトなら余裕だろ」
「わからん。今年がダメだったら、来年も再来年も死ぬまで試験を受け続ける」
「すげぇ熱意だな」
「というわけだから、お前ら。ガチで出席番号1番、譲ってくれよ?」
ユアとフレイルは「それとこれとは別」と声を合わせて拒否をする。
「ユアはどうするんだ? まさか魔法省に行きたいとか?」
「(青紫色の)今ならユアの親父さんも文句ないんじゃねーの?」
「まあね。でも魔法省はやめとくわ。あそこって、いまだに人間忌避の魔法使いが多いから、息が詰まりそうで。そういう概念を変えたいと思ってたけど……魔法省の中からじゃなくて、外からでも変えることが出来るって分かったから」
そう言いながら窓の外を見る。雪がチラホラと降る空を、たくさんの人間が飛び回っていた。魔導具を使っている人が大半であったが、よく見ると魔導具を使っていない人もいる様子。果たして彼らは魔法使いなのか、元人間なのか。きっと後者だろうなと、ユアは想像を巡らす。
「半年……ううん、きっと三か月後には、この光景が一変するわ。人々は魔導具なしで飛び回る。魔法使いなのか元人間なのかなんて、分からなくなるわ。二つは同じなんだもの」
他の三人も、窓の外を眺めながら頷いた。
「昔に比べると、ずいぶんと雰囲気が変わったな」
「人間都市だいすきぃ~!」
「まぁ、居心地は悪くねぇよなー」
フレイルはそう言いながら、窓からケーキに視線を戻そうとする。しかし、何かが気になったようで目を細めて遠くを見はじめた。
高いビルが聳え立つ、そのビルの遥か上。空高く、遠くをじっと。
気温が低く、薄暗い冬の空だった。灰色の雲がうんねりと風で運ばれていく様子に、上空の風の強さが分かる。嫌な空だ。
フレイルは何かを探るように金色の虹彩を開いて、じっと空を見ている。
「……なんだ、この感じ」
「フレイル、どうかしたの?」
「わかんねぇ。でも、なんか、すげぇヤな感じ。なんか変だ」
フレイルは勢い良く席を立って、まだケーキが残っているにも関わらず全力疾走で店の外に出る。その様子を見た三人も、迷わず後を追い掛けた。
「ちょっと、フレイル! 何が起きてるって言うのよ?」
「……分かんねぇ。リグト、なるべく広範囲に盾魔法を張れ。最大出力で!」
「了解」
彼らには、積み重ねた五年間の信頼関係があった。リグトは疑うことも問いただすこともせずに、浮遊魔法で上空まで飛ぶと、美しい魔法陣を描く。それを見ていた通りすがりの人間たちは「魔法だ!」と、少し怯えて距離を取り始めた。それでもリグトは躊躇することなく魔法陣を描き上げた。
―― ロイズ先生を呼ばないと!
ユアは事態の重さを直感的に把握する。すぐに指を鳴らしたが、どうしてだか転移魔法が発動しない。何度鳴らしても呼ぶことが出来なかった。
「転移魔法が阻害されてるわ。あれは……侵入禁止魔法!?」
ユアが目を凝らして上空を見ると、侵入禁止らしき魔法陣が無数に張り巡らされていた。人間都市全体に、外部からの侵入が不可能となっていたのだ。
―― 中にいる魔法使いだけで、守るしかない!!
「上空、20m先! 攻撃魔法、来るぞ!!」
フレイルがそう叫ぶと、それを合図にリグトは魔法陣に手を翳した。
「水の盾!!」
リグトが最大出力で魔力を込めると、赤い魔法陣が大きく膨れ上がった。眩い光が魔法陣から放たれると、人間都市のほぼ全てを覆うほどの水の盾、しかも極厚の盾が一瞬で広がる。さすがの魔力量おばけ。奇跡のコストカッターだ。
盾が街を覆った、その瞬間。盾越し20mの距離に、黒い外套を羽織った魔法使いが数十人現れる。間髪入れずに、耳を劈くような轟音が鳴り出す。無数の炎の塊が、空から降ってきた。
「なにこれぇ~! ひぇ~!!」
「わかんねぇ! とにかくヤバい!」
リグトの水の盾がジリジリと焦げていく様は、命を削られているような感覚を与える。
「くっ……熱ぅっ! 持たねぇぞ!」
「まだ魔力はある。もう一重、いや二重で盾を張る!」
「リグト、すげぇな……極厚を三重って、防御壁レベルじゃね……?」
「使いどころだ。後で奢れよ?」
「合点承知」
そのとき、少し離れた場所から大きな悲鳴が聞こえた。その悲痛な叫びをユアの耳が拾い上げる。
「見て、広場の方! 盾に穴が開いたわ!」
そこは人間が密集する広場。昔、魔力補充タンクが置かれていた場所だ。
ユアは風魔法で浮遊を加速させ、広場に向かう。空からは炎の攻撃魔法が降り注いでいる。炎がぶつかれば、広場全てが焼き払われるだろう。
「きゃーーー!!」
「やめてくれ!」
「助けて!」
広場にいた人々は訳も分からず、逃げることも出来ず、悲鳴を上げながら縮こまるしか出来なかった。足をガクガクと震わせて、皆、祈るように目を瞑っている。
「絶対、させない!」
炎が広場にぶつかる寸前、滑り込むように炎と広場の間に入り、六重の盾を発動させる。受け止めた炎は重い。盾越しでも熱が伝わって、目の奥まで焼かれる心地がした。
でも、ユアは押し負けなかった。炎は盾にぶつかり、大きな爆発音と共に弾けて消える。弾けた火の玉が掠めて、焦げ茶色の髪を一房ほど焼いた。
「はぁ、間に合った……」
広場も、広場にいた人々も、その全部を守り抜いた。
でも、気を抜いてはいられない。念のため六重の盾を張り直してから後ろを振り返ると、そこには涙を流しながら震える人間の姿があった。
人間でも魔法使いでもあるユアの心が、その震えに共振する。
「……大丈夫です。この盾魔法に隠れていて下さい。絶対、守ります」
あえてニコッと笑ってみせる。近くにいた一人が「あ、ありがとう、ござい、ます」と、ボロボロ泣きながら頭を下げた。
そんな姿を見せられたら、もうユアは止まらなかった。沸々と煮える怒りが、青紫色の瞳を鋭くさせる。
―― 許せない。絶対に許せない!!
睨むように空を見上げると、いつの間にか炎の攻撃は止んでいた。見渡すと、カリラが盾を修復し、フレイルとリグトは盾の向こう側――上空にいる黒い外套の魔法使いに向かっている。盾はそう長くは持たない。直接やり合うしか生き残る術はないと判断したのだろう。
―― ロイズ先生に連絡しないと!
ユアは浮遊で二人を追い掛けながら、ボイスメッセージを送ろうとした。しかし、胸に刻まれた魔法陣は何も反応しない。そこで気付く。リモートで常時注がれているはずのロイズ魔力が感じられないのだ。
―― 先生の魔力が遮断されてる?
彼の魔力が届かないのならば、ユア自身の魔力を使うしかない。胸に刻まれたロイズの魔法陣に魔力を込める。これも遮断されるかと思いきや、侵入禁止魔法を通過して、彼の元にメッセージを送ることができた。
『ロイズ先生! 人間都市で敵襲です!』
『ユラリス!? ……ダメだ、転移できない!』
『街全体に侵入禁止魔法が施されてます』
『魔法省の人間都市支部局の魔法使いたちは!?』
ロイズの言葉にハッとして、ユアは魔法省人間都市支部局の方を見た。異変に気付いた魔法使いたちが支部局の周囲を飛んでいるが、こちらも侵入禁止魔法が厳重に掛けられているらしく、街中に入ることが出来ない様子。
『ダメです。侵入禁止魔法が使われてます』
『敵の人数は?』
『分からない、少なくとも五十はいます。街全体に水の盾を張ってるけど、長くは持たない。フレイルたちが直接、敵と戦おうとしてます』
『!? 危険すぎる!!』
『追い掛けてます。きゃっ!』
水の盾の外に出たユアは、敵の魔法使いに狙われて攻撃を放たれた。すんでのところで攻撃を避け、盾を発動して進む。
『ユラリス! ユラリス!?』
『大丈夫です』
『……ユラリス、ごめん。最低なこと言う。指、鳴らしたい。ここに呼びたい。本当、お願い。お願いだから逃げてほしい、ごめん。……怖い、失いたくない』
少し掠れたロイズの声。胸に刻まれた魔法陣の奥に、きゅうっと痛みが走る。
『分かります……でも、ごめんなさい。戦います』
ずっと大切にされていた。ユアはいつだってロイズに優しく守られていた。愛おしそうに見つめる飴色の瞳が、『なによりも、君自身が大切だよ』と毎日伝えてくれていた。その自覚がユアにはある。だから、ロイズの気持ちが痛いほど分かる。
でも、見捨てることは出来ない。カリラもフレイルもリグトも、そして人間の人々も、誰一人として見捨てることなど出来なかった。
『……すぐ行く。ユラリス、無事でいて』
『はい!』
そこでボイスメッセージは途絶えた。
長いおまけ
side ロイズ
ユアたちが人間都市でケーキを食べている頃、ロイズは魔法省でバキバキにバリバリ働いていた。
「はい、異常値のペア。こっちもペア。君たちもペア! ここにいる人たち、みんな異常値のペアです!!」
「サクサク捌いてくれて助かる」
「もー、みんな採血に同意してよ~。大変だよ~」
「まぁ、ある意味で人望だな」
どうやら人間都市で噂になっているらしい。異常値のペアの確認時に採血を断ると、ロイズ・ロビンが直々に見てくれる……と。有り難迷惑な人望であった。
「早く終わらせたい! 今日は早く帰りたい!」
「ユラリスちゃんと約束でもあるのか?」
「そういうわけじゃないけどさー。ユラリスも夕方には魔法都市に帰ってくるって言ってたから、夕食でも誘おうかなって……」
「それは素晴らしいことだな。夢みたいなことだな。夢だな。夢だ」
「うぅ……夢くらい見させて欲しい……あ、ユラリスからメッセージが来る予感!!」
「そんなのよく解るよな。相変わらず、すげぇセンサー」
五拍ほど置いて、ロイズの耳元でユアの声が響く。夢であって欲しいと思わずにはいられないような、悲痛な言葉が囁かれた。
『ロイズ先生! 人間都市で敵襲です!』
「!? ザッカス、人間都市で襲撃発生」
「……了解」
ザッカスは迷うことなく魔法陣を描き始めていた。魔法省オリジナル且つ、魔法省職員でなければ発動が出来ない特殊な魔法陣だ。緊急時専用の魔法である。
「俺は転移するから、後はよろしくね!」
「こっちは任せろ」
すぐさま転移を試みるロイズであったが、どういうわけか転移が出来ない。ロイズはボイスメッセージを送った。
『ユラリス!? ……ダメだ、転移できない!』
『街全体に侵入禁止魔法が施されてます』
「ザッカス! 人間都市に侵入禁止魔法が施されてる」
「やばいな。支部局は?」
ザッカスは魔法師団と通信をしながらも、ロイズと会話をしている。
『魔法省の人間都市支部局の魔法使いたちは!?』
『ダメです。侵入禁止魔法が使われてます』
ロイズは首を横に振って、支部局もダメだということを伝えた。
『敵の人数は?』
『分からない、五十はいます。街全体に水の盾を張ってるけど、長くは持たない。フレイルたちが直接、敵と戦おうとしてます』
『!? 危険すぎる!!』
『追い掛けてます。きゃっ!!』
ユアの悲鳴が聞こえた瞬間、喉の奥がヒュッと鳴った。心臓が跳ね上がり、上手く息が吸えなかった。足元にあったはずの床が突然無くなって突き落とされた感覚に、思わず視線を落とす。
『ユラリス! ユラリス!?』
『大丈夫です』
慌ててボイスメッセージを送ると、しっかりとした彼女の声が返ってきて、小さく浅く呼吸が出来た。束の間の安堵と、心が冷えるほどの恐怖が混ざり合い、ロイズの手がカタカタと震える。その手を、左手でグッと押さえつけた。
―― あ……ダメだ。怖い、無理だ
彼女を失うかもしれない恐怖が、全身を駆け巡る。右手を左手で押さえたのは、今にも指を鳴らしてしまいそうだったからだ。指を鳴らせば、彼女はロイズの腕の中に帰ってくる。帰ってきて欲しかった。
でも、魔法省もロイズもいない今、人間を守ることが出来るのは五学年の生徒四人だけ。
そんなこと、ロイズだって分かっていた。
―― 指、鳴らしたい
指を鳴らしたい。きっと敵は魔法使いが邪魔なはず。進入禁止魔法の内側から外側に転移することはできるだろう。鳴らせば、ここに彼女は帰ってくる。
鳴らすことで払われるだろう多くの犠牲と、たった一人の愛しい彼女と、その二つを天秤にかけるように、右手の中指と親指をすり合わせて力を込めた。指先の血液が止まり、白くなる。
―― 鳴らしたい
『……ユラリス、ごめん。最低なこと言う。指鳴らしたい。ここに呼びたい。本当、お願い。お願いだから逃げてほしい、ごめん。……怖い、失いたくない』
―― お願い、頷いて
『分かります……でも、ごめんなさい。戦います』
「戦うな! 逃げろって!!」
でも、それをボイスメッセージには出来なかった。ロイズが張り上げた声が、部屋に響いた。
―― ユラリスならそう言うって、知ってたよ
中指と親指に込めた力を緩めず、そのまま指を手の平にしまい込み、拳を握り締める。指は鳴らせなかった。
『……すぐ行く。ユラリス、無事でいて』
『はい!』




