81話 来週の金曜日
人間都市から戻ってきて解散後、ロイズは白い家で困惑をしていた。
―― じゃあ、天才型であっても、異常値のペアに特別な感情を抱いたりするわけじゃないってこと!?
フレイルの研究結果に、ロイズは驚きを隠せなかった。
ロイズの予想では、センス溢れる天才型は『否応なしに異常値のペアに入れ込んでしまう』という研究結果が出るはずであった。だって、自分がそうだから。
それがどういうことだろうか、フレイルとサラにはそういう雰囲気は皆無。フレイルに至っては、再度ユアにアプローチをする始末であった。
―― と、いうことは、ユラリスに対する俺の感情は……本当に、ただの恋!? 初めから、ただの恋!?
ただの、恋である。
そりゃ、きっかけは魔力相性の異常値であることに違いはないだろう。そうでなければ、女嫌いなロイズが、ここまで女性と時間を共にすることなど無かったはずだから。
でも、時間を共有していく中で、彼女を知り、彼女に触れ、もっと深く知りたいと欲を出した。一人占めしたい、誰にも渡したくない、ずっと一緒にいたい。それは恋愛感情以外の何者でもない。
一連の異常値のペアの研究によって、証明されてしまったのだ。これが、恋であるということが。
「そっか……ただ、好きなだけなんだ」
ロイズは噛み締めるように、そう呟いた。呟いてみると何だか嬉しくて、この気持ちを彼女に伝えたくなった。伝えられるわけもないが。
自分の立場を少し残念に思いながらも、彼女を他の男に取られないように、もっと努力をしなければと思い直した。異常値のペアなんてぬるま湯に浸かりきっていたら、いつか足元をすくわれる。
ロイズは、それを肝に銘じていた。そして、ザッカスに言われた『卒業後、予約匂わせ作戦』について、考えを巡らせた。
「予約匂わせ……うーん、むずいー。イマイチわからんー。……あ、そう言えば……!」
そこでハッと思い付いた。絶好の、匂わせ機会があることに。
ーーーーーーー
そして、翌日。
今日のお手伝いは、ユアのみであった。久しぶりの二人きりの研究室だ。
リグト、ザッカス、フレイルの異常値のペアを見つけ終えたところで、一旦は心臓波形屋は営業を休止することとなった。そのため、膨大なデータを整理整頓するために、研究室に籠もっているのだ。
ユアが得意のガリ勉を発揮して、すごい速さでデータ分析をしていると、ロイズがスーッと音もなく近付いて隣に座った。20cmくらいの距離。久しぶりの近さに、ユアはドキッとした。
「どうかしました?」
「あ、あのさ」
「はい」
「あの、来週の金曜日なんだけど、お休みにしよう!」
「お休み、ですか?」
「そうです、お休みです」
「オフということですね、了解しました」
ユアがニコッと笑って了解すると、ロイズは一瞬言葉を詰まらせるようにして、斜め右下に視線を落としながら「あのさ、」と言って続けた。
「ユラリスの誕生日、だよね?」
「え?」
チラリと12月のカレンダーを確認すると、確かに来週の金曜日は自分の誕生日であった。
「そうです! よくご存知ですね」
「そりゃあ、担任だからね」
勿論、他の生徒の誕生日なんて覚えているわけもない。覚えているのはユアだけだったため、ロイズは苦笑いで答えた。
何せ、ユアを好きだと自覚して一番初めにやったことが、ユアの個人調査票を見ることだったのだから。気持ち悪がられるだろうことが予測されるため、そこらへんは詳しくお伝えできるわけもない。
「でも、気を使って頂かなくても大丈夫ですよ? 当日は特に予定もないですし。カリラたちは、土曜日にお祝いしてくれるって言ってました」
「え、当日予定ないの!? 本当!?!」
ロイズがものすごい勢いで問い質すものだから、ユアは「はい!」と勢い良く答えた。
「……じゃあ、お祝いしてもいい?」
「え? え!? ぇえ!? ロイズ先生が、お祝いしてくれるんですか!?」
―― ぎゃっひーーん! なにこの夢展開! きゃーー!!
ユアは内心でテンションが振り切っていた。キャーキャーとお祭り騒ぎだ。
「うん、20歳になったら、一回だけお酒を飲むって約束してたよね。誕生日当日、用意しておくから乾杯しませんか……?」
「は、はい! ぜひ!」
「本当!? いいの?」
「はい、嬉しいです。夢みたいですー!」
ユアが思いっきり喜ぶと、ロイズは顔をパァっと明るくして「そっか、良かったぁ」と、ホッとしたような顔で笑った。
「じゃあ、家で一緒に夕食を食べようね」
「はい~~っ!!」
―― 二人きりの誕生日ぃいい! ぎゃっはーん!
「ユラリスの好きなもの用意しておくからね」
「おかまいなく~~っ!!」
―― ロイズ先生(大好きな人)が用意されてるので間に合ってますぅう! ひゃっはーん!
「……誕生日当日、何も予定がなくて良かった~」
「良かったです~~っ!!」
―― 予定入れてても、ぶっちしてましたぁぁ! やっはーん!
こうして、二人きりの誕生日を約束したのだった。




