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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
最終章 その距離

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86話 対等に生きるか、平等に死ぬか 【研究結果報告会】



 翌日、ロイズは研究報告を行うために魔法省総会議室に赴いた。当然、ユアも行きたがっていたが、元人間であることを気付かれる可能性を考えて、連れていくことは断念した。


 急遽、召集された報告会にも関わらず、魔法省大臣、副大臣を筆頭に、魔法省のトップは全員出席をしていた。 

 珍しいことに、今回は魔法省の実働部隊のトップである第一魔法師団長のゼア・ユラリスの姿もあった。ロイズとゼアは、お互いに面識があることが周りにはバレないよう、目配せで挨拶をするだけに留めた。


 そして、忘れてはならないが、ロイズは魔法学園の所属である。昨日のうちに学園長に事のあらましを伝え、召集に応じて貰っていた。結局、総会議室は満員御礼。『だいぶ大事になっちゃったな~』なんて、当の本人は呑気に思っていた。




「……というわけで、以上のデータから、次のことが結論付けられます」


 ロイズが資料片手に淡々と説明をする中で、総会議室にいる魔法使いたちは驚愕の表情を浮かべていた。ちなみに、ゼア・ユラリスには人間の魔法使い化について、全て説明をしてある。


「一つ。血液の相性が良く、心臓波形が一致する者同士、即ち『異常値のペア』は魔法使いと人間の間で成り立つ」


「二つ。その異常値のペア間での魔力共有によって、人間は魔法使いに変化する」


「三つ。同じく、魔力共有によって、魔法使いは魔力の安定化を得られる。それが魔力枯渇症の予防法であり、現存する唯一の治療法である」


 ロイズは、総会議室を見回して三つの事実を告げた。こんなこと何でもないとでも言うように「以上です。ご質問は?」と座り直した。


「本当に人間が魔法使いになるのでしょうか? にわかに信じられません」

「すでに、実例A~Eの五件で魔法使い化していますからね~。事実です」


 A~Eの実例五件は、カリラ(実例A)リグト(実例B)ザッカス(実例C)フレイル(実例D)、採血に応じてくれた魔力枯渇症(実例E)患者の五人のことである。ここに、先駆者であるロイズとユアは、含まれていない。


「魔法使い化にしても、魔力の安定化にしても、副作用やデメリットがあるんじゃないかね?」

「副作用は今のところありません。デメリットは……懸念はしていましたが、今のところ明確なデメリットはありませんね~」

「懸念とは?」


「皆さんは、魔力相性が良いと仲良くなりやすい、という研究結果をご存知ですよね?」


 ロイズの問い掛けに、皆は思い出すように頷いた。


「異常値のペアと出会うことで、現在の感情に影響を及ぼしかねないという懸念がありました」

「影響というのは?」

「えっと……異常値のペアに好意を抱いてしまう、ということです」


 さて、もう一度言おうか。ゼア・ユラリスには異常値のペアの話はしてある。娘であるユアのペアが、ロイズであることも伝えてあるのだ。これは『娘さんのことを大好きになっちゃうかも』と、伝えているも同然であった。事実、大好きになっちゃってる。


 ―― くっ……なんか恥ずかしいっ!


 ロイズが人知れず悶えている一方で、ゼアはハッとした顔を見せていた。まさかの可能性に、瞳を輝かせはじめる。

 溺愛している愛娘と、家族内で英雄化されているロイズが、もしも、まさか、そういうことになったならば! ゼアとしては、万歳三唱胴上げガッツポーズからのバージンロード大闊歩である。『あのロイズ・ロビンが義理の息子になっちゃったりして!?』なんて、会議中にソワソワしていた。いい年のおじさんがワクワクしていた。


 ロイズは話を続ける。


「コホン。例えば、既婚者が異常値のペアと会うことで、否応なしに相手に好意を抱いてしまい、離婚する……などですね」

「実例五件では、どうだったのかね?」

「AとEの場合は、同性でしたが、問題ありませんでした。友人として、非常に良い関係を築いているようです」


 Aがカリラの場合、Eが魔力枯渇症患者の場合である。


「BとCの場合は、人間側が好意を持ちましたが、それは魔法使い側の容姿が異常に良かったことが原因であり、魔力相性は無関係だと思われます」


 Bがリグト、Cがザッカスの場合である。


「ちなみに、カップルは成立したんですか?」

「ふられてましたよ~」


 総会議室に、何とも言えない空気が流れた。


 金持ちじゃないと勃たないだとか胸の大きさが足りないだとか最低でクズい理由を思い出して、ロイズは少し居たたまれなかった。


「コホン。それぞれ、元々持っていた主義や嗜好が優先されるという結果が得られています。その点で、最も注目すべきは、Dです。Dは片思いの相手がいる状態で異常値のペアと会いましたが、感情の変化はありませんでした」


 Dは、フレイルのことである。


「では、片思いの相手と結ばれた、と?」

「ふられてましたね~」


 またもや、何とも言えない空気が流れた。そろいもそろって、ふられすぎである。恋愛とは、こんなにも上手く行かないものなのか。


「魔法使いの『型』で、影響に違いはないのか? 天才型は感性が豊かだ。異常値のペアと出会うことで、相手を愛してしまうこともあるのでは?」


 またもやゼアの目が光り出す。天才型といえば、ロイズ・ロビンだ。事実、愛しちゃってるわけだが。


「今のところ、型による差異はありませんね~。AとEは汎用型、BとCは努力型、Dが天才型……しかも、非常に秀でた天才型でしたが、いずれも目立った変化はありませんでした」


 Dの非常に秀でた天才型のところで、総会議室が少しザワザワとした。誰もが『これ、ロビン本人のデータじゃね?』と思っていた。


「ゴホン。その片思い相手にふられた天才魔法使いのDというのが、ロビンさんということですか?」

「ぇえ? (ふられてないし、片思いでもないし)全然違いますけど? 失礼ですね~」

「そうですか、失敬」


 魔法省のお偉方は、意外と恋バナが好きだった。


「ロビン殿は、異常値のペアと魔力共有を成したのかね?」

「いえ、まだ見つかってません~」


 これについては、嘘を付く気まんまんのロイズであった。ユアが元人間であるという事実を、絶対に守りきると決めていたからだ。ゼアも素知らぬ顔でやり過ごしていた。


「他に質問がなければ、今後のことを話し合いたいですね~」


 ロイズの言葉に対し、丸眼鏡のおじいちゃん魔法使い――魔法省大臣が深く頷いた。


「やることがいっぱいありそうだ。同意を得た上で、なるべく全国民の心臓波形データを取得する。これは急務であろう」

「直ちに設備を導入しましょう。心臓波形魔導具も大量に必要になりますが、ロビンさんにご協力頂けますか?」

「はいはい、もちろんです~」

「魔力相性を見分ける方法は、心臓波形のシンクロ率だけで大丈夫でしょうか?」

「う~ん、そうですね……心臓波形のシンクロ率でペアを作り、魔法使い側が人間側に魔力を流す。それで人間側が魔力を流し返すことが出来れば、異常値のペアと断定できますね。もし魔力を流し返せなければ人間のままなので、異常値のペアではなかったと判断できます」

「なるほど」


 そこで、魔法省の研究員が手を挙げた。


「人間が魔法使いになったからといって、いきなり魔力を扱うことは出来ませんよね。単純に魔力の扱いが下手なのか、人間のままで魔力がないのか。この二つを見分けるのは、正直難しいかと」

「目の付け所がするどいですね、確かに~。他にも、血液が赤色から変化していれば異常値のペアだと判断できます。採血すればわかりますよ」


「採血!?」


 魔法使いしかいない総会議室は騒然となった。彼らにとって、採血という言葉は裸で歩けと言われるよりもひどい文句なのだ。


 ロイズは「あはは!」と笑ってみせた。


「採血忌避は、魔法使いだけの習慣だから大丈夫です。人間なら応じてくれると思いますよ」

「ですが……もし応じて貰えなかった場合は?」

「その場合、人間か魔法使いか見ただけで分かる人に見てもらうしかないですね。魔法省にいません? 天才型とかで~」


 騒然としていた総会議室が、逆に静まり返る。お互いに『いる?』『うちの管轄にはいないけど』『うちもいないよ』と、目配せで会話をしている様子だ。


「……魔法省にはいませんね」

「ぇえ!? 一人も? そりゃまた難儀な。じゃあ、僕が直に見て魔力相性を判断するしかなさそうですね、はぁ……」

「見ただけで魔力の質が分かるというのにも驚きですが、ロビンさん一人で数をさばき切れるか不安ですね」

「そうですよね、そういう魔導具の開発も必要でしょうね~」


 困ったように言うと、大臣が「すまないが、宜しく頼むよ」と、にこやかにお願いをしてくる。学園長と目配せをして、仕方なしに同意。忙しくなりそうだ。


 そこで、その学園長が挙手の上で発言をする。


「人間が魔法使いになった場合、魔法を学ぶ場が必要になるかと思います。その調整は、ぜひ魔法学園に一任願います。上級魔法学園だけでなく、中級、下級と連携の上で検討させて下さい」

「それは良いですね。ぜひ宜しくお願いします」


 魔法省、魔法学園、そしてロイズ・ロビン。皆が協力の意を表し、終始和やかな会議であった。


 だが、国を揺るがす研究報告の内容だ。和やかな雰囲気だけで済むわけもない。反対派である堅物のダムソン副大臣は、苛つきを隠せない様子で立ち上がった。


「黙って聞いていれば……甚だしい。全ての人間を魔法使いに変化させるという前提で、話が進んでいるようだが?」

「何か問題でも?」

「問題だらけだ。我ら魔法使いと人間には、明確な優劣があったことをお忘れでは?」


 ロイズはワザとらしく「はーぁ」と、ため息をつく。それを蹴散らすように、ダムソン副大臣は語気を強めた。


「その優劣を無くすということが、どういうことか分からないとでも言うのか!」

「全くわかりません」


 天才魔法使いの煽り体質が酷い。とはいえ、これは煽ろうと思ってやっているのだから仕方無い。

 だが、副大臣の勢いは止まらなかった。もじゃもじゃの長い髭に隠れた口から、熱を持った言葉が出てくる。


「魔法がここまで発展を遂げてきたのは他でもない、この優劣があったからだ。下級の者がいるからこそ、それを守る術が必要となる。魔法の発展も、魔導具の発展も、人類の繁栄の全ては、このヒエラルキーがあってこそだ」


 副大臣は拳に力を入れて、絞り出すように声をあげた。


「魔法省がトップ、その下に多数の魔法使い、そして最下層に人間。この明確な線引きによって、我が国はこれまで大きな紛争や無駄な争いが起きなかったのだ。歴史を見ても、これは明らかだ」


 一見、差別的な発言ではあるものの、副大臣の言うことにも一理ある。

 ヒエラルキーにも利点はある。階層が明確だからこそ、トップである魔法省が発する施策は絶対。魔法省さえしっかりしていれば、それ以下の階層――普通の魔法使いや人間が、如何に無知で貧弱であっても、人類は丸ごと正しい道を歩むことができる。命令系統が明確であるトップダウン構造こそが、争いの火種を消し去ってきたとも言える。


 そして何より、権限には責任が伴うものなのだ。人間が魔力を得たところで、魔法省のようにスムーズに国を動かせるかと言えば、それはどうだろうか。


「もし国民全員が魔法使いになったならば、反乱や紛争が確実に起きる。それで誰が得をする? 魔法使いと魔法使いが争って傷付くのは、弱き魔法使いであろう!」


 ベクトルは違えども、ダムソン副大臣の国を思う気持ちも、また正しいのかもしれない。単純な人間忌避とは訳が違う。ロイズもそれを理解し、少しだけ苦笑いをしてから「なるほど」と呟いた。


「ご存知の方も多いとは思いますが、僕の両親は人間です。この飴色は、人間である父親譲り。僕は人間都市で生まれ、人間に育てられました」


 噂では聞いたことがあるのだろう。しかし、ロイズ本人の口から彼の出生について語られたのは初めてだった。本当に二つの種族は同一種族なのだと、その場の誰もが理解する。


「人間寄りの考えを持っている僕としては、魔力に頼らずに人間が生活する術が欲しくて、探し回りました。魔力に代わるエネルギー源を」


「魔力に代わるエネルギー源……?」


 魔法以外という選択肢を考えたこともなかったのだろう。魔法省の面々は不思議そうに首を傾げていた。


「そりゃもう必死で探しました。北から南まで、空の上から海の底まで。人間が自力で生存するためには、絶対エネルギー源があるはずだと。それが摂理だと信じていました」

「見つかったのかね?」


 大臣が優しく問い掛ける。ロイズは首を横に振った。


「見つからなかった」


 ダムソン副大臣をじっと見据える。


「人間が魔法使いになると知ったとき、僕は直感的に、これこそが正しい道なのだと分かりました。それに加えて、魔力枯渇症の増加。その二つが繋がったとき、人類が生き抜くための『解』なのだと、深く確信した」

「どういう意味だ?」

 

 憎悪とも言える眼差しでロイズを見る副大臣に、真っ直ぐと視線を返す。


「いくら探し回っても見つからないはずです。だって、エネルギー源は人間そのものなのだから」

「人間がエネルギー源……?」

「魔力枯渇症の増加は止まらない。このままでは魔法使いの扱う魔力は枯渇し、人類は息絶えるでしょう。無限だと思っていた魔力は、実は有限であったということです」


 持っていた研究結果の資料をポイッと手放して、「これは僕の勝手な解釈ですけど」とワンクッション入れた上で話を続ける。 

 

「全人類が生きるに十分な魔力の量(エネルギー)を常に用意するためには、人間という()()を魔法使いに変換し、魔力の補充をし続けなければならない。それが、人類の生存における絶対条件なのだと思っています」


 これまで見てきたすべての景色を思い出し、飴色の瞳に熱を灯す。


「すなわち、人間は『魔力の源(エネルギー源)』とも言えるのではないでしょうか」

「だが、しかし……!」

「副大臣の仰る通り、もしかしたら紛争が起きるかもしれません。でも、それはやり方次第で食い止めることができるはずです。ヒエラルキーのトップを務めてきた魔法省なら出来ますよね?」


 誰も否定はしなかった。


「あえて言い切りましょう。ここで道を間違えば、人類は確実に滅びます。()()に生きるか、()()に死ぬか。その二択です」


 ずっと願っていた。人間と魔法使いを対等にしたかった。二つの間にある、腐ったヒエラルキーをぶっ壊してやりたいと大望を抱いて生きてきた。


 でも、今はそれだけじゃない。助けたいのは人間だけじゃない。もうすでに、ロイズの中には大切な魔法使いがたくさんいるからだ。


 十五歳で人間都市を出て、魔法都市で過ごすこと八年。じんわりと滲んでいくみたいに、いつの間にか魔法使いのことが許せるようになってしまった。

 それだけでも要らぬ感情なのに、ユアと出会ったことで、今度は魔法使いも大切になってしまった。人間も魔法使いも、どちらも平等に情を掛けてしまう。   


 だって、ロイズは知ってしまった。赤紫色の彼女を、あんなに真っ直ぐに育てたのは、他でもない魔法使いの父親だろう。彼女が大切にしているもののほとんどは、魔法使いが作り上げたものだ。彼女が育った街も、死ぬほど勉強して入学した魔法学園も、彼女の大切な人々も。


 そして、彼女の愛するロイズもまた、魔法使いなのだ。


 どちらも大切。二つで一つ。二つは、一つ。


 ユアと出会って彼女に恋をしたから、この解に辿り着いたのだ。ロイズはそう思った。




「……人類を滅ぼすわけには……いかない」


 ダムソン副大臣は、絞り出すように肯定を告げた。ヒエラルキーのトップとして、正しい判断を下し続けてきたプライドが彼の首を縦に振らせたのだ。


 その答えを聞いて、ロイズはニッコリと笑った。


「全部ぶっ壊して、新しい社会を作っていきましょう! ……『やり方はお任せします。頭が良い皆さんの方が、きっとより良い方法を選んでくれるでしょ?』」


 九年前と全く同じ言葉を選んで言ってやった。人間と魔法使いが真に平等になることを願って……いや、もう願いではない。真に平等になることを確かめるように、その言葉を告げる。

 その意図が伝わったのだろう。丸眼鏡の大臣は「はっはっはっ!」と気持ちの良いくらいの大笑いをして、わかりましたと深く頷いてくれた。


「人間と魔法使いが手を取り合い、『共有』をすることで一つの人類となる。こんなに胸が熱くなる研究報告を聞いたのは初めてだ」


 大臣は立ち上がり、横にいた副大臣の肩に軽く触れることで『気持ちはわかる、英断だ』と伝えていた。そして、ロイズの前に立つ。


「真に共生できる社会を作っていくと君に誓った日から……九年か」

「そうですね」


 ロイズは立ち上がりながら頷く。


「やっと、その誓いを守ることが出来そうだ。人間都市の魔法使いくん?」


 大臣は少し悪戯に笑って、握手の変わりにウインクをしてくれた。


「さて、やらなくてはならないことが山積みだ。ご協力頂けるかな?」

「もちろん! 一緒にやりましょ~」


 間延びした呑気な言葉で厳かな会議は締め括られた。この調子外れの語尾が、やっぱりどうにもたまらない。



 この日を境に、人間と魔法使いの間にあった上下関係は崩れることになった。


 たった一人の天才魔法使いが抱いた大望。初めは現実味のない夢だった。


 それでも、彼は諦めなかった。何年もかけて輪郭が露わになっていき、様々な人の心を通り抜けて少しずつ中身が詰まっていった。まるで血液が通ったかのように巡り巡って、今日という日に形になったのだ。それが、どれだけ嬉しいことか。


 悔しさ、やるせなさ、好奇心、探究心、大望を抱いた真っ直ぐな心と、そして魔法が大好きな気持ち。


 天才魔法使いロイズ・ロビンが歩んできた道。その距離、23年。







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