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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
最終章 その距離

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78話 人間都市の心臓波形屋さん



「きゃっ!」


 ドサッと紙の雪崩が起きた先、ユアは心臓波形のデータに埋もれていた。よいこらしょと抜け出して、紙を踏まないように浮遊魔法で移動する。そして、ふわふわ浮いたまま、表の部屋にいるロイズに話し掛けた。

 人間がたくさんいる部屋で、魔法使いが魔法を使っても誰も怖がらない。物珍しい目で見るだけだ。


「ロイズ先生、奥の部屋のデータ置き場が満杯です!」

「え、もう!? ごめんー! 研究室に転送するね!」

「研究室がすごいことになってそうですね」

「あぁ~、データ整理の時間が足りない~」


 天才型の魔法使いがガックリとうなだれそうになるところを、頑張り屋の努力型魔法使いが食い止める。


「ロイズ先生、私がやります、頑張ります!」

「ユラリス~~っ! うん、頑張ろう!」


 うん、良いペアだ。だがしかし、異常値の仲良しペアがイチャイチャと話している間にも、わんさかと人がやってくる。中には、こんな場面もあったりする。


「もしかして、ロイズ・ロビンさんですか?」


 心臓波形を取りに来てくれた若い女性が上目遣いで訊ねているものだから、ユアは耳が急に大きくなって、目の見える範囲が後頭部まで広がった。耳ダンボ状態だ。


 ―― くっ! またもや現れたわね! ロイズ・ロビン推し!


 心臓波形屋を始めてから、早一ヶ月。未だにリグトとフレイルの異常値のペアは見つかっていない。カリラは本当に持っていた、ということだろう。なかなか見つからないのが普通なのだ。


 有り難いことに、一ヶ月経っても客の訪問は衰えることはなく、噂を聞きつけた人間の人々が今日も放課後心臓波形屋に訪れてくれる。そして、これまでどこに隠れていたのか、ロイズ・ロビン推しの若い女性が来ることも。


「あー、はい。どうも、ロビンです~。来てくれてありがとうございます」


 ロイズは、一応ペコッと頭を下げてお礼を言うものの、毎度居心地が悪そうにしていた。彼としては、昔の恥ずかしい行い(スーパーヒーロー)を掘り返される心地がして、居たたまれないのだろう。


「やっぱり! ご本人様にお会いできるなんて感激です」


 女性がうるうるとした瞳でロイズを見ながら一歩近付くと、ロイズは鳥肌が立った腕をさすりながら真顔で一歩下がる。概ね、こんな感じだ。


「いえ、滅相もないです~。心臓波形の魔導具はこちらから取ってください。服の上から心臓付近にペタっと付けて、5分座っていてくださいね」


 ロイズが淡々と説明をすると、女性は頬を赤らめて「あ、あの」と、何か言いたげにした。それを目の端でガン見していたユアは、つい力を込めてしまい、持っていたデータ用紙の端を少しだけクシャッとした。


 ―― 来るわね。食事のお誘いか、いきなりデートのお誘いか、まずは連絡先交換か? そのどれを打診したところで、全力で妨害してみせるわ。ロイズブランドに惹かれただけの()()()は引っ込んでなさいよね!!


 ロイズの愛助手は、全く愛らしくないことを考えながら仕事をしていた。でも、ユアの心配は全く無駄である。本人は恋愛ぽんこつ魔法バカに女性恐怖症トッピングのダメ男であるからだ。


 何か言いたげな女性に対し、ロイズは「はい?」と聞き返すようにしながらも、「あ、そうでした」と言って勝手に話を進めた。


「心臓波形データ取りの同意書がこれです。これに記入して、最後に魔導具と一緒に返却をお願いします~」

「あ、いえ、その……連絡先を」

「はい? あ、メカニズムですか? 気になりますよね、分かります。心臓が鼓動する際の振動を拾っているんです。同時に体内の血液循環の様子もスクリーニングして、通常の状態なのか、少し心拍数が上がっている状態なのか、それを測定して係数にして掛けています。だから、多少動いても、」

「あ、すみません、理解しました、大丈夫でーす」


 女性は、スンとした真顔で去っていった。概ね、こんな感じだ。


 ―― 先生、グッジョブです! ナイスあしらい方!


 ド天然でかましているだけである。こんなんだからマリーから、『つまらない男』と烙印を押されるのだ。

 


 一方、ユアの方も、別の意味で注目を浴びていた。ユアが心臓波形を取る準備をしていると、恐る恐ると言った様子で話しかけられるのだ。


「あの、本当に魔法使いの方なんですか?」

「はい、そうです。ロイズ先生の助手をしております」


 ユアがニコッと笑ってそう言うと、大体の人は上から下まで珍しそうに見る。


「魔法使いにも普通の女の子がいるんですね。魔法使いの女っていうと、目つきの悪い女か乱暴で横柄な女ってイメージしかなくてさ」

「ふふ、私みたいな女性の方が多いですよ」

「へ~、知らなかったなぁ」


 ロイズが受けている称賛や憧憬(どうけい)の眼差しとは違って、もはや珍獣扱いであった。『こんな普通の平々凡々で特徴がない没個性の魔法使いもいるんだなぁ』という、生温い目で見られるのだ。

 平々凡々が珍しいという矛盾であるが、人間の人々からしたらそうなのだろう。ここでもユアは非モテであった。


 すると、ユアが生温い目で見られている横で、クスクスと柔らかい笑い声が聞こえてきた。ユアが訝しげに「あの、何か?」と聞くと、髪の長い女性が口元を隠して「ごめんなさい」と反応を返した。30代くらいの落ち着いた雰囲気の女性だ。


「だって、魔法使いの女性のイメージが、あまりにも偏ってるものだから、なんか面白くって」

「どういうわけか、偏ったイメージがあって……でも、大体の魔法使いは普通なんですけどね」

「ふふ、よーく知っているわ」

「??」

「私も、魔法使いなんです。魔力枯渇症だって言ったら、友達から心臓波形屋さんをオススメされたんですが……」


 女性は、苦笑いで心臓波形屋を見渡した。どこもかしこも人間だらけで、居心地が悪いのだろう。ユアはニコリと笑って、女性の緊張を和らげた。


「枯渇症の方は、隣の診療所で診ることが多いんです。でも、こちらでも大丈夫ですよ。お話、聞きましょうか?」

「良いのかしら、ありがとうございます。あの、ロイズ・ロビン様は……?」


 女性の言葉に、ユアの耳がピンと立った。


 ―― ロイズ・ロビン様……!? 様付けで呼んでいるわ!


 人間からの圧倒的支持率を持つロイズであるが、一方で彼を様付けで呼ぶ()()使()()は少ない。ユアは、助手になって行動域が広まったことで、そのことを深く知ってしまった。

 そのこと、というのは、魔法使いが抱くロイズに対する感情のほとんどが、『嫉妬心』であるということだ。


 そのせいか、ほとんどの魔法使いが『あのロイズ・ロビン』と呼び捨てにする。嫉妬心が強い魔法使いであれば、吐き捨てるように名前を口にすることも多いくらいだ。

 それが、目の前の魔法使いの女性は『様付け』。推していることは明白。ぶっちゃけ、同じ匂いを感じた。同担センサーが動いた。


「ロイズ様は不在みたいですね」

「あれ、さっきまではいたんですけど……」


 その頃、ロイズは奥の部屋で心臓波形データを物質転送していた。溜まりに溜まったデータをせっせと仕分けしつつ、送りまくっていた。


「そうですか、残念です。ご挨拶をしたかったのですが……」


 女性がやたら残念そうに肩を落とすものだから、ユアは同担として同情した。年齢からいって、ロイズを恋愛対象として見ているわけではなさそうだ。ガチ恋勢でなければ、ユアは同担歓迎派であった。


「たぶん、先生は奥にいると思います。探してきましょうか?」

「いえ、今日は時間がないから、また出直します」

「じゃあ、枯渇症の問診票を……」

「あ、ごめんなさい。それもまた今度改めます。私は、ヘイトリー。お名前を伺っても?」

「ユアです」

「ユアさんね、また来ます」


 女性は、お淑やかにニコリと笑って去っていった。


 ―― なんか、雰囲気のある人……


 ユアがぼんやりとヘイトリーの背中を見送っていると、「ユラリス?」とロイズに声をかけられた。


「あ! ロイズ先生!」


 ユアは慌ててヘイトリーの背中を探すが、どこにも見当たらなかった。


「どうかした~?」

「あ、いえ……」

「?? 奥の部屋のデータ、転送したよ。ものすごい量だったぁ……。そろそろ店仕舞いして、研究室に戻ろっか」

「そうですね、準備します」



 16時~20時営業の放課後心臓波形屋。20時以降は取ったデータを研究室に転送し、研究室で整理をする。

 データを取るだけではなく、データ分析も行わなければならない。手元にあるリグトやフレイルたちの心臓波形と照らし合わせて、シンクロ率を算出するのだ。


 そんなことを続けること、2ヶ月。続々と異常値のペアが見つかることとなる。





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