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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
最終章 その距離

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85話 先生のステキなトコロ



 ロイズが魔法省総会議室に出向いている間。ユアは治療医院で治癒魔法をかけ続けていた。ちなみにフレイルとカリラはサクッと帰った。不真面目組である。


 季節は冬。雪こそ降らないものの、ツンとするような冷たい風が吹くのは魔法都市でも人間都市でも変わらない。


 魔法使いが人間都市で治癒し始めてから、五か月が経っていた。一時のフィーバーは落ち着き、治療医院は少しオフピーク。本当に体調が悪い患者だけが来院する程度だ。それでも、それなりに忙しいわけだが。


「次の方どうぞ」


 ユアが声をかけると、コツコツとヒールの音を鳴らしながら、治療室に入ってくる女性が一人。


「よろしくお願いします」


 姿勢良く頭を下げ、女性の長い髪がサラリと肩から落ちた。三十代くらいの落ち着いた雰囲気のある人だった。


「あれ? ヘイトリーさん?」

「あら、ユアさん! 今日はこちらにいるんですね」

「はい。久しぶりに治療医院に来たんです」

「ふふっ、幸運だわ」


 ヘイトリーはロイズを推している数少ない魔法使いである。以前、心臓波形屋さんを開いていた際に知り合ったのだ。


「今日はどうなさいました?」

「ずいぶん期間が空いちゃったけど、改めて魔力枯渇症の相談に参りました。あの後、ちょっとバタバタしていて来られなくて」

「わかりました。こちらにご記入頂けますか?」


 ユアが魔力枯渇症患者専用の問診票を差し出すと、ヘイトリーは、小さく頷いてから書き出した。ユアはそれを覗き込みながら、心臓波形を取得する魔導具の準備をした。


「魔力残量は……あ、七割もあるんですね」


 まだ残量がある状態に、ユアは少し安堵する。     


「七割も残っているのに、もう人間都市に移住をされたんですか?」

「そうね。抗えないのであれば、いっそ早い方が良いかと思って」

「ご英断でしたね」

「いえ……それに、あのロイズ・ロビン()が魔力枯渇症の研究に着手したと聞いて、きっとそのうち解決するのだろうと思えたのも大きかったのかも」

「!! わかります!」


 同じ人を尊敬していることが伝わったのだろう。二人は視線を合わせて、ふわりと笑った。


「今日、ロイズ様は不在ですか?」

「はい。先生は別件があって……」

「そうですか、残念です。なかなかお会いできないものですね」


 以前、ヘイトリーが来たときもロイズは不在であった。すれ違ってばかりで、ユアは少し歯痒く思う。


「ここ最近、ロイズ先生は研究室にいることが多いんです」

「そうなんですか? 心臓波形屋さんでご活躍されてると聞いていたけど……」

「少し前までは」

「今は?」

「大々的な心臓波形の取得はお休み中です」

「そうなんですか……なぜお休みしちゃったんでしょうか?」


 ユアは何と答えるべきかと少し考えを巡らせた。事細かに説明することはできない。


「ある程度、データがそろったからです」

「そうなんですね。どんな研究結果を発表なさるのか、今からワクワクします」

「ふふふ、分かります!」


 問診票に記入が終わったところで、ユアは魔導具の説明に移行した。


「これが、その心臓波形のデータを取るための魔導具です。データを取らせて頂いても良いでしょうか?」

「私のデータを、ですか?」

「はい、是非」


 そこで、ヘイトリーは首を傾げた。


「私は人間ではありませんが……魔法使いの心臓波形のデータも必要なんですか?」

「役立つかはわかりませんが、多角的観点から治療法を研究しているため、様々なデータを取りたいと思ってます」


 異常値のペアが見つかっていない段階で、本当のことを言うことは出来ない。さすがは嘘も得意な優等生。サラリとそれっぽいことを言ってのける。


「そう言うことなら、ぜひ。私も心臓波形を見てみたいですし」


 快く了承してくれたため、早速、心臓波形のデータ取りを開始した。ヘイトリーは物珍しそうに魔導具を見て、楽しそうに原理などを質問してくる。魔法好きのユアが詳しく答えたくなるのも仕方がない。治療時間内にも関わらず、二人は魔法談義に花を咲かせた。


「なるほど! そういう原理なのね、とても面白いわね」

「ロイズ先生が作ったものなんです。本当に天才なんですよね」

「……ユアさんは、ロイズ様の助手なんですよね?」

「はい、そうです」

「すごい! きっと優秀なんでしょうね。ユアさんは、どうやってロイズ様の助手になったんですか?」

「私、上級魔法学園の生徒なんです。生徒が在学中に助手になることは、間々(まま)ありますから」

「あら、じゃあ五学年さん?」

「!? そうです。……もしかして?」

「はい、実は私も上級魔法学園卒なんです。これでも一応、卒業時は出席番号1番だったのよ? もうずいぶん昔のことだけどね。ふふっ」

「先輩ということですね!」

「今はこんなこと(魔力枯渇症)になっちゃったけどね」


 自嘲気味な笑みをこぼして、ヘイトリーは少し俯いた。かと思ったら、パッと顔をあげてニコッと笑う。少し沈んだ空気が明るく軽くなった。


「ねぇ、ロイズ様ってどんな人? 彼の研究結果とかは、よく見聞きしてるんだけど、実際に会ったことはなくて。だいぶ年下だから情けないんだけど、こっそり憧れてるのよ。だって、あの人すごいでしょう?」

「分かりますーー!! 私も憧れてます!」

「ふふっ、同じね! 助手の貴女だけが知っているロイズ様のこと、教えてほしいわ」


 ヘイトリーからうかがえるのは、魔法使いとしての純粋な敬意。ユアは少し浮かれてしまう心を落ち着けて、話を続けた。


「ロイズ先生は……優しくて、男らしいです」

「ぇえ!? 男らしい!? あんな可愛い感じの容姿なのに?」

「そうなんです! 決断力があるし、有言実行の人だし、思い切りも良いです。信念を貫いてるところも尊敬してます」


 うっかりと乙女丸出しで語ってしまう。


「あと、興味がないことに対してはかなりサバサバしていて合理的ですが、興味のあることはとことんはまって、細かいところまで詰めるタイプですね」


 その通り。家が真っ白であること、人間都市で選んだ魔導具がスケートボードであること、学食では毎日A定食を選ぶこと。ロイズにとって、全く興味が惹かれないものは『合理的』に選び取る。

 一方で、興味があるものに対しては、全く逆だ。誕生日のときにズラッと並んでいたお酒の多さ、美味しいカクテルの作り方、魔法研究や魔法陣に対する姿勢。その全てを知りたい、解りたいという欲が全面に出ている。……あとは、ユアのこととか。


 ヘイトリーは「へ~」と深く頷いていた。


「わかる気がする。あの人、興味がないものとか大切じゃないものに対しては、冷徹なところがあるのよねぇ。魔法研究以外にも興味のあることがあるのかしら?」

「うーん、有るには有りますが……」


 本人不在でお酒が趣味である話をするわけにもいかず、ユアは少し濁す。その濁し方を怪しく思ったのだろう、ヘイトリーはにんまりと笑って囁き声でぶっこんできた。


「例えば……恋愛、とか?」

「え!?」

「恋人とかいるのかしら?」

「いないと思いますよ」


 焦げ茶色の髪をサラリと耳にかけ直し、ユアはまたもや嘘とも言えない微妙な嘘を付くのだった。いやいや、嘘ではない。ユア自身もロイズから『予約』されている自覚はあるものの、恋人ではないのは確かだから。


「基本的にロイズ先生の興味は、魔法研究に注がれてますから」

「なぁんだ、残念だわ」


 そこでヘイトリーはピタリと動きを止めて、パッと時計を見る。


「あら、いけない。もうこんな時間! もう心臓波形のデータは大丈夫かしら?」

「はい、この通りバッチリです」

「話し込んじゃってごめんなさい。ねぇ、また話せる? 人間都市に来たら連絡をくれないかしら?」

「ぜひ!」

「私の魔法紙(連絡先)、渡しとくわね。じゃあ、失礼するわ」

「は、はい」


 魔法紙を押し付けるように渡されて、急いで退室してしまうヘイトリー。不思議に思いながらも、ユアは取ったばかりの心臓波形のデータを問診票と一緒にファイリングした。


 すると、耳元でロイズの声が聞こえてきた。


『魔法省の用事、終わったよ~』


 ユアとロイズの間だけの甘い魔法。ショートメッセージ魔法だ。


 ―― わぁ、もう終わったんだ!


 浮き足立つ心をおさえて、ユアも返事を送信する。


『お疲れ様です。私は治療医院にいます。先生はどうされます?』

『そっちに行くね。こっちはいつでもいいから、一人になったタイミングで呼んでくれる?』

『はい、今一人なのですぐ呼びますね』


 耳元で囁かれる声にきゅんきゅんしながら、指を弾いて音を鳴らす。淡い光と共に、4mほど距離を開けてロイズがふわりストンと現れた。


「『距離測定中……記録4m』」


 相変わらず、測定し続けているロイズ。一度として欠かしたことはないのだから、さすがの魔法バカだ。魔法研究に対しては、細かいところまで知り尽くそうという欲が見て取れる。まさに、ロイズ。


 一方、ユアは首を傾げていた。


 ―― 4m? 最近、ゼロ距離にならないのは何故かしら。魔力共有をした後は、魔力が引き合う力が弱まるのかしら……?


 明後日の方向に真面目ブレインを働かせ、ユアは4mの距離をじっと見てしまった。とっても邪魔な空間だ。


「ただいま~」

「お帰りなさい。お疲れさまでした」


 ここは治療医院だ。家でもないのに、ただいまお帰りと言い合う関係。『僕のホームは君だよ』状態である。無意識に甘い。


「ロイズ先生、意外と早かったですね……あ!」


 そこでユアはハッとした。ヘイトリーが、ロイズ本人と出会える空前絶後の大チャンスであることに気付いたのだ。


「どうかした~?」

「今ならまだ間に合うかも!」

「へ?」


 ヘイトリーの夢を叶えてあげたかったユアは、一目散に駆け出して待合室を覗いた。しかし、彼女の姿はない。


 ―― もうお会計も終わっちゃった!? はやいー!


 ガックリと肩を落として部屋に戻ると、不思議そうな顔をしたロイズが待っていた。


「慌ててどうしたの?」

「さっき、ロイズ先生の大ファンの魔法使いさんが来ていたんです。先生に挨拶したいとおっしゃっていたので……無念ですっ!」

「ふーん? 珍しいね~」


 全く興味がなさそうな返事。サバサバと音が聞こえそうだ。サバサバ。

  

「魔力枯渇症の患者さんだったので、治療のときにお会いすることになりそうですね。ヘイトリーさんという方です」

「へ~」


 ユアが先ほどファイリングした問診票を差し出すと、ロイズはそれを受け取ってサラリと眺めた。そして「魔力枯渇症かぁ。はぁー」と、大きめのため息をつく。


「どうかしましたか?」

「それがさぁ、明日、ぜーんぶの研究結果を魔法省に報告することになっちゃって~」

「え!? 急ですね!?」

「人間が魔法使い化できるって話が、どこからか魔法省のお耳に入っちゃったみたいで。面倒だから全部説明することにした~」

「なるほど」

「というわけなので、これからお昼ごはんを買いつつ、家に戻って資料をまとめますー。ユラリスも手伝ってくれる?」

「もちろんです!」


 こうして二人は資料をまとめあげ、明日の研究報告の準備をやりきったのだった。






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