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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
最終章 その距離

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89話 大人ってツライ



 ユアたちがパトロールを続けている間、魔法省では天才魔法使いが働きすぎていた。


「はい、異常値のペア! こっちも異常値のペア! そっちも異常値のペアで確定! そこの二人は、片方が人間のまま。残念、異常値のペアではありませーん!」


 流れるように判断をしつつ、超高速で書類にサインを記入する。ロイズは死ぬほど働いていた。まさに寝る間を削って働いていた。


「ツライ、休憩したい……」

「よし、休憩とるか」

「し、死ぬ……」


 ロイズは、魔法省内であまり受けがヨロシクナイ。もちろんゼア・ユラリスのようにロイズ推しの魔法使いも一部いるものの、全体的には『アンチロイズ』が圧倒的である。9年前にあれだけ大暴れしたのだから、当たり前だ。


 そんなアンチロイズが(ひし)めく魔法省の中で、ザッカスがロイズの同期であり、仲の良い友人関係であることは割と有名であった。

 そのため、今回の異常値のペア判断の際のフォロー(監視管理)として、急遽ザッカスが任を命じられたのだ。平たく言えば、モンスター級の規格外天才魔法使いのお守りを押し付けられた、ということだ。


「休憩は3分な」

「鬼ザッカス……」


 事実、あのロイズ・ロビンを相手にして、ここまでこき使えるのはザッカスくらいであろう。役職もない若手平魔法使い(平社員)であるザッカスに、ここまで徹底的にこき使われるロイズ。それを見た人々には、『ロイズ・ロビンも普通の魔法使いなんだなぁ』と思われること間違いナシ。思わぬ効果がありそうだ。


 でも、天才魔法使いは魔法省内でのイメージが良くなろうが悪くなろうが、どうでもいいというのが本音だ。でろりんとテーブルに突っ伏して、全力で休憩していた。


「あぁ、帰りたいぃー」

「扉の外には、仮ペアの皆さんがたくさん待ってるぞ?」

「ひぃ……! ちょっと詰め込みすぎだよ、ザッカス~」

「そう言うな。お前にしか出来ないんだから」

「みんな採血しよーよーぉ」

「ロイズ・ロビンに会いたいから採血しないって人間もいると聞いたぞ? 人気者だな」


 ザッカスが励ますように言うと、ロイズは「はーぁ」と、長いため息を吐き出した。


「ユラリスどうしてるかなぁ~」


 ここ1ヶ月間、ユアとほぼ会話をしていない。ロイズは割と不貞腐れていた。


「あーぁ、会いたいなぁ」


 ロイズが呟くように言うと、ザッカスが小さく笑った。


「毎日、講義で会ってるだろ。担任のセンセー?」

「会ってるっていうか、チラチラ横目で見てるだけ。殆ど会話も出来ないし、全然足りない。二人になりたい。四六時中一緒にいたい」

「重っ」

「そう~?」


 恋愛ぽんこつ野郎は、一皮向けて、恋愛ウェット激重野郎に変化していた。規格外の天才魔法使いの異常値のペアは、この重さに付き合わなければならないわけだ。大変であろう。


「そんなに会いたいなら、寮の門限後に連れ出せば?」

「な!!? そんなことできるわけないじゃん!!」

「ユラリスちゃんだって、お前と会いたいだろうに」

「……そりゃ、先生じゃなかったら、そういうことだって、少しくらいやるかもしんないけどさ~」


 「俺、先生だしー」とか、ぶつくさ言いながら、ロイズは少し起き上がって頬杖を付いた。


「早く卒業してくれないかなぁ」


 窓の外にチラチラと降る雪を見ながら、それが薄桃色に変わるのを待ちわびる。卒業式が待ち遠しくて、愛と恋と欲がロイズの中に降り積もった。


「卒業間近だし、ユラリスちゃんも忙しくしてるだろ」


 ザッカスが仕方無さそうにフォローをすると、ロイズがキッと睨んだ。何やら気に障ったらしい。


「聞いてよ~。それがさぁ、人間都市でパトロールしてるんだって!」

「パトロール?」

「ほら、人間都市で起こった集団誘拐事件だよ~」

「あー、あの事件か。え、それを防ぐために?」

「そう~。実害がないからって魔法省が手抜き捜査してる集団誘拐事件を防ぐために」

「ははは……辛辣。でも、パトロールなんて危なくないのか?」

「ぶっちゃけ、危ないからやめてほしい」


 ロイズは、ゴンと音を立ててテーブルに額を預けた。


「ふーん? 彼氏権限でも教師権限でも使って、やめさせないんだ?」

「……この前さー、ほんの少しだけ話したときに、未然に誘拐を防げたとかお礼を言われたとか、ものすっっっごく嬉しそうに話してたから、止められなかった……可愛かった」


 ザッカスはちょっと笑った。ロイズと出会って約9年。こんなロイズが見られる日が来るとは。人は変わるものだ。


「まぁ大丈夫か。彼女は優秀だしな。それに単独行動してるわけじゃないだろ?」

「そう! ()()()のクラスメートと毎日毎日人間都市! 放課後から夜まで、休日は朝から夜まで!!」


 ロイズが不満全開で答えるものだから、察しの良いザッカスは把握した。『どうせ金色のことだろう』、と。


「……まぁ、大人の余裕を見せる場面だな」

「大人ってツライ」

「さて、きっちり3分。休憩終了だ」

「大人って、ツライ」


 



 その翌日。昼休みにロイズが校舎内を歩いていると、廊下の先にユアの後姿が見えた。しかも珍しく周りに誰もいない。


 ―― あ、ユラリスだ~!!


 見つけただけでテンションが上がる、恋愛ウェットなロイズ。ホクホクとしながら近付くと、ユアは何やら紙束をドサッと抱えていた。


「ゆーらりすっ♪」

「あ、ロイズ先生。お疲れさまです」

「なにやってんの~? 何の紙?」

「これ、人間都市でばら撒いてみようかと思って」


 ロイズが紙束を持つ……わけもなく、浮遊させて運ぶのを手伝うついでに、紙束から一枚ペラリと手に取ると、人間向けの誘拐対策のビラであった。


「なになに~? 『地面に転移魔法陣が描かれていることが多いため、なるべく浮遊魔導具を活用して地面から離れること』。なるほど~。すごいね!」

「実害がなくても、人間の人々は怖がってますから。これくらいしか、出来ることがなくて……」


 ユアが全力で悔しそうにするものだから、ロイズはうっかりと愛しさが込み上げた。


 彼女の、この真っ直ぐな心がロイズを強く惹きつける。いつだって、夢中にさせる。抱き締めたくなる気持ちをグッと留めて、手のひらだけ握って誤魔化した。


「ユラリスは、すごいね。自分に出来ることを全部頑張ろうとするところ……俺はいいなって思うよ。尊敬してる」


 ロイズがニコッと笑って本心を伝えると、ユアは嬉しそうに微笑んだ。薄桃色に染まった頬には『先生、好き』と、書いてあるように見えた。


 ―― うわぁ、可愛いかよっ!!


 抱き締めそうになったが、全力で耐えた。


「でも、あんまり危ないことはしないようにね~?」

「はい。気をつけます。あの、ロイズ先生は……」

「うん?」

「この事件……何が目的だと思いますか?」


 ユアが悩むように問い掛けると、ロイズは時計を見て、まだ昼休みの時間があることを確認した。


 次に周囲を見渡すようにしてから「ちょっと場所変えようか」と言って、すぐそこの誰もいない講義室にユアを連れ出した。そして、防音魔法をかけて話を続けた。


「目的ね。ユラリスはどう考えてる?」

「誘拐自体の目的は、人間の心臓波形データを取るためだと思いますが、犯人が何故そんなことをしようとしているのか……。魔法省に任せておけば、異常値のペアはいずれ見つかりますし」

「そうだね~」

「犯罪を犯してまで、急ぐ理由はないですよね」

「そうだろうね~」


 そこで、ユアはぎゅっと目を瞑って、すぐに開いてロイズを見た。


「あの、……こんな事、言うのも考えるのも怖いんですけど、」

「大丈夫。聞いてるのは俺だけだよ。言ってごらん?」

「犯人に、敵対している嫌いな魔法使いがいたとして、その異常値のペアを魔法省よりも先に見つけて……()()()()しようとしてたり、するのかなって思っちゃって」


 そこでロイズは、ユアの頭をポンと軽く撫でた。『それ以上、怖いことを考えなくて良いよ』と、スイッチをオフにされた気がした。


「そうだね~。可能性はあると思うよ」

「だとしたら、その異常値のペアが見つかっちゃったら、犠牲者が……」

「そうならない為に、魔法省主導で、心臓波形のデータ取りから異常値のペア確定まで、躍起になって進めてるんだよ。だから、大丈夫!」


 ロイズがニコッと笑ってそう言うと、ユアはハッとしたように目を開いた。


「……そうですよね、そうでした。ロイズ先生がいるんだもの、見つけるのは魔法省の方が早いに決まってます! そうですよね、ふふっ!」


 ずっと思い悩んでいたのだろう。ユアは心底安堵したように、ホッと息を吐いた。ロイズに対する全幅の信頼と尊敬が、言葉の端々から零れていた。

 その零れ出したものを受け取ったロイズは、『俺も頑張らなきゃ』と、また気合いを入れ直すのだった。さすが異常値のペア。高め合って、強め合う。良い関係である。


「でも、ユラリス。危ないと思ったら、すぐに呼んでね」

「はい」

「絶対だからね? 24時間、いつでもいいからね?」

「遠慮なく、呼びます!」

「うん、よろしい」


 目を合わせて小さく笑い合う。それだけで幸せな気持ちになる。……とは言え、忙しすぎて足りないものは足りないのだ。


「少し……髪だけ触ってもいい?」

「は、はい」


 ユアのこめかみの辺りを手の平で三回撫でて、指の間に焦げ茶色の髪をスルリと通す。愛しそうに毛先まで指を移動させ、サラサラと元の位置に髪を落とした。


 それでも足りなくて、落とした髪を一房すくい取り、その一房を大切そうにクルクルと指先で弄ると、それがスイッチかのように彼女の頬が真っ赤に染まった。


「……この前の課題、良く頑張ったね。満点だった」

「は、はい。すごく難しかったです……」

「午後の講義で解説するんだけど、模範解答としてユラリスの使っていい?」

「はい……」


 教師と生徒の会話。指先に絡んだ髪。模範解答の優等生。熱っぽい飴色の瞳。言葉と身体が相反して、頭が混乱して目眩がする。会話と会話の間に、熱が入り込んで甘くなる。


「昼休み、もうすぐ終わるね」


 ロイズが指先に絡んだ髪をスルリと取ると、髪は元の位置に戻るのに、彼女の頬の色は戻らない。


「ユラリス」


 苗字を呼ぶだけ。可愛いとか好きだとか、言葉に出来ないから、呼ぶだけ。


 そうして、二人の視線が絡まると、(から)っぽの講義室の空気が静かに熱を持つ。その熱が、二人の距離35cmの間を通り抜け、同時に心拍数がもう一つ速くなる。引き合って、強め合って、求め合う。


「……先生、もっと……」


 熱に当てられて、ついつい生徒を脱ぎ捨てそうになる彼女。ぽつりと危険な言葉を落とすと、ロイズは15cmだけ近付いて、でもそこで留まった。危ない。


「……そういうこと、言わない」

「少しだけ」

「だーめ」

「でも、ほんの少しだけ……」


 悪い子のユアが魔法教師を揺さぶる。グラグラと揺さぶられた魔法教師は、『少しなら』と思う気持ちを収めつつ、美しく結ばれた制服のネクタイの端を軽く引っ張った。


「これを着てる内は、ダメ」


 そびえ立つ教壇、姿勢の良い制服姿、呼べない名前、破れない門限。


「ユラリス。早く、卒業して」

「はい……先生」


 ―― 大人ってツライ



 教師と生徒。触れたい、触れない、あと少し。

 その距離、20cm。





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