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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
最終章 その距離

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88話 五学年のパトロールタイム



「議題は、人間都市の集団誘拐事件についてだ」


 その日、夕食後に生徒四人は談話室に集まっていた。フレイルに声をかけられたのだ。


「今朝の新聞にデカデカと書いてあったな」

「こわいよね~。マリーさんに連絡したら、人間都市はすっごい騒ぎになってるってぇ~」

「看過できないわね。で、フレイルは何を話し合いたいの?」


 ユアが真面目モード全開で問い掛けると、フレイルは魔法紙を一つ取り出した。


「今朝、サラから来た手紙だ。サラの友達も被害にあったらしい」


 フレイルの異常値のペアである、超美人のサラ。彼女がフレイルに連絡を寄越していた。その手紙をリグトが受け取って読み始める。それを横目に、早く情報を知りたいユアは説明を促す。


「実際のところ、どういう状況だったのかしら?」

「サラの友達の場合は、歩いてたら突然場所が変わって、そこで意識が遠のいたらしい。で、目を開けたら、元いた場所の近くの路地裏にいたって言ってる。その間、三十分程度」

「怪我や盗られたものは?」

「ない」

「?? 何も?」

「実質的な被害はない」

「……そう」

「ただ、意識がない間に何をされたかわかんねぇし、本人は怖がっちゃって家に籠もってるってさ」

「そりゃそうだよぉ~! そんなの超怖いもんー!」


 手紙を読み終えたリグトがユアに渡し、選手交代で会話に加わる。


「新聞によると、事件は昼夜を問わず起きている。たった一日で、被害者の数は百人以上」

「ひゃく~ぅ!? こわい~!」

「だから、集団誘拐事件って呼ばれてるわけだけどな」


 そこでユアも手紙を読み終えて、カリラに渡した。カリラは神妙な面持ちでそれを受け取り、そのまま読まずにフレイルに返した。


「って、読まねぇのかよ!」

「なるべく活字を読まずに生きるって決めてるんだぁ~」

「すげぇ生き方だな」

「誰が犯人なんだろうね~ぇ??」


 カリラがお菓子をポリポリ食べながら言うと、リグトがそれに答えた。


「新聞には断定的なことは書いてなかったが、魔法使いで間違いないだろう。問題は誰がやったかじゃない。何のためにやったか、だ」

「そうね、魔法使いが人間を短時間だけ誘拐して、物も盗らず、怪我も負わせずにそのまま放置している。偶然にも、()()()()に」


 ユアが苛つく様子を隠さずに言うと、フレイルも頷いた。さすが上級魔法学園の出席番号トップ3だ。


「盗られたものは、十中八九、心臓波形データだろうな」

「え、心臓波形のデータ~!?」

「先週あたりに流行った『おばけ』の噂話、あれも不法侵入をして心臓波形データを取ってたんだろう」

「え、え? そんなことしてどうするのぉ!?」

「自分の異常値のペアを探してるとかじゃね?」


 ユアは首を傾げて、フレイルの言葉を否定する。


「そんなの魔法省に任せておけば良いはずよ。既に枯渇症になっていたとしても、治療は可能だと周知徹底されているもの。焦ってこんな危ない橋を渡るメリットがないわ。だから、自分のペアじゃなくて――」


 ぬくもりのある談話室に、冷たい沈黙が落とされる。考えていることは同じなのだろう。でも、おぞましくて言葉には出せなかった。


 そこで、フレイルがサラの手紙をテーブルに叩きつける。


「調査しよーぜ」

「俺たちだけで?」

「ぇえ~、こわいぃ~! ロイズ先生にお願いしようよぉ」

「ロイズ先生はダメよ。忙しいもの。今週なんて、講義を自習にするときもあったでしょ? そんなこと前代未聞、相当忙しいみたい」


 異常値のペアの決定打を打てるのがロイズ・ロビンただ一人となってしまっている現状。集団誘拐事件のことまで手は回らないだろう。


「かと言って、ロイズ先生抜きで生徒の私たちだけで調査するのも危険よね」


 リスクアセスメントはお手の物。ユアが頭を抱えて悩むと、フレイルは「調査だけだって」と言い出した。


「別に犯人を捕まえるわけじゃねぇし、人間都市の状況把握だけでも十分だろ」

「……やけに張り切るな?」

「(ギクッ)」

「先週の『おばけ退治』のときも思ったが、面倒事が嫌いなお前がここまで張り切るのは妙だ」

「(ギクリ)」

「フレイル、吐け」


 リグトの一声で、フレイルは仕方無さそうに両手を挙げて降参した。


「ほら、サラってリグトに惚れてんじゃん? それで、調査って名目でリグトと繋がりを持ちたいんだよ」


 そうなのだ。フレイルの異常値のペアである超美人のサラは、なんとリグトに惚れていた。顔が良すぎて大変である。


「付き合いたいって話なら、もう断った」

「断られても、諦められねぇんだろ。さすが俺のペアだよなー?」


 フレイルがワザとらしくユアを見つめてくるので、ガンを飛ばすように睨み返しておいた。驚くほど可愛くない女である。


「あと、正直に言うと俺にもメリットがあってさ。調査したら材料価格をもっと引き下げてくれるって言うもんだから、ここは全力で乗っかるしかねぇかなって。リグト、頼むっ!」


 フレイルの実家のパン屋の材料は、サラの父親の会社から仕入れているのだ。意外と現金な男であった。背後にパン屋の両親を背負いつつ、リグトを拝む。


「くっ……金がらみか……」


 リグトは何やら思い詰めたように苦悩した。フレイルの気持ちが分かりすぎるほど分かってしまったからだ。


「リグトの件はどうでもいいけど、調査自体はやりたいわね」


 恋愛事情には我関せずだったユアも同意を示す。闘志あふれる青紫色の瞳が揺れていた。


「犯人の目的が心臓波形のデータであるとしたら、目当ての人物が見つかるまで、この誘拐事件は続くはずよ。そんなの発端者として、黙って見過ごせないわ。犯人確保なんて危ないことは出来ないけど、何か出来ることがあるはずよ」

「俺たちに何が出来るか、だな」


「……やっと、人間と魔法使いの間の距離が縮まってきたの。人間が魔法使いになれたとしても、それは能力上で対等になるだけ。心の距離が近付くわけじゃないわ」


 ぐっと拳を握りしめて、歯がゆさを押し込める。


「人間の人々は、きっと魔法使いを怖がってる。善き魔法使いもいるって知って貰いたい。その為にはパトロールでも何でも、やってやるわよ!」


 呼応するように「ひゅ~♪」と口笛を吹いて茶化して、フレイルも肯定の意を示した。

 リグトも色々と思うところがあるのだろう。「わかった、俺も乗った」と賛同する。色々と、というのは、治療医院で働いていたるときに感じた『魔法使いの印象』についてだ。昔、魔力補充に来ていた魔法使いの全員が、悪い魔法使いであったわけではない。ゼア・ユラリスのような善き魔法使いもいたはずなのに、それが人々の記憶に全く残っていないことに、リグトは歯がゆさを感じていた。あと、現金な話もあるけど。


「ぇえ~、こわいよ~」


 一方、カリラは完全に弱腰であった。優秀な魔法使いというわけではなく、強運――カリストン家に伝わる秘密の分析魔法でここまで生き残ってきただけのカリラだ。弱腰になるのも仕方がない。


「カリラの気持ちも分かるわ。人間都市に行ってみて、やっぱり怖かったらすぐに帰れば良いわ。それならどうかしら?」


 ユアの提案に、カリラは「うーん」と言いながら迷っていた。


「わかった、とりあえず行ってみる~ぅ」


 そして、承諾を選んだのだった。






 翌日の土曜日。四人は人間都市に来ていた。


 早速、サラ経由で被害者の友達に話を聞き、詳しい状況や誘拐場所を聞いた。その場所を中心にパトロールを行うことに決定。

 ちなみに、サラはリグトに猛アタック猛アピールをしていたが、暖簾に腕押し糠に釘。けんもほろろであった。どっとはらい。



「寒いー!」


 チラホラと雪が降る真冬の人間都市。四人は火魔法の応用で防寒しつつ、パトロールをした。


「ねぇねぇ、何を見ればいいのぉ~?」

「被害者の共通点は二十代前後の若者。男女問わず、だ」

「じゃあ、そういう人を注視しておけば良いのね」

「ってか若者多くね?」


 人間都市は人口密度が高い。真冬にも関わらず、大通りにはワラワラと若者が歩いていた。


「犯人は転移魔法を使ってんだよなぁ」

「そうだろうな」

「となると、近付いて転移魔法を発動させるってことか?」


 フレイルの一言に、ユアはハッと気付く。以前、第三魔法師団の元師団長に連れ去られたときの転移魔法を思い出したのだ。


「それだけじゃないわ。予め地面に転移魔法陣を描いておいて、魔法陣を透明化して隠しておく。そこを通ったターゲットを連れ去る、という可能性もあるわ」

「なるほど。……やけに詳しいな?」

「ちょっとね」


 殊更、苦々しい顔で答えると、フレイルは何があったのか気になる様子。「なんだよ、教えろよー」と、茶々を入れ始めた。


「まぁそのうちね。とりあえず今はパトロールに専念しましょう」


 真面目モード全開のユアが淡々と答えると、不真面目なフレイルはへいへいと言いながら、ダラダラと隣を歩く。


「そういや、先生にパトロールのこと報告した?」

「それがね……まだちゃんと伝えてないのよ」


 昨日、談話室から自室に戻った後に、ボイスメッセージで『話があります』と送ったが、『ごめんー! 後で連絡する!』と返事があっただけ。そのまま連絡はなく、今日は土曜日。朝早く出掛ける前に、メッセージを送ってみたが寝ているのか応答はなかった。結局、伝えることは出来ずに人間都市に来てしまったのだ。

 とは言え、例の束縛が捗る魔法陣が胸に刻まれているため、その気になればロイズを呼び出すことも出来るし、ロイズはユアの現在地を把握しているはずだ。問題はないだろう。


「へぇ、まだ話せてないのか。先生、怒るんじゃね?」

「そんなことで怒らないわよ」

「ユアが先生に怒られますよーに」

「絶対、大丈夫よ」

「怒られついでに、仲違いして別離しますよーに」

「ちょっとフレイル!」

「願うのは自由」

「不吉なこと願わないでよね」

「へいへい」


 フレイルとユアが下らない言い合いをしていると、突然カリラが足を止める。


「どうした、カリラ?」

「なんかぁ、急にトイレに行きたい~。ここでトイレに行かないと、着替えを買う事態になりそうな感じがするぅ~!!」

「子供かよ」

「そこのお店でトイレ貸してもらおーっと。ここで待っててねぇ~。動いちゃイヤだよー!?」

「子供かよ」


 そう言って、カリラは小走りにお店に入って行った。三人は店の前で待つことに。


 リグトは周囲を警戒しながら、ぼやく。


「それにしても、闇雲に歩き回るというのも効率が悪いな」

「そうよね。転移魔法の発動を検知できる魔法を使う、とか?」

「検知できたとしても、発動後だと間に合わないだろう」

「となると、発動前に検知しないといけないわよね。うーん……」

フレイル(天才型)は、発動前に感知出来たりするのか?」


 天才型のフレイルは「あー……」と、少し考えるようにしながら、どうかなぁとやる気なさげに答える。


「もー、やる気ないわね」

「ちげぇよ、事前に感知なんてやろうと思ったことねぇもん」

「じゃあ、今すぐやってみて!」

「えー、やる気しねぇなー」

「やっぱりやる気ないんじゃない」

「っつーか、ちょっと休もうぜ。さみぃし、風邪ひ……」


 そこでフレイルは言葉を止めた。何かを探るように金色の瞳を左から右に滑らせる。一瞬で転じた、ただならぬ雰囲気。ユアとリグトは息を殺す。小さな息づかいでさえも、今のフレイルには邪魔になるような気がしたからだ。


「来る! 前方右側、5m先だ!!」

「!?」


 フレイルの示した場所には、二人の若い男性が歩いていた。


 瞬間、リグトとユアが同時に動く。浮遊魔法を超高速で発動させ、そこに目掛けて飛ぶ。若い男性二人を抱きかかえ、すぐさま空中に逃げる。彼らは「うわっ! なに!?」と騒いだが、自分たちがいた場所に魔法陣が浮かび上がったのを見て、身を震わせていた。


「転移魔法だわ!」

「フレイル! 魔力を辿れ!」

「了解」


 次にフレイルが超高速で複雑な魔法陣を描くと、魔力を込めて淡く光る地面にぶっ放した。このためだけに開発した、成績トップ3のお手製、魔力追跡魔法だ。


 目を閉じること、五秒。


「……あー、ダメだ。わかんねぇ! すげぇむかつくー!!」

「相手は、かなり優秀な魔法使いってことかしら」


 ユアが地面に降りながら言うと、フレイルは舌打ち交じりに答えた。


「いや、力量の問題じゃない。複数の魔力が混在してた。予め、魔力を辿られる前提で魔力を混ぜてるっぽい。混ぜられると上手く辿れねぇんだよ、あー、イラッとする!」

「魔法陣を複数人で描いたのか、なるほど。一枚上手だったか」


 そこで、地面に戻された若い男性二人が「あの……なんですか?」と距離を取りながら尋ねてくる。周囲の人間も「魔法使いだ」と怯え出し、騒動の行方を遠巻きに気にしている様子。


 ユアは周囲にも聞こえるように、あえて大きい声で答えた。


「急にごめんなさい。誘拐されそうになっていたものですから、空中に逃げたんです。手荒な真似をしてしまい、申し訳ございません」


 そして、深々と頭を下げる。その言葉と行動で、張り詰めていた警戒の空気が和らぐ。若い男性二人は誘拐されかけていたという事実に大層驚いている。


「さっきの地面が光ったやつが、例の誘拐の手口なんですか?」

「はい。あの魔法陣は転移魔法なんです。そのままどこかへ連れ去られていた可能性が高いかと」

「そうだったんですか……」

「無事で良かったです」


 ユアがニコッと笑うと、男性二人もありがとうございますとお辞儀をしてくれた。


「あの、あなた方は魔法使いなんですよね?」

「はい。上級魔法学園の生徒です」


 リグトが答えると、男性の一人が目を合わせて「あれ?」と首を傾げた。


「君、治療医院のイケメン魔法使いだよね!?」

「はい、そうです」


 謙遜などしないリグトであった。


「わー、やっぱりそうかぁ! おばあちゃんがいつも世話になってるんだ。僕も一度行ったけど、治癒魔法すごいなって感動したよー。……そうかぁ、助けて貰っちゃったな。本当にありがとう!」


 男性の明るい声が響き渡った。その瞬間、周囲の人間がパチパチと拍手をし始める。


「すごい! 誘拐事件を未然に防いだぞ!」

「さっきの浮かぶ魔法、すごく速かったわねぇ」

「悪い魔法使いだけじゃないんだなぁ」

「あれが噂の治療医院のイケメン魔法使い? 眼福ぅ!」

「善き魔法使いがいれば安心だな!」


 人々の優しい声が、元人間のユアまで届いた。嬉しかった。嬉しすぎた。


「ねぇ、善き魔法使いだって、ふふっ!」

「悪い気はしねぇな」


 トイレから戻ってきたカリラは、何が何だか分からず「おめでとぉ~!」とか適当なことを言いながら、拍手に参加していた。さすがカリストン家の跡取り娘、功労賞だ。 



 こうして、パトロール初日は終了。

 だが、誘拐を全て防いだわけではない。パトロールをしていた地点から遠い場所で、またもや百件以上の誘拐事件が起きていた。







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