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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
最終章 その距離

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80話 フレイルの「研究結果」




「フレイル!」


 その日はちょうど休日で、学食で朝食を食べたフレイルは、自室に戻ろうと中庭を歩いていた。そんなときに、後ろからガリ勉女に呼び止められたものだから、『休日が真面目案件で潰れる予感がする』と、少し残念な気持ちになりつつ振り返った。


「なんだよ?」

「見つかったのよ。異常値のペア!」

「はぁ、やっと見つかったのかよ。待ちくたびれた」

「早速、今日会いにいかない?」


 ワクワクとしている様子のユアに、フレイルは少し苛立った。


 ―― 俺が異常値のペアとくっ付いても無関係です、って感じの顔してやがんな


「お前さぁ、俺が告白したこと忘れてね?」

「……!? そそそんなわけないじゃない!」

「まぁいいけど。それで?」

「コホン。とりあえず人間都市に行きましょ」

「りょーかい」




 そうして、ロイズとユアと共に訪れた人間都市の治療医院。待ち合わせをしていた異常値のペアは、驚くほど美人であった。


 ―― どちゃくそ美人じゃねぇか!!


 煌めくシルバーブロンドに、珍しいシルバーの瞳。ゴールデンボーイの異常値のペアは、まさかのシルバーレディであった。


 フレイルは若干引いた。何に引いたかと言うと、自分の引きの強さに引いたのだ。


 ―― これ、上手くいけば、すんなり乗り換えられるんじゃね?


 諦め上手のフレイルは、そんなことを考え始めていた。だって、ものすごい美人なんだもの。


「あ、あの……」

「どうも。異常値のペアのフレイルです。よろしくー」

「えっと、サラと申しますわ。よろしくお願いいたします」


 やたらめったら丁寧なお辞儀に、フレイルは少し面食らった。どこぞの良き家柄のお嬢様という雰囲気が漂っていた。片やパン屋の息子だ。何故、この二人が異常値のペアなのか。


「じゃあ、早速魔力流していい?」


 フレイルがそう言いながら手を繋ごうとすると、「あの!」と言いながら、サラはストップをかけた。


「申し訳ございません……少し、怖くて……」


 震える手を胸に当てながら不安を吐露する美人。そこらへんにいる男であれば、簡単に落ちること間違いナシだ。

 だがしかし、ここにいるのは恋愛ぽんこつ女嫌いのロイズと、色々と面倒くさがりなフレイルの二人であった。メンズ二人は、そっとユアに視線を向けた。最低だ。

 ユアは最低なメンズ二人の視線を受けて、真面目な優等生らしく、ずずいと前に出た。


「怖いですよね、分かります」


 サラの震える手に、ユアは柔らかく手を添えた。サラはそれを見て、迷うように弱音を吐いた。


「私、ダメなんですの。新しいこととか、難しそうなことに挑戦したりとか……怖くて。初めはお断り申し上げようかとも思いましたわ。ですが、やはり魔法使いにはなりたくて……」


 さすがフレイルの異常値のペア。こちらも『安全地帯』でなければ動けないタイプであった。容姿が抜群に良いことからも、保守的な生き方で事足りてきただろう事実がうかがえる。


「魔法使いになった後の生活の変化に、不安があるんでしょうか?」


 ユアの優しい問い掛けに、サラは大きく頷いた。


「それも不安ですわ。あと、血液の色が変わることで、何か身体的に害を及ぼさないか、とか……色々と考えてしまって」


 そこでユアはロイズをチラリと見ると、ロイズは小さく頷いて了承・・をした。


「サラさん。諸事情があって公にはしていないのですが、実は、私も元人間なんです」

「え!?」

「赤紫色の魔法使いになったのは、15年前。4歳のときでした。青紫色の魔法使いになったのは4ヵ月前のことなので、丸15年間ずっと赤紫色で生きてきました」

「そんな前から……」


 目を丸くして驚くサラに、ユアは小さく笑って「大丈夫です」と伝えた。


「生活は何も変わりません。魔法都市に住むことも出来るようになりますし、生活を変えようと思えば、勿論変えられます。でも、これまで通り人間都市で暮らすこともできます。選択肢が増えるだけです」

「選択肢が、増える……」

「はい、自由になれるってことです! 私は赤紫色になれて良かったと思いますし、青紫色の自分も大好きです」


 ユアが気恥ずかしそうに一生懸命伝えると、ロイズが「そのとおりだね◎」と、笑って援護してくれた。


「理論上、身体的な害については生じないと考えてますし、実際に今のところ害が生じた例はありません。安心してくださいね~」


 ロイズとユアの言葉を聞いて、サラは決意をしたように深く頷いた。


「フレイル様、魔力共有をお願い致します」

「様!? ……普通に呼び捨てでいいけど。まぁいいや。じゃあ遠慮なく」


 フレイルが魔力を流すと、サラは心地良さそうに「温かいですね」と言った。


「サラさん、どうですか? 特に大きな変化はないと思いますが」

「はい。特別変な感覚はないですわ。私、もう魔法使いなのですよね?」

「はい、そうですよ。ね、ロイズ先生?」

「うん、魔力が宿ってますよ~。フライスにも分かる?」


 ロイズがフレイルに話を振ると、フレイルは「分かる」と言いながら、サラをじっと見た。そして、天才型の魔法使い二人が、天才型らしい会話を広げるのだった。


「なるほど……これが異常値のペアってやつか」

「フライスは、どんな感じする?」

「これ、他と全然違うわ。規格外すぎてヤバいな。先生、ユアと会ったとき、めっちゃ驚いたっしょ? こんなの、街中とかで偶然会ったら目玉飛び出るなー」

「!? そうだよね、違うよね!」

「昔から知ってる感がすごくね? 初対面なのに、生まれたときから一緒にいる感じ」

「あるある! あと、庇護しなきゃっていう使命感とか」

「あー、分かる気がする。絶対的な味方でいたくなる感じ。裏切れないっつーか、全肯定したくなるっつーか」

「それそれー!」

「血の繋がった家族みたいな、唯一無二の親友みたいな……でも、」


 ―― 恋愛感情かと言われると、全然違う


 フレイルは、そこで押し黙った。


「まあいいや。次は、魔力共有でしたっけ」


 サラに魔力の扱い方を教えて練習した後、フレイルとサラは手を繋いだ。そこで、フレイルがロイズとユアを見ると、何やら神妙な面持ちをしているではないか。鬼気迫るその雰囲気が、気になって仕方がなかった。


「……ユアと先生、何か様子変じゃね?」

「え!? ソンナコトナイヨ!」


 と、シドロモドロになるロイズに対して、優秀な愛助手は落ち着き払っていた。


「魔力共有のときに感じる感覚は、ペアによって千差万別。全然違うのよ。だから、フレイルとサラさんが、どんな感覚を感じるか注目しているだけ。さあ、どうぞ続けて」

「ふーん? じゃあ魔力流すよ」

「は、はい! お願い致します!」


 フレイルが魔力を流すと、サラは「わぁ」と感嘆の声をあげた。


「とても良い香りがしますわ。日溜まりのような心地良さも感じます。これが魔力共有……素晴らしいですわね!」

「へー、香りまで感じるのか。じゃあ、サラも魔力流してみて」

「は、はい! えっと、、、こんな感じでしょうか?」

「お、上手いじゃん。カリラより才能あるんじゃね? ……おー、なんか良い香りしてきた。突然の花畑感」

「とても心地良いですわね」


 そこで、ロイズがグイッと前に出た。


「フライスも心地良いだけ?」

「あー、なんかちょっとテンションあがる感じもする」

「それはさては高揚感!?」

「あぁ、そんな感じかも」

「詳しく教えて!」

「ぇえ? えーっと、美味いものを腹一杯食べたときの感じに似てる」

「そ、それだけ!? じゃあ、サラさんを見てどう思う?」

「まあ、普通に美人だなと思うけど」

「可愛いと思う!?」

「まあ、可愛いとは思う」

「やっぱり!!」


 実際に、どえらい美人なのだから当たり前だ。


「他には!?」

「えーっと、良い夢みてるときのフワフワ感もあるかも」

「フワフワ感! なるほど、もっと掘り下げて! 他には!?」

「……さっきから他に、他にって、例えばどんな感じっすか?」


 激流のような質問タイムを不審に思ったフレイルが、罠を張るように何気なく訊ねる。もちろん、魔法バカは拳を握り締めて答えてしまった。


「だからさー! 高揚感とかフワフワ感が強すぎて、相手のことがやたら可愛く見えるとか、もう全部自分のものにしたくなる感じとか、そういうのあるよね!? 天才型なら分かるよね!?」


 自爆した。


「……へー、ロイズ先生は、そういう感じだったんすか?」

「へ? ……あ」


 大自爆だ。慌ててユアの方を見ると、真っ赤な顔で俯いていた。ロイズも真っ赤な顔で俯くしかなかった。匂わせ上手の教師が大爆発だ。


「どうでもいいけど、他人の魔力共有をネタにイチャつくのやめてもらっていいっすかね?」


 そう言いながら、サラと手を離したフレイルは、不満顔でユアに近付いた。そして、不満顔のまま言ってやった。


「研究結果。異常値のペアと魔力共有をしても、特別な感情は生じない。よって、元々持っていた恋愛感情が優先される。例え、感受性豊かな天才型であっても、な」

「そ、そう……」


 ユアが気まずそうに視線を泳がせるものだから、面白くなってしまったフレイルは、余計な一言を言ってしまうのであった。


「ユアのこと、しばらく諦められそうにないってこと。よろしくー」

「ぇえ!? 諦めてよ」

「別に不都合ねぇだろ」

「不都合……はない、かもしれないけど」

「じゃあいいじゃん」

「ぇえー? 良いのかしら。面倒かけないでね?」

「辛辣かよ」


 その横で、ロイズが『よくなーーい!』と、心中シャウトしていることなどつゆ知らず、フレイルの魔力共有は滞りなく?終了した。





おまけ


「よお、来てたのか」


 今日も今日とて診療所で治癒をしまくっていたリグトが、休憩時間に部屋に入ってきた。


「よ、リグト。俺も異常値のペアが見つかったから、共有してた。俺のペアの、サラ」

「こんにちは、リグトと申します」

「え、あ、あの、サラと申します。リグト様のことは存じ上げております、いつも治癒魔法をかけて頂いております」


 おや。サラの様子がおかしいぞ。


「あぁ、どこかで見たと思ったら。ここ最近、何回か治癒してますよね?」

「は、はい! あ、あの……いつもヘトヘトになるまで治癒をしてくださって、ありがとうございます」

「いえ、仕事(金のため)ですから」


 フレイルはサラの様子を見て、これはフラグが立っていると察した。


「あ、あの……!」

「はい、なにか?」

「えっと、その、一生懸命に治癒魔法をかけ続けたり、長蛇の列の患者さんに優しくして下さる姿に、恋をしてしまいました! お付き合いしている女性は、いらっしゃいますか!?」


 ―― 突然、告ったー!!!


 その場の全員が心の中で同じ突っ込みをした。


「今は、いませんけど」

「で、でしたら! お付き合いお願い申し上げます!」

「俺、金持ちの女性じゃないと好きになれないんです。金持ちですか?」


 ―― クズいーー!!


 その場の全員が思った。


「裕福です!!」


 負けじと金持ちアピールをするサラ。


「いかほどに?」


 こちらも負けじと、金持ち状況を明け透けに聞くリグト。


「父は酪農会社を経営しております」

「社長令嬢か。なるほど……財政状況を調査するんで、とりあえずキープでもいいですか?」


 ―― クズすぎるーー!!


 明け透けにクズすぎて逆に誠実だ。ユアもフレイルもリグトの性癖?には慣れたものであったが、さすがに引いていた。ロイズなんて、もはや引きすぎて無になっていた。


「キープでもいいです!」

「いいのかよ」


 うっかりとフレイルが突っ込んだところで、リグトの休憩時間終了。そのまま勤務に戻ったのだった。

 後日、リグトが調査した結果、お眼鏡に適わなかったため、サラは普通にフラれた。潔いほどにクズだった。


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